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15.おてんば娘のアルテミス(2)

「あんた達がキュクロプスね。ちょっと作って欲しい物があってここに来たのよ。ヘパイストスはもう帰ってる?」


 キュクロプスが忙しなく働いている所へ誰かがやって来ました。まだ幼さが残るこの少女は……そう、今わたくしが襲われている頭痛の原因です。


「いえ、まだでございます。貴女はもしかして、アルテミス様でしょうか」


「そうよ。よちよち歩きじゃ歩くのも鈍いってわけね。あーぁ、しょうがない。ちょっとここで待たせてもらうわ」


「なんて美しくもかわいらしい女神なんだ。どれ、ちょっとオイちゃんが遊んでやろう」


 キュクロプスのひとり、ブロンテスがアルテミスに手を伸ばして抱き抱えた瞬間、アルテミスの顔色がサッと変わりました。


 ブチブチブチ! とブロンテスの胸毛を引きちぎった挙句、強烈な蹴りを顔にお見舞すると、シュタッと地面に降り立ち怒鳴り始めました。


「んなっ!! 何すんの!! 男が貞潔なあたしに手を触れるなんて、なんて無礼なの?! あたしに触れていいのはゼウス様だけ!それもお膝で抱っこが限度だわ!」


「い、いててて。抱っこくらいでそんなに怒らなくても……」


「あぁん? 抱っこくらいですって? 男はすぐ欲情するんだって知ってるんだからね! 」


「おいおい、これは一体なんの騒ぎだ?」


 アルテミスとキュクロプスが揉めているところに、ヘパイストスが帰ってきました。


「この男があたしに触れたのよ、穢らわしい!!」


「アルテミス、そう怒らないでくれ。かわいい君を見てちょっと遊んでやろうと思っただけだろう」


「あたしは遊んでる暇なんてないの! 冒険に出るの!!」


「冒険に?」


「そうよ。だからあなたに弓と矢を作ってもらいに来たんだから。ほら、アポロンにあげてたじゃない? あたしもあんな感じに強力でカッコイイ弓と矢が欲しいの。今すぐ作って」


「今すぐ、と言われましても、俺たちはポセイドン様に頼まれた馬の飼い葉桶を作るのに忙しいんですよ。その後でなら……いてっ!!!」


 話しかけてきたアルゲスに、今度はスネに1発蹴りをかましました。


「うっさいわね! 飼い葉桶なんてクソつまんないもの作ってんじゃないわよ。いい? ソッコーで作って持ってきてちょうだい! わかった?!」


「そんな勝手なことを。ここの主は私だ! 勝手に命令するな!」


「なんですって?! このブ男が!」


「鍛冶屋の仕事に容姿は関係ない!!」


 見ている間に取っ組み合いの喧嘩が始まってしまいました。これはマズイです。


「あなた達お止めなさい! 何をしているの?!」


「あらヘラ様、いい所に。ちょっと聞いて下さい! ヘパイストスに弓と矢を作ってくれるように頼みに来たら、ポセイドンに馬の飼葉桶を頼まれているから後にしろって言うんですよ」


「なにが『頼みに来た』だ! ワガママを言いに来たの間違いだろ」


「まあまあ2人とも、落ち着きなさいな。アルテミスのその弓と矢と言うのは急ぎなの?」


「そうですよ。だって世界があたしを呼んでるんだもん。急がなきゃ」



 モウ何ヲ言ッテイルノカワカリマセン。


 これはさっさと冒険とやらに出てもらった方が、天界の安寧の為です。



「…………そう。そうね、それならヘパイストス、先にアルテミスの武器を作ってあげなさい。ポセイドンにはわたくしから納品が遅れると伝えておきましょう」


「…………」


「分かりましたわね?」


 ヘパイストスが俯いて黙っているので念を押すと、ひとつため息をついて答えました。


「…………承知しました」


「さすがはヘラ様だわ! じゃ、ヘパイストス、頼んだからねーぇ」


 したり顔でバイバーイと手を振って、アルテミスが鍛冶場から出ていきました。

 まるで嵐が過ぎ去ったかのようでゲンナリとしてしまいます。


「ところでヘラ様、ここへは何か御用が?」


「えっ? 」


「御用があってここへいらしたのではないのですか?」


 わたくしったら、ついつい口を挟んで出て来てしまいました。まさか癒しが欲しくてこっそりと覗き見しに来たなんて言えません。何とか口実を考えないと。


「え、ええ。そうよ。ヘパイストス、あなたもう少し身なりを整えたらどうなのです? こんな小汚い格好をして宴に来るなど有り得ませんわ。そのボサボサの頭も何とかなさい」


