22. 怒った顔が見たいから(2)
「カリストはさっきの話、リュカオンの一人娘ですよ。気が利くし器量よしだし、何より男に興味が無いからあたしの侍女にしてあげたんです。あの子は母親と祖母が神の半神半人。だからわざわざ人間の部分を焼いてニンフにしてあげたのに、酷い裏切りだわ!」
アルテミスは超がつくほど純潔を重んじる神。付き添う者たちも彼女と同じように、処女で無ければ気が済まないと言う徹底ぶりなのです。
「ある日、泉で沐浴をしようと思って付き添いにカリストを選んで服をぬがせてみれば、腹が異様に大きく膨らんでいたんですよ! それでカリストに問いただすと、ゼウス様との子だと白状したのです」
「……ゼウス様、その話は本当ですの?」
「そう、本当だよ。アルテミスの姿を借りてカリストに近付いてみれば、コロッとね」
「コロッとではありませんわ!! なんでわたくしと言う妻がいながらニンフなどに手を出したのです!? 一体何回目の浮気ですか? 3回目ですわ、3回目!いいえ、アステリアの未遂を含めれば4回目!!!」
顔を真っ赤にして怒るわたくしを見て、ゼウス様は困るでもなく怒り返すでもなく、ましてやきまり悪そうにする訳でもなく……なんと、幸せそうに笑っております。頬にはほんのりと朱が差し潤んだ瞳で見つめてくるのですが、この表情の意味はどう解釈したら良いでしょう。
「マイアの事があった時、思いのほか君が冷静で怒らなかっただろう? もの足らなかったから、ちょっとした出来心だよ。それなのに君は全然気付いてくれないから、僕としては寂しい限りだったよ」
「ヘラは本当に可愛いね」と、ゼウス様は甘えたような声でわたくしの頬を撫でますが、なんだか言っている意味がいまいち理解できませんわ。
「もう、ゼウス様! わたくしは怒っているのですよ!」
「うん、分かっているし知っているよ。もう僕の事で頭がいっぱいなんだろう?」
わたくしが怒れば怒るほど、ゼウス様が嬉しそうにするのは何故なんでしょう。これでは埒が開きません。
「そ、それでアルテミス、カリストのお腹にいる子はどうなったのです?!」
こうなったら、この怒りはカリストとその子供に向けた方が良さそうですわ。アルテミスも怒っているようですし、この母子を罰しても何も言わないでしょう。
「カリストならあたしが直ぐに毛むくじゃらで獰猛な牙を持つ熊に変えてやりましたよ。処女を失い妊娠していると分かった後も、乙女のふりをしてあたしの傍に侍るなんて、全くもって穢らわしい! 自分の姿を恥じて森の奥深くへと逃げていって、その後のことは知りません」
「その森というのはどこです? 今から行って探してきますわ!」
勢いよく椅子から立ち上がると、ゼウス様に手首を掴まれ座り直すように促されました。
「離してくださいませ! わたくしからも何かしないと気がすみません」
「まあ落ち着いて。あの二人ならもう空の上だよ」
「空の上?」
「そう、空に上げて星にしてあげたんだよ。カリストは熊に変えられた後ひっそりと子供を産んでね。子供のアルカスはマイアに預けて育てさせたんだ。大きくなったアルカスは狩りをしに出掛けて、母親のカリストに偶然にも出会ったのさ、熊の姿でね。母親だと気付かないアルカスは獲物だと思って射殺そうとしたから、僕が2人を星にしてやったんだよ。さすがに母親を息子が殺してしまうのは可哀想だろう? 曲がりなりにも父親だからね」
「それでは最近になって増えたあの星は……」
「おおぐま座とこぐま座。なかなかいい星だろう?」
うぅぅっ、星に変えられてしまってはわたくしも手を出せません。ここは諦めるしかないのでしょうか。
「ヘラ様、もっと頑張ってくださいよ! ゼウス様にもっとガツンと、色んな女に手を出すなと!」
「そ、そうですわね!! ゼウス様、わたくし今度という今度は許しませんっ」
アルテミスに応援されたので気を取り直してゼウス様を睨み付けると、ますますぱあっと表情が明るくなりました。
「いいよ、好きなだけ怒っておくれ」
ああ、この夫婦喧嘩、わたくしに勝ち目はあるのでしょうか。




