24. これからはみんなで、手を取り合って
大盛り上がりのまま、大宴会は終盤を迎えていた。
会場には心地よい疲労感と、まだ冷めやらぬ熱気で満ちている。村人たちは口々に先ほどのステージの感想を語り合い、あちこちで乾杯の音頭が上がっていた。
「最高だったぞー! リンファちゃん!」
「龍神様も、あんなに楽しそうに踊られるなんて!」
「迫力といえば、領主さんも見事な踊りと歌だったなぁ」
タケルは魔導カメラを回し続け、その熱狂を余すところなく記録していた。
レンズ越しに見るレオナルドは、すっかり出来上がった様子で村の男たちと肩を組み大声で笑っている。騎士としての仕事から解放され、何も気にせず宴を楽しんでいる姿は見ていて清々しいものがあった。
「さて、と……」
タケルがカメラをステージに戻すと、そこにはハクロウの姿があった。
宴の締めくくりとして、村人たちに向けて挨拶をするためだ。
ハクロウが一歩前に出ると、宴会の喧騒がスッと静まった。
村人たちの視線が期待と敬意を込めて彼に集まる。かつてのような恐れ多い神を見る目ではない。宴を作り上げ、共に笑い合った親しい仲間を見る温かい眼差し。
「……みな、今宵は誠に楽しい宴であった」
ハクロウの渋く落ち着いた声が、宴会場に響き渡った。
彼は感慨深そうに会場をゆっくりと見渡し、ふっと目を細める。
「長きに渡り、この地を見守ってきた中で……とても心躍る時間であった。酒を酌み交わし、歌い、踊る……。かつて忘れていた温もりを、再び思い出させてくれたことに感謝する」
嘘偽りのない本心がこもった言葉。ハクロウは深く頭を下げた。
神が自らそのようなことをするあり得ない光景に村人たちは息を呑んだが、すぐに温かい拍手が湧き起こった。
顔を上げた龍神は、どこか寂しげだが……憑き物が落ちたようなスッキリとした微笑みを浮かべた。これからは村人たちも自分たちの足で歩いていけるだろう。そう確信した上での、静かな別れ。
「これで終いかと思うと、少し残念だが──」
「待ってください!」
ハクロウの言葉を遮るように、声が響き渡った。
リンファだ。
彼女は人混みをかき分け、まっすぐにステージのハクロウの元へ歩み寄った。その瞳には、これまでにない強い光が宿っている。
「待ってください、ハクロウさん……!」
リンファは初めてハクロウの名を呼んだ。これまでのように龍神様と崇めるのではなく、ただそこにいる一人の存在として。予想外の呼び方に、ハクロウは眉を上げ驚いた顔をする。
勢いで飛び出したのだろう、彼女の手は震えている。それでも、このまま終わらせてはいけないと勇気を振り絞っていた。
「これから、違うやり方をしてみませんか?」
リンファは震えを必死に抑え込むように両手をぎゅっと握り、言葉を紡いだ。
「あたしは……あたしたちは、ずっとハクロウさんに任せっぱなしで、貴方のことを見ていなかった。結界のことも村のことも、全部神様だからって甘えてた」
建前も、強がりもない。ただ素直に想いを明かしていく。
それこそがハクロウに自分たちの気持ちを伝えるために必要だから。そう思っていたからこそ、彼女の声は決して弱々しくなかった。
「でも、これからは違う。ハクロウさんと一緒に……村のみんなと一緒に、このスイレイ郷を良くしていきたい!」
「……!」
リンファの願いに、ハクロウは言葉を失った。
まさか、神としての重圧を下ろす前に。人間から「一緒にやろう」と手を差し伸べられるとは思ってもみなかったのだ。
そこまで言った彼女は、黙って龍神の反応を待つ。
シン……と静まり返る会場。
「……リンファの言う通りじゃ。来年もまた、みんなで宴会をやりたいのう」
村人の一人が、ポツリと呟いた。
「神様だなんだと遠慮しておったが、みんなで一緒に飲んで騒ぐのが一番楽しいからな」
「そうよ。龍神様がこんな気さくな方だなんて、知らなかったもの!」
「ハクロウ様、これからはみんなでやりましょう!」
次々と上がる賛同の声。
