73.ゼウス様の計画(2)
広間には呼び集められた神々が既に着席していて、わたくしとゼウス様の姿を認めると立ち上がり杯を持ち上げました。杯をへべから受け取って飲み干すと、眩いばかりの宝玉で彩られた黄金の椅子に座り、ゼウス様の言葉を待ちます。
「今日集まって貰ったのは、僕が今進めている計画を皆に教えてあげようと思ってね」
口元にうっすらと笑みを浮かべているのは、これから話す事への反応を楽しみにしていらっしゃるのでしょう。
どうやらこれは、重大発表になりそうです。こくりと唾を飲み込みゼウス様の横顔を見上げると、他の者たちも同じようにその顔を見つめました。
「テバイであった二度の戦争に続いて、今度はギリシャとトロイアとの間でも戦争が行われていることは、皆も既に知っているね」
テバイと言う都市をまた覚えているでしょうか。昔カドモスとハルモニアが結婚し、ゼウス様がセメレと浮気したあの場所です。
アテナイやスパルタと並ぶ強力な都市国家だったテバイは、兄と弟とで王座を巡る争いをし、2度に渡る激しい戦争で随分と荒れて多くの死者が出ましたわ。
そしてその大戦争からの、ギリシャとトロイアの戦争。こちらはギリシャだけでなく、もっと遠くの国を巻き込んだ大掛かりなものとなっています。
わたくしとしてはトロイアの王子パリスが大嫌いですので、ギリシャ軍にはコテンパンに打ちのめしてもらいところですけれどね。
ゼウス様の問い掛けに皆一様に頷く中で、アルテミスが思い出したのか、ちょっぴり苛立ったような口ぶりで声を上げました。
「もちろんだわ!ギリシャ軍の総大将、アガメムノンとか言ったかしら?あいつってば、あたしの可愛がっていた鹿を殺した挙句、『狩りの腕前じゃアルテミスにも負けない』だとかほざいて!! ムカついたから風を止めて邪魔してやったわ」
アキレスが加わった後トロイアへと向かおうとしていたギリシャ軍は、足止めをくらいました。今アルテミスが話していた通り、船出に必要な風が吹かなくなってしまったから。
占いによって原因を知ったアガメムノンはアルテミスの機嫌を取り直して貰うために、長女を犠牲として捧げたのですが……。
「結局アガメムノンの娘はあなたが助けてやったのでしょう? 犠牲を捧げろと言った張本人ですのにね」
「懲らしめてやりたくて言っただけです。あの娘自体はそんなに嫌いじゃなかったしね」
アガメムノンが自分の娘を手にかけようと短剣を振り下ろしたその瞬間、アルテミスが娘と鹿とを取り替えてやったそうです。まあこれでアガメムノンも、神を侮辱する様な真似をすると痛い目をみるという事がよく分かったでしょう。
「話しを元に戻しても良いかな?」
「失礼しました。続きをどうぞ」
「ギリシャで多くの損害を出し、さらにはもっと広い場所に渡って戦いが起こっている訳だけれども、この事が一体何を意味するものなのか分かる者はいるだろうか?」
「その言い方は俺には、わざと大きな戦いが起こるように仕向けているように聞こえるのですが」
「そうだよアポロン。『計画』と言っただろう?」
世界中を巻き込む大きな戦争。
多くの死者が出ることは考えなくとも分かります。それを止めずに、むしろ仕向けているとなれば……
「まさか……ゼウス様……!」
ふっ、とわたくしに笑いかけると、ゼウス様は再び集まっている神々へと視線を戻しました。
「皆も分かったかな? 僕が今押し進めている計画を。そう、お終いにしようと思うんだ。英雄の種族を」
今起こっている戦争がゼウス様の意によるものならば、戦争の原因であるヘレネ、あの女もまた計画のうち……? そう考えれば辻褄が合います。だってヘレネはゼウス様がレダと不義を働いて出来た子ですもの。
「もしかして、レダとの子を設けたのは……いえ、
その前から計画は始まっていたのですね?」
ニイッと口元を歪ませ肯定の意を示しました。やはり、わたくしが考えてるよりも遥かに多くの事を見越していらっしゃるようです。
「ガイア様の負担が日に日に大きくなり、支えきれなくなっている。英雄の種族を終わらせて欲しいと懇願してきてね。今いる人間たちの多くに僕たち神の血が流れ、目覚しい活躍をする一方で、傲慢になり大地が悲鳴をあげていることに無頓着になり過ぎた。戦う事が大好きな彼らには、華やかな最期をプレゼントしてあげようかと思ってね。それこそ後世にまで語り継がれるような、そんな活躍をさせて散っていった方がいいだろう?」
「話しは分かった。それで、その続きは?」
ポセイドンがワクワクを抑えきれないようで、身を乗り出してゼウス様を促します。
「ギリシャとトロイア、この戦いに誰がどう彩りを添えても構わない。この計画が終われば恨みっこ無し。皆、思う存分にその力を発揮するといい」
「はっはっはっ! こりゃ面白い。俺たち神々の腕試しって訳か!」
「それならこのアフロディテはもちろん、パリスのいるトロイアに付くわ。愛息子のアイアネスもいる事だしね」
「ならば私とヘラ様は当然、ギリシャ。そうですよね、ヘラ様?」
アテナの問い掛けに「もちろん」と頷いてみせて、一番気になるゼウス様に目を向けます。
「ゼウス様はどうなさるおつもりですか?」
「……それを聞くのかい?」
一瞬、ビクンっ! と心臓が跳ね上がるように震えました。どちらに軍配をあげるのか聞いたも同然の質問をした、わたくしが馬鹿でした。
「愚問でしたわ。ゼウス様の思うがままに」
手の甲に口付けをして見上げると、ニコリを微笑まれて杯を手渡されました。そのまま杯を高く持ち上げて、ゼウス様の掛け声に答えます。
「英雄の種族の終わりの始まりに」
「我々神々の栄光に」
人間だけではなく、わたくし達神をも巻き込むこの戦い。女の意地にかけても、絶対に負けません!




