23. 魔王と神と人が交わる、奇跡の歌
スイレイ大宴会のボルテージが最高潮に達する中。
会場の中央に設けられた特設ステージに三つの影が並び立った。魔王ヴァルガン。どこか照れくさそうにしている龍神ハクロウ。そして、マイクを両手で握りしめたリンファだ。
「それではみなさん、お聞きください!」
ステージ下からタケルが魔導カメラを構え、大きく腕を振って合図を送る。
ステージ側で待機していたレオナルドが頷き、セッティングされた機材のスイッチを入れた。
ドン、ドドン……。
静寂を破り、打楽器のリズムが響き始めた。続いて、独特な音色の弦楽器が次々と折り重なっていく。デモ音源からさらに磨き上げられ、より民謡的な雰囲気を感じさせるクオリティに仕上がった楽曲。
明るくも懐かしい。神秘的で美しい。スイレイ郷という異文化が残る地の大宴会で披露するに相応しかった。
「おっ、この曲は……!」
「懐かしいのう、昔よく歌ったもんじゃ」
音楽を聞いた村人たちの顔がパッとほころんだ。誰からともなく自然と手拍子を打ち、体を揺らし、一緒にメロディを口ずさみ始める。
その温かい空気の中、ヴァルガンが一歩前に出てマイクを握る。いつもの魔王なら、ここで咆哮を轟かせ強引に場を支配するところだ。だが、今回は違う。
「♪ルララ、ラ……ルララ、ラ…」
低く響きのあるコーラスを歌い始めた。
今回の役割は主役ではない。ハクロウとリンファを引き立たせるための土台作りだ。決して前に出すぎず、楽曲全体に分厚い安定感をもたらす完璧なサポート。
「すげぇ……ヴァルガンが、ちゃんとバックコーラスやってる……!」
タケルはカメラ越しにその姿を見て、感動で震えた。
我の強い魔王が他者を引き立てるために力を制御する。彼がアイドルとして、また一つ上のステージへと登った証拠だった。
「♪ウォォォォン……」
ヴァルガンに応じるように、ハクロウが歌い始めた。違う種類の声質が加わり、音の厚みが増す。
龍神と魔王はダンスレッスンでこなした踊りを舞い、音楽の中に溶け込んでいく。その形はまさに『調和』のパフォーマンス。
ヴァルガンとハクロウの声が重なり合う中──リンファは大きく息を吸い込んでから、目を開いて歌い始めた。
「♪遥か、遥か 紡ぐ言葉は 祈りあれ」
その歌声は夜空に吸い込まれるように高く、澄み切っていた。
かつて巫女として使命感や重圧を背負っていた頃の硬さや、何のために歌うのかという迷いはない。
「♪地を讃え 地を満たせ 民の歌で 民の声で」
リンファの歌の奥底にあるのは、たった一つのシンプルな想い。龍神様にこの場を楽しんでほしい。村のみんなと一緒に心から笑ってほしい。
その真っ直ぐで純粋な願いが乗った歌声は、聴く者の心を優しく撫でるように広がっていく。
「♪笑顔よ花開け 導くのは雪解け 龍舞う空に光あれ」
ハクロウもまた、その歌声に誘われるようにステップを踏み始めた。
神としての威厳は残しつつも、村人たちと同じ目線。心の底から宴を楽しむ一人の男の姿がそこにあった。
「いいぞー! リンファちゃーん!」
「龍神様、カッコいいー!」
村人たちの手拍子が大きくなり、歓声が湧き上がる。リンファの澄んだ高音、ハクロウの渋い合いの手、そしてヴァルガンの重厚なコーラス。
三つの異なる個性が完璧に重なり合った瞬間──
フワァ……と、光が広がった。
「……えっ?」
タケルはカメラから目を離し、周囲を見渡す。
夜空の下、まるで蛍のように無数の光の粒子が舞い散り始めた。
スイレイ郷に流れ込んだマナが歌声と歓声に共鳴するように、淡く発光し始めたのだ。光はステージを中心に渦を巻き、村人たちを優しく包み込んでいく。
「うわぁ……綺麗……」
「龍神様の奇跡じゃ……!」
村人たちは空を見上げ、幻想的な光景に息を呑んだ。
カメラを回しているタケルも、一人の観客としてその美しさに圧倒されていた。
「すっげえ……これ、撮れてるよな!? 見てくださいレオナルドさん! これがアイドルの力ですよ!」
「ああ……! まさか、こんな奇跡が見られるなんてな……!」
二人は肩を組み、ステージの熱狂に身を委ねた。
村人たちも光の粒に手を伸ばしながら、歓喜の声を上げている。
心からの喜びと熱狂が、枯渇していた土地に魔力を満たしていた。
*
しかし。
その美しい奇跡の裏側で、激しい消耗と戦っている者がいた。
「くっ、ううっ……!」
マリアンヌはステージを見ながら必死に杖を握りしめていた。
彼女の足元には、複雑な幾何学模様の紋章が光を放ち続けている。想定を上回る強さの光。魔王の力が、とんでもない勢いで放出されている証拠だ。
(ヴァルガンさんが歌うだけで、この土地のバランスが異常をきたそうとしている……!)
マリアンヌは、額から滴る汗を拭う余裕すらなかった。
本来ならステージを通じて強大すぎる魔力が土地に直接解き放たれ、環境を破壊する大惨事になっていたはずだった。マナが枯渇しているからこそ防御弁になる要素が何もない、危険な状況。
だが、マリアンヌは魔王の力をリンファとハクロウの力に同調させ、さらに悪影響のベクトルを分散させるという離れ業でコントロールし続けていたのだ。
(これほどの制御をするのは、初めてですね……!)
ギリギリの均衡。
少しでも気を抜けばヴァルガンの魔力が暴走し、この美しい光の粒子は村を飲み込む漆黒の瘴気へと変貌してしまう。
(もう少し……! 耐えなさい……!)
マリアンヌは意識が遠のきそうになるのを必死に堪え、限界寸前のところで制御を保ち続けた。
やがて、曲は最高潮のままフィナーレを迎える。
リンファの声が夜空に吸い込まれ、ヴァルガンとハクロウのコーラスがピタリと止まった。
シャァァァァン……。
音楽の余韻が消え、一瞬の静寂の後──
ワアァァァァァァァァッ!!
鳴り止まない拍手と歓声がスイレイ郷を包み込んだ。マリアンヌは杖を支えにして、その場にへたり込む。ステージ周辺に異常はなく、土地へとマナを上手く流れ込ませることができた。
「はぁ、はぁ……やり遂げ、ました……」
彼女は荒い息を吐きながら、安堵の笑みを浮かべた。誰にも気づかれることなく、彼女は一つの村を滅亡の危機から救ったのだ。
*
ステージの上で、汗を拭いながらハクロウが空を見上げていた。
無数の光の粒子が、まだ名残惜しそうに宙を舞っている。
(……ああ。いつぶりだろうか、こんなにも楽しいと思えたのは)
ハクロウの口から深い、深い感嘆の息が漏れた。
孤独だった神は、望んでいた絆に触れることができたと実感していた。