これまで祭り上げられる孤独な神として過ごしてきたハクロウは、その温かい言葉を受けどうしていいかわからず周囲を見渡す。
その光景を見ていたヴァルガンは、腕を組みながら満足そうにニヤリと笑った。
「つまり、貴様らも我に続き『アイドル』を目指すということだな?」
「む!? 儂がか!?」
「貴様も感じたであろう。ステージに立つこと、その魅力をな」
「……それでもいい」
ヴァルガンらしい強引な解釈に、ハクロウは面食らった。
だが、普段なら真っ向から反発しそうなリンファが、この時ばかりは少し照れくさそうに笑い……その言葉を力強く肯定した。
「アイドルでもなんでもいい。あたしたち、一緒にやるから!」
リンファは涙を流しながら、満面の笑みでそう言った。その表情は、これまでのどんな儀式の舞よりも美しく輝いていた。何のために歌うのかという意味をようやく見つけられたから。
「……はぁ」
ハクロウは、ついに観念したように息を漏らした。少し困ったような、だけど心の底から嬉しそうな、どうしようもなく優しい表情。
「アイドルはさっぱりわからんが、よかろう。その言葉、確かに受け取ったぞ」
龍神の宣言に、割れんばかりの歓声に包まれた。
寂しさを抱いていた神が、村人たちと共に歩むことを決意した瞬間だった。
*
「……よかった。ハクロウさんもリンファも、あんなに楽しそうになれて」
その大団円の状況を、タケルはカメラ越しに見届けていた。
プロデューサーとして導けた、これ以上ない最高の結果だ。村の危機を救い、ハクロウの孤独を癒やし、リンファを重荷から解放。すべてが完璧に繋がったのだ。
「タケルさん」
ふと、背後から声をかけられた。
振り返ると、ひっそりとその場に戻ってきたマリアンヌが立っていた。
いつものように整った姿だが、息が上がっているように見える。
「マリアンヌさん、おかげさまでなんとかなったみたいです! 土地や結界のことも、これでもう大丈夫ですよね?」
タケルは慌ててカメラを降ろし、深々と頭を下げた。
彼女が裏でヴァルガンの魔力暴走を抑え込んでいたという事実を知らない。ただ純粋に、力を貸してくれた聖女に感謝していた。
「……」
マリアンヌは一瞬。
その無邪気な笑顔を見つめ、何かを言いかけた。
「タケルさん」
ヴァルガンさんは邪悪な存在です。
放置しておけば、きっと災厄をもたらすでしょう。
本人が望む望まないに関わらず、世界に対し害を産む。
「今回のイベントは──」
わたくしがコントロールしてなんとかしただけ。
次になんとかなる保証も、今後安全かどうかもわからない。
だから魔王は討伐すべきです。人類で力を合わせて倒しましょう。
それが正しい結論。当然の考え。世界のためを思うなら。
「──今までにはない、新たな境地になりましたね。調和しながら龍神様とリンファさんの良さを出す、見どころのあるものでした」
マリアンヌはいつもの笑顔を浮かべ、言葉を飲み込んだ。
常日頃から正しさを追求している聖女が。
初めて、正しい道を選ぶことができなかった。
「結界は以前より力を増していましたし、土地のマナも正常に戻りました。これからは、この郷もより良くなっていくでしょう」
「本当によかった~……マリアンヌさんに相談して正解でしたね。ギャラはその、出世払いで頑張りますんで!」
タケルの心からの感謝を受け取りながら、聖女は静かに目を伏せた。
(わたくしには、できない……)
あの新人音楽祭で見た輝き。サザンクロス島、そしてスイレイ郷とステージを重ねるごとにきらめきを増していくタケルとヴァルガン。
この二人がアイドルとしてどうなるのか、見てみたい。
そして……自分が二人を断罪するきっかけになりたくない。
そう思ってしまった彼女は、真実を隠し通すことを選んだ。
(……ですが、いずれ限界は来ます。その時、わたくしはどうすべきか……)
これから直面するであろう、より大きな危機への覚悟。
熱狂と歓喜に沸くスイレイ郷の夜。その明るい光の裏側で聖女は一人、静かに重い十字架を背負うのだった。




