63.まだまだ怒りが収まらないご様子です(1)
川辺に集まった神々は酒を酌み交わし、ニンフ達が楽しげに舞踊っています。
その中心にいるのはヘラクレスと、そしてゼウス様とわたくしの娘のへべ。
今日は2人の結婚を祝う宴を開いているんですの。びっくりしましたか?
ギガース達との戦い、ギガントマキアがどうなったのかと言うと、ゼウス様率いるオリュンポス陣営の圧勝でしたわ。
わたくし達……いえ、えーと、わたくしを除いた神がギガースに打撃を与えて、それをヘラクレスがとどめを刺す。という具合に。
こほんっ、もうギガントマキアの話は終わりにしましょう。
戦いが終わるとヘラクレスはまた人間たちの世界へと戻って行き、3人目の妻デイアネイラというカリュドンの王女を娶りました。
ある日ヘラクレスは、妻と子供のうちの一人ヒュロスを連れて旅に出たのです。
旅の途中、大きな川に差し掛かかったヘラクレス夫婦。向こう岸へ渡るには流れが急で、ヘラクレス一人で妻と息子の二人を抱えて渡るのは躊躇われました。
悩む家族の所へ丁度よく、ケンタウロス族のネッソスという男が通りかかりこんな提案をしました。
『奥さんを俺が担いでやるよ。あんたは子供の方を担いで渡りな』と。
ヘラクレスはその申し入れを有難く受け入れ、自分はヒュロスを、ネッソスはデイアネイラを背に抱えて川を渡り始めました。
4本足で安定し泳ぎが得意なネッソスは、ヘラクレスよりも早く川を渡り終え、なんとデイアネイラに手を出そうとしたのです!
水に濡れて肌が透けていたのかしら。ケンタウロス族はスケベな男ばかりですわ!!
妻のピンチに気がついたヘラクレスは、得意の矢でネッソスを撃ちました。もちろんヒュドラの毒付きの矢ですから、ちょっと当たっただけでも死んでしまいます。
妻を無事に助け出し、旅を終えたヘラクレス。その後オイカリアという町を攻略し、この町の王の娘イオレを寵愛しはじめました。
ネッソスもネッソスですが、ヘラクレスもすぐに他の女に手を出して……!
いくらイオレに、デイアネイラと結婚する前に求婚した事があるからと言って、浮気が許されるとでも思っているのかしら?!
やはりヘラクレスにはまた、お仕置きでもしてやろうかと考えていた時のこと。
妻のデイアネイラが夫の浮気に気が付きました。
ヘラクレスはもう有名人ですもの。イオレを寵愛していることなど人伝に、あっという間にデイアネイラの耳に入ってしまいましたわ。
不貞を知った彼女は遠征中のヘラクレスに、下着をプレゼントする事にしました。それも死んだネッソスから採った血を塗りつけた、特性の下着を。
何故そんな不気味な事をしたのかですって?
