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62.わたくし、自分が弱いの忘れてましたわ!!!(2)

「あ……ゼウス……様」


 ポルピュリオンの巨大な背に、剣と一緒に自分も飛び乗ったのでしょう。ゼウス様は剣を引き抜きながら地面へ着地すると、剣をブンっと一振して、まとわりついた血糊を振り払いました。

 あの剣どこかで見たことがあるような?


 一方ポルピュリオンは思いっきり剣で一突きにされたと言うのに、にやぁと口元を歪ませて、背後にいる男の方へと向きなおります。


「ゼウス、お前が剣を使うとは思わなかった」


「腹立たしい事に、君がヘラの手首を掴んでいたからね」


 ゼウス様、わたくしが感電しないように配慮してくださったのですね!感動です!!

 ですがゼウス様が付けた傷はもう癒えてきているようで、出血は止まり傷口も薄くなってきています。驚異の再生能力!


「お前では絶対に俺を殺せない。残念だったな」


「その事も知っているさ。僕の手で直接君を殺せない事を、これ以上ない程悔しく思うよ」


 静かに近付いてくるゼウス様に、ポルピュリオンは腰の剣を抜き構えます。


 いつも美しく整えられた白銀の髪は乱れ、ところどころに破けた衣は、土埃で汚れてくすんでみえるからでしょうか。

 ゼウス様からはいつも顔に浮かべている笑みの奥に、触れれば即死してしまいそうな程の憎悪の念を感じます。


「最期に、僕が一番嫌いなことが何か教えてあげよう」


「最期? 一体誰のだ? お前のか?」


 ガシャン、と落とした剣の音が響き、空いた右手は代わりに雷霆がにぎられています。


「それはねぇ……」


 ゼウス様の右手は今、この世の光全てを凝縮したかのように眩しく、そして激しい音をたてています。あんなものが当たったら……


「僕の(もの)に穢い手をかけようとすることさ!!!!」



 ポルピュリオンに逃げると言う選択肢はなかったのかしら。

 構えた剣も、身に付けている鎧も、膨大なエネルギーの前にはなんの意味もなかったようです。


 猛烈な閃光と雷鳴に身を縮め目を開ける頃には、倒れたポルピュリオンの真横にゼウス様が立って、その顔を踏み付けていました。


「本当に残念だよ、これ程までに殺してやりたいのに」


「ぐっ……何をしようと無駄だ。何度雷を打ちつけようとも、お前に俺は殺せん!」


「ふふっ、僕には、ね。……もうこちらへおいで、ヘラクレスよ」



 ヘラクレス?


 あの男がなぜここに?

 いくら怪力だからってヘラクレスは、人間に過ぎません。どうしてゼウス様がヘラクレスを呼ぶのかしら。


 ゼウス様が投げる視線の先には、弓を構えたヘラクレスの姿が。つがえている矢は恐らく、ヒュドラの毒が塗られたものでしょう。ケイロンの時のように、毒で苦しんで不死の身を放棄させるって魂胆かしら?


「くっ、くっ、くっ……矢が当たったところで死ぬとでも思っているのか? なあっ、ゼウスよっ?!」


 足で踏みつけていたゼウス様を押し退けてガバッと立ち上がったポルピュリオンに、すかさずヘラクレスの射った矢が飛んできました。


 とここで、ポルピュリオンが逃げ回らないようにゼウス様がダメ押しの一発。見事に矢は、電撃で動きを封じられてしまったポルピュリオンの脇に突き刺さりました。


「こんな攻撃くらいで俺を倒せるとでも……がはっ……!!」


 刺さった矢を引き抜こうとしていた手は止まり、口から血を吹き出すポルピュリオン。

 ガクンと膝から崩れ落ちると、そのままばたりと倒れて動かなくなりました。



 え……? 死にましたの???



「人間が弱点だって、ガイア様から教えてもらわなかったのかい?」


 ポルピュリオンが死んだ事を確認し終わったゼウス様が、肩からかけてマントにしていた布を外すと、わたくしに掛けてくださいました。


「人間が弱点とは、一体どういうことです?」


「ギガースに神には勝ち目がないと、テミスの予言があった。これは人間になら勝ち目があるという事だと推察したんだよ」


「まさか……っ! それでヘラクレスを??」


 その様な予言を聞いていたから人間の女を孕ませて、半神半人の子をおつくりになったと言うことでしょうか。

 そうだとしたらわたくしがこれまでヘラクレスにしていた事は、ゼウス様の邪魔をして、危うくガイア様の企てを手助けする事になっていましたわ。


「そう言う事情があるのでしたら、きちんと御説明して下されば……。わたくし散々、命に関わるような嫌がらせをしてしまいましたわ」


 チラリとヘラクレスの方を見ると気にも留めていない様子で、ゼウス様が捨てた剣を拾い上げて腰の鞘に納めています。

 ああ、あの剣はヘラクレスの物でしたのね。通りで見た事があると思いました。確かヒュドラの首を切り落とす時に使っていた剣です。


「僕が君を止めなかったのはね、来るべき日までにヘラクレスがより鍛えられると思ったからさ。本当に死にそうになれば助けてやる気はあったけれど……ふっ、君も知っての通り、彼には僕の手助けなど全く必要無かったよ」


 わたくしの行動も、ゼウス様には計画遂行の一つでしかなかったのですね。

 内心で思わず、ため息をついてしまいます。


「ヘラクレス、まずはこの男を倒してくれた事に礼を言いましょう。ゼウス様以外の男の手にかかるくらいなら、死んでしまう方がマシですもの。それから……」


「いえいえっ! 礼には及びませんって。ご無事で何より。それじゃあ俺は別のギガースを倒しに行くんで!」


「あっ……ちょっと……」


 これまでの事を謝ろうと思いましたのに、最後まで話を聞かずにさっさと行ってしまいました。本当に短気な男です。


「ヘルメス、ヘラの事を頼んだ」


 誰も見えない方へ向かってゼウス様が話し掛けると、ヘルメスが唐突に姿を現しました。

 手には『隠れ兜』を持っているので、これを被って姿を消していたようです。


 ティタノマキアの際にキュクロプスがゼウス様とポセイドン、そしてハデスに強力な武器を作って贈った事は以前お話しした通り。隠れ兜はその時にハデスに渡された物ですわ。


「まったく、君の美しさには困ったものだ。直ぐに男を欲情させてしまう。君はヘルメスと一緒に、安全な所で待っていておくれ」


 チークキスをすると、ゼウス様もヘラクレスの後を追うように行ってしまいました。


「ヘラ様、戦いの際には役立たずの弱っちい奴が出しゃばるのが、一番迷惑だって知ってます?」


「……言われた通り、大人しくしてますわ」


「お分かり頂けて何よりです。さあ行きますよ」



 この戦いが終わったら、筋トレから始めましょう。わたくし、固く心に誓いました。

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