48.ガイアの企み
「まさかヘパイストスが貴方とヘラの長子だったとはねぇ。どうせ貴方の事だから最初から知っていたんでしょ?」
「さあね」とテミスに肩を竦めてみせれば、ひとつため息をついた。
ヘラが偽妊娠だったと嘘をついていた事くらいすぐに分かった。バレバレの嘘を隠し通そうと必死になっているのが可愛かったし、それに、ヘパイストスにとってあれが運命だったのだろう。お陰で類希な鍛治の腕を持つ神になった。
「まあいいわ、あんまりヘラを虐めないであげてよね。じゃないと愛想つかされるわよ」
「うーん、考えておくよ。それで、宴でも無いのにここへ来た目的は何だい。そんな事を言いに来ただけじゃないんだろう?」
今この部屋にはテミスと2人きり。ふらりとやって来たかと思えば酒をねだり、勝手に飲みながら寛いでいる。
空になった杯に手酌で並々とワインを注ぐと、美味しそうに一口飲んでからこちらを見た。
「タルタロスに封印したティタン達を解放してやる気は?」
「無いね」
「よね。ガイア様、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうよ」
「と言うと」
「はっきりとは言えないけど、何か事を起こそうとしているじゃないか。そんな予感がするってだけ。世界を手に入れて有頂天になっている貴方に、一応言っておこうかなと思ってね」
「ふぅん。ご忠告痛み入るよ」
瞬く間に空になった杯にワインを追加で注いでやると、呆れた顔で小突いてきた。
「あんまり余裕こいてると痛い目みるわよ。全く、色んな女に手を出してうつつを抜かすのは前から変わらないにしても、あれじゃあヘラが……」
テミスはほろ酔い加減で説教をしてきたかと思えば、突然ピタリと動きを止めて、ダラりと頭を下に下げた。
――来るな。
「……大地と空の血が産んだ子に、神には勝ち目がないだろう」
ボソボソと呟くように予言を吐き終えると、テミスが眠りから覚めたかの様にパッと頭を上げた。
「ふぁっ! 今私、予言した?!」
「ああ、したよ。大地と空の血が産んだ子に、神には勝ち目がないってね。大地と空の血の子供……ギガース達の事か?」
ギガース。
天空神ウラノスは母であり妻のガイアの策略によって、自身の子供クロノスに支配権を奪われた。
その方法と言うのが何とも笑えるもので、クロノスにアソコを鎌で切り取られたのだ。簡単に言えば去勢。
男根を切り落とされた時に飛び散った血が大地に染み渡ると、やがてガイアは子を成した。それがギガース。
「あーぁ! ガイア様、今度はギガースに戦わせる気だ。何人がガイア様に付くか分からないけど、あれは相当手強いわよ」
ギガースは巨大な体と怪力を持つ。そのパワーは山をも持ち上げると言われているほどで、戦うことになればティタノマキア以来の大戦争になる事は間違いない。
「神には勝ち目がないと言っていたなぁ。これはどういう意味だろう」
「確かに。自分で予言しておいて何だけど、『神に勝ち目がない』じゃなくて『神には』って言ったのよね。単純にギガースが不死の身だから勝てないって事でもなさそうね。うーん……」
怪力を有する巨人に、神で無かったら誰に勝てるのか。
動物か植物か……もしくは生き物ですらないのか。
『人間になら、と言う意味でしょう。特に、神にも等しい力を持つような半神半人ならばギガースにも対抗出来るのではないでしょうか』
「あぁ、なるほどね。メティスの答えで間違いなさそうだ」
頭の中に聞こえてきたメティスの言葉をテミスに教えてやると、やはり納得したようだ。
「最近ガイア様が見た事もない妙な草を、こっそりと大地に生やし始めたのよ。だから予感がするって伝えに来た訳だけど……。あの草はもしかしたら勝敗を左右する重要な物かもしれない」
「そう言う事なら、その妙な草とやらを全て刈り取ってしまうまでだね。ニンフ達に協力して貰って、ひとつ残らず始末してしまわないと」
自分1人で大地を隅々まで見回るというのは現実的では無い。日頃からニンフ達と仲良くしておいた事が役に立ちそうだ。いかに自分の味方を増やしておくか。世界を総べるためには重要な要因だ。
「さてテミス、僕はちょっと忙しくなりそうだ。ギガースにも劣らない、そんな人間を作らなきゃいけないからね」
もう一度テミスの杯にワインを注いでやってから、椅子から立ち上がった。ここに来てから何杯目になるのか。テミスは僕の事を女好きだと言うが、そう言う自分は酒好きだ。それは昔から変わらない。
まあそのお陰で何度も助けられているのだけれど。
テミスが予言をする時は決まってほろ酔いの時。自分が予言をしている時の記憶がない事は欠点ではあるものの、その的中率は百発百中。外した事は1度もない。
「せめてヘラにはバレないように、上手くやってよね。いくら必要だからとは言え可哀想だわ」
「テミス、知らないのかい? 怒ったヘラは、それはもう可愛いんだよ。僕に自分の事を見て欲しくて堪らないって顔でさ」
「……悪趣味」
半眼で見てくるが知ったことでは無い。他人になんと言われようと、あの顔を愛でるのが僕の趣味なのだから。
「さぁて、次は誰に『英雄の母』になってもらおうか」
地上へ降りてするりと別人の姿へと化けると、目星を付けたとある女の居る館へと足を運んだ。




