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81.こんな日のために、努力していましたのよ!

「これはまた随分と派手に……きゃああああ!!」


 突然河の流れが変わり激しくなると、死体を含んだままの水が生き物のようにうねり、アキレスへと襲いかかろうとしています。


 その脇に居るのはポセイドンとアテネ、そして対峙しているあの二人は……


「スカマンドロスとシモエイスの仕業ですわね!!」


 シモエイスはそのまま、シモエイス川の神です。シモエイス川はスカマンドロス河の支流であり、その化身である両神は兄弟神。

 日頃からトロイア人に崇められていたので、この2人はトロイアの味方をしているのでしょう。


「ヘパイストス、あなたの出番ですわ! 炎で河の水を綺麗さっぱり干上がらせておしまいなさい!!」


「かしこまりましたっ!!」


 ヘパイストスはわたくしの命令を聞くやいなや、目の前に広がる平原に火をつけて焼き始めました。


「ちょっと、わたくしは河の水を干上がらせろと言ったのですよ。なぜ野原に火を放つのです?」


「ヘラ様の顔色が、先程からお悪いようでしたので。血なまぐさい匂いに気分が悪くなっているのなら、焼き払ってしまうのが宜しいかと思ったまでです」


「まあヘパイストス!! あなたの細かい気遣いときたら……!」


 さすがは母親想いの息子です。

 わたくしもその気持ちに応えてやらねば!


 川沿いの木々をヘパイストスが燃やし始めたところで、大声を出して風の神の名を呼びます。


「西風の神ゼピュロス! 南風の神ノトス!! 聞こえるかしら?!」


 ヒュウっと目の前で風がたつと、二人の男が現れました。


「「ヘラ様、ここにおります」」


「ヘパイストスの手助けをしてやりなさい。この辺り一帯を焼き払ってしまいなさいな」


 二人は短く返事をすると、風を吹かせて燃え上がる炎を更に強く、そして広くに運び、瞬く間に目の前が火の海と化しました。

 河の水はボコボコと不気味な沸騰音をたてながら水位を低くし、水蒸気でもやがかかります。



 これにはスカマンドロスとシモエイスが悲鳴を上げて、ヘパイストスの膝元に崩れ落ちて泣きはじめてしまいました。


「ああぁ、ヘパイストス様。降参です。貴方様のお力は充分過ぎるほどに分かりました。もうこの戦いに俺たちは参加せずに見守りますので、どうか、どうかご容赦を」


「だそうですけれども、いかが致しましょうか」


 もう焼ける物など無いほどに、辺りは焼きつくされてしまいました。わたくしの息子の実力も見せつけてやった事ですし、これ以上二人を虐めるのは可哀想ですわね。


「まあこのくらいで良いでしょう。火を止めてやりなさい」


 頷き返したヘパイストスは、燃え広がる炎を鎮めてやりました。風も止み炎も消え、埋めつくしていた死体までもが焼け消えた河は、元の通りの美しい姿を取り戻して流れはじめました。


 アキレスとアテナ、ポセイドンは既に別の場所へ行ってしまったようで周りには誰もおりません。


「わたくしは別の場所へ行って参りますわ。あなたはわたくしの呼び掛けに、すぐに応えられるようにしておくのですよ」


「分かりました」



 更にトロイアの城近くへと移動すると、ヨレヨレになったアレスをアフロディテが助けようと、抱き抱えて運ぼうとしています。


「ヘラ様!」


「あらアテナ。アレスはまたあなたがやったのかしら?」


「ええ。ギリシャ勢にとってアレスは大いに邪魔ですから」


「それならば詰めが甘いですわ。降参しない限りは容赦なくやるべきです」


「良いんですか」


「もちろんです」


 アテナは槍を持ち替えて利き手を空けると、アフロディテに強烈なパンチをかまして、昏倒させてしまいました。

 


 うーぅ、痛そう!



