49.浮気に悩むのはわたくしだけでは無いようです
しんと静まり返った部屋。
目を開けてみると、いつもと変わらない自分の寝室。の、ハズですが……。
「あら、まだ夜?」
気持ちよく目覚めて朝かと思ったのに、窓の外は真っ暗。星がキラキラと輝き、太陽が姿を見せる気配は微塵もありません。
「おかしいわね。こんなに頭がスッキリとしてよく寝た感じがするのに、まだ夜中だなんて」
もう一度布団に入り込んでも寝付けそうにはありませんが、さすがにこんな夜中に誰かを叩き起すのは気が引けます。
無理矢理に目を閉じて長い長い夜を過ごしましたが……。
***
あの不思議な夜から何ヶ月の時が経ったでしょうか。
――何かやってしまったかしら。
心臓はバクバク。冷や汗ダラダラ。
わたくしは今らヘパイストスの住む神殿へと向かっている所です。
何故こんなにも怯えながら足を運んでいるかと言えば、またまたヘパイストスに呼ばれてしまったから。
前回ヘパイストスからの贈り物があると言われて行った時のことは、皆さまご存知の事と思います。あれからヘパイストスとの仲は良好。と、わたくは思っているのですが。
先程ヘルメスが来て
『ヘパイストスが面白いものを見せたいから、鍛冶場へと今すぐ来て欲しいとの事ですよ』
と言われたのです。
面白いものって何かしら。前はプレゼントと言われたけれど、また飛んでもない仕掛けがあったりして。
戦々恐々としながらヘパイストスの神殿へと入って行くと、アポロンとアルテミス、アテナにディオニュソス、デメテルお姉様とヘスティアお姉様……その他諸々と、そうそうたる顔ぶれの神が集まっております。
「みんなもヘルメスに言われてここへ来たのかしら?」
「ええそうよ。なんでも面白いものを見せてくれるって。ねえ?」
デメテルお姉様がみんなに聞くと、一様に頷き返しました。
どうやら呼ばれたのはわたくしだけでは無かったようです。これはヘパイストスが本当に面白いものを見せようというサプライズでしょう。ちょっぴり期待してしまいます。
「ヘルメスに呼ばれて来たけれど、僕だけでは無かったようだね」
声のした方を振り向くと、ヘルメスと一緒にゼウス様もいらっしゃいました。
「それで、ヘルメス。君は何故ヘパイストスが僕達を集めたのか知っているのかい?」
「いいえ、ボクも知りません。とにかく面白い見世物があるからみんなを呼んで欲しいって言われて」
「ふぅん。それではヘパイストスに直接聞こうとしよう。ヘルメス、呼びに行って……」
「ゼウス様、こちらにおります」
ゼウス様とは反対側からやって来たのはヘパイストス。
最近ではヘパイストスはわたくしが仕立てた服を着てくれています。さらに髪の毛やヒゲも毎日整えるように下仕えのニンフ達に申し付けているので、清潔感が出て印象がググッとアップしました。指先が黒ずんでいるのは仕事柄仕方ありません。ここは目を瞑っています。
「皆様お集まり頂きありがとうございます。それではお見せしましょう」
面白いものを見せてくれると言う割に、ヘパイストスは浮かない顔をしているような。
何だかチグハグな印象を受けながらもヘパイストスが開けた扉の先、部屋の中を見ると、寝台の上に誰かいる様です。
「え゛っ…………」
思わず口をあんぐりと開けて、我が目を疑ってしまいました。
他の神々もわたくしと同様に理解が追いつかず固まっています。
寝台の上にいたのは、素っ裸で抱き合う男と女。
わたくしを始め、みんながよく知っている神――次男アレスと長男の妻アフロディテです。
2人はもつれ、絡み合った姿のままもがいています。
「ちょっとヘパイストス! こんなのあんまりだわ!!」
「くそっ!! 何なんだよこれ、全然解けねぇ!」
これってひょっとすると、ひょっとするやつですわね……。
わたくしが以前椅子に座った時には見えない鎖で縛り付けられましたが、今度は見えない網にでも掛かってしまったのでしょう。本当によく出来ていると関心さえしてしまいます。
この状況を理解してくると、今度はみんな笑いを堪える様に口元を抑え、肩を震わせています。
ええ、笑えません。笑えませんわよね。
だってヘパイストスとアフロディテの結婚は、結婚の神であるわたくしが取り持ったんですもの!
何と言葉をかけたらいいのかと迷っていると、ヘルメスが「いいなーぁ」と指を加えて羨ましそうな顔で二人を見ています。
「あのアフロディテとやれるんだったら、見世物になるくらいなんて事ないね。網に縛りつけられての密着プレイとか、最高じゃん」
「お前アフロディテに前から気があったもんな。変わってやれよ」
「アポロン悲しいこと言うなよ。ボクはアレスと違ってヒョロいからさ。あんな立派なイチモツ持ってないよ」
これには笑いを既の所で堪えていたもの達が、ぶぶーーっと吹き出しました。
全く、ヘルメスと言う子は……。
寝室が笑いの渦に包まれる中ヘパイストスは、ぎゅっと拳を強く握り締めて、あられも無い姿で自分では無い男と抱き合う妻を睨み付けています。
分かります、分かりますわその気持ち!
「お黙りなさいっっ!!!!」
怒りに任せて一喝すると、水を打ったように静まり返りました。
一瞬でもアフロディテの浮気相手がゼウス様ではなくて良かった、などと思ってしまった自分が恥ずかしいです。ヘパイストスの気持ちを思えば耐え難いほどの屈辱でしょう。
「取り敢えずヘパイストス、2人をもう開放してあげなさい。見るに耐えませんわ」
声を掛けられるとヘパイストスはナイフを取り出し、網を切る様な仕草をしました。すると拘束が解けたアフロディテは近くにあった掛布団用の布に巻き付け、アレスは自分の服でサッと恥部を隠すとヘパイストスに詰め寄っていきます。
「お前、男ならこんな小細工使わずに正々堂々勝負しろよな!陰気な奴め!!」
「人の妻を寝取っておいてなんだその言い草は?!」
「はっ、夫がこんなんだから妻に嫌がられるだろうが」
「なにをぉ!!?」
「オトーーーーーーーーォップ!!!!」
取っ組み合いの大喧嘩が始まろうとした所で、もう一度一喝してやりました。
「2人とも落ち着きなさい。わたくしがこの結婚を取り持ったんですもの。わたくしにも責任があります。ヘパイストス、アフロディテをどうしたいですか?」
「そんなのはもちろん離婚ですよ。こんなふしだらな女、ヘラ様にお返しします!」
「アフロディテ、良いですわね?」
「ふんっ。離婚? 上等だわ。こんな醜男が私の様な美女を、なんて欲張るからいけないのよ」
「ンなんですってぇぇ??! もう一度言ってみなさい!! 」
アフロディテに掴みかかろうとするとゼウス様に後ろから羽交い締めにされ、「まあまあ」と窘められました。
「みんな今は頭に血が上っているようだ。ここは……うーん、そうだなぁ。ポセイドン、君が仲裁に入ってくれないかい? 僕だと息子2人の起こした事に、客観的に仲立ちするのは難しいからね」
ポセイドンが「分かった」と頷くと、ゼウス様の指示で解散。その場は一旦、終わりという事になりました。




