注射 異変
連日赤土耕太の講演は続いていた。どの会場もそのまったく新しい研究成果に超満員の盛況だった。
「赤土さん私嫁入り新聞社の白根と申します。お忙しいところ恐縮ですが2、3質問させていただきたいのですが」
会場の控え室へ通ずる廊下で赤土耕太を呼び止めた。
「はい手短にお願いします。なんせ時間が・・・」
「赤土さんが教授に就任されると言う話しがあると聞きましたが」
「えっ?」
赤土耕太に取って寝耳に水の質問だった。
「いやそんな話はないですけど・・・」
「現に今の研究室。前任の一色さんはもうだいぶん前に大学を去っていかれたとか」
「ちょちょっと待ってくださいそれってどう言う・・」
「赤土さん本日はありがとうございました」
この講演の主催企業のスタッフが声をかけてきた。
「貴方はどなたですか勝手に赤土さんに質問しないでください。今は我々が 赤土さんのお時間をお借りしているんですから」
そう言うと赤土耕太を控室に連れて入った。
「なにも聞けなかった。でもなんか変な感じだったな」
そう白根は独り言を言って会場を後にした。
「赤土さん改めて本日はありがとうございました。ところで今夜お時間はございますか」
「特にないのですが、ただ明日の準備がありまして・・・」
「そうですか残念ですね。今夜ささやかながら一席儲けようと思っておりましたのですが」
「いえいえそんな・・お気持ちだけで、はいありがとうございます」
「それではこちらは本日のお礼と言う事でお受け取りください」
スタッフから御礼と書かれた紙封筒が手渡された。
「これは?」
「はい御礼です。今後とも宜しくお願いします」
「そんな受け取れないですよ」
見るからに現金が入っている様子だった。
「ご心配なさらずに」
赤土耕太は世間のことがあまり分からない事もあり、押しの強いものに流されやすところがあった。
有耶無耶のうちに御礼を受け取った赤土耕太は会場を後にした。
「どうしようかな今日はこのまま帰ってしまおうかな、なんか疲れたな。そう言えばだれだったけかな、教授が大学を辞めてるって・・・」
スマホの時計に目を落とした。
「大学もう誰もいないな、明日確認しよ」
「おはよう」
「デスクどうでした昨日の赤土耕太の講演は」
「う〜ん」
「?」
「いや何回か赤土耕太の講演を聴いたんだが、いつも同じなんだ」
「それはそうでしょ!そうじゃないと」
「お前の言うことはわかるよ。でもな、何か変なんだよ」
「変?」
「そう。変だ。赤土耕太の講演は変だ。一緒というのは内容が一緒と言うのじゃないんだ。それは当たり前の事。そうじゃなくて文体とかでも無く、つまりいつも同じ原稿なんだ。まるでそこに赤土耕太の意志が無いような・・・」
白根は赤土耕太の講演の気持ち悪さに唯一気づいていた。赤土耕太にしてみればこのシステムの一番の開発者がいない中自分が影武者の様に講演をこなさなければならない為、文章変更に伴う確認ができない。その為一色が最終的にOKを出した原稿で説明するしか方法がないのだ。
「それともう一つ」
「他にもあるんですか」
「赤土耕太は一色教授が大学を去っていることを知らないようだ」
「まさかそんな事ないですよ。赤土耕太の直属の教授ですよ」
「うーんでもそんな感じだったんだ」
「もっと聞かなかったんですか?デスクいつも俺たちにもっと取材対象に入って聞けって」
「邪魔が入ったんだよ。主催者ってやつ」
「ガード硬いんですね」
「・・・・」
「おはようございます」
「おはようございます赤土さん」
いつものように黄島美波が赤土耕太より早く出勤し赤土耕太にコーヒーを淹れてくれる。
「黄島さんちょっと聞くんだけど・・あのその・・・」
「はいなんでしょう」
「実は昨日の講演が終わってから2つのことがあったんだ」
「二つの事?」
「一つは主催者から御礼だって現金を渡された⁉︎もう一つは一色教授のことなんだ」
「一色教授が何か・・・」
「教授大学辞めたって聞いたんだ」
「辞めったって先日も来ていらっしゃいましたよね」
「そうなんだよ」
「何かの間違いじゃないですか。私事務手続きのために総務に行くのでそのときに聞いてみましょうか。赤土さん聞きにくいんじゃないですか」
「そうなんだよ。もし本当の話なら周りから『お前なにしてたんだ』って絶対に言われるからね」
「わかりました。それともう一つの御礼って」
「講演終わりに御礼として現金を手渡されたんだよ」
「困りますよね・・・お返しできないんですか」
「返すとなんか悪い様な気がして・・・」
赤土耕太は日々の講演に撲殺され思考停止状態となっていた。
「赤土さん本日は午後から講演が2件入っていますね」
「そうなんだよ午後1時からと5時から」
「もう少ししたらお出かけですね。タクシーお呼びしますね」
ここ何週間ずっとこの調子だった。
「黄島さん一色教授の件お願いしますね。できれば連絡くれると嬉しいです」
「わかりました連絡入れます」
赤土耕太に一色教授が大学を去った事がわかったのはある程度と言うかわかって当たり前のこただった。わかった後の処理をどうするか、すでに一色が対策をこうじていた。




