23. 片付けにも配慮が必要です
天界には神という神が集まって……と言うよりも避難してきております。何から逃げて来ているのかと言えば、ゼウス様が遂に、今いる人間達を滅ぼす事に決めたのです。地上に居る人間を一掃する時に巻き添えにならないよう、緊急避難してきているという訳です。
人間達については他の神々も不満を抱いていたので特に異論を唱える者もなく、ゼウス様を固唾を飲んで見守っています。
「さて、始めようか」
オリュンポス山の頂上にある地上から天界へと続く門。ゼウス様はこの門の間に立って地上を見下ろすと、手にしている雷霆が光を放ちながらバリバリと音を立てはじめました。
これは、雷霆で地上を全て焼き尽くすおつもりなのでしょう。地上に降り注ぐ雷の嵐。そして火の海。きっと壮大な景色に………………
「ゼウス様!! いけませんわ!」
慌ててゼウス様の腕を掴んで止めに入ると、見ていた他の神達も不思議そうな顔をしています。
「どうしたんだいヘラ。もしかして、人間達に未練でも?」
「いえ、そうではございません」
「?」
「地上が火の海になったら、天界まで灼熱になりますわ!まるで鉄板で焼かれる肉の如く、わたくし達もこんがりと」
「あぁーー!」と皆が声を揃えて、手のひらを打っております。
「確かに君の言う通りだ。良く気がついたね」
また褒められてしまいましたわ。やっぱりゼウス様にはわたくしが必要。他の女神達に見せ付けておかなければ。
「んんー、それならどうしようか。地上を一掃する方法……火がダメならそうだね、水で洗い流してしまおうか。ヘルメスは例の2人に伝えに行っておいで」
ゼウス様はヘルメスが地上へと降りていったことを確認すると、パチンッと指を鳴らしました。すると瞬く間に空には真っ黒な雨雲が広がり、滝の如く猛烈な雨を降らし始めました。
「いいなぁ、ゼウス! それなら俺も一肌脱ごう!」
ポセイドンもゼウス様の横に並ぶと、津波を起こし川を氾濫させます。見る見るうちに地上は水の中へと沈み、高い山の頂きだけがちょこんと顔を出しているだけになりました。
この2人がタッグを組むと恐ろしいですわね。
9日9夜。
さすがにこんなにも地上が水に覆われては、生き残れる物はほとんど居ないでしょう。冥界にいるハデスが絶叫する声が聞こえてきそうです。今度会った時には労ってあげなければなりませんね。
「まあざっと、こんなものかな。そろそろ良いだろう」
「ゼウス様、お疲れ様でした。こちらで神酒でもお召し上がりください」
「おいおいヘラ、俺に労いの言葉は無いのか」
不満げなポセイドンに、妻のアムピトリテが「夫しか見えてないのよ」と笑ってやって来ました。
「あなた、お疲れ様でした。カッコよかったですよ?」
「そうだろう? 惚れ直したか?」
「ええ、もちろん」
「尻軽腰振り男じゃなきゃね」とボソッとつぶやく声が聞こえたような……気のせいですね。
地上の水が引くまでは新しい人間を創れません。それまでの間、時々地上を映す水盆を眺め、酒を嗜みながら待ちます。
「そういえばヘラ様、おおぐま座とこぐま座を海に沈むことが無いようにオケアノス様とテテュス様に頼んだんだって?」
「え、あっ、ええ……そうですわ」
アムピトリテの問いに、頬が熱くなりました。
だって少し恥ずかしいんですもの。まだ諦めてなかったのかと、ゼウス様にはもしかしたら呆れられてしまうかもしれません。
アルテミスから聞かされたゼウス様とカリストの話。わたくしが知った時には星に変えられて罰を与える余地なしと諦めかけていましたが、いい考えが閃いて養父母の2人に頼みに行ったのです。
星は普通ゆっくりと天を回り、海に沈んでいる間は休みをとる所を、永遠に海に入れなくしてもらいました。これであの二人は休むことなく、天をグルグルと回り続けなければなりませんわ! いい気味です。
「ヘラの姉貴の嫉妬深さは、海の底よりも深そうだな!」
