注射 異国の地
変わらない景色をひたすら土埃を上げて進んでいた。
日も落ち始め地平線に夕日の端がかかろうとしていた。
「暗くなってきますけど大丈夫なんですか」
「大丈夫まだ明るいよ」
そう不安なく説明を受け、不安が増して来る青木美月だった。
「あの私が泊まるホテルってどんなところなんですか」
「ホテル?ここにはそんなものはどこにもないんだよな」
「えー!」
「どこに泊まるんですか」
「宿だよ宿オレの家なんだけどな」
青木美月はこのなんだかガサツな感じのする緑川を思うとかなりやばい建物を想像した。ただここまでくると逃げることも帰えることも何もできない。諦めて楽しむことにした。そして本来の目的をしっかり取材して帰る事を心に誓った。そうでもしなければ心が折れに折れてしまいそうだったからだ。
「緑川さん。緑川さんってこちらに来られてどれくらいになられるんですか」
「・・・そうだなぁもうそろそろ20年ってとこかな」
「ご結婚はお子様は、こちらで何をされてらっしゃるんですか」
矢継ぎ早に緑川に質問した。
「ハハハもうここになれたのかい!流石は白根がよこすだけのことはある」
「さっきも思っていたんですがうちのデスクとはどこで知り合われたんですか」
「まあまあそんなに慌てないで、美月の出張は始まったばかりだろ」
『いきなり呼び捨てしかも名前。やっぱガサツなやつだ』
そう思って緑川が運転する自動車の進行方向をみた。
「後1時間くらいで到着するぞ」
あまりにも長い移動だったので1時間と聞いてついたような気になっていた。
「ところで着いたら料理の準備をしてささやかな歓迎会をしような」
「ありがとうございます。歓迎会だなんて意外と優しいところもあるんだ」
しばらく走っていると目の前を大きな影が自動車のヘッドライトに映し出された。
「うぉ!今日の肉ゲット。美月おまえはついてる。」
「???」
何の事か分からない。
『肉ゲット?私がついてる?』
青木美月は自問していた。ただ答えなど出るはずもなかった。
緑川が急に車を停めた。
「美月待ってろよすぐ来るから」
そう言い残すと緑川は車を降りトランクから長細いものを取り出すと身をかがめていた。しばらくすると何かが破裂したような今まで聞いたことのない大きな音が聞こえた。満面の笑顔で車に乗り込むと緑川は車を走らせた。
「後は酒だな!美月は酒は飲めるのかい」
「まぁ少々」
「なら大丈夫だ」
その後もひたすら自動車を走らせると緑川がまた自動車を止めた。
「美月着いたぞ」
「あっありがとうございます」
青木美月は自動車を降りて周りを見渡した。
「ここは?」
「ここが美月がこれから寝泊まりする宿。そして俺の家さ」
「ちょっと待ってろよな」
そう緑川が言うと暗がりの中に消えて行った。突然眩しく灯りが灯った。
「いらっしゃい美月」
緑川が灯りの中から姿を現した。灯りは緑川の家の明かりだった。
「よろしくお願いします」
そう緑川に言うと自動車のトランクから荷物を取り出した。荷物の横に大きな布に包まれたものがあったが気にせず自分の荷物だけを下ろして緑川の案内する部屋に向かった。先程の土埃の舞う赤茶けた大地と違いそこにはしっかりとした家があり、庭があった。
「荷物置いたらすぐに灯りを切ってこっちにきてくれ」
そう青木美月に言うと緑川は外に出て行った。
「こんな所にどうして立派な家が建ってるんだろ・・・・さ早く行かなきゃ」
疲れてはいたがなぜか体がよく動くことに気付いた。
緑川のいる外に行くとそこには焚き火が準備されていた。
「美月着いて早々悪いが手伝ってくれ」
「あはい」
緑川は焚き火の向こうから大きなものを肩に背をってきた
「ギャァァァァ」
「おいおいなに大声出してるんだ」
「いやあのそれって」
「あーさっきこっち来るとき居たやつさ」
「ひょっとしてこれ食べるんですか」
「そうだよ、こいつうまいんだよな。まー鶏肉みたいなもんだよ」
そう言うと緑川は手際良く捌いていった。
「今なら生でも食えるぞ、食うか!」
青木美月は首を横に振った。
「ハハハハハハまあ初日だからな」
「いや初日とかではなくて」
手際よく準備された料理は今まで見たことも無いような物ばかりだった。
「美月はい」
そう言われて見るのはまたも見た事のない色をした飲み物だった。
用意された食器フォークコップなどは全てどこからか持ってきた木を削ったようなものばかりだった。
「乾杯」
緑川は美味しそうにその飲み物をのんでいた。
「さぁ美月も遠慮せずに」
「はいありがとうございます」
緑川にうながされて口までコップを持って行きたがなかなか口に含むことが出来なかった。
『あーどうしよう・・・』
青木美月は意を決してゴクゴクとその飲み物を飲んだ。
「・・・」