ネッソスは死ぬ間際、彼女にこう囁いたのです。
『俺の血には媚薬の効果がある。下着に塗りつけて着させれば、たちまち男の心はお前の元へと戻ってくるだろう』
はっきり言って、そんなの嘘に決まってますわ。
媚薬なんてもの存在しません。そんな物があるのなら、とっくにわたくしがゼウス様に飲ませております。
ですがデイアネイラはその言葉を信じ込み、ヘラクレスに気付かれないよう、ネッソスの血を採っていたのです。
妻からのプレゼントに喜んで、早速届けられた下着を付けたヘラクレス。
しばらくすると皮膚がただれて絶叫し、下着を剥ぎ取ろうともがき始めました。
ネッソスの死因。
それは矢に当たった外傷が原因ではなく、ヒュドラの毒によるもの。
ネッソスの傷口から流れ出る血には、ヒュドラの猛毒もちろん含まれておりましたので、ヘラクレスはヒュドラの毒に苦しめられてしまったという訳です。
ヘラクレスは部下に命じて妻の居る家へと運ばせて帰ったところ、既にデイアネイラは絶命しておりました。先に何が起こったのか聞いていた彼女はとんでもない過ちを犯したことを知り、自ら命を断ったのですわ。
そのままヘラクレスは自らの手で薪を積みその上に横たわると、なんと部下に火をつけさせて、自分で自分を火葬すると言う驚愕の行動をとりました。
ヘラクレスは半神半人。
半分神の血が流れる者は生きたまま焼かれると、人間の部分である可死の肉体だけが焼けてなくなり、神の部分である不死の身は残ります。
ヘラクレスが母親から受け継いだ人間の部分は焼け、ゼウス様から受け継いだ神の部分だけが残ったヘラクレス。
この様子を見ていたゼウス様はアテナを使いにやり、天界へと導かれてやって来たヘラクレスを、オリュンポスの仲間として迎え入れる事にしたのです。
最後に浮気した事は、ヒュドラの毒に苦しめられたのですから十分な罰を受けたという事にして、わたくしももちろん彼を受け入れましたわ。
ギガントマキアでの恩もありますしね。
ヘラクレスがゼウス様の子という事は、妻であるわたくしの子どもという事でもあります。
改めて親子の縁を結び息子としたヘラクレスに、こんな提案をしました。
『愛娘のへべをあなたの妻にしてはどうかしら? 美しさは去ることながら、貴方のような短気な者には、へべくらいののんびりとした性格の妻が必要だと思いますわ』
もちろんこの申し出にはヘラクレスも二つ返事で承諾をし、今に至る。という訳です。
新しく夫婦となった2人の方を眺めていると、へべはヘラクレスと目が合う度に頬を赤らめて、幸せそうに笑っております。そんな新妻の様子を見て、ヘラクレスはヘラクレスでデレっデレ。
やはり、この縁談は正しかったようです。
わたくしがヘラクレスにへべとの結婚を提案したのは、へべの恋心あっての事。勝手に無理矢理縁結びをしたわけではありませんのよ。
「2人とも幸せそうで何より。へべはいつにも増して美しいわ」
「ヘラ様、ありがとうございます」
「ヘラクレスよ。もしわたくしの可愛い娘を悲しませるようなことがあったら……分かっていますわね?」
「えっ、ええっ! もちろんそんな事は致しません!!」
ずもももも、とヘラクレスに迫ると、大男があたふたと慌てています。へべはのほほんとしているので、わたくしがちゃーんと目を光らせている事をアピールしておかないと。
「へべはヘラクレスの妻となった事ですし、新たに給仕係が必要そうですわね」
へべがこれまで酒を注いでまわり給仕をしておりましたが、妻となったのに他の男へ酒を注ぐのは宜しくありません。今回の宴では給仕係がいないので、とりあえず皆、互いに酒を注ぎあっておりますが、ずっとこのままという訳にはいかないでしょう。
次の給仕係を誰にしようか、後でゼウス様と相談した方が良さそうです。
ひとしきり3人で語らいあっていると突然、ずしーーーーんっ!と猛烈な揺れが襲い、目の前に赤いものがゴオオと横切りました。
「きゃああ!!」
間一髪のとこでゼウス様に引き寄せられて避けると、先程わたくしが居たところは焼けて火の手が上がっています。
へべは大丈夫かと探すと、ヘラクレスが危険をいち早く察知していたようで2人とも無事でした。
「ゼウス様、今のは一体……」
このパターン、ほんの少し前に体験しましたわ。
まるでギガース達がやって来た時とそっくりなような……。
「ガイア様も往生際の悪い。まだ諦めきれずにあの様な化け物を差し向けて来たよ」
あの様な化け物?
ゼウス様の視線の先を見ると、立っていたのは巨大な山。
いえ、生き物の様です。
それもこれまで見た事もないような、おぞましい怪物。




