55.まだヘラクレスを許していませんわよ?
「ヘラ様はどうすれば、ヘラクレスへの怒りを鎮められると言うのですか?」
外でのんびりとシデリティスティーを飲んでいれば、げんなりとした様子のアポロンがやって来ました。
「あらアポロン、ごきげんよう。随分と疲れているようね。こちらにお掛けなさいな」
アポロンは言われた通りにわたくしの前の席にヨタヨタと座ると、溜め息も一緒に飲み込むように、出されたお茶を飲みました。
「正気に戻ったヘラクレスがどうしたら子殺しの罪を償うことが出来るのかと、デルポイの神託所へやってきました。もうヘラクレスは十分に罰を受けたでしょう。そっとしておいてやってはいかがですか?」
「アポロン。ヘラクレスが偉業をなしとげ名声を轟かせる度に、妻と子供と幸せそうに暮らしているのを見る度に、わたくしがどんな気持ちになるのか。あなたに分かりますか?」
ヘラクレスは成長し青年となると、キタイロン山に巣くう巨大なライオンを退治したのです。このライオンの被害に悩まされていたテスピアイの王はもちろん大喜び。娘達を抱かせて50人もの子をもうけたのです。
さらに彼はライオン退治の後に、生まれ故郷テーバイの為にさらなる偉業を成し遂げました。
テーバイは昔オルコメノスと戦争に負けて、毎年100頭の牛を貢ぎ物として納めなければなりませんでした。これを知ったヘラクレスは敵国に戦を仕掛け、オルコメノスの王を討ち取ったのです。
オルコメノスは毎年200頭の牛をテーバイに納めることになり、テーバイの王もこれまた大喜び。娘のメガラを妻としてヘラクレスに与えました。
ヘラクレスもメガラを気に入った様で何人もの子をもうけ、仲睦まじく暮らしていたのですが……。
そんなのって……そんなのって……
むっかつきますわ!!!!!
だってそうではありませんか?!
せっかく王になる道筋から外してしみったれた一生を送ってもらおうと思ったのに、次々と功績を打ち立て、皆から賞賛されるなど……!
ですからわたくし、アタマスやディオニュソスにした様に、狂気の女神アーテーに命じてヘラクレスの頭をちょっぴりおかしくしてやりましたの。
発狂したヘラクレスは自分の子供が敵だと思い込んだようで、一人残らず射殺してしまいました。子供達は可愛そうですけれど、ヘラクレスの弓の腕が抜群に良くて良かったですわ。みんな即死で苦しまずにいけたんですもの。
最高女神の恨みを買うような父親の元に産まれてきたことを恨むしかないでしょう、という事で。
「それではヘラクレスに救いがありません。神々の女王として、どうか彼に慈悲をお与え下さい」
「慈悲ねぇ……。はぁ、分かりました。こうしましょう。ミュケナイの王エウリュステウスに仕え、かの者が命じる10の勤めを見事果たすことが出来れば許してやりましょう」
「エウリュステウスに仕えさせるのですか?!」
「そうよ」
ゼウス様の宣誓通り、エウリュステウスはミュケナイの王となりました。豪快なヘラクレスに比べてエウリュステウスは臆病者な上に卑劣な性格の男。こんな男に仕えなければならないなんて……ふふふっ。
「それでヘラクレスからは手を引いてくれるのですね」
「ええ、無事に果たせられれば。ね?」
うふっ、と笑ってお茶を飲むとアポロンは頭を振って立ち上がりました。
「分かりました。ヘラクレスへその神託を授けて参ります」
「そうしてちょうだい」
より疲れた顔をしたアポロンを見送り、ポイッと口の中へ干しぶどうを放り込みました。濃厚な甘みと僅かに残る酸味、そして芳醇な香り。ディオニュソスの創ったぶどうと言うフルーツは素晴らしいですわ。
「さあ、楽しいショーの始まりね」