疲れがたまっていたのかすぐに酔いが回って来た。
酔ぱらわないように肉や何やら何でも食べた。
「美月うまいだろ」
「・・・」
「さぁしっかり食べて」
青木美月は言われるがまま食べて飲んだ。
青木美月はそのまま疲れて眠ってしまった。
その寝姿を横目で緑川は見ながらこれからの事を思ってそっとしておいた。
翌朝緑川が青木美月を優しく起こした。
「美月起きろ朝だぞ」
「あおはようございます」
まだ気だるそうに周りを見回した。
「夢じゃないんだ」
「美月早速だがここでのこれからの事を話そう」
「はい。その前に顔洗ったり身支度を整えたいのですが」
「まずはその事だが、ここでは水は貴重な物。だから洗顔も風呂も三日に1回トイレはこの大自然どこでもしてくれ。ただし夜になると虫がたくさん出てくるので気をつけて」
「そんなにひどい環境なんですか?」
「美月が思うほどでもないぞ。この一帯に野生の動物はいないから安心できる」
「はぁー」
「まぁ今日は特別にシャワーしてもいいぞ」
緑川に案内された場所は木に吊り下げられた管に木で作ったじょうごが取り付けてあった。
「この栓を回して水を出してくれ」
「はあ」
そう言うと緑川は家の中に入っていった。
しばらくしてシャワーを終えた青木美月は不便ながらも楽しんでいる自分に気づいていた。
「緑川さんありがとうございました」
ラフな格好に着替えた青木美月は髪を乾かしながら緑川とこれからの行動について話をし始めた。
「改めてありがとうございます。それとこれからしばらくの間よろしくお願いします」
「おう」
「緑川さんはたぶんご存知でしょうが改めて自己紹介します」
青木美月は自らが食料危機と人口増加問題をここ何年か取材を続けている事や、それを受けて会社からこの地に取材してくるよう指示されたことなどを説明した。
「それで緑川さん、まずはこの土地のことについて教えていただきたいのですが」
「土地について?」
「はい。この土地は余りにも何もないですよね」
「この土地は以前は作物も生産され、世界に輸出していたんだけど、ただ。いまはご覧の様子何もない。あまりにも無計画に農作物を生産していたためすっかり土地が痩せてしまったんだな」
「なるほど」
「こうなるのにわずか50年たらず。崩壊するのは早いけど回復するのにはその何倍もの時間と労力が必要だよ」
荒れ果てた大地を見渡しながら独り言のように答える緑川がいた。
「ところで緑川さん。緑川さんは何故その荒れた土地に居続けるのですか」
「・・・そうだなぁまだ答えが出てないからかな」
「答え?」
「そうだ答えだな」
「なんの答えですか」
「それは次の機会にしよう。それよりもこれからどうしたい」
「こちらの人の暮らしぶりと話を聞きたいです」
「それなら今すぐ出かけないとまた昨日のようになってしまうぞ」
青木美月は緑川の自動車に乗り込んだ。
「緑川さん今から向かうところってここからどれくらいのところにあるんですか」
「300kぐらいの所だ。そこには数十人が暮らしている小さな集落なんだな」
青木美月は距離を聞いて4時間くらいかなと検討をつけていた。実際には6時間かかって集落に到着した。
「おい着いたぞ」
「ありがとうございます」
ここは緑川が住まいするとこよりも生活感はある。ただ人気はなく建物が適当に建っている感じに見え、衰退を予感させていた。
「おーいこっちこっち」
緑川が青木美月を呼んだ。
厳しい状況が漂う集落に見とれていた青木美月はいつのまにか現地の人と話をしている緑川の所に小走りに駆け寄った。
「すみません。つい集落に見入ってしまいました」
「この方はこの集落の長マフィドさんだ」
「マフィドさん今日はよろしくお願いします」
緑川は青木美月の言葉を通訳してくれた。
「緑川さん早速聞いてみたいのですが・・・」
青木美月は長へ初対面にもかかわらずドンドン質問した。
この長はどうやら80歳後半らしいそして唯一ここ一帯が栄えていた頃の体現者だった。
残りの人達は皆衰退の中での生活しか体現していない。
そんな長はこの地を荒れた土地にしたのは目に見えないモンスターだと言いていた。
そしてそのモンスターのおかげで土地は荒れ果て産業も落ちぶれ人は暇を持て余し子づくりをレジャーの様に行っている。その後子供が産まれるが、生まれてくる子供の大半は餓死を迎える。
食糧難からくる餓え地域一帯の崩壊からくる人口増加・・・。
青木美月と緑川は集落を後にし、帰途についた。
「緑川さんさっきのマフィドさんの話なんですが目に見えないモンスターってひょっとして我々のことなんでしょうか」
「さぁそれはなんとも言えないな。なんせ見えないんだから」
青木美月は真っ暗な車の窓に映る自分の顔見ていた。
