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71.結局、男と言う生き物は

 エリスに投げ込まれた黄金のりんごの件から間もなく、テティスは男児を産みました。アキレスと言う名が付けられて、幼いながらも豪勇ぶりが見て取れます。

 テティスったら我が子が可愛いからと、アキレスをステュクス川に浸して不死の身にしてしまいましたの。

 不死身になったのならば神の仲間入りをしたのかですって?

 うふふ、答えは「NO」です。テティスは不死身にしたと思い込んでいるようですが、うっかり者ですわね。ある一部分だけ、水に浸すの忘れてしまったせいで、完全なる不死の身体ではないのです。人間との間に出来た子が神になるなんて、わたくしとしてはもう真っ平ですもの。



 最も美しい女神は誰か。


 この問題に決着がつかないまま、もういく年も経っております。どうせわたくしがあのりんごを手にするのだから、早く選定人をゼウス様が指名してくれれば良いのだけれど。


 悶々としながら日々を過ごしていると、あのりんごを手にしたヘルメスが、アフロディテとアテナを後ろに連れてやって来ました。


「ヘラ様。ゼウス様が選定人を誰にするかお決めになりました」


「まあ、やっとですのね! それで、どこの誰なのです?」


「イダ山で羊飼いをしているパリスと言う青年。この男に決めたそうです」


 まさかの人間の男?!

 なぜわざわざ、人間の男になど選ばせるのでしょうか。わたくしはてっきり、男神に委ねるのかと思っておりましたのに。


 とは言えパリスは確か、トロイアの王プリアモスと妃ヘカベの子だったわね。ヘカベはパリスを産む際、自分が燃える木を生み、トロイアが焼け落ちるという夢を見て恐ろしくなり、パリスをイダ山に捨てたんだったかしら。

 運よく羊飼いに拾われて育てられたこの男。血筋として申し分なく、かつ、自分自身は王の子だとは知らないから、わたくし達3人のうちの誰かに特別肩入れしなければならないような事情もない。


「分かりましたわ。パリスの元へ早速参りましょう」


「ええ、私ならどんな男だって魅了してみせるわ。相手がどこの誰であろうと関係ないわ」


「私もだ。ゼウス様がお選びになった目が確かな者ならば、必ず私を選ぶだろう」




 3人が了承したところで、りんごを手にしたヘルメスの案内でイダ山へとやってきました。


「もしもーし、そこの青年! ちょっと良いかな?」


「はぁい? 一体どちら様で……うえぇ?!」


 羊の世話をしていたパリスがこちらを振り向くや否や、腰を抜かしたのかひっくり返ってしまいました。


「ああああなた様はもしかして、もしかすると、ヘルメス様でございますか?」


「うん、そう。よく知ってるね」


「もちろんでございます。そちらの伝令杖(ケリュケイオン)を持つ神が誰なのか、知らぬ者はおりません」


 ヘルメスの持つ2匹の蛇が絡まった杖は、天界から冥界まで自由に行き来出来る特別なもの。

 今回もこのケリュケイオンを使って、わたくし達3人を先程までいたペリオン山から、ここイダ山まで瞬時に連れてきてくれました。


 わなわなと震える声で応えたパリスはひれ伏しながらも、わたくし達三女神の方をちらりと見て言葉を続けます。


「そっ、それでヘルメス様。どのような御要件でいらっしゃったのでしょうか」


「ちょっと質問に答えて貰いたくてさ」


「質問……ですか?」


 緊張のためか、声が上擦って異常な程に瞬きをしています。


「あはっ、そんなに身構えなくても大丈夫。すっごく簡単な三択だから。ここにいる3人の中で、誰が一番の美女だと思う? 選んだらこのりんごを、その人に渡してあげて 」


 ヘルメスが持ってきた黄金のりんごをパリスの手に握らせて、ポンッと背中を押してわたくし達ほ前に突き出しました。


「一番の美女、でございますか? 私の目にはどちらの御方も、比べようも無いほどに美しく見えるのですが」


「そう言うの、要らないから。ほら、遠慮なく選んでよ。誰が一番?」


 こういう時に威圧的な表情をして怖がらせてはいけませんわね。人間の男に愛想を振りまくのは嫌ですが、出来るだけ平常心を保って穏やかな表情を作ってみせます。


「ええと……そのような事を言われましても……。御三方それぞれに違う魅力があると言いますか、美の方向性が違うと言いますか……」


 キョロキョロと目を泳がせていつまでも口ごもっているパリスに、早速アテナが痺れを切らしました。


「煮えきらぬ男だな。それならこんなのはどうだ? 私を選べばお前に最強の武運をくれてやる。これから起こるどんな戦いにも勝利を約束してやろう」


「まあ、アテナ!抜け駆けはよくありませんわ」


 常に戦で勝ち抜ける。男ならば是が非でも手に入れたい力でしょう。アテナの加護は男の憧れです。喉から手が出るほどに欲しいに決まっています。


「それならばヘラ様も、この男に何かプレゼントを約束すれば宜しいでしょう」


 アテナは如何にもわたくしには、これ以上の魅力的な提案は出せないだろうとでも言いたげに、顎をクイッと持ち上げました。


「いいですわ。わたくしにそのりんごを渡せば、あなたを世界中の王にしてあげましょう。それだけの権力を、わたくしは持っていますのよ」


 何と言ってもわたくし、神々の女王です。

 戦で勝どきを上げるより、手っ取り早く王の座を約束してあげれば良いのです。


「うふふ、お2人とも分かっていないわねぇ」


 わたくしとアテナの提案を聞いていたアフロディテがパリスにするりと近づき、その耳元に薔薇色の唇を寄せました。


「勝利や王座がなんだと言うの? 男の最上の悦びは、最上の女を手に入れてその腕に抱く事だわ。そんな事、貴方だってもちろん知っているでしょう? 」


 髪に触れられ、ふっくらとした乳房を押し付けられたパリスの頬は一瞬で赤く染め上がりました。

 絶対に下半身も反応していますわね、これは。


「私ほどの美女を、昼も夜も飽きるまで抱いて快楽に溺れてみたいとは思わない? そのりんごを私にくれれば、その夢を叶えてあげる」


 ダメ押しとばかりに太腿を撫でられたパリスは、条件反射的に手に持っていたりんごをアフロディテに渡してしまいました。


「「あああああっ!!!」」


 アテナと声が重なり、羊たちが驚いて走り去っていきます。


 パチンっと片目をつむってみせたアフロディテは、手にしたりんごを見せびらかすかのように齧りました。


「うふっ。だから言ったでしょう? 私ならどんな男だって魅了してみせるって」



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