 前々から思っていましたが、ヘパイストスはもっと服装とか髪型とかに気を配れば、ずっと良く見えると思うのです。

 それなのにいつも仕事服のままですし、髪の毛は適当に伸ばし放題、爪なんて黒ずんでしまって。

 アレスやアポロンに及ばずとも、職人としての才があるのですから渡り合えるハズですのに。歯がゆいです。


「ああ、そのような小言を言いに来たのですね」


「小言ではなくあなたはもっと……」


「これ以上はもう沢山ですよ。先程の宴では、私は役立たずとばかりにへべに給仕係を交代させられるし、アルテミスの肩をもった挙句に今度は身なりを整えろと?」


「そ、そんな。誤解ですわ」


「言われた通り、アルテミスの弓と矢を急いで作りますのでお帰り下さい」


 出て行けとばかりにぐいぐいと背中を押されて、外へと出されてしまいました。


 そんな……。


 給仕をへべに任せたのは、ヘパイストスの足が悪いから大変だろうと思って交代させましたのに。それだけではなく、どうしてもヨタヨタとみんなの間をお酌して回ると悪目立ちしてしまうのです。

 面倒なアルテミスから遠ざけるために優先するように言ったのですし、格好についてだってヘパイストスの事を思ってアドバイスしたつもりが……。



 うぅぅっ、なんでこうなってしまったのでしょう。



 癒されにきたどころか、余計に頭が痛くなってしまいました。


「こらこらヘラ。君がいま頭が痛いのは、頭を打ち付けているからだよ」


「え?」


 声を掛けられてハッと我に返ると、ゼウス様が後ろに立っていました。


「ゼウス様、なぜこんな所に? いえ、それよりもわたくしが頭が痛いってなんで分かったんですの?」


「ふふ、それは君が『頭が痛いー』って言いながら、木の幹にガンガンと頭を打ち付けていたからね」


「ま、まあ。お恥ずかし所を……」


 目の前にある木をよく見たら血が付いています。額を触ろとするとゼウス様に手を掴まれて止められました。


「ケガをしてしまっているからね。手当をしよう」


「すぐに治りますわ」


 不老不死の身ですので、このくらいの傷はすぐに元通りになります。


「それなら治るまで、あそこのベンチに座って休もう」


 ゼウス様と一緒に? それは嬉しいお誘いです。   額から血が出ている原因が木に頭を打ち付けていたからなんて恥ずかしいですし、治るまでしばらく待つことにしましょう。



 ベンチに2人で座り、先程のアルテミスとヘパイストスのやり取りについて話すとゼウス様が笑いだしました。


「アルテミスらしいね。弟のアポロンの威光にかき消されてしまうかと思ったけれど、なかなかやる子だよ」


「かき消されるどころか少しお転婆すぎますわ」


「ヘラ」


「はい?」


 ゼウス様に頬を撫でられ、じっと見つめられました。な、何でしょう? こんなに真正面で顔を合わせると、ものすごくドキドキします。


「君もたまにはアルテミスのように、僕にワガママを言って甘えても良いんだよ。何か欲しい物とか、して欲しい事は無いのかい?」


「して欲しい事……あ、あります」


「言ってごらん」


「えっと、その、笑わないで下さいますか」


「何でも言ってごらんよ」


「その……わたくしもお膝で抱っこをして欲しいです……」


 ゼウス様は驚いたように少し目を見開かれたまま、固まってしまいました。


 いくらアルテミスが羨ましかったからって、やっぱりこんな幼稚なお願い事などするのではありませんでした!



 恥ずかしい! 恥ずかしい!! 恥ずかしーい!!!



「いいいいまのは聞かなかったことにして下さいまし!」


「いいよ、そのくらいのお願いならお安い御用さ」


 くっくっと喉を鳴らして笑うゼウス様に抱き寄せられて、そのまま膝の上に乗せられました。頭をゼウス様の胸元へと預けると、ムスクの様な魅惑的で濃厚な香りと体の温かさが伝わってきます。



 ししししあわせーーーっ!



「こんな事くらいで君は喜ぶの?」


「はい、すっごく嬉しいです」

 

「そう? 夜にはもっと凄いことしてるのに、不思議だね」



 ――――!


 そんな恥ずかしい事を!

 


「それとこれとは別ですわ……」


 気が付けば、いつの間にか頭痛が消えていました。ゼウス様には治癒能力まで備わっているのでしょうか。


 頭痛対策として、ヘパイストスを覗き見する事以外の方法を見つけました。ただし、これは最終手段ですけれどね。

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