18. 女は災いのもと?(1)
神々が集う会議の最中、ドオォォォォンッという音がとどろき、神殿が揺れました。
「ゼウス様、落ち着いて下さいまし」
「申し訳ございません!」
ゼウス様の前でひたすら平伏して謝罪の言葉を述べるヘパイストスの横に、慌てて駆け寄りました。このままだとヘパイストスが雷に打たれてしまいます。
何故これほどまでにゼウス様がお怒りなのか。
それはヘパイストスのせいなどではなく、あのプロメテウスのせい。
プロメテウスは以前、ゼウス様に人と神との運命を決めるため、二つに分けた牛の肉を選択するように提案してきた神ですわ。
事もあろうかゼウス様を出し抜こうと企んだ罰として、地上から火を取り上げたのですが、なんと、プロメテウスが天界から火を盗んで地上の人間たちに与えたと言うではありませんか!
どうやって盗んだのかと言えば、話はこうです。
ヘパイストスの鍛冶場にプロメテウスが仕事の依頼に来たそうです。
依頼を引き受けどんなデザインの物がいいのかヘパイストスが設計図をせっせと引いているところで、あの者は動いたようです。ヘパイストスは仕事熱心でものづくりに取り掛かると集中して周りが見えなくなってしまいますので、その隙に鍛冶場にある炉の火をこっそりと盗んだあの男は、何食わぬ顔をしてヘパイストスに礼を言い帰って言ったとの事。
火なんて盗んだとしても隠せない。どうやってヘパイストスにバレる事無く持ち出したのか気になりますわよね?
そこは流石、智恵者と言われるプロメテウス。オオウイキョウと言う植物を利用したのです。
オオウイキョウの茎の髄。ここには湿った外皮と違い乾いているのです。
切り取られた一方の茎の髄に火をつければあら不思議。外から見ればただの茎ですのに、中では火がくすぶっている。という訳です。
地上の異変に気が付いた頃には、既に火が人間たちの間へと広まっておりました。
「ゼウス、確かにヘパイストスがヘマをしたとは言っても、責めるべきはプロメテウスでしょう? 」
「……確かに、デメテルの言う通りだね。もう一度火を取り上げてしまえば良いけれど、それじゃあ面白くない。それに、新しい火の付け方をヘルメスが開発してしまったしね。いずれあのやり方をプロメテウスが知って人間に教えるかもしれない」
小さな赤ちゃんだったヘルメスは、今や立派な青年になりました。細身でひょいひょいとよく動くお調子者ですわ。
そのヘルメスはいつでもどこでも好物の牛の肉を焼くために、木の摩擦によって火をおこす方法を編み出しましたの。ほんと、突拍子もない子です。
「さて……どうしようか。プロメテウス自身に罰を与えるのはもちろんの事、人間をどうするか、だね」
「それにしてもプロメテウスは人間好きね。まあ元はと言えば、プロメテウスが作った泥人形だから無理もないわね」
デメテルお姉様が話しているのは父クロノスが世界を支配していた時の話。
その頃は神の数はずっと少なく、余興としてクロノスがプロメテウスに命じて、神と似た生き物を泥を捏ねて作らせたのです。
その泥人形にクロノスは命を吹き込み「人間」と言う生き物を地上に住まわせて、神を崇め敬い、生きるその様を見て楽しんでいたようです。
黄金の種族と呼ばれるこの人間たちは不死ではなかったものの老いや病気と言った苦しみや悲しみを知らず、食べる物は耕さずとも有り余るほどの穀物が育ち、何もせずとも自然が与えてくれていました。
若いままの姿で毎日楽しく暮らし、やがて寿命が尽きると永遠の眠りにつき地上から消えていくのです。ですから奪い合うことなどせず、穏やかに暮らしていました。
この頃の人間は「死ぬ」と言うことを除けば、ほとんど神と似た様な暮らしぶりだったのです。
やがてゼウス様が頂点にたった頃、夜の女神ニュクスが1人で次々と不気味な神達を生み出しました。モロス、ケール、タナトスの死神達をはじめとして非難、苦悩などなど、他にも沢山の子をもうけたのです。
そして子供たちの中でも最も恐ろしいのは、不和と争いの女神エリス。この女、母親に習って1人で多くの神々を生み、そのどれもが災いの元となるような神ですの。正直言って、あの者達に近づくのも嫌です。
これらの不吉な神が力を発揮させるようになったこの頃から、人間達の堕落が始まったと言っても良いでしょう。この種族が前にもお話しました白銀の種族です。
白銀の種族を滅ぼしたゼウス様は、自ら第3の種族をお創りになりました。泥からではなくトネリコの木から作ったのですがこれが今いる青銅の種族です。
「プロメテウスは女を作るのは難しいから、人間を作る時に男しか作らなかったというのは本当ですか? 女は難しい。言い得て妙ですね」
「うふふ、そんなの建て前よ。本当はねぇ、あの男、女神嫌いなのよ。相当な恨みでもあるのか……昔なにかあったのかしらね」
アポロンの問いに、当時を知るアフロディテが答えました。そうです。皆さま驚かれましたでしょうか? 人間には男しかいないのです。その本当の理由が女嫌いだったからとは、わたくしも知りませんでした。だから集まりがあった時にも、プロメテウスは女神の隣に座ろうとはしなかったのですね。
「ああー、だからプロメテウスって未だに子供の一人もいないんだ! ボクはてっきり処女神ならぬ童貞神なんだと思っていたよ」
ヘルメスがゲラゲラと笑いながら言うと、みんなもつられて笑いだしました。
「女……女か。そうだ、ヘパイストス。君に汚名返上のチャンスをあげよう。今から泥で、人間の女を作ってごらん。ここに居る女神たちのような美しい女性をね」
「人間の女を……」
「そう、人間たちにプレゼントを贈ってあげようと思うんだ。人間の女なんて、プロメテウスも喜ぶだろ?」
ニっといたずらっ子のような顔で笑うゼウス様。
意地悪。意地悪です。
でも許せてしまいます。
「そういう事ですか。分かりました。すぐにやりましょう」
ヘパイストスは返事をすると、すぐに泥を捏ね始めました。その間にゼウス様はヘルメスにとある神達を連れてくるように命じています。そこに挙げられている神達の名前を聞いて、わたくしもイリスを呼びます。
「イリス、ちょっと使いを頼めるかしら。この子を連れてきてちょうだい」
こしょこしょとイリスに耳打ちすると、わたくしが何をしたいのか悟ったようで、目だけで返事を返すと神殿を抜け出していきました。
そうこうしているうちに、ヘパイストス作『人間の女』が完成しました。さすがはわたくしの息子。素晴らしい出来栄えです。




