44. 美味しいお酒と食べ物には勝てません
黒く艶やかな髪。男とも女とも付かないような風貌の神を前に、わたくしは声を大にしてゼウス様に訴えます。
「嫌です! ぜぇーーーーったいに!!!」
「ヘラ、まだ怒っているのかい?」
「当たり前では無いですか! 浮気相手の子を、何故また迎え入れねばならないのです?!」
神々が集まる会議で遠くインドから布教して帰ってきたディオニュソスが、ゼウス様によって招かれていました。そんなのひと言だって聞いておりませんでしたわ! 知っていたらこの集まりにすら出なかったのに!!
他の神達はわたくしとディオニュソスがどうなるのかと、戦々恐々としながら見守っています。どうやらみんな、とばっちりを受けないようにと黙りを決め込んでいるようです。
「それにディオニュソスの後ろにいる女は何です?! テュオネですって? どう見たってセメレではありませんか! 名前を変えたところで何だと言うのです!!!」
ディオニュソスに付き添うようにやって来たのは、セメレ改めテュオネと言う女。
ディオニュソスはここにやって来る前に冥界に行き、ハデスの妻ペルセポネに賄賂を渡してセメレを連れ出す許可を貰ったのです。
あ、そうだ! ペルセポネはゼウス様とデメテルお姉様の愛娘コレーの事ですわ。今ではハデスと結婚して冥界の女王となりましたの。
話を元に戻しましょう。
さらに彼は母親に自身の神性を分け与え名前を変えて女神としたとの事ですが、わたくしからすれば、どの面下げて来たんだコラァ! ……こほんっ、取り乱してしまいましたわ。よくも連れて来たものだと驚きと怒りを隠せません。
「もう顔も見たくないというのに連れて来るなんてどう言う神経をしているのかしら?!」
「……おい、いくら最高女神と言えども母の事を悪く言うのは許せねぇ」
「見た目は女の様に綺麗な顔をしているくせに、口のきき方がなっていないようですわね。この男と話をするだけ時間の無駄。わたくしこれで失礼しますわ」
もう我慢の限界です!
席を立ち退出しようとすると、隣に座っていたゼウス様に手を掴まれました。
「待ちなさいヘラ。君が認めなければオリュンポス神に仲間入りした事にはならないだろう? 過去の事は忘れて迎え入れてやっておくれ」
「わたくしが認めようが認めまいが関係なく、どうせゼウス様の一存で天界に出入りする事を許可なさるのでしょう?! それなら初めからわたくしに伺い立てる事などして頂かなくとも結構です!! だいたい何です? この男はわたくしにお願いするような態度にはとても見えません。わたくしにも認めてもらいたいならもっと…………んんっ?!」
怒りが沸点に達して捲し立てていると、ゼウス様が口の中に何かを放り込んできました。
「イライラした時には甘い物が一番。美味しいから食べてごらん」
皆の前で口の中に入れたものを出すのは流石にはばかられたので、仕方なくもぐもぐと咀嚼します。
何かしら……。デーツみたいだけれどもっと柔らかくて、甘いだけではなく酸味もあって……。
ごくん。と飲み込む頃には美味しくて、もっと無いのかと無意識にゼウス様の手元を見てしまいました。
「沢山喋ったから喉も乾いただろう? これも飲んでごらん」
手渡された杯の中には血のように、濃い赤色の液体が入っています。匂いを嗅いでみると、どうやらアルコールのようです。不気味な色合いに口にするか迷っていると、ゼウス様が「さあ」と促してきました。
ええいっ! ゼウス様が勧めるのならばっ!
ひとくち口に含めば、何ですの? これ。
苦い? いえ、渋い?? 甘いけれど渋いです。
ネクタルはあんなに甘くて美味しいのに、こんなに不味いお酒…………んん? でもよく味わってみると鼻に抜ける香りが花のようにも、果実のようにも感じられてとっても複雑……。味もネクタルよりもずっとフルーティーで酸味もあって……
あぁっ、何なのこのお酒は?!
「このお酒はなんて言うのですか? 少し渋いかと思いましたが、何だか癖になってしまう味ですわね」
「気に入った?」
「ええ、これまで飲んだ事の無い味と香りがします。先程食べたフルーツも美味しかったですし、もっと欲しいくらいです」
「だってさ、ディオニュソス」
何故ディオニュソスに? もしかしてこの男が用意した物なのかと見れば、ニヤっとしてやったりな笑顔で返してきました。
「そちらは俺が創ったブドウと言うフルーツのドライフルーツと、ワインと言う酒です」
「…………! あっ……あなたが創った物なんて要りません!! こんな物で取り入ろうとするなんて、わたくしを見くびっているようですわね!」
ペルセポネにはギンバイカの木を賄賂として渡して成功したようですが、わたくしはそうはいきませんわ。こんなお酒の一つや二つ!
「ヘラ、このワインってお酒、地上で頂いたけどチーズと凄く相性が良いのよ。美味しくって何杯でもいけちゃう。ネクタルはひたすらに甘いけれど、ワインは酸味もあって飲みやすいわ」
「人間たちがやっているのを真似てみたけど、硬くてパサパサになったパンも、ワインに浸して食べると美味しくなるのよ。干しぶどうもおやつにピッタリだわ。」
くぅっ…………!
デメテルお姉様とアフロディテの言葉にグラグラと心が揺らぎます。
チーズと一緒に……? 考えただけでもヨダレが口の中にじわーっと広がってきました。ワインが染み込んだパンも、考えるまでもなく美味しそうです。
ちらりとディオニュソスの方を見れば、勝ち誇った様な顔がもんの凄くカンに障りました。
負けないっ! 負けませんわっ!!!
「ネ、ネクタルも十分美味しいです」
「地上ではディオニュソスが布教しながら、ブドウの木とワインの作り方を人間たちにプレゼントしていたんだよ。ヘラが認めないとなると、天界ではこの味を楽しめないのか……残念だ」
「人間たちはこの味を楽しんでいるのに、神である私たちが楽しめないなんて」
「それじゃあゼウス様ぁ、ワインを飲みたくなったら私と地上へ飲みに行きましょう」
「だぁーーーー! ダメです!! 」
アフロディテがわざわざゼウス様の所へよってきて、しなだれかかってきました。この2人でお酒なんて飲んだら、如何わしい事をするに決まってます!
「分かりました! 分かりましたわ!! ディオニュソスを仲間と認めましょう。み、みんながそんなにこのブドウとやらを気に入ったと言うから仕方ないですわね。べっ、別にわたくしはこんな物、食べられなくたってどうって事ないですけど」
「流石は僕の妻、皆の手本となるような心の広さだ」
ゼウス様にチークキスをご褒美に貰うと、皆が早速宴の準備をしに慌ただしく動き始めました。
何だかみんなに嵌めらた様な気がするのですが。
とっても腑に落ちないのですが。
何はともあれ、ディオニュソスがわたくし達に仲間入りをしました。




