66.果実も見かけによりません
テュポンは探さずともすぐにやって来た。
傷は綺麗に癒され体力も全回復しているようで、エネルギーに満ち溢れているのが分かる。
「ゼウス! オ前、ドウヤッテ……? デルピュネハドウシタ?!」
手に握られている鎌がまだ新しい血で濡れているのを見ると、状況を理解したようだった。ブルブルと身体を小刻みに震わせて思いっきり空気を吸い込むと、口から炎を吐き出した。
まるで蛇かドラゴンのように炎はうねり、こちらに向かってやって来る。それを隼の姿に素早く変身しヒラリとかわすと、雷霆で雷を打ち据えた。
ここからは持久戦。
強さが互角ならば、先に一瞬でも気を抜いた方が負けだ。
一進一退の攻防が何日も続いたある日、事は動いた。
テュポンが繰り出す猛攻撃をかわしている最中、姿を見失ってしまった。またガイアのことろへでも行き癒して貰っているのだとしたら分が悪くなる。
隼の姿で空中を飛び回りながら探し回ると、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべたテュポンが岩陰からぬうぅ、と現れた。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
「ソンナ事、決マッテイル。オ前ヲ遂二、倒セル算段ガツイタカラダ」
「ほぅ? 今のお前は満身創痍と言う言葉がピッタリと合うようだが。その算段とやらを聞かせて貰おうか」
ウヒヒッと気持ちの悪い笑い声をあげて、テュポンが握られた拳を胸の前で開いた。
「――っ?! それは……」
手の平から現れたのは、黄金のりんごによく似た果実。メロン程の大きさの実はほんのりと淡く輝き、ただの果実では無いことを如実に物語っている。
――何故あの果実を?
アレはモイラ達姉妹が、3人が揃う事で生み出すことが出来る特別な果実。モイラ達はほかの神と一緒にエジプトへは逃げなかったのだろうか。
「オ前ナラ、コレガ何ノ果実ナノカ知ッテイルダロウ」
「ああ、良くっているさ。それで、君がそれを食べるのかい?」
「フハッ、ソノトーリ」
バクんっ、と果実を丸呑みにして飲み下すと得意げな顔で舌なめずりをした。
「どうだい? 食べた感想は」
「最高サ」
「そう。それで君はアレがなんと言う果実か、ちゃんと知っていたんだろうね?」
今更聞くのもバカバカしいが、確認はしておいてやろう。
「『勝利ノ果実』。誰デアロウト運命ハ変エラレナイ。ゼウスッ!例エオ前デモナ!!!」
高笑いと共に火でも吐こうとしたのか、空気を思いっきり吸い込んだテュポンが、ふぅぅぅぅっと口をすぼめたが……
やや強めの風が吹いただけだった。
「???」
もう一度炎を吐き出そうとフーフーやっているが、何のことは無い。風を巻き起こしているだけだ。
「どうしたんだい? 得意の火が無理なら岩でも投げてみたら?」
鼻で笑って挑発して見せれば、テュポンは顔を真っ赤にして近くにあった岩に手をかけた。
クジラほどはありそうな巨大な岩をやっとの事持ち上げると、重さに耐えかねて自分の足の上に落として悲鳴をあげた。
「ギャアアアアアア!!!」
「ねえ、君ってバカなの? こんな奴に一度は負けそうになった自分が恥ずかしいよ」
「ナ゛……何デ?? 何デダッ?!」
「君がさっき食べたアレ、『無常の果実』って言うんだよ」
無常の果実。
輝かしい見た目に反して、食べた者の望みが絶対に叶わなくなると言う運命を定める果実。
テュポンが言っていた『勝利の果実』は逆に、紫色にドス黒いまだら模様という不気味な見た目をしている。
僕に確実に勝つために、モイラ達に勝利の果実を渡すよう脅して手に入れたのだろう。勝利の果実の事を小耳に挟んだ程度で、きちんと見た目を知らなかった事が幸いした。
「つまり……そう、僕に勝ちたいと思いながら食べたから、僕には絶対に勝てない運命になった。と言うこと」
あはっ、と笑って大きく鎌を振りかざすと、すんでのところでテュポンが下敷きになっていた岩から抜け出した。
鎌が思いっきり当たった岩は、ふたつに大きくバカっと割れて崩れた。
「ソンナ! マサカ……!! ウワアアアア!!!」
力は大きく削がれても逃げ足の速さは変わらないらしい。巨体をゆさゆさと揺らしながら猛スピードで走っていくテュポンに、次々と雷を落として追っていく。
山を越え、海を越え、敗走を続けたテュポンは、地中海最大の島シチリアにまでやってきた。
雷をモロに受けたテュポンが膝からガクンっと崩れ落ち、プスプスと煙をあげている。
「そろそろ追いかけっこは終わりにしよう。早く僕の妻を、元の美しい姿に戻してあげたいんだよね」
シチリアのエトナ山を渾身の力で持ち上げ、大きく振りかぶった。投げつける先はもちろん、テュポンの真上。
「君の言っていた通りだよ。例え僕でも、運命は変えられない」
どしーーーーーーんっ!!!!
島全体の揺れは海にまで伝わり、やがて津波となって大陸を飲み込んだ。人間側にも被害が出ただろうが、あの化け物をのさばらせておく方が被害は甚大だっただろう。
「さて、愛しい妻を迎えに行くとしようか」




