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60.ゼウス様とガイア様

「ヘラ、機嫌はなおったかい?」


 眉根を下げて、困ったような顔で微笑みかけてきたのはゼウス様。わざと頬をふくらませて子供のように怒ってみせると、よしよしと頭を撫でて下さいます。


 ヘラクレスが神託の通り、10の勤めを果たし終えました。


 最後の課題


 『冥界の番犬、ケルベロスを連れて来る』


 これも例に漏れず、サクッと終わらせて帰ってきました。



 ケルベロスは3つの頭を持ったハデスの飼い犬。冥界へ行けるのは通常死んだ者だけですので、暗に「死んでこい」とでも言ったつもりなのでしょうね。最後の最後に冥界へ行けと言う課題を出すなんて、陰険なエウリュステウスらしいですわ。


 わたくしはどうしていたかですって?

 どうせまたしょうもない嫌がらせをしたんでしょ。とかお思いでしょうが、ヘルメスが冥界への入り口へと案内するために出掛けて言ったのも止めることなく、ボケーッと眺めておりました。

 だってもうアホらしくなって、邪魔立てする気にもなれませんでしたもの。


「ヘラクレスなんてうんざり。もう好きな様に暮らせば良いですわ」


「君が根負けするとはね」


 くっくっ、と喉を鳴らして笑う度に、ゼウス様の胸にもたれかかっているわたくしの頬にも、振動が伝わってきます。


 しばらく2人くっ付き合ってまったりしていると、突然下から突き上げるかのように、部屋がずしーんっ! と揺れました。

 それも1度だけでは終わりません。不規則に何度も揺れ、壁にかかっているタペストリーやテーブルの上の水差しが、ゆらゆらカタカタと震えております。


「何です?! この揺れは?」


「ついに来たようだね」


 慌てふためくわたくしとは対照的に、ゼウス様は予め予想していたかのように、平然とした顔で答えました。


「来た? 来たと言うのは一体何がですの??」


「ギガース達さ。ガイア様が支配権を奪うべく、ずっと機会を伺っていたようだからね」


「ギガース? ガイアお祖母様にウラノスおじい様の血が交わって生まれたという、あの巨人ですね。でも支配権を奪うって、そもそもクロノスから支配権を奪い、ゼウス様が君臨するように手助けしたのはガイアお祖母様ではありませんか。それなのに何で今さら」


 先の大戦、ティタノマキアでガイア様の助言に

従いキュクロプスとヘカトンケイルを解放して勝利を収めたのは以前お話しした通り。

 ゼウス様が王座につくことを支援したのは他でもない、ガイア様ですのに。今度はその座から降ろそうとするなんて、どういう了見なのかしら。


「タルタロスに幽閉されているティタン達もまた、ガイア様の子。我が子が捕らえられ苦痛を味わっているのが我慢ならないようだよ」


「そんなことを言っても、ティタン達を解放して仲良くやれとでも言うんですの? おかしな話ですわ」


「要するに、ガイア様は自分の思い通りにならないのが気に食わないだけさ。さあ、行こう」


 神殿の前には騒ぎを聞き付けた神々が既に多く集まっています。ゼウス様の姿が見えるや否や、しんっと辺りは静まり返りました。


 ゼウス様が口を開き皆に話し掛けようとしたその間際、スルりと一人の女が地面から生えるかのように姿を現しました。



 艶やかな黒い髪と深緑色の瞳。


 目の前にしただけで思わず平伏したくなる様な威厳と覇気は、彼女が誰なのか知らなくとも、高位の女神である事が分かるでしょう。


 多くの神々の母であり、今の人間の祖でもあり、この星そのものでもある女神――ガイア。



 相当御怒りなのでしょう。その足元の地面は稲妻のような小さなひび割れがいくつも走っております。


 神殿の前に集う面々を見、そしてゆっくりとゼウス様の方へと向き直ると、怒りの色を隠しもせずに話しかけてきました。


「ゼウスよ、妾は何度もお前にティタン達を許すように言ったな。だがしかし、未だに妾の子らは深淵の奥底じゃ。最後にチャンスをやろう。今すぐにティタン達を解放せよ」


 先程ゼウス様が仰っていた通り、ガイア様は我が子が囚われの身なのが許せないようです。

 クロノスはアソコをちょんぎられ、決定的なダメージを受けたウラノスおじい様と違います。

 他のティタン達だって一度はクロノスに味方したんですもの。信用なりません。

 仮に解放したら、再び覇権争いになる事は目に見えていますのに。


「お断りします。と何度も申し上げましたでしょう?」


 ガイア様の鋭い視線を、口角をほんの少しだけ上げるいつもの微笑み顔で受け止めたゼウス様。


 一体何秒たったでしょうか。


 ひとつ軽く息を吐くとガイア様は首を振り、再び地面へ溶けていきます。


「……そうか、それは残念じゃ」


 その言葉を最後に、完全に姿が見えなくなると、ズドオォォォォンッ!!! と、とてつもない地鳴りと咆哮が下界から聞こえてきました。

 下界で起こっている事なのに、天界にまでこうも振動が伝わって来ているとなると、あまりうかうかしてられそうもありません。



「ギガース達がやって来たようだ」



 ギガース達が怪力を武器に、大木を振り回し、巨大な岩を投げつけている姿が容易に想像できます。

 ティタノマキアではわたくし、養父母に匿ってもらい参戦していませんので、大規模な戦いとなると今回が初めて。心臓がバクバクしてきました。


「ガイア様とギガース達の陣営に付きたいというものは居るかい? もし居るのなら今ここで、僕が相手になってあげよう」


 パリパリと雷の爆ぜる音と雷光を身に纏わせたゼウス様が、集まっている神々に鋭い視線を投げつけました。


 緊張感と威圧感。


 上に立つ者の資質でしたらガイア様に負けず劣らず。いいえ、勝るとも劣らない、ですわ!!

 だってこのお方はわたくしの夫ですもの。夫の勝利を信じない妻などおりません!


 畏れからでしょうか。

 誰一人として身動ぎもせず黙っているので、一歩後ろにいたわたくしは、ゼウス様の前へと出て膝を折ります。


「わたくしが主神と認めるのはゼウス様、あなただけ。どこへなりともお供致しますわ」


 見上げた先にある顔が一瞬だけ、とろける程に甘い瞳でわたくしを見つめ返してきました。

 手を取られ立ち上がるように促されると、後ろにいた者達が次々に膝をつき、ゼウス様への忠誠を誓います。


「私も貴方に付いて行くわ。私たち兄弟を飲み込んだあの男から救い出してくれたのは貴方だもの」

「俺もだ。お前がやられたとなりゃ、俺の海の支配も終わるからな」

「ボクもゼウス様に付きますよ。だってゼウス様の傍がいちばん面白いですからねー」


 ゼウス様は投げ掛けられる言葉に、表情を緩めて笑い返しました。

 先程取られたわたくしの手は、まだ握られたまま。ほんの少しだけヒンヤリと汗ばんでいるのは、ゼウス様も裏切り者がいないかと不安だったのかも知れません。


「僕の味方だと思っている君達を、傷付けずに済んで良かった。さあ、行こうか戦いへ! オリュンポスの同志たちよ!!!」


「「「「「うおぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」



 絶対に、負けませんわ!

 いざ出陣ですっ!!


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