30. バレたい浮気?
「ねえイリス、まだヘラは気が付かないの?」
ゼウス様に呼び出され部屋へと入ると、物凄く不機嫌そうな声で話しかけられました。
「はい……。ヘラ様は特に何も変わった様子はございません」
先に部屋へとやって来ていたヘルメスが、テーブルに置いてあるナッツをポリポリと摘んでいます。
「ゼウス様、そりゃあ黄金の雨になったら流石のヘラ様だって気付けませんよ」
「だよねぇ。ダナエはともかく、エウロペはもう3人も子供を産んでいるのに。見つからないようにプラタナスの葉を冬でも生い茂るようにしたけれど、失敗だったかな……」
ヘルメスとゼウス様の言っていることがよく分からない、という方の為に私イリスが説明しておきましょう。
まずダナエと言うのはアルゴスの王女で、彼女の父親は「娘ダナエが産む子に殺される」と言う神託を受けていました。そこで父王は、娘が男と間違ってもセックスする事など無いようにと、頑丈な扉のついた青銅の塔に閉じ込めてしまったのです。
見張りに番犬まで置き用心していたようですが、そこはゼウス様。人間達にはとても考えが及ばないような方法で忍び込んだのです。
それがヘルメスが先程言っていた『黄金の雨』です。
これを聞いた時には私も驚いてしまいました。
雨になり天窓の隙間から入り込みダナエと……。
こうしてダナエはゼウス様の子を身ごもりペルセウスと言う半神半人の子を産んだのですが、これについてはヘラ様、全く知りません。
なんならペルセウスが女怪物メデューサの首を取った時に生まれた、翼を持つ馬ペガソスを見て「雪のように真っ白でなんて美しい馬なのかしら」などと言って褒めてらっしゃいました。
またまたアルゴス関連で浮気なさるなんて、ヘラ様が不憫でなりません。
アルゴスの話が出てきたので、ここでエジプトまで追われたイオがどうなったのかお話しておきましょう。
イオはナイル川の辺で元の姿に戻され、エパポスと言う男児を産みました。イオはエジプト王と結婚し王妃に、息子のエパポスも後にエジプト王となりました。今ではイオは、エジプトの民からイシスと言う女神として崇められております。
やはりゼウス様なりのお考えがあって、イオを孕ませたという事なのでしょう。
それからもう一人名前が上がったエウロペ。こちらはフェニキアの王女です。
エウロペが侍女と一緒に花摘みをしている所を、白い牛の姿に化けたゼウス様がその背に乗せて、海を泳いでクレタ島まで連れ去って行ったそうです。
逢瀬がバレないようにプラタナスと言う葉が大きくてよく生い茂る木を、冬の間も葉が落ちないようにしたらしいのですが……。
先程仰っていたように、浮気がいい具合にバレる様にしたいゼウス様としては、作戦は成功を通り越して失敗だった様です。
エウロペとゼウス様との間には既に、3人もの息子が生まれています。
「イリスがもうちょっと上手いこと、ヘラ様を誘導してあげないとダメなんじゃない?」
「は……はい……?」
誘導って、浮気がバレるように誘導という事ですよね?そんなの聞いたことも無いんですが。隠したいのか隠したくないのか。
よく分からないです。
「ゼウス様、ご準備は出来たでしょうか?」
ノック音の後に入って来たのはヘラ様。宝石が散りばめられた髪飾りと金色の刺繍が施された服をお召になっています。
今日はアレス様とアフロディテ様の娘、ハルモニアの結婚式で、御相手はカドモスと言う人間の男。オリュンポスの神2人から生まれた女神のおめでたい日という事で、私たち神も参列しようという事になったのです。
「あら、イリスとヘルメスもここに居たの? 3人で何の話かしら」
「ヘルメスに準備を手伝って貰っていたんだけど、心許ないからイリスも呼んだんだよ」
「まあ、そういう事でしたらわたくしがお支度をお手伝いしましたのに」
「それにしてもヘラ、今日の君はいつにも増して美しいね。花嫁が霞んでしまわないか心配だよ」
「心配いりませんわ。花嫁はどうしたって結婚式の日には一際輝きますもの。それでは準備がお済みのようでしたらわたくし達も参りましょう」
ヘラ様が嬉しそうにゼウス様と出て行かれました。
今日の主役の一人、新郎のカドモス。何を隠そうこちらの方、ゼウス様の浮気相手エウロペの兄なのです。何も無ければいいのですが……。いえ、ゼウス様的にはあった方が良いのでしょうか。
「あんなドSのド変態に捕まるなんて、ヘラ様も大変だねーって、痛たたた!!」
相変わらずポリポリとナッツを食べているヘルメス様の頬を引っ掴んでやりました。
「しーっ! 変な事、余計な事を絶対に式では言わないで下さいよ!! 」
「んー」
「分かりましたね?!」
「分かったって! 任せといてー」
不安です。
とっても。




