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74.ようやく事が動いたと思ったら、劣勢ですって?!

 ふぅむ、なかなか決着が付きませんわね。


 

 ギリシャ軍がトロイアへ遠征してかれこれ9年。

 プリアモス王の王城を囲むようにしてトロイアの海岸に陣取ったギリシャ軍は、いい戦いぶりをしましたわ。とは言えトロイアだって力のある国ですから。同盟を結ぶ国から次々と軍がやってきて、こちらが優位にたったと思ったら逆転して、あちらに形勢を奪われたりと、小競り合いが続いています。


 ついこの前はギリシャ軍がトロイアから東南にある海岸のリュルネソスを落とし、更に続いてその近くの市を落として、山のような戦利品と捕虜を手に入れていましたけれども……。


 いまいち決め手に欠けて、事が前に進みません。


 悶々としつつも干しぶどうをつまんでお茶を飲んでいると、アテナが緊張した面持ちでこちらへとやって来ました。


「ヘラ様聞きましたか?!」


「何をです?」


「アキレスの事ですよ。あの者がアガメムノンと仲違いをして戦線離脱したのです」


「何ですって?!」


 この戦争に参加しているアキレスは、名だたる英雄たちが揃う中でも一際活躍し、凄まじい勢いで戦果を挙げています。

 アキレスが抜ければ、ギリシャ勢が一気に不利になるのは言うに及ばず。一大事です!


「先日落とした市で、アガメムノンが奴隷に手に入れたクリュセイスと言う女がおりましたでしょう?父親が娘を身代金と引き換えに返して欲しいと、アガメムノンに要求したところ突っぱねられてしまい、アポロンに祈りを捧げたのです」


「それでアポロンはその願いを叶えてやったの?」


「ええ、何せクリュセイスの父親はアポロンの神官でしたので。アポロンが怒って疫病の矢をギリシャ軍へ放ち、アガメムノンがクリュセイスを返す事にしたのです」


「それならアポロンは病を治してやったのでしょう? なんの問題もないでは」


 アポロンがヘパイストスに作ってもらった黄金の矢は、地上に向けて放つと疫病をもたらす事が出来るのと同時に、病を癒す事も出来てしまうと言う代物。

 アポロンの性格ならば、アガメムノンが大人しくクリュセイスを返してやれば、病を無闇やたらに蔓延させ続けることはしないハズですが。


「それが、アガメムノンが自分だけが戦利品を取られるのはおかしい。代わりにアキレスが手に入れた奴隷の女ブリセイスを自分に寄越せと言い出したのです」


「プハッ! 何ですって?」


 思わず飲んでいたシデリティスティーを吹き出すところでした。

 アガメムノンはもともと、若く勇ましいアキレスの事を気に入らないと思うところがあったよですが、いくら何でもその理由は横暴過ぎじゃないかしら。


「アガメムノンが更に侮辱し、アキレスがカッとなってアガメムノンに襲いかかろうとした時には、私が止めに入って思いとどまらせましたが」


「なるほど。それでアキレスはギリシャ軍への加勢を止めたと言う訳ですわね」


 ここに来てようやく、この戦争が動きを見せそうです。ですが、これではわたくしが加勢しているギリシャ軍が危うい状態。

 どうしたものかしら。



 *



 人類滅亡の為の戦いが始まってから9年目にして、事が大きく動いてきた。

 アキレスがアガメムノンから受けた侮辱と己の運命とを母親のテティスに嘆くと、テティスは早速僕の所へとやって来た。


「ゼウス様。私が今日ここにやって来た理由は既にご承知の事と存じますが、どうか話しをお聞きください」


「いいよ、話してごらん」


 テティスは金の玉座に座る僕の足元に跪くと、手を握り震える声で話し始めた。


「アキレスは自分にある運命のうち、短命でも良いからと不朽の名声を得る方をえらびました。ですがこのままでは、息子がその運命を辿ることは出来そうもありません。どうかお願いです。息子アキレスがギリシャ軍に加勢しない間は、トロイア軍に勝鬨をあげさせてください。そうしてアガメムノンとギリシャ軍の王達に、自分達のした行いを後悔させ、アキレスの名誉をお守り下さい」


「僕がその願いを聞き入れると思った根拠は」


 この戦いではこれまで、両軍に公平に肩入れをしてきたことはテティスもよく知っているはず。今言ったテティスの望みを聞き入れれば、ギリシャ軍にとっては大きな痛手となる。

 僕がトロイアにばかり味方をすると、とうぜん妻のヘラが怒るだろうが……。


「貴方様が謀反に会い窮地に立たされた際、神々の中で私だけが味方をしたことを、覚えておいででしょうか」


 ポセイドンとアポロン、そしてヘラが共謀して僕を縛り上げ、陥れようとした時の事か。流石にあの時は、僕も怒りに任せてヘラを宙吊りにしてお仕置をしてやったが、テティスにはまだ礼をしていない。


「……君の言いたいことはよく分かった。ヘラに見られて余計な反感を買う前に、安心して海へ帰るといい」


 緊張の糸が切れたようで、テティスは眉を下げて顔を緩めると、「失礼致しました」と言って出ていった。



 テティスの頼み事は厄介だ。


 中立を保ってこの戦局を見続けてきたが、そうもいかなくなってしまった。

 権力と力そのものにものを言わせて、テティスの願いを握り潰すことなど造作もないが、自分の欲望が勝ってしまった。



 ――ヘラが嫉妬に駆られ、怒った顔を久しぶりに見たい。



 浮気はもうしないと誓いを立ててからというもの、ヘラはすっかり安心しきっている。

 自分が目の敵にしているトロイアに、僕が手を貸しているとなればきっと、烈火のごとく怒り出すだろう。

 その様子を頭に思い浮かべてみると、テティスの要望を聞いてやるのも悪くは無い。


「ふふっ、またヘルメスに小言を言われそうだ」


 性癖など、そうそうに変えられるものでは無い。


「厄介な男に好かれてしまったと、諦めてもらうより他ないね」


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