それからも精力的に現地を見て回った。そんなある日不思議な物が目に飛び込んできた。
「緑川さんあの遠くに見えるものって工場なんですか」
「いやあれは工場ではない事は確認できている」
「確認できている・・・」
「そうだ」
「それじゃ一体」
「今調べている最中なんだ」
「調べている?」
「あの緑川さん、聞いてもいいですか!前にも聞いてはぐらかされてしまったんですけどぉ、緑川さここで何していらっしゃるんですか」
「・・・」
「緑川さん」
「さ今日はこれで取材はおしまいにしよう」
「まだ明るいですよ」
「これ以上の接近はよろしくない」
そう言うと緑川は家に向かった。
「久しぶりに今日は贅沢をしような美月」
「・・・・」
緑川は何処から用意したのか牛肉にワインにと美味しそうな食事を並べている。
「緑川さんこの食事どうされたんですか」
「美月のために用意したんだよ」
「ありがとうございます・・・いやそうじゃなくてどこから持ってきたんですか」
「まあ座って食事をしながら話そう」
青木美月にワインを注ぎ自らは手酌でワインを注いだ。
「さっきの質問なんですけど・・・緑川さんって謎だらけなんですけど」
「美月俺の事はあまりふかいりせずにお前のことだけにしときなさい。ただ今日おまえが見た工場らしき物については説明をしなければならないな」
「昨年の始めに突然輸送機がやってきたんだ。ただ地上から見ても国籍は不明だった輸送機から投下された機材や重機、人など数週間絶え間なく降りてきていた。輸送機が姿を消して数ヶ月後にはあの光景が出来上がっていたんだ」
「作業員達は?」
「その後また大量の輸送機郡がこの地に着陸して機材や作業員を回収して行ったんだ」
「それであれは何ですか」
「今は分からない。ただロケットの発射台のようにも見えるんだ」
「ロケットですか」
「アレについてはまだこの程度のことしかわかってないんだ。それより美月。おまえの取材は進んでいるのか」
「まあ大体終わりにできるところまで取材できています。明日はちょっと休憩しようかと思ってます」
「と言うことは明日は休みって事か。美月よく頑張ったな。こんなへんぴな所に一人で」
「緑川さんが居てくれたじゃないですか」
「おぉ〜そう言ってくれるのか!じゃ今日はしっかり飲もうか?」
青木美月は緑川の現地での面白いエピソードを聞いて笑い転げ泣きじゃくりと感情を揺さぶられ続けた。お互いの話が尽きる頃には二人肩寄会いながら焚き火に薪をくべていた。そしてその夜は二人一緒に過ごした。
「美月朝だよ。起きないと」
「おはようございます」
「ございますは無いよ。美月」
「ふふふそうだねおはよ」
「二人は昨夜の余韻に浸りながら朝日を眺めていた」
「ねぇ緑川さん!緑川さんの名前はなに」
青木美月は緑川の名前を知らないデスクからも緑川とだけ伝えられていた。それで十分だと思っていた。
『緑川さんの名前が知りたくなるなんて!ふふふふ叫ぶ価値あるかも』
「美月俺の名前は」
青木美月の頬にキスをして耳元で囁いた。
「俺の名前は流司。緑川流司」
「リュウジ・・」
青木は緑川の名前を呟いた。
「これからなんて呼べばいいの」
「流司でいいよ」
「・・・流司」
青木美月はあと少しで終わる出張が残念に思っていた。
「ねぇ流司」
「私帰らないとダメかな」
「美月はここに何のためにきたんだい」
「そうだけどさぁっ」
「流司と別れたくないの」
「デスクが困るぞ、そんなわがまま言うと」
「それにもうわかっていると思うが生活するうえで何もない。それに医者もいない。そんなところでどうやって生活するんだい」
「流司がいる」
「・・・」
緑川流司はどうしよもなく困ってしまった。
『どうする美月をこのまま残していいのか、この地はいずれ大変なことが起きる可能性があるのに』
『でも惚れちゃたんだよなぁ』
『あーどうしよ』
「美月どこ行った」
緑川流司が葛藤している間に青木美月はラフな格好に着替えていた。
「流司これからどうする」
青木美月はもう残ると決めていた。
「どうするって美月お前・・・」
それから数週間後小包が嫁入り新聞社白根デスクの元に届いた。
小包の中にはまとめられた現地リポートが入っていた。それは白根デスクが期待した以上の成果と予見がまとめられていた。小包のなかにはリポートと別にもう一つ封筒が入っていたその中には青木美月の退職届けとこれから青木美月ではなく緑川美月となり現地でこれからも食糧危機や人口増加に対する取材をフリー記者となって行うことが書かれていた。
「緑川の奴何してんだよ!まったく」
そう言いながらもどこか笑顔の白根デスクだった。そして青木美月改め緑川美月?の退職届は自らの引き出しの奥に仕舞い込み休職扱いと総務に報告した。