 仲良く地面の上に伸びてしまった2人を、天界へ連れて帰るようにイリスに申し付けて、更に先にいる3人の神の元へと急ぎます。


 ポセイドンとアポロン、そして弟と共にトロイアに付いているアルテミス。片手に三叉槍を持つポセイドンが、いらただしげにアポロンを睨み付けて話しています。



「アポロン、なぜお前はトロイアに味方するんだ? 俺とお前がゼウスに言いつけられて、ラオメドンに仕えて城壁を築いてやった時、散々な目に遭ったろう? あいつは約束していた報酬を全部反故にしたんだぜ?!」


「それは先代の王の頃の話しでしょう。ラオメドンはとうの昔に死にました。それに王太子のヘクトルは好青年で、お気に入りですから。ですが俺は、貴方と直接闘い争う気はありません。人間たちに手を貸して、その上で勝敗を決めましょう」


 

 そう言うとアポロンはアルテミスの腕を掴んで、立ち去ろうとしました。


 アポロンはきっと、ゼウス様とポセイドンとに遠慮したんですわね。ポセイドンはゼウス様とは兄弟ですから。

 この様な戦いの場においても律儀ですこと。見直してしまいます。


「ちょっとアポロン! あんた何やってんのよ?! この戦いでは上下関係なし。ゼウス様と兄弟だろうが何だろうが、関係なしでやって良いって事になってるでしょ!」


「そうは言うけどな、アルテミス。ポセイドン様と直接やり合って力試しなんてする必要ないだろ。この戦争はあくまで、人間滅亡計画。それなら人間同士の戦いで決着を付けるべきだ」


「はぁん? どーせポセイドン様に勝てるかどうか自信ないから、そうやってごちゃごちゃと言い訳してんでしょ。この意気地無しっ!!」


「意気地無しで結構だよ」


 姉の言葉にムッツリとした顔をしつつも、やはりその場を立ち去ろうとするアポロン。

 これには私の方がプッツン、と切れてしまいました。


「アルテミス! あなたいい加減になさいな。無礼極まりない誰かさんと違って、アポロンはポセイドンの顔を立てているのでしょう。ワガママ娘はその口を閉じていなさい」


「ヘラ様こそこんな所に来てあれこれ口出ししてないで、天界から眺めていれば宜しいではありませんか。弱っちい女がこんな所にいては、今度は人間の男にでも襲われてしまいますよ」



 ――ドゴッッ!!


 

 目の前にあったアルテミスの顔がぐにゃりと歪み、そのまま地面に尻もちをついて倒れました。


「いったぁ! やったわね!!」


 アルテミスが真っ赤に腫れ上がる頬を抑えて、睨み付けてくる先はわたくし。

 先制パンチが見事にきまって、鼻血をボタボタと垂らしています。


 ふっ、ふっ、ふっ。


 ギガントマキアのあの日から、わたくし毎日欠かさずトレーニングを積んできましたのよ!武器を使って戦うセンスは無かったので、接近戦のみですが、弓が得意なアルテミス相手ならば好都合。


「痛たたたたたっ!!!」


 アルテミスが背にある弓に手を伸ばそうとした所を、手首を掴んでねじり関節技を決めた後、矢筒に刺さっている矢を束ごと掴んで奪いました。


 手首を掴んでいた手を離した瞬間に、もう片方の手で握っている矢の束を、ブゥーンと思いっきり振ってアルテミスの腹に打ち付けてから、更に肩を殴打。


 打ち付ける度にバシーーンっといい音が響き渡って……何でしょう……決まるとすっごく気持ちが良いですわ。


 しこたま打ち付けてやって、仕舞いにはメソメソ泣き出してしまいました。このくらいにしておいてやりましょう。



「わたくしを見くびっていると痛い目にあいますわよ。出直してらっしゃい」



 手も足も出なかったアルテミスに、決めゼリフを吐いてやりました。

 その様子を口を、あんぐりと開けて見ていたポセイドンとアポロン。2人にはちゃんと口止めしておかないと。


「2人とも、分かっていますわよね。ゼウス様に言ったりしたら……」


「「はひっっ!!」」


 ニコォと笑って圧をかけると、妙ちくりんな返事が返ってきました。


 アフロディテにアレス、それからアルテミス。

 なかなかいい調子ではなくて?


「わたくしは疲れたから様子を見ることにします。アポロンとポセイドン、後は頼みましたわよ」


 ゼウス様の元で、事の成り行きをしばらく見守ることに致しましょう。


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