わっはっはっは! と豪快にポセイドンが笑っています。そんなことを言われても、ゼウス様には取り合って貰えないし、浮気相手と子供に何かし返さない事には溜飲が下がらないんですもの。仕方ないではありませんか。
「ポセイドン、それはつまり、ヘラの僕への気持ちがそれだけ深いと言いたいんだろう? 羨ましいからと言ってヘラを虐めないでおくれ」
「あー、あー、お熱いことで」
「付き合っておれん」と神酒をガブ飲みしながら、ポセイドンが水盆を覗き込みました。
「ん、なんだありゃ。舟に誰か乗ってるぞ」
水盆を一緒に覗いてみると、水が引いてきているパルナッソス山のふもとに男女が2人漂着しています。
「あの2人はデウカリオンと妻のピュラですわね」
ピュラはあのパンドラと、そしてエピメテウスの娘。デウカリオンの父はエピメテウスの兄プロメテウス、それからこれは面白い事に母はパンドラなのです。
プロメテウスは女嫌いで子供の1人もいないという事でしたが、わたくし達の力を結集して創り出した女性には流石に心惹かれてしまったようです。弟の目を盗んで妊娠させるなんて無節操なこと。
という訳でこの夫婦、母親が同じで父親同士は兄弟。なんとも凄い間柄の様に聞こえますが、わたくしとゼウス様なんて父母が同じの兄弟ですからさして気にする程のことでもありません。
「あの2人には洪水をおこす前に、ヘルメスから舟に荷を積んでおくように伝えておいて貰ったからね。上手く生き残ったようだ」
デウカリオンとピュラ。この2人はとても敬虔で、正にわたくし達が求める人間達の姿そのもの。なので人類一掃計画からは生き残らせてあげることにしていました。
信じるものは救われる。
わたくし達、ちゃんと人間達の行いを見ておりますのよ。
「やはりあの二人は、お手本の様に素晴らしい人格の持ち主ですわね。早速ゼウス様に捧げ物をしておりますわ」
水盆から地上の様子を見続けていると、2人は舟から降りるや否や、ゼウス様への感謝の気持ちを込めて船に積み込んでいた荷から酒と食べ物を取り出し、捧げ祈り始めました。
「ゼウス様、2人は人間が自分達しか居なくなってしまって哀しいと言っておりますが、いかが致しますか?」
テミス様に夫婦の訴える声が聞こえたようです。
夫婦の居るパルナッソス山の南麓にはテミス様の神託所があるのです。神託所で祈り伺い立てれば、そこに祀られている神の耳にもきちんと届きますのよ。
「母の骨を背後に投げるように伝えてくれ。あの二人なら分かるだろう」
「……なるほど。かしこまりました」
テミス様は目を閉じて、あの2人の脳内に直接話しかけているようです。
「母の骨……。母とは大地の事ですね?」
ゼウス様はニコッと微笑んで頷き返しました。
あの二人がこの意味をきちんと理解出来るのかどうか皆で伺っていると、やはりこの神託に驚いたようでオロオロしております。
普通に考えたら、自分達の母親の骨を投げるなど、なんて不敬だと思うでしょう。
皆様には先に種明かしをすると、母が大地を指すならば、骨とは岩の事でしょう。土が肉、水が血なら、岩は骨組みですからね。
「流石はプロメテウスの息子だ。答えを導き出したようだね」
水盆に映る2人は、石を拾い上げると自分達の後ろへ向かって投げ始めました。
するとポトン、と落ちた石がみるみるうちに人の形になりました。デウカリオンが投げた石からは男が、ピュラが投げた石からは女が、という具合に。
この出来事に2人は驚き、喜びあっております。
そして次々と石を背後に投げて、人を作りはじめました。
「トネリコの木から生み出すアイデアも悪くなかったとは思うんだけど、今回はガイア様にも手伝って貰うことにしたんだ」
「人は大地の子。素晴らしいですわ!」
「さあ、役者は揃ってきたようだね。ここからまた新たな時代を始めようか」
ゼウス様に向かって、皆が杯を掲げます。
「新しい人類と時代に!」




