42. 甘い誘惑(3)
イクシオンが思いを遂げたのでしょう。
呻くような声と共に激しかった腰の動きを止めて、ネペレに覆いかぶさりました。
もうあの寝具は使いたくありませんわね……。
うんざりして眺めていれば、隣にいたゼウス様がとうとうドアを開けました。
「イクシオンよ、これはどういう事かな」
「なっ……! ぜっ、ゼウス様?! なぜここに?!」
「何故かって? 妻の寝所に夫がやって来てなんの不思議があるんだい?」
「いや……だって、ここ数ヶ月、ゼウス様はヘラ様の所へはめっきり行かなくなったと聞いていたのに……!」
すっぽんポンのまま狼狽えているイクシオン。もの凄く滑稽です。
すかさず隣の部屋で一緒に控えていたヘルメスが、イクシオンを縛り上げて床に伏せさせました。
「僕の妻を寝取ろうなど、お前の強欲さにはほとほと呆れたよ。ただまあ、数いる美しい女神達の中でヘラを選ぶとは、見る目だけはあると褒めてあげよう」
わたくしがゼウス様の横に並んで立つと、イクシオンは何が起こっているのか分からないと言うように、わたくしとネペレとを目だけ動かしてキョロキョロしています。
「なんで……っ?! これは一体……??!」
「ヘルメス、この男は鞭打ちにした後にタルタロスへ送れ。その後の罰は…………そうだねぇ、君は義父を火で焼き殺したんだっけ? それならこう言うのはどうだろう。火が燃える車輪にこの男を縛り付けて、永遠に回転し続ける」
「ひいぃっっ!! どうかっ、どうかお赦しを!!! う゛わ゛ぁぁぁぁっ!!!」
ヘルメスが振り上げた鞭が、バチンっと見事な音を上げてイクシオンの背中に打ち付けられました。ひょろっとした見かけによらずヘルメスは力があるようです。一発打っただけなのに、鞭で打たれた皮膚は薄く裂けて、血が滲み出てきました。
「さあヘラ、あとはヘルメスに任せて僕の部屋へおいで」
促されるままに部屋を出て、ゼウス様の寝所へと移りました。ここならイクシオンの叫び声は聞かなくて済みそうです。
「あそこはもう君の部屋として使えないね。ヘパイストスに言って新しく部屋と寝台を用意させよう」
「はい、ありがとうございます」
「それまではここで君も一緒に寝るといい」
「えっ? 宜しいのですか?」
「何をそんなに驚く事があるんだい?もちろんだよ」
「そっ……そうですか。それではしばらく失礼しますわ」
イクシオンの言っていた通り、ここ何ヶ月もゼウス様と肌を触れ合うような関係はありませんでした。ですのでこの提案にはちょっと驚きです。
ゼウス様はわたくしがセメレにした事を赦してくれたのかしら?
「そんな風に遠慮する必要は無いよ。なんと言っても、君は僕の妻なんだからね」
久しぶりに味わうゼウス様の唇の感触に蕩けていると、手が触れた身体の感触に一瞬「?」が浮かびました。
「ゼウス様、太ったのでは無かったのですね」
半分はだけたゼウス様をじっと見つめれば、いつも通りのよく引き締まった身体があります。
「最近ゆったりとした服をお召になっていたようなので、わたくしてっきり、ゼウス様がお太りになったのかと思っておりました。そう言えば今日は、以前着ていた服に戻っていますわね」
「ああー、うん、そう。そうだよ。うっかり贅肉が付きすぎてしまってね。こんな身体を見られたら君に失望されるかと思って、元の体に戻るまでは禁欲していたんだ」
「そうでしたのね! そのような心配など必要ありませんのに」
ゼウス様ったらかわいい!
「ようやく禁欲生活から開放された事だし、しばらく君を離してやれなそうだ」
全身に降り注ぐキスを受け止めるのは容易ではありません。今度は本物のわたくしが、嬌声をあげる事となりました。




