33. 必殺、デリート作戦!!(1)
「ふええええええーーーん」
あの日から何度目の朝がやってきたでしょう。もう何日も泣き続けて、ベッドが涙と鼻水でぐしょぐしょ。目蓋なんて腫れてパンパンです。
ひどいっ! ひど過ぎますっっ!!
結局あの後ゼウス様を問い詰めましたが、いつもの様にのらりくらりとかわされて。
それなら愛人だったダナエを、と思ったらとっくに死んでおりましたし、ペルセウスはヨボヨボのお爺さんになっていました。流石に死にかけの年寄りをどうこうする気になれません。
エウロペならば兄も健在ですしまだ生きているはず! と考える間もなく
「結婚祝いのプレゼントに、妹と子供達をどうか見逃して下さい! お願いします!!」
とカドモスに懇願されてしまいました。望むものを何でもあげると約束しましたし、結婚式を台無しにしてしまった後ろめたさもあり、渋々受け入れました。
わたくしのこのやるせなさは、一体何処へやれば良いのでしょうか?!
「ヘラ様……気分は落ち着かれましたでしょうか」
心配したイリスが、ホカホカと湯気を立てる湯の入った桶と布を持って部屋へと入ってきました。桶を床へと置くと、そのままわたくしの身体を拭いてくれます。
もう何日も沐浴をしていなかった上、泣いて汗ばんだ肌に、少し熱いくらいの布が気持ちがいいです。
「落ち着くわけないでしょう! だって……ひっく……ふっ、2人も愛人が……ひっく……い、居たのよ!!」
「そうですよね……。ヘラ様のゼウス様へのお気持ちは底無しに深いですから」
「ゼウス様は……わっ、わたくしの何処が気に入らないのかしら……?」
「そんな事はありませんよ。ゼウス様は気に入らないのでは無く、むしろ気に入り過ぎてしまっているというか……」
「そんな慰めなんて要らないわ!ひっく……ねえイリス……わたくしに何が足りないの? 怒らないから教えて!」
困った様子で腕を拭き続けているイリスとわたくしの所へ、今度は娘のへべが服を持って入ってきました。
「着替えをお持ちしました。お腹は空いて居ないですか? 何かお持ちしましょうか」
「いえ、要らないわ。食欲なんて出ないもの」
「……そうですか。でしたら温かいシデリティスティーでも入れて来ますね」
パタパタと部屋を出ていくへべの後ろ姿を見て、ピーンといい考えが閃きました。
これです! 見つけましたわ、他の女にあってわたくしには無いもの!!
「へべ、お待ちなさい。お茶は要らないわ。今すぐカナトスの泉へ参ります。あなたも付いてきなさい」
「今からですか? 水浴をするにはまだ少し寒いですが」
春に入ったばかりのこの季節、確かに水浴は寒そうですがそんな事は言っていられません。
春。生き物達が息を吹き返し再生する季節。
わたくしも再生すれば良いのです。
「構いませんわ。さあ、参りましょう!!」
戸惑うへべを連れて、お気に入りでよく水浴をするカナトスの泉へと向かいます。
***
「ううっ、やっぱりまだ泉の水は冷たいですわね」
カナトスの泉に着き、試しに足先をちょんと水につけてみると、冷たさにブルりと体が震えてしまいました。
「まだここでの水浴は早いのでは無いでしょうか。外で入るのなら温水が湧き出る所へ行った方が宜しいのでは」
「いいのよ。全て綺麗に洗い流すためには、清らかな水でなくては。むしろ冷たいくらいの方が丁度良いくらい。いい、へべ。あなたをここに連れて来た理由がお分かりになって?」
わたくしの身の回りの事をする女神達の中で、お供にわざわざへべを選んだのにはきちんと理由があります。
「私である理由、ですか? ええと……ごめんなさい。何でしょうか?」
ヘベは良く言えばのほほんとして穏やか。悪く言うならば能天気でちょっぴりポンコツ。自分が呼ばれた理由についてはやはり、分かっていなかったようです。
まあ、こんな子だからこそ傍に居てもらうと心が和むので、側仕えさせているのですけれど。
えへへーと笑っている顔に、ビシッと人差し指で突っついてやります。
「あなたは青春の女神でしょう? あなたの力を貸しなさい」
へべは青春の女神らしく、老いた者を若返らせ、小さな子供を成長させる力を持っています。
それならば、わたくしを若返らせればいいのです。
え? 神様って不老不死じゃないのかですって?
そういう意味ではありません。
確かに見た目の年齢は全く変わっておりません。ですが年月と共に嫉妬に心は淀み、色々な穢れが溜まっているわたくしは、ゼウス様から見ればうら若く、清らかな乙女とは掛け離れた姿に映るのでしょう。
そう、ゼウス様が手を出す女とわたくしの違い。
それは本物の若さに所以した美しさ!!!
へべは「えーと、えーと」とまだモタモタしています。
「手っ取り早く言うと、この泉の水で穢れを全て洗い流し、わたくしを処女に戻しなさい! そうすればゼウス様の愛はわたくしの物!!」
「あぁーー! そういう事ですか。分かりました、お任せ下さい」
ようやく理解したへべに手伝って貰いながら衣を脱ぎ、いざ泉の中へ。
泉の奥へと進むにつれ、ゾワゾワと冷たい水が身体をはい昇って来るかのようです。
さっ、寒い! 寒いぃぃーーーー!!
寒いですが我慢ですっ! ゼウス様の愛を得る為ならばこのくらい!!
へべも寒いようで鳥肌がたっています。後でよく労ってあげなければ。