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59.ミッションコンプリート!なんてさせません!!(4)

「うぅーん、ヘラ様、いい香りですねぇ」


 追加の酒を持ってきたへべが、鼻をクンクンとさせてこちらへとやってきました。


「あなた、わたくしを馬鹿にしているの?」


「まっ、まさか! そんなつもりはございません!!」


 地雷を踏んだ事に気が付いたようで、ペコペコと頭を下げながらわたくしの杯にワインを注ぎました。


 ヘベが言っていたいい香りと言うのは、下界から立ち上ってきた肉の焼ける芳ばしい香り。エウリュステウスがわたくしへの供物として沢山の牛を捧げてくれているのです。


 何処からそんな牛を連れて来たかと言えば、7つ目の課題が


『ゲリュオンが飼う赤毛の牛の群れを連れてくること』


 だったから。エウリュステウスの下に牛があると言うことは、そう。お察しの通り、こちらの課題も達成されてしまったのです。



 ゲリュオンはメデューサの孫で、3人の巨人の腹が一つにくっ付いているの男。彼は世界の西の果てにあるエリュテイアと言う島に住んでいたので、あんな所から牛の群れを連れて帰るのは無理だと思っていたのに。

 太陽神ヘリオスがヘラクレスに味方して、エリュテイア島へ行く手助けをしたのです!

 どうして誰も彼もがヘラクレスに手を貸してやるのよ!!


 もう意味が無い事だとは思いつつも、わたくしも加勢しましたのよ。

 牛の群れを連れて帰る途中に虻を放って群れを散りじりにしてやったのですが、結局はこのザマ。

 エウリュステウスがいつも味方をしてくれるわたくしに、とヘラクレスが連れ帰ってきた牛を供物として捧げている香りを嗅ぎながら、ヤケ酒をあおって居るところです。


「もうやってられませんわ。何なのかしらあのヘラクレスと言う男は! ゴキブリ並みのしぶとさ

……いえ、叩いても潰れて死ぬどころか、より強度が増している気すらしてくるわ」


「本当、ヘラクレスは強いですよね。ゼウス様と人間の間に出来た子は皆、一様に優れておりますけれど、ヘラクレスは飛び抜けておりますね。ヒッポリュテが一目見て恋に落ちてしまったのも頷けます」


 頭を抱えて唸るわたくしと対象に、ポワンと薄紅色の空気を醸し出したへべ。頭にはヘラクレスの盛り上がった胸筋と、太い首筋でも映し出されているのかしら。そうだとしたら……


 そんな……そんな事って。ちょっとぉ??!



「へべ、あなたまさか……ヘラクレスの事を??!」


「えっ、いえっ、まさか! そんなんじゃありません!!」


「あんな怪力酒乱単細胞男はおやめなさいっ!!」


 顔を真っ赤にして否定するあたり、怪しすぎるではないの!

 正気に戻るようぶんぶんとへべの肩を掴んで振っている所に、エイレイテュイアがおずおずとドアから顔を出しました。


「ヘラ様……その……大変申し上げにくいのですが……」


 このパターン、嫌な予感。


 嫌な予感しかしません。



「ヘラクレスがヘスペリデスの園にある黄金のりんごの実を持ち去ったようです」



 ――――っ!!?



「何ですって?! 何故あのりんごの実を? あっ……まさか……?!」


「はい、8つ目の課題が『ヘスペリデスの園にあるりんごの実をとってくること』だった様で」


 黄金のりんごはわたくしとゼウス様が結婚式を挙げた時に、ガイアお祖母様からお祝いにと頂いた特別な果実。食べれば不死の身を得られるこのりんごを、西の果ての地に植えました。


 わたくしはこの果樹園をアトラスの3人の娘ヘスペリデスと、百の頭を持つ竜ラドンに守らせて管理しております。ですから通称『ヘスペリデスの園』。


 無理難題を押し付ける為とは言え、わたくしの所有物を奪ってくるように申し渡すなんて、なんと言う不届き者!

 まさかエウリュステウスは不死身になりたくて、あのりんごの実を欲したのでは……?


 きっとそうですわ。ヘラクレスの規格外の強さとしぶとさに恐れをなして、自分が神になろうとでも考えたのでしょう。

 人がヤケ酒している間に、なんて事をしてくれたのかしら!!



「なんと言うこと!! 今すぐエウリュステウスの所に行かなければ」


 勢いよくドアから飛び出して行った所へ、ドンッと何かにぶつかりました。


「痛っ!! 一体誰です?! この忙しい時に!!」


「申し訳ございません、ヘラ様。ですがその様に慌てなくても大丈夫ですよ」


 女性にしてはやや低めの声で答えたのは、鎧を身にまとったアテナ。


「どう言う事です?」


「過ぎた真似をしたエウリュステウスにはりんごの実を返してもらい、きっちり叱っておきました故。ご心配には及びません」


「そう……そうでしたの。それを聞いて安心しましたわ」


 アテナから注意されればエウリュステウスも、自身のしでかした事の重大さを理解出来たでしょう。アテナが怒ると肝の小さい男など、失神してしまいますもの。


「はぁ……一体どうやって、わたくしの果樹園まで辿り着いたのかしら? あそこは生身の人間などが行けるような場所ではないのに」


「どうやらヘラクレスは、アトラスに相談したようですよ。自分がしばらくの間天を支えているから、黄金のりんごを取ってきて欲しいと」


 先程言ったように、果樹園を管理しているのはアトラスの娘たち。娘たちに会える上、天を支え続けると言う重労働をいっときでも変わりに引き受けてやると言われたら、迷わず承諾するでしょう。


「ああ、なるほどね……って、ヘラクレスは天を持ち上げたということですの?!」


「そういう事になりますね」


 これはもう、ヘラクレスが天と地とをひっくり返したと言われても不思議ではありません。頭がクラクラしてきました。

 実際よろめいてしまったようで、アテナに支えてもらいながら椅子に座りなおしました。


「アテナ、こうなったらあなたも付き合いなさいっ!」


「ヘラ様とサシで飲むのなんて初めてですね。良いですよ、付き合いましょう」


 鎧を脱ぎ捨てたアテナは、へべに手渡された杯の中のワインをあっという間に飲み干してふっ、と笑いかけてきました。

 んんー、男前。


 その後記憶が飛ぶほど飲み明かしたという事は、言うまでもありません。

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