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79.色仕掛け作戦決行です!

 いらっしゃったわ。


 イダ山の頂きに腰を下ろし、まだ他の場所を眺めているようです。


「ゼウス様」


 声を掛けると、どこか遠くを見ていた瞳がこちらに向けられました。


「ヘラ、どうして君がここにいるんだい? 戦争への介入はまだしてはならないと言ったはずだよ」


「もちろん承知しておりますわ。そうではなく、今日ここへ来たのはオケアノス様の所へ行く前に、ひと言ゼウス様に断りを入れておこうかと思ったのです。ゼウス様もご存知でしょう、御二人が長い間、仲違いをしてらっしゃることは。わたくしが御二人の心を解きほぐし、仲を取り持って来ようかと思いますの」


 話している内にもゼウス様の表情がみるみるうちにトロンと蕩け、物欲しそうな目で見つめてきました。

 手首を捕まれ膝元に抱き寄せられると、耳を甘噛みされて、思わず声をあげてしまいます。


「ひゃあっ!」


「それはいい案だ。けれども、ねぇ、ヘラ。今日の君は何故だか、いつにも増して魅惑的に見えるな」



 甘ったるい声に、全身に鳥肌が……!


 たくし上げられる衣の裾からはゼウス様の指がつうっと伝い、視線を絡め取られました。


 すすす凄いです、アフロディテから借りた紐の威力!!


 アフロディテの持つケストスと言う紐は、愛や憧れ、欲望が秘められた特別な神器。

 これを使えば神であれ人間であれ、誰でも魅了し虜にしてしまう恐ろしいアイテムです。最高神のゼウス様と言えども、例外ではありません。


「ゼウス様……わたくし、オケアノス様の所へ行かなければ……んんっ……」


「あの二人の事は随分と前のことから続いている。今日一日伸びたからと言って気にすることなど無いだろう?」


「それなら天界へ戻り寝室に行きましょう。こんな所でなんて……」


 屋外の真昼間から情事に励んだりしたら、丸見えもいいところ。どうぞ見て下さいと言っているようなものです。あ、ヒュプノスはどこかからか見ていますけれどもね。


「その願いは聞き入れられないな。1秒も待てない」


「そんな」


「でもこうすれば、君も気にならないだろう?」


 抱き合うわたくし達の周りに、キラキラと露を滴らせる黄金の雲が取り囲みはじめました。

 視界が遮られ、太陽の光も朧げに届くだけ。


 作戦の為とはいえ、久しぶりのゼウス様の腕の中。

 しばらくは楽しませていただきましょう。





「まいったね……」


 ヘラが突然やって来たかと思えば、どうにも抑えられない衝動にかられ、そのまま彼女を抱いて寝てしまった。

 長い眠りから目を覚ましトロイアの地上を見れば、ポセイドンがギリシャ勢に加勢していた。トロイアが劣勢に立たされ、敗走する様を隣で見ていたヘラの口元に、うっすらと笑みが浮かぶのを見落とさなかった。


 脱ぎ捨てられた衣の下からは、見覚えのある紐の先が見え、ヘラの謀略にようやく気が付いた。



 ――ケストスか。



「また僕を陥れようとしたのかい?」


「何故そのような事を仰るのですか? わたくしは申し上げた通り、ただオケアノス様とテテュス様の仲を取り持とうとしていただけですのに」


「……なるほどね」


 誘惑に負けたのは僕の勝手という訳か。逃げ道をきっちり作っておくなんて、更に悪知恵を働かせるようになってきたものだ。



 神の介入を止めさせたのは、トロイアを勝たせるためでは無い。テティスとの約束を果たすためだ。


 このまま神の参加を許し続けていると、アキレスが栄誉と名声を勝ち取る前に、戦いに決着がついてしまうかもしれない。

 戦いの采配をしやすくするための命令だったが、さてヘラは、どこまで分かってやっているのか。


「もう浮気はしないとの誓いをお忘れですか」


「どう言う意味だい」


「テティスと密会していた事は知っております。その為にトロイアに肩入れなさっているのでしょう?」


「それを知っていての行動だったのかい?」


 深いため息をしたのはどちらなのか。

 先に口を開いたのはヘラだった。


「アルテミスとアポロンからはじまって、最近ではヘラクレスやヘレネ……。ゼウス様はいつもそう。わたくしにはなんの相談も無しに、ひとりで事をお進めになって。ゼウス様の中には賢いメティス様もおいでになるので、わたくしの意見など聞かずとも良いのでしょう。それは我慢致します。ですが……」


 瞬きすればすぐに涙がこぼれ落ちそうな瞳を向けて、ヘラがこちらを見つめてきた。


「他の女に心を寄せるのだけは許せません。どうしても……どうしても許せないのです」



 ああ、ヘラはまだ僕の性癖をきちんと理解出来ていない。



 これだから手放せないのだと言うのに。


 それとも、分かっていてやっているのだとしたら、かなりの策士で名役者だ。



「困った子だね。どうしたら伝わるんだろう。これほど僕の心を掴んで離さない者など、居ないというのに」


 ふわふわと波打つ艶やかなナッツブラウン色の髪を漉いてやると、瞳に溜まっていた水が大きな雫となって零れ落ちた。


「……アキレスが再び立つためには、親友のパトロクロスの死が必要だ。最も愛するものの死ほど、大きな衝撃は無いからね。そのためにはまずトロイアを有利にしてやる必要がある。分かるね?」


 長い沈黙の後に、ヘラは小さく頷いた。


「…………はい」


「分かったら天界に帰り、イリスとアポロンに僕の所へ来るように伝えてくれ」



 終わらせよう。この戦いを。


 ヘラと過ごす、未来のために。


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