21. 怒った顔が見たいから(1)
人間に女という性別が生まれて幾ばくかの時が経ちました。男と女は夫婦となり子をなして家族という単位で暮らしています。
地上で再び火が使える事によって暮らしが豊かになり、少しは人間たちの行いは良くなるのかと思ったのですが……そう上手くは行きませんわね。
火を手にしたことで文明はぐんぐんと進み、目覚しい発展を遂げる一方、戦争はより大きく残忍な物へとなっていきました。
そしてわたくしが今何をしているかと言うと、ゼウス様お茶を飲みながら先日あった出来事について話しております。
その出来事と言うのはこうです。
リュカリオンと言うアルカディアの王がいるのですが、この男には50人の息子と娘が1人おりますの。色んな女に産ませたとは言え、人間で51人の子供がいるとはなかなかの子沢山ですわね。
ただこのリュカリオンとその息子たちは傲慢で、悪行の噂がここオリュンポスにまで届く程。
試しにゼウス様と2人、人間の姿に化けて貧しい流浪の民のフリをし、彼らの元を訪れてみました。
やつれてボロ布をまとったわたくし達をかの者達は迎え入れて、温かいスープを出してくれましたのよ。
あら、臓物入りのスープとは栄養のある物を食べさせようとしているのね。噂と違い、いい人達じゃない。と目の前に出されたスープを食べようとして思わず固まってしまいました。
スープの中には羊や山羊の臓物だけではなく、彼らが治めるアルカディアに住む少年の肉が入っていたのです。
神であるわたくしやゼウス様が気付かないハズなどありません。
隣で人肉入りのスープを出されたゼウス様が元の姿に戻ると、リュカオン達に問いました。これはどう言うつもりだと。
その答えと言うのが聞いて呆れます。
リュカオン達が言う事には、この貧しい夫婦か自分達の所へやって来たのは、きっと神が自分たちをどこからか見ていて試している。それならば家畜よりも人を供犠として捧げもてなせばいいのでは無いかと。それこそが最上級のもてなしだと考えた。との事。
まさか神に見られている事を想定してのあの愚行だったとは。
人肉なんて気持ち悪いものを、わたくし達が口にするはずなどありません。
答えを聞いてさらに御怒りになったゼウス様は、リュカリオンと息子たちを雷霆で打ち据えて、屋敷ごと焼き払って片付けてきました。
もともと人間たちの行いには業を煮やしておりましたが、これ程までとは。
「人間達には程々呆れるね。一体どこで僕は間違えたんだろう」
「間違えたのはゼウス様ではなく人間達の方ですわ。そんなに気を落とさないで下さいませ」
「そろそろ見切りをつけて片付けが必要かね……」
ゼウス様はわたくしが入れたシデリティスティーを飲みながら、遠い目をして外を眺めております。
片付け。
その言葉が何を意味するのかを考えるまでもありません。そのままの意味でしょう。
ゼウス様と一緒にふうぅ、と息をついてお茶を飲んでいると、ノックをする意味があるのかないのか、アルテミスが部屋に威勢よく入って来ました。
「ゼウス様、ヘラ様ごきげんよう! って、あれ? お2人とも湿気た顔してどうしたんです? せっかく大物を捕らえたからゼウス様に見せようと思って天界まで来たのに」
後ろから立派な角を持つ大きな牡鹿を、召使いのニンフ達が担いで持ってきました。
普段、地上の山野で狩りを楽しんでいるアルテミスが天界へやって来るのは、大切な集まりがある時や宴の時。あとはこうして自慢の獲物を見せに、時々やってくるくらいでしょうか。
「やあアルテミス、そんなに大きな鹿の皮なら立派な敷物に出来そうだ」
「でしょう? それで、お2人で何の話をしていたんです?」
ゼウス様に褒められて嬉しそうなアルテミスは、ニンフ達に鹿を捌いてくるように指示を出すとイスにどかっと座りました。
「アルカディアの王、リュカオンと息子たちを訪ねた時の話をしていたのですわ」
「ああー、その話ならあたしもこの前アポロンから聞きました。人肉入りのスープなんて野蛮にも程があるわ。やっぱり食べるなら鹿かウサギよ…………ってそうだ!! リュカオンと言えばすっかり忘れてたけど、ゼウス様にひとこと言っておきたいことがあるんだった!!」
話の途中でアルテミスが突然何かを思い出したようで、ゼウス様を恨めしそうな顔で見つめます。
「何かな?」
「あたしの侍女にしていたカリストに手を出しましたよね?!」
――――!!!
手を出した?! それって浮気ということでしょうか?その前にその女、一体誰か知りませんわ。
「ゼウス様何の話でしょう?! いえ、それよりもアルテミス、カリストって誰ですの?!」
涼しい顔をしているゼウス様に聞くよりは、怒っている様子のアルテミスの方がまともに答えてくれそうです。アルテミスにグイグイと迫ると「聞いてくれます?!」とゼウス様を横目に話し始めました。




