脈あり!?
少し残酷な表現がございます。ご注意ください。
ミンスター卿と殿下に尋問され、ここ三か月の護衛生活に洗いざらい吐き出すことになった。隠してもいないから別に何とも思わないが。
……思ってないのに。
なのになんでお二人が死にそうな顔してるの(笑)
「んふっ、んんっ! どうしてお二人がそんなお顔をなさっているのでしょうか」
『ここで笑い出す意味が分からんぞ、リズ。其方、もっと自分を大切にせよ』
堪えきれなかった笑いを聖獣様は見逃してはくださらなかった。だって今更ですしね。だけどそう思っていたのは私だけのようでした。
「そうだよ! 僕にはしっかり食べなさいって、大きくなれないって言ってるくせに! 自分は食べてないんじゃない! それも、用意されてなかったって! こんなのわざとやってるのに決まってるのに! フロイドにはちゃんと用意してあったんだよ!?」
「そうだ。殿下の護衛に就くことは陛下もお認めになった事。更に私と婚姻を結んだことでリズはすでに貴族の仲間入りを果たしている。正当に訴えるべきだ!」
いやいやいや。そんなの建前に決まってるでしょ。誰も本気で『黒持ち』が貴族になったからって態度を改める訳ないよ。そんなの分かりきったことだし。本人気にしてないんだからよくない?
「「「良いわけない!!」」」
即答でした……
でもさぁ、殿下もミンスター卿も今まで気づいてなかったんだし。それこそ『今更!?』 って感じなんだけど。
そう言ったら。泣きました。ミンスター卿が。
「……っわ、わたしは! うぐっ、ひぐっ つ、妻である、きみに、っんてこと……!」
「わぁぁぁ! 泣かないでください!! お願いしますから! 大丈夫ですよっさっきも言いましたが前もって携帯食を用意してましたから! それに、毎食そんな量食べられませんから! それでも健康そのものなんで!」
「!!! そんなっ……、だから、こんなに細く……! あああっすまないっすまないリズ!!」
「逆効果!? お願いしますから泣き止んで!!?」
余計に泣き出す始末。もうこれどうすれば!?
殿下、聖獣様助け……
「ゼーレ様。僕のお披露目の時、リズに対して行った不当を罰する事はできますか」
『我が主に対する不当だ。勿論、天罰を授けようぞ!』
「良かった! それじゃあ、八つ裂きにしてください。でも、すぐに殺しちゃったら反省できないから長い時間をかけて反省してもらわないとだめだよね」
『うむ! ならば、ある種の呪いをだな」
「聖獣様! 微力ながら私もその天罰に対するお手伝いを致したく!!」
『よく言った、フロイド!! 其方も我の名を呼ぶことを許可しよう!!』
「ははっ! ありがたき幸せ!!」
「ちょっと待った―――!!!」
何勝手に話進めてんの!? そんなの望んでないし、どうでもいいでしょ!?
「どうでも言い訳ない! リズのおかげで僕はゼーレ様に会えて、ここから出られるかもしれないんだよ!? なのに、そんなリズにこんな……! これまでの人生でも色んな不当があったのにっ! なんでリズは受け入れるの?」
「それがこの国の常識だからです」
「っでも」
「不当を訴える場所などない。不当だと言えるはずがない。不当であるはずがない。何故なら! 『黒持ち』とは人間ではなく、人間の振りをした魔族で人間の宿敵! 生きているだけでも悍ましい存在なのにも関わらず、情けをかけていただき今日を生きることが出来ている。不当だなんだと騒げば命などない! 心の中でこれまでの理不尽に憤ることはあれど、訴えることなど出来るはずがない!!何故なら!!」
だめだ、止まらない……! 止めなくちゃ、ダメなのに。……止まらない!
「そんなことしてしまえば! 何処かにひっそり隠れ住む同胞が危険にさらされる!! 過去、一人の勝手な主張で、自由を求めたことで!! 多くの同胞が殴り殺された!! 生まれたばかりの赤子も! 抵抗できない病人も! 皆! 甚振られて死んでいった! たった一人の声が原因で同胞は炙り出され、見つかれば殺されるようになった! 生きたまま火に投げ入れられ、親の前で子が殺され、水に沈められて! 皆死んでいった……! それを知っているのに、この程度の事で〝不当〟など言えるはずがないっ! ……本当に〝不当〟なのは、理由なく死んでいった彼ら彼女らです!」
ああぁっ……、嫌な気持ちが流れ出すっ
ドロドロした暗い汚いこの醜い感情。曝け出すつもりなんてなかったのに……。
殿下は知らない。教えてくれる『黒』がいなかったから。私のように先人の『黒』に出会い共に生きたなら受け継いだ記憶があるだろうけど、殿下が初めて出会ったのは私だ。まだ時期でない。だから、あえて教えていなかった。私の持つ記憶は殿下に。その時、否が応でも知る事になる。これまでの『黒』達がどんな風に生き、どんな死を迎えたのかも。そうなれば私に食事が用意されていなかったことくらいで〝不当〟など、言えるはずがない。
一気にまくし立てたおかげでミンスター卿も殿下も黙ってしまった。直視できず、顔を背ける。ああ、馬鹿め。なんでこんなっ! 今まで平気だったのに。
護衛に就いてこの三か月で一般的な普通の生活を手にしたことが原因だろうか。普通ではなかったかもしれないけど、私にとってこの三か月は夢のような時間だったのは間違いない。
こんな私が殿下の傍にいることも、やはり良くない事かもしれない。すぐにでも別の人に代わってもらう方がいい。
「申し訳ございません。不快な思いをさせてしまいました。ですが、不当を訴えることはお止めください。私は十分、恵まれておりますので」
「リズ……」
「師団長に配置換え、というか辞任を伝えます。殿下、ミンスター卿。これまでありがとうございました」
「待てリズ!」
「やだ!! リズじゃないとダメ!! 他の人なんか認めないから!!」
お二人が止めてくれるがもう十分。聖獣様が現れたことで殿下の周りも変わってくる。
そんな時に私の存在は邪魔だ。これからの殿下には私ではない、もっと立派な人間が傍にいる方がいい。私はこれから殿下の足枷となってしまう。そうなってしまうのなら消えた方がいいだろう。
早速師団長の元に……と転移しようとしたら。
『忘れたか? 其方はもうすでに我の主よ。勝手なことは許さぬ』
「ですが私は……」
『くどい。この国で我の存在を維持し、こうして会話も成し遂げることが出来るのは其方のみよ。数百年の眠りによって起きた時に誰も我を見える者はいなかった。我の声を聴き、話すこともできなかった。それが百数十年続いた。……ようやく会話もできる仮主と巡り合ったのだ。せめてアデルが成人となるまでの短い時くらい、かまわんだろう。文句があるようなら我が鉄槌を下してやるさ!』
「聖獣様」
『ゼーレだ。これは我が認めた者にしか呼ばせぬと決めている! 我はリズを気にいったからな!』
ニカッと笑う聖獣様もといゼーレ様。いつの間にか人化して私の前に立っていた。身長が高いので私の顔はゼーレ様の胸辺りだ。はだけた褐色の胸板が目に飛び込んできた、と思ったら。
ぎゅうっと抱きしめられた。何が起こったのか一瞬わからなかったけど、ゼーレ様の心臓の鼓動が聞こえてきたことで自分が今、恐れ多くもゼーレ様に抱かれていると頭が理解した。
「ぜ、ゼーレ様!!? おやめ下さい!? 離して!!?」
『まぁそういうな! 我が主殿よ。滅多にないことなのだから、甘んじて受け入れるがいい!!』
必死に藻掻くがびくともしない……!
誰かに抱きしめられることなんて、なかった。こんな、あったかいんだ……。
今まで感じたことのない人の温もり。ゼーレ様の匂いを感じる。……きもち、いぃ。
「ゼーレ様!! 申し訳ありませんが、離れてください! リズは私の妻です!!」
はっ!! なんてことだ! あまりの心地よさに意識が遠のきそうだった! 危ない危ない。
『妻? にしては其方ら番っていないではないか? 本当に夫婦か?』
「ほ、本当にです!! リズは私の妻で、私は夫です!! ですから、離れてください! 離れて!!」
『夫婦なら番って当然だろう? なのにまだ? フロイド、其方不能か?』
「んなっ!? 私はいつでも大丈夫です!! 問題ありません!!」
番ってない? ……あぁ、そういう。さすが、聖獣。匂いでわかるんだ……。……ってそれ、って!?
ぶわわわぁぁぁっっ!!
ダメだ、意識したら顔が熱くっ! 平常心、平常心を保て!!
……
…………
………………~~~っっっ!! 無理!! 無理無理!! どうやっても無理!! ミンスター卿の顔が見られない!!
「リズ! 頼むっ私のところに来てくれ……!」
無理ぃぃ!! 見れないぃぃ!! 恥ずかしいぃぃ!!
ぎゅううぅ
無意識にゼーレ様の胸に顔を押し当て自分から抱きついてしまった。何たる不敬!! 恐れ多い!!
だけどその時の私にそんなこと思う余裕などあるはずがなかった。
これまでの人生。結婚とか考えたことなかったしそんな相手もいなかった。ミンスター卿とは殿下の護衛をする上での必要事項に過ぎず、お互いやむ無しという前提。そう思っていたのに。
『んなっ!? 私はいつでも大丈夫です!! 問題ありません!!』
これって……! いや、でも! ミンスター卿はずっと妻だって言ってくれてて……。それってやっぱり……!?
(きゃああああぁぁぁぁぁ!!!!)
まさかとは思う。あのミンスター卿がって。ありえないことだって。でも、もしかしたら……
そんな淡い期待が胸を占め、ちょっとだけ。そう思って赤く染まっているだろう頬をそのままにミンスター卿の顔を伺う。
バチッ
目が合った。ミンスター卿も赤くなっていた。それにミンスター卿の目には嘘がない。つまり。
「~~~~~っっっ!!!」
「リズ!!