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54.家出(2)

 何で来てしまったのかしら。



 結婚式が行われると言う当日。

 来るつもりなど無かったのに、気を紛らわそうとあてもなくウロウロと歩き回っていたら、いつの間にかオリュンポス山におりました。


 既にオリュンポス山周辺には着飾った神々やニンフ達が集まっていて、プレゼントでも用意したのでしょう。各々の手には花束や包みが握られています。


 デメテルお姉様やアフロディテが咲かせたのか、花嫁が通ると思われる道には色とりどりの花々が咲き乱れ、かぐわしい花の香りがこちらにまでしてきます。


「本当に……本当に別の女と結婚なさるのね……」



 祝福などしてやるものですか。


 結婚の女神(わたくし)に祝福されない結婚など、式を挙げる意味が無いどころか呪われたも同然ですわ!



 しばらく藪陰から様子を伺っていると、いよいよ花嫁が登場したようです。


 ゼウス様が豪奢に飾り付けられた車に乗り、その隣には深くベールを被った花嫁が。

 沿道から寄せられる祝福の言葉に、ゼウス様は愛想良く「ありがとう」と手を振り返し笑っています。



 あの隣の席は、わたくしのものだったのに。



 式を見てしまえば泣いてしまうかと思っていましたが、思いのほかムカムカとして腹が立ってきました。

 どうしてわたくしだけが、こんな気持ちにならなければならないのかしら。

 どうして浮気を繰り返して()()()()()()が、皆んなにこうして祝福されているのかしら。


 考えれば考える程におかしいですわ!!!


「……もしかしてゼウス様は、あの女に唆されたんじゃないかしら」


 わたくしが居ないことをいい事に、きっと花嫁のあの女がゼウス様を誑かしたのかもしれない。傷心中の男の心を慰めて落とす、なんて恋愛の常套手段!


 車に乗る花嫁は参列者に手を振り返しもせず、ベールを被って澄ましたまま。ゼウス様以外にはその顔を見せない、という訳ですわね!


「こうなったら、あのベールを引き剥がしてあの女の顔を見てやりますわ!」


 藪陰から飛び出して、葉くずが付いているのも構わず一直線に車の方へと走って向かいます。


「待ちなさあぁぁぁぁいっ!!!!」


 驚いた顔をする観衆を押し退けて車へと飛び乗り、ゼウス様に止められる前に素早く花嫁のベールを引っつかんで沿道へと投げ捨ててやりました。

 さあ、お前は一体どこの誰なの?! と女の顔をギロりと睨み付けるように見てみれば、剥ぎ取られたベールの下に居たのは……



「え……? わ、わたくし?」



 昔ゼウス様がお創りになった雲のニンフ、ネペレの様にわたくしと瓜二つの女性。


「どういう……??」


 状況がよく飲み込めずもう一人のわたくしを凝視していると、隣に座っていたゼウス様が笑い出しました。


「僕の愛しい花嫁よ、遅かったじゃないか」


 ゼウス様はもう一人のわたくしを持ち上げて、ポーンっと車の外へと投げました。それをヘパイストスが上手いことキャッチ。「申し訳ありません」とわたくしを見て謝りました。


「ヘラ様を騙すつもりはなかったのですが……」


「よく出来た木偶人形だろう? ヘパイストスが作ったんだよ」


「に……人形?!」


「そう、僕の妻は君ただ一人」


 ゼウス様はわたくしの手の甲にキスを落とすと、まるで懇願するかのように上目遣いにこちらを見ました。



「改めてヘラ、僕と結婚してくれるかい?」


 

 ずっきゅーーーんっ!!!!


 愛の神エロスの射る黄金の矢など必要ありません。この瞬間ゼウス様への愛が、燃え盛る炎の様に再燃しました。何故一時でも、ゼウス様を捨ててやろう等と思い付いてしまったのかしら。本当にわたくしは大馬鹿者です。

 


「あっ……も、もちろんっ! もちろんですわっ!!!」


 わたくしの返事に眩しいばかりの微笑みを返すと、ゼウス様はそのままわたくしの手を引いて、ストンっと隣に座らされました。


「さあここへお座り。僕の隣の席は女王である君のもの、そうだろう?」


「はい。誰にもこの席は譲りませんわ」


 あつーいキスと抱擁に、沿道からは「やれやれ」と言うため息と「おめでとう」の祝福の声が混じり合います。


 こうしてわたくしヘラとゼウス様は、改めて結婚し直し、離婚騒動は幕を閉じたのでした。


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