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45. 母と息子(1)

 何かしら、プレゼントって。


 先程へべに「ヘパイストス様からヘラ様にプレゼントがあるんだそうですよ!」と呼ばれて広間へとやって来ました。


 息子からのプレゼント。


 嬉しくないはずなどありません。

 まあヘパイストスの方は、私が母親だとは知らないのですけれど。


「こちらの椅子、ヘラ様の為に作ったそうですよ! すごくないですか?!」


 へべが椅子を前にはしゃぐのも納得。


 黄金で縁取られた椅子は細かな模様が刻まれ、キラキラとした宝石の数々が埋め込まれています。座ったらそれだけで、自信を与え優雅な気分にさせてくれそうです。



 こんな豪華な椅子をわたくしのために作ってくれたなんて……。



 わたくしに対する態度からするに嫌われているのかと思っておりましたが、愛情が伝わっていたようですわね。嬉しくて思わず涙が滲んできます。


「素敵だわ。早速座ってみましょう」


 お尻が座面に触れるや否や、急に身体が縛られたように動かなくなりました。身動きを取ろうにも、椅子と一緒に腕ごと何かが巻き付いているようです。


「えっ?! なんですの、これは??」


「どうしました、ヘラ様」


「きゅっ、急に体が動かなくなって……えっ? どうしましょう。たっ、立てないわ!」


「そんなっ」


 へべがわたくしの腕を掴んでグイィーっと引っ張りますが、痛いだけです。ビクともしません。終いには椅子ごとズルズル引き摺られてしまいました。


「どうしたのです?」


 2人で椅子を引き剥がそうと奮闘していると、騒ぎを聞きつけたエイレイテュイアがやって来ました。


「それが、ヘラ様が椅子から離れられなくなってしまったの」


「そうなの。立とうにも何かで縛り付けられているかのようなのよ」


 エイレイテュイアとへべ、2人がかりで腕を引っ張ってきますがやはり動けません。


「ヘパイストスから贈られた椅子と言いましたね? 急いで呼んで参ります。しばらくお待ちください」


 言うやいなや、エイレイテュイアが部屋から出て行きました。


 なんでこんな事に……?

 もしかして、ヘパイストスがわざとこんな事をしているのでは。


 嫌な想像が頭を巡り暗い気持ちになってきます。


 エイレイテュイアが帰ってくるまでの間に、話を聞いた神たちが次々と部屋へと集まってきました。

 アレスが椅子を壊してしまえばいいと斧で叩き切ろうとしますが、流石はヘパイストスが作っただけあります。傷一つ付きません。


「くっそー、どうなってんだこの椅子は」


「まるで見えない鎖があるかのようね」


「ゼウス様は?」


「それが今、外出中で。イリスが探しに行っているそうよ」


 わたくしの周りであーでもない、こーでもないと議論し合っていると、ようやくエイレイテュイアが戻ってきました。急いで来たようで肩で息をしている彼女の後ろには、ヘパイストスの姿はありません。


「ヘパイストスはどうしたの?」


「そ……それが……」


 気まずそうに、チラチラと周りに集まった神たちに目配せしているので「早く仰い」と促しました。


「ヘラ様が自分が誰の子供なのかを皆に言わなければ行かない、と……」


 部屋の中が一気にどよめきました。


「それってヘラはヘパイストスの親が誰か知っているってこと?」


 デメテルお姉様が問いかけると、皆の視線がばっとこちらに集まりました。



 なんでバカだったのでしょう。


 愛情はちゃんと伝わっていただなんて自惚れて。


 いつから知っていたのかしら。わたくしが母親だと言う事を。

 


「知りませんわ、そんな事」






 ――我慢の限界。



 テティス様とエウリュノメ様に拾われて海底の洞窟でひっそりと育てられていたある日、2人の話し声が部屋からしてきた。立ち聞きするのは悪趣味だと立ち去ろうと思ったが、自分の名前が聞こえてきて、思わずドアに耳を当てて聞いてしまった。


 自分が最高神とその妻の子供であると。


 小さな声を全て聞き取るのは難しかったが「醜い」「投げ捨てた」というワードが出た事だけは確か。


 間もなくヘラ様が用意したという鍛冶場を与えられ、天界への自由な出入りを許可された。


 自分が誰の子なのかは伏せられたまま。


 何食わぬ顔をして話しかけてくる母親。

 会う度に小言と嫌味を言われ、わざわざ自分の近くに呼び寄せたのは恐らく、便利で美しい物を作ってくれる使い勝手のいい駒だったからだろう。


 ゼウス様には何度かそれとなく探りを入れてみたが、あの方から心の奥底にある感情を読み取る事は難しく、知っているのかいないのかは分からなかった。


  オリュンポス神の一人として迎え入れられた後も、ほかの神々は私の容姿を蔑み、びっこを引いて歩く様をして嘲笑してくる癖に、あれを作れ、これを作れと利用するだけしてくる。


 父親が愛人との間に産ませた不義の子はあんなにも皆に尊敬され、賞賛されるのに、何故自分は……。



 もううんざりだった。



 どうせ母は醜い子供を産んでしまった事を恥じて、皆には隠しているのだろう。それならその事実をバラして恥をかけばいい。父親にも秘密にしていたのなら尚更だ。とんだ恥をかかせてくれたと愛してやまない夫に叱責されればいい。

 ついでに物を作って貰えなくなって、皆困ってしまえばいい。



 自宅として使っているこの鍛冶場へ、何人もの神がやって来て私の事を連れて行こうとしたが、全て追い返してやった。

 私が作ったここの扉は、たとえ無理やりに蹴破って開けようとしても開かない。


 ヘラ様がこれまでの事を詫びて息子だと認めない限りは絶対に、あの椅子の見えない鎖からは解放してやらない。


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