16. またもや個性的な神が仲間入りしました(1)
キラキラとした木漏れ日から降り注ぐ太陽。穏やかで暖かい風と鳥のさえずり。そして美味しい淹れたてのお茶。
こうして最愛の神、ゼウス様と過ごす午後のティータイムは至福の時。
ああ、なんて幸せなんでしょう。
幸福感をかみ締めながらシデリティスティーをゼウス様と一緒に飲んでいると、庭園の向こう側から何やら騒がしい声が聞こえてきました。
「……? 一体なんの騒ぎでしょうか? わたくしちょっと見て参りますわ」
イスから立ち上がって見に行こうとした所で、騒ぎの主がやって来ました。
「ゼウス様! ゼウス様はいらっしゃいますか?! あぁっ! こちらにいらしたのですね」
「まあアポロン、そのように騒いでいったいどうしたと言うので……きゃあっ!!!!」
アポロンがゼェゼェと息も荒く登場してきたかと思ったら、その手には縄が握られています。
そしてその縄の先には……
「アポロン! これはどういう事ですの?! こんないたいけな赤子を縛り上げて連れて来るなんて、一体どういう了見でしょう?!」
昨日生まれてきたばかりかのような小さな赤ちゃんが、縄でぐるぐる巻きにされています。それも引き摺られて痛かったのでしょう。うるうると涙目になってこちらを見ております。
「いたいけな赤子? とんでもない! こいつは俺の牛をごっそり盗んで行った泥棒ですよ!!」
「もう、そんな冗談を言うなんてあなたらしく無いですわ。こんな生まれたての赤ちゃんがそんな事出来るわけ無いでしょう?」
「ですよねぇ? ボクみたいな非力な子供を脅迫した挙句、縛り上げて引き摺りまわすなんて幼児虐待も良いとこですよ」
呆れ顔で赤子が喋りだしました。
見たところ神のようですが、一体誰の子でしょう?
「なあーにが『非力』だ! お前が逃げ回るからこうして縛ったんだろ」
「まさかぁ。ボク、生まれたてだよ? 歩けるわけないじゃん」
「くぉんのぉぉぉ!!!!」
「まあまあまあまあ、アポロン、少し落ち着きなさいな。それで、この子が何をしたと言って怒っているのです? 牛を盗んだとか言っておりましたけど」
赤ちゃんが縛られたままでは可哀想なので、縄を解きながらアポロンの話を聞きます。いくら何でもこの状況で逃げ出すのは不可能でしょう。
「それがですね、朝、ピエリアにある俺の牧場にいったら牛が50頭いなくなっていたんですよ。それも牝牛ばかり。前の日の夕方ちゃんと牛が居ることを確認したのに、ですよ」
ここ、オリュンポス山のふもとにあるピエリアで、アポロンは沢山の牛を飼っています。きっちりとした性格のアポロンですから、恐らく50頭と言う数も間違いないのでしょう。
「それで、どうしてこの子が犯人だと分かったのです? あなたの牛をこの子が連れている所でも見つけたの?」
「いえ、そうではありません。不思議なことに地面には、牛舎へと向かう牛の足跡しか残されていないのです」
「それではこの子が犯人かどうか分からないではないの」
50頭もの牛を連れ出したのなら、必ず足跡が残ります。それに子供の足跡もないと言うのは証拠不足すぎです。
「そうでしょう? ボクはお母様のお乳を飲んで揺りかごですやすや眠っていただけだっていうのに、この男は館に乗り込んできて、泥棒だとかなんとかよく分からない言い掛かりを付けてき挙句、冥界に送ってるって脅してきて。ちょっと男前だからって酷いですよ」
「アポロン、あなたがこの子が犯人だと思う根拠は何なのです?」
「占いです。空を飛ぶ鳥を見てコイツが犯人だと分かりました」
「占い……」
現代の皆様は、占いなんて怪しげな方法で犯人を見つけるなんて馬鹿げているとお思いでしょう? そんな事はない、とここでキッパリと申し上げておきましょう。
アポロンは占術を得意とする予言の神です。彼の占術は百発百中。人間なんかがする占いとは訳が違います。
「貴方様の占いはそりゃあ優れているんでしょうよ。でもその占いをしたって言うのがそもそも嘘なのでは?」
「貴様! この俺を侮辱するのか?! 俺が真実だと言ったらそれが真実だ!!」
「うわぁ、なんてヤツだよ。それなら何ですか? こんないかにもか弱くて、純真無垢なカワイイ赤子が嘘をつくとでも? そもそもこんなやわやわな足じゃ、歩くことだって出来やしないって言うのに!!」
えぇっと、どうしましょう。この子、縄を解かれるや否や、両足でしっかり立って喋っておりますわ。それに純真無垢と言うにはちょっと饒舌過ぎる気がします。
「うえぇぇぇん、いくら偉い神様だからって酷すぎる! ボクはウソなんかついてないのにぃぃっ!!」
「よしよし、かわいい坊や、泣かないでちょうだい」
この子が黒な可能性がかなり高い……いえ、間違いなく黒な気がしますが、ウルウルと大きな瞳を涙で濡らされてしまうと母性をくすぐられます。
抱っこしてやると、ぎゅうっと胸に顔を埋めてしがみついてきました。
やっ……やだ。かわいい!!
「あらもう、くすぐったいですわ」
顔を胸にぐいぐい押し付けてくる赤ちゃんをあやして居ると、突然、ピカッと視界が光に覆われて見えなくなりました。
バリバリバリーーーーっ!!!
「きゃああぁっ!」
「うわあああっ!」
空気が割れるような轟音と共に、すぐ近くの木に雷が落ちたようで燃えています。
「……その辺にしておかないと、流石の僕も怒るよ」
ドスの効いた声で、ゼウス様がこちらに話しかけてきました。手の平で雷霆がバチバチと音を立てて爆ぜております。
え? ななななんでしょう? わたくし何か、ゼウス様を怒らせるような事でもしたのでしょうか??
「ゼウス様……わたくし悪い事でも……」
「ごっ、ごめんなさい! 調子乗りました!もうしません!!」
見事な身のこなしで、血相を変えた赤ちゃんがわたくしの腕から飛び降りました。
「いいかい、見た目は赤子でもこの子は男だ。君が抱いていいのは僕だけだよ。分かった?」
――――!
まさか焼きもちを妬いてらしたのですね!もぅ、ゼウス様ったら! キュンキュンしてしまいます。
抱き寄せてきたゼウス様にこくこくと頷き返して、赤ちゃんの方へと向き直ります。
「それで、あなたは一体どこの誰ですの? もしかしてゼウス様はご存知なのでしょうか」
ゼウス様は先程までわたくし達のやり取りを面白そうに眺めていたので、この赤ちゃんが誰なのか既に知っているのかもしれません。




