82.アテナの戦いのセンスに脱帽です
アテナもまた、面白い作戦を考え付くものですわね。
見下ろす地上トロイアでは、トロイア勢が城壁の中へとせっせと巨大な木馬を運び入れようとしています。
何故木馬なんて物を運んでいるのかの前に、戦争はどうなったのか、まずこちらの方が皆さまも気になるでしょうからお話しておきましょう。
あの後アキレスは、アテナの謀略により王太子ヘクトルと一騎打ちになりました。
この戦争で死ぬ運命にあるアキレスではありましたが、まだその時ではなかったようです。
見事ヘクトルを討ち取り、その亡骸をギリシャ軍の船陣へと持ち帰りました。もちろんこれにはギリシャ勢も大盛り上がり。
士気の下がったトロイアをこれで一気に畳み掛けてしまえるかと思ったのですが、そう甘くはありませんでした。
トロイアを救援しに、まず駆け付けてきたのはアマゾンの女戦士。以前にもお話ししましたけれども、女と言っても根っからの戦闘部族です。
ギリシャ軍と壮絶な戦いを繰り広げ、最後はアマゾンの女王ペンテシレイアが、アキレスに討ち取られました。
そして次にやってきたのは、ここよりもずっと南東にある国エチオピアからやって来た、黒い皮膚をした兵士達。この国の王メムノンは、曙の女神エオスが母で、父親はトロイア王プリアモスと兄弟のティトノスです。叔父のピンチに駆けつけたという訳ですわね。
テティスとエオス、どちらからも泣きつかれてゼウス様も困ってらっしゃいましたけれど、結局はメムノンがアキレスに負けて死にました。
でもゼウス様は、負けたメムノンに不死の身を与えてやって、丸く収めていましたけれどもね。
トロイアの王太子ヘクトルも、アマゾンの女戦士も、そしてエチオピア軍をも倒したアキレス。
もう十分な名誉と名声、後世に語り継がれる武勇伝の数々を得ました。
そろそろ頃合いだろうと、アポロンがパリスに教えたのです。
彼の唯一の弱点が、踵であると。
昔お話ししましたでしょう? テティスが息子可愛さ故に、ステュクス川に浸して不死の身にしようとしたと。
テティスはその時アキレスの踵を掴んで水に浸したので、踵だけが水に触れなかったのです。
アポロンの助けもあり、パリスはアキレスの踵に矢を当てて殺しました。
この戦争の発端となったパリスはパリスで、ヘラクレスの矢を持っていたピロクテテスと言う男に殺されました。
アキレスを失ったギリシャ勢、ヘクトルを失ったトロイア勢。
結局はアテナの知略には敵いませんわね。
アテナは知将オデュッセウスに策を授け、そして今まさに、その策が実行されている所です。
「アポロンはもうトロイアへは行かないのですか」
わたくしと一緒に地上を見下ろすアポロンが、首を横に振りました。
「ゼウス様はこれで終わりにするんだそうです。そして俺も、この戦いの終わりを見ました」
「そう」
ゼウス様もいよいよ、この戦いに見切りをつけて、最後は人間達に任せるようです。アポロンも得意の予言術で、この先にある運命の一端を垣間見たのでしょう。
トロイア軍が運び入れているあの木馬の中は空洞になっていて、実は戦いに優れたギリシャ軍の戦士が入っています。残りの兵は船で近くにあるテネドス島に隠れて、あたかもギリシャ軍が戦うことをやめて帰って行ったかのように見せました。
『アテナ女神に捧げる』
と書かれた木馬を見たトロイア軍は、戦利品としてせっせと戦士入り木馬を広間へと運びいれると、飲めや歌えやの大騒ぎを始めました。
「こうなると、ちょっぴり可哀想になってきますわね」
「あれ? ヘラ様。もしかして助けに入られるのですか?」
「まさか。ゼウス様が心をお決めになったからには、運命はもう、決まっています」
「ゼウス様の御心を変えられる程のものを、ヘラ様はお持ちでは無いですか」
「やめておきましょう。どのみちどちらも滅ぶ運命なのですから」
アポロンと会話をしているうちにも、泥酔した兵士が一人、また一人と眠っていきます。
シンと静まり返った広間。
月明かりだけが照らす夜。
木馬から出てきた黒い人影。
城壁の中へと運び入れてもらったギリシャ兵は、内側から城門を開けて、外で待機していた仲間を引き入れました。
その後はお察しの通り。
トロイア勢は泥酔していますので、ほとんど抵抗すること無くギリシャ軍の餌食となっていきます。
「さて、勝利に酔いしれ狼藉を働いた者には、きちんと罰を与えないといけませんわね」
アポロンは頷き返すと鳥の姿に変身し、滅び行くトロイアの城へと飛んでいきました。
「まだまだ、わたくしも仕事をしないと」
英雄の種族が完全いなくなるまで。もう少し。




