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20. パンドラの箱

 私、パンドラって言います。


 パンは全て。ドラは贈り物、と言う意味です。


 この名の由来は、全ての神々が私を創ったからなんだそう。


 神様の中でも一番偉いゼウス様に、プロメテウス様の弟のエピメテウス様のお嫁になるように言われました。一つの箱を渡されて。


 この箱を渡された時にゼウス様はおっしゃいました。「()()()()()()()()()()()」と。


 なんで開けてはいけない物をわざわざ私に持たせて嫁にやったのかは分かりません。神々のする事を人間が口を挟むなど畏れおおい事ですから。



 ――旦那様はまだかしら。



 夫のエピメテウス様は朝から出掛けていてまだ帰ってきません。

 料理、洗濯、掃除……余った時間には機織りをして、夜には旦那様のお相手をして喜ばせます。


 神様達が私に、女に必要なものを全てくれたので、やるべき事はそつなくこなせます。



 ――ああ、なんて退屈なのかしら。



 今日やらなければならない事は全部終わってしまいました。


 仕方なくお茶でも入れて旦那様の帰りを待とうと椅子から立つと、棚の上に大事に置いておいた箱に目が止まりました。



 ――何が入っているのかしら。



 だめ、だめ! 開けちゃダメだって言われたじゃない。開けたことがバレたら神様達に怒られてしまうわ。

 なんでダメって言われたことってやってみたくなるんだろ。ますます気になるじゃない。


 余計な事を考えるのは止めて、お茶でも飲みましょう。お湯を沸かすために水瓶へと向かいます。



 ……でも……こんな言い訳はどう?


 掃除しようと思ったら、棚から落ちて蓋が空いてしまったって言ったら良いんじゃ無いかしら。


 そうだ、ようよ!


 わざとじゃ無ければきっとお許し下さるわ!


 神様達はどこから私たち人間を見ているか分からないもの。布巾を持って、さあ、雑巾がけをしましょう。

 あくまで自然に、ぶつかってしまったような感じで……。


 箱の置いてある棚をゴシゴシと拭いているような真似をして、コツン、と手を箱にぶつけました。


 ガシャン、と言う音ともに箱が床へと落ちると狙い通り蓋が開きました。



 ――やった! 蓋が開いた!



「いけない、落としてしまったわ」


 慌てて箱を拾いあげようとする振りをして箱の中身を覗いたその瞬間――


「キャハハハハハッ!!!」

「アーハハハハハハッ!!」

「ギャハハハハハハ!!!」


 耳を劈くようないくつもの不気味な笑い声と共に出てきたのは、エリスをはじめとした苦労(ポノス)飢餓(リーモス)破滅(アーテー)殺人(アンドロクタシアー)…………数え切れないくらいのありとあらゆる災いの神達。


「きゃあああああああ!! やめてっ! いやぁ!! 出てこないで!!!」


 急いで蓋を閉めたところでもう全てが終わってしまっていました。箱から出ていった神を捕まえることなんて、人間にはできるはずも無い。


「私……なんてことを……して……」


 開けてはいけないって言われていたのに。なんで神様の忠告をきちんと守らなかったのかしら。何で……。



 ――コンコンッ



 蓋を閉め直した箱の前で呆然としていると、どこからかノック音が聞こえてきました。


「え? 箱の中、からよね?」


 どうしよう。まだ災いが箱の中に残っていて、出せと言ってるのかしら。


「最初の人間の女パンドラよ、蓋を開けずに聞きなさい」


「へっ、あっ、はいっ!」


 やっぱり箱の中からだ!誰なのか分からないけれど、反射的に返事をしました。


「私の名前はエルピス。希望の女神」


希望(エルピス)……」


「お前は神々の忠告を聞かず愚かにも蓋を開け、人の世に災いをもたらしてしまった。けれどもこれは全てゼウス様の御心。あの方の御心からは逃れることは出来ない」


「そんな……!! で、でも貴女様は希望の女神様でしょう? 貴女がこの箱から出てきてくれれば良いのではないですか?!」


 藁にもすがる思いで、箱の前で四つん這いになって頼み込みます。


「私はゼウス様のお妃様に、蓋が開けられた時一番最後に出るように言われた。そしてもしも私が出る前に蓋が再び閉められたら、そのまま箱の中に残る様に。ともね。そしてそれを主神もお許しになった」


「――!! どこまで意地悪なんでしょう!! 」


 なによそれ。ヘラ様は私たち人間をそんなに苦しめたいわけ!? あんなにお綺麗な顔をしておいて、なんて嫌な神なの!



 地団駄を踏んでいると、箱の中の神様は呆れているのでしょう。はあぁ、と深いため息をつく音が聞こえてきました。


「浅はかな女だわ。よく聞きなさい。ゼウス様とヘラ様は私にこう言っておられるのよ。人間の所に残りなさい、とね」


「残る……?」


「そう。このまま人間のすぐ側に居続けて、人間たちに降かかる災いから助けるようにと仰っているのよ。そしてお前は私が出る前に蓋を閉めた。見事、希望を掴んだのよ」


 顔は見えなくとも、エルピス様が微笑んでいるのが分かります。


「最後に、よく聞きなさい。私はこうして箱の中にいて普段は見えない。けれどもお前たち人間が私の事を思い出せば、いつでもそばに居る。辛く苦しい時には思い出しなさい。希望(わたし)は常に人間と一緒にいる事を。そうすれば私はお前たちを助けてあげましょう」


「はい……! はい! 分かりました。常に貴方様をこうして胸に抱いて生きていきます……!」



 箱に抱きついてすすり泣くと、それきりエルピス様は沈黙してしまいました。


 でも分かります。希望がこの中にいるのを。すぐ側に居てくれるのを。

 

パンドラの箱はギリシャ神話の中でも特に有名なお話しですよね。もともとは箱ではなく、ピトスって言う貯蔵用の(かめ)だったのが、箱になっていったようです。絵画でも箱で描かれている方が多い気がするので、この小説の中でも箱にしました。

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