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27. 怪しげな黒い雲には要注意!です(2)

「あーあ、またボク尻拭いってやつだよ。イリスも手伝ってくれない?」


「私がイオを逃がした事がヘラ様にバレれば、信頼関係は終わりです。そんなことをするくらいならば死を覚悟して、全てをヘラ様にお話しますよ。ですから私は一切手を貸しません。つべこべいわずにやって下さい。ヘルメス様もお分かりでしょう? ゼウス様がヘラ様と以外に関係を持って子供をお作りなるのは、その子が必要だから。イオの腹にいる子は救わねばなりません」


 イオが繋がれたオリーブの樹の側。ヘルメス様が木の枝に座って足をプラプラとさせながら、見張りをしているアルゴスを眺めています。


「まあそうだけどさぁ。ヘラ様も意地っ張りだよね。「なんで浮気なんてするのよ!最低!クソゲス野郎!!」バチーンっ!って一発平手打ちでもしちゃえばいいのに」


「暖簾に腕押し。いえ、むしろゼウス様の事ですから……」


「「喜ばれる」」


 ヘルメス様とハモりました。


 ヘラ様が怒れば怒るほど、ゼウス様の事で頭がいっぱいになればなるほど、あの方は喜ばれるのです。どうしようもありません。


「ふーむ、正面切って戦いを挑んだ所で勝てそうもないしなー。どうするか」


 アルゴスは全身に目があるだけに死角無し。おまけに眠って休む、という事も無いのでかなりの難敵。


「子守唄でも歌ってみようかな」


「ヘルメス様の歌ではむしろ、ノリノリになるかと思います」


「あはっ、だよね。それじゃあー……僕の十八番のこれ、使おっと」

 

 ヘルメス様は腰のベルトに挟んでいた葦笛をピッと引き抜くと、ぴょんと木から飛び降りてアルゴスの方へと近づいていきました。


 ここはヘルメス様にお任せしておけば大丈夫でしょう。ふざけた態度をとっていても、あの方は何だかんだでやり遂げてしまうのです。


「さて私は、ヘラ様の元へ戻らなければ」


 ヘラ様に怪しまれるような行動はとりたくありません。私の主人はヘラ様なのですから。



***



 おかしい。おかしいですわ。


 アルゴスから毎日数回、きっちりと送られてきた報告が昨日からありません。

 連絡用として遣わせている鳥はまだ来ないのかと窓の外を見てみますが、小鳥たちが戯れているだけ。


「へべ、今すぐ車を用意してちょうだい」


「かしこまりました」


 車に乗り込みイオを繋いでいるオリーブの樹の場所までやって来ましたが、誰もいません。


「どうなっているの?」


 当たりを見回せば、樹には刃物で切られたような跡のあるロープ。そして、ぷうんと生臭い肉の匂い。


「――――!!! アルゴスっ?!」


 地面にはアルゴスの生首がゴロンと転がり落ちて、身体もその横でバタンと倒れています。


「一体誰がこんな事を……っ!」


 その時側の茂みから、ガサッと何者かの気配がしました。


「そこに居るのは誰? 出て来なさい」


 呼び掛けにおずおずと出て来たのは森に住むニンフ。


「へ、ヘラ様で御座いましょうか?」


「そうよ。お前はこの辺りに住むニンフかしら?」


「はい」


「それならこのアルゴスが、どうしてこの様な目に遭ったのか知っているかしら」


「それは……」


 目を泳がせて迷っているニンフに、更に言葉をかけます。


「わたくしが誰なのか、良く考えて行動した方があなたの身のためですわ」


 ビクッと肩を震わせると、ニンフが話し始めました。


「昨日どこからか、とても綺麗な笛の音が聞こえてきたのです。誰が吹いているのかと音を頼りに行ってみると牧人が葦笛を吹いて、アルゴスに聴かせているようでした。そのうちにアルゴスは沢山ある目をひとつ、またひとつと閉じていき、しまいには全ての目を閉じて眠ってしまわれました。その様子を見た牧人が腰にさげていた剣を取り出すと、アルゴスの首を切り落としたのです」


「牧人……」


 ただの牧人がそのような事、出来るはずなどなありません。きっとこれは神の仕業。ゼウス様が誰かにイオを助け出すように言ったのでしょう。


 百の目を眠らせてしまえるほどの笛の名手とくればアポロン?


 いいえ、アポロンはこう言う手口を使う子では無いわね。真正面から向かっていくタイプですし、ゼウス様がアポロンに、こそ泥のような真似をさせるハズなどないでしょう。となるとやっぱりその牧人は……


「ヘルメスね」


 生まれてすぐにアポロンの牛を盗んで行ったヘルメスならば、容易に想像がつきます。


「アルゴスを殺したあとにその牧人は、ここに繋がれていた白い牛を逃がしたのね?」


「左様でございます」


「分かったわ。話してくれたお礼にこれを受け取りなさい」


 はめていたブレスレットを外してニンフの手首に付けてやると、嬉しそうにペコペコと頭を下げて去っていきました。


「可哀想なアルゴス。わたくしに忠実だったお前に報い、この目を孔雀の羽根に埋め込みましょう」


 もはや肉塊になってしまったアルゴスの身体に触れその目を抉り出すと、側に待たせていたわたくしの車を引く孔雀の羽根にひとつずつ埋め込みました。


「よりいっそう華やかになって素敵だわ」


 孔雀は元々煌めく深い青が美しい鳥でしたが、目玉模様でさらに豪華さが増しました。これでこそ女王が愛でるに相応しい鳥、と満足のいく仕上がりです。アルゴスもこの美しい鳥の一部になり、皆から賞賛されれば報われるというもの。



「ヘルメス……」


 ゼウス様の命を受けたとは絶対に言わないでしょうし、ヘルメスがやったと言う証拠もありません。となると罰しようがありません。

 


 そうまでしてあの女を助け出したいなんて!!



 嫉妬の炎がメラメラと燃え盛ります。


 何がなんでもあの女を痛い目に合わせなければ気が済みません。ゼウス様を受け入れ、主人を裏切ったことを後悔させてやります。


「いい事思いつきましたわ」


 ニィっと笑うこの口元はきっと、三日月の様なカーブを描いているでしょう。


「牛なんだもの。アブに刺されるのは自然な事よね」


 アブと言ってもとびきり特大の、剣のような針を持つ、そんなアブですけどね。うふふ。



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