36. 必殺、デリート作戦!!(4)
「おいっ! そっちに逃げたぞ!」
黄金の鹿はぴょーんっと高く跳躍すると、近くにあった岩を踏み台にして、オートスの肩の上を軽々と越えていきます。それをエピアルテスが馬鹿なのでしょうか、槍を鹿に向かって投げたつもりがオートスの肩に刺さってしまいました。
「うわあぁ!! なにすんだ?!」
「違うっ! この鹿が悪いんだ! さっきからぴょこぴょこと逃げ回りやがって!!」
鹿は2人をまるで挑発するかのように、ワザと近寄って来ては足の周りをクルクルと回って飛び跳ねています。
「クソうっ」
苛立ったオートスが槍を突き刺そうとすると軽やかな身のこなしで鹿は脇へ逸れ、今度はエピアルテスの足に槍が刺さりました。
「ぐあぁっ!!」
巨大な2人が使う槍ですから、普通の人が使う槍よりも大きくて威力がありそう。怒り狂った2人は、鹿に向かって滅茶滅茶に槍を振り回し始めました。
雨あられと降り下ろされる槍をものともせずに鹿はスルスルと逃げ回り、オートスはエピアルテスの槍に、エピアルテスはオートスの槍の餌食に。おつむ弱過ぎです。
血塗れになって倒れたオートスとエピアルテスの間に、鹿が鼻をヒクヒクとさせて近づいて行きます。
「危ない!」と言いたかったわたくしの声は、虚しく「んんーー!」と唸るばかり。
死んだ振りをしていたオートスが、近寄ってきた鹿をむんずと掴んで高らかに持ち上げました。
「はっはっはっ! 小賢しい鹿めが! 生きたまま皮を剥いでくれる」
「よくやったオートス、早速そいつを……」
ヒュンッと鋭く空気を切る様な音がしたかと思ったら、エピアルテスがドサッと真後ろに倒れました。
何が起きたのかと瞬きをすると、今度はオートスが膝から崩れ落ちていきます。緩んだ手のひらから鹿は逃げると、ゆるゆると姿が溶けて快活そうな女性の形を取りました。
「アポロン、ないすぅー」
「ナイスじゃない! 油断するから捕まるんだ、馬鹿」
森の奥から出てきたのはヘパイストス作、優雅な見た目に反して強力な威力を持つ黄金の弓矢を手に持ったアポロン。そして、鹿から変じて姿を見せたのはアルテス。
2人の巨人はアポロンの放った矢で首を打ち抜かれ、絶命した様です。
「ヘラ様、大丈夫ですか?」
アポロンが猿轡とロープを外してくれました。
体の拘束が解かれると、安堵から涙が出て来ます。
「アポロン、アルテミスありがとう。この恩は忘れませんわ! あなた達を産ませないよう嫌がらせをしたわたくしを助けてくれるなんて……!何て優しいのかしら! 全部全部、謝りますわ!! なんなら今すぐレトの所へ行って謝罪と感謝を伝えなければ!! 」
「ちょっ、ヘラ様落ち着いて下さい。別にあたし達怨んでませんから。ね、アポロン?」
「え、そうなの?」と抱きついていたアルテミスの身体から顔を離してアポロンを見れば、コクコクと頷き返してきました。
「そんな何百年も前のこと、恨んでませんよ。それに、俺たちが生まれたあとはオリュンポスに快く迎え入れてくれたでは無いですか」
「なんならあたしはヘラ様が婚前に、ゼウス様の夜這いを何度も跳ね除けて拒み続けた事に、尊敬すらしてますよ。あの浮気性の夫を持ってもヘラ様自身は貞潔ですしね」
この2人がそんな風に思っていたとは意外でした。てっきり表面上は大人の対応をしていても、腹の中では嫌われているものだとばかり思っておりましたのに。
「そういう訳で謝罪とかいいですから。でも感謝の気持ちは有難く頂戴しておきます。それでは天界に帰りましょうか。へべから話を聞いたゼウス様が心配なさっているかもしれません」
「そう言えばあなた達、どうしてここへ……」
「ヘラっ!!!」
隼が空から落ちてくる様に飛んで来たかと思ったら、地上すれすれの所で人の形になりました。
「ゼウス様!」
「無事かい? 変な事されていないだろうね?」
元の姿に戻ったゼウス様が、ペタペタと全身を隈無くチェックしてきます。
「大丈夫ですわ。アポロンとアルテミスが助けてくれました」
「へべが君の叫び声を聞いて助けを求めに来たんだよ。オリュンポス山の麓にいたアポロンに先に事情を話したと言っていたけれど、間に合った様で良かった。アルテミスも居たのか」
「あたしは森で狩りをしていたら叫び声が聞こえたから来てみたんです。そしたらエピアルテスがヘラ様を手で掴んで、2人でヘラ様の股を嗅いでいた上に『未来の妃』とか何とかって言っていて」
「股を……嗅いでいた……?」
ドシャーーーーンッ!!!と、既に倒れているエピアルテスとオートスの上に雷が落ち、見るも無惨な黒い灰になってしまいました。
「2人には相応の罰を与えるよう、ハデスに言っておかなきゃね」
ニコニコ顔ですが、ドス黒い空気が怖いです。
もう一度真顔に戻ったゼウス様が、不思議そうな顔をしてわたくしを見つめてきました。
「ところでヘラ、今日の君は何だか雰囲気が違うね。透き通るような美しさと言うか、色で言ったら真っ白になったと言うか、何だろう…………もしかして、処女に戻ったのかい?」
早速気付かれて顔が一気に熱くなりました。面と向かって言われると物凄く恥ずかしいです。
「お……お分かりになりましたか? たまにはこうしてリフレッシュしてみるのも良いかと。その……またわたくしをゼウス様色に染めて頂きたくて……」
きゃあああああああっ! わたくしったら、なんて事を言っているのでしょう。
頬を押えながら照れ照れしていると、感極まった様子のゼウス様にむぎゅうっ、と抱き締められました。こんなに喜んで頂けるならわたくし、毎年デリートしてきます!!!
「ヘラ様も、良くやるわ」
「俺たちもう行くか」
アポロンとアルテスは呆れてしまったようで、わたくしたちを置いて森の奥へと消えていきました。
もちろんその後は、たっぷりとゼウス様に可愛がって貰いましたわ。なかなか離してもらえなくて困るほどに。うふふ。




