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77.いい案、閃いてしまいました

 ギリシャ勢が上手いこと押していると思ったら、今度はトロイア勢が押し返してきました。

 一進一退の攻防が続き、死者を弔い埋葬する暇などなく、足元には死体があちこちに転がっています。


 この状態を哀れに思ったアポロンとアテナは、一時休戦を合意。2人の策略により王太子ヘクトルと、ギリシャ軍ではアキレスに次ぐ強さを誇るアイアスとが、一騎打ちをする事になりましたわ。

 勝敗がつく前に日没を迎え、両軍はそれぞれに死者を埋葬。その間ギリシャ軍は船陣の周りに防壁と、外側には沢山の杭が打ち込まれた濠を掘って、船の守りを固めました。


 トロイアの城には、アポロンとポセイドンが叛逆を企てた罰として築いた、強固な塀が張り巡らされて守られています。ここにきてギリシャ軍も急ごしらえですが、防衛ラインを敷く事を思いついたようです。



 夜が明けて戦闘が再開されるかと言うところで、ゼウス様が話しがあると神々を集めて何を言うのかと思えば、


『全ての神々は両軍から一度手を引く事。僕が許可するまではしばらくの間、黙って見ているように』


との事。


 突然の宣言に皆驚きましたけれども、ゼウス様の命令には逆らえません。

 理由を聞くこともままならないまま、ゼウス様はトロイア近くのイダ山へと行ってしまいました。


 わたくし達神が天界から眺めている間にも、ギリシャ軍はトロイア軍にどんどん押され、とうとう船陣前まで攻め込まれてしまいました。

 いてもたってもいられなくなったわたくしとアテナは、手助けしてやろうと戦闘の最中へ向かおうとした所で、ゼウス様から使いを出されたイリスに止められてしまいました。


 ゼウス様ったら! 『また宙吊りにされたく無かったら、大人しくしておきなさい』だなんて酷すぎますっ!!



「ああもうっ! トロイア軍が防壁を越えそうですわ。ゼウス様はもしかして、トロイアを勝たせてあげるおつもりなのかしら」


「ヘラ様、そんなに興奮しては盆がひっくり返って、水が零れてしまいます」


 お茶を持ってきてくれたイリスに声を掛けられて、引っ掴んでいた盆を離しました。


「どう見てもトロイアの優勢。このままではギリシャ軍は、あの節穴だらけの目を持つパリスに負けてしまいます」


「アキレスはまだ参戦しないのですか」


「ええ。アガメムノンが和解しようと申し出たのに、あの頑固者は断ってしまいましたわ」


 次々と勇士達が負傷し窮地に立たされたアガメムノンは、アキレスに使いを出して和解しようとしたのです。共に戦ってきた者達が傷を負い、今にも死が迫ってきていると言うのに、アキレスは断固として譲らず不参戦を決め込んでいます。


「……あの、ヘラ様には申し上げにくいのですが」


「なんです? 怒ったりしませんから、何でも言ってご覧なさい」


 イリスは持ってきた茶器をテーブルに置きながら、胸に留めていた事を吐き出すように話し始めました。


「いくらか前にテティス様がゼウス様をお訪ねになられた事と、ゼウス様がトロイアに味方する事とは、何か関係があるのではないかと」


「テティスがゼウス様を訪ねてきた? それはいつの事です?」


「アキレスがアガメムノンと仲違いをした頃です」


 アキレスが自分に課せられた運命のうち、名誉ある死を選んだ事は、わたくしも承知しております。母親のテティスが息子のために、ゼウス様に何かお願いでもしたのかもしれません。なにせテティスはゼウス様に貸しがありますもの。


「体の関係はなくとも、心の浮気というものがあると、分かっておいででは無いようですわ」


 肉体的関係を持たれるよりも、心を他所の女に寄せられる方が頭にきます!

 

 ふつふつとした怒りが湧き上がり、戦況がどうなったのか水盆に張った水鏡でトロイアを見てみると、弟ポセイドンの姿が目に入りました。


「ポセイドン? 戦争へ手出ししてはならないと言われておりますのに、どうしてギリシャ軍に加勢しているのかしら」


 ポセイドンは今回の戦争では、ギリシャ方に付いています。と言うのもアポロンと一緒にトロイアに城壁を築いた時、王が城壁の対価を約束していたにも関わらず、反故にされたとかで恨んでいるから。


 わたくしとアテナが加勢しようとした時には脅してきたのに、ポセイドンには何も言わないなんて!


「ゼウス様は何をしてらっしゃるの?」


 水鏡に映る情景をイダ山山頂へと移すと、ゼウス様の目は何処かぼんやりとして、焦点が合っていません。

 もしかすると今、ゼウス様は油断して、別の場所に気を取られている?


 アテナとわたくしがゼウス様に叱られた事はみんなも知っている。だからちょっとくらい目を離しても、自分の目を盗んで加勢する者などいないだろう。ってところかしら。


 ポセイドンはゼウス様の隙をついて立ち回っているのですわね。


「ヘラ様……悪いお顔をなさっていますよ」


「あらそう? 心配ないわ。イリスには迷惑かけたりしませんから。ただポセイドンが加勢している事を、わざわざゼウス様には報告しないでくれれば、それで構いませんわ」



 名案が閃きました。



 浮気性の夫を懲らしめる、とぉっても良い策が、ね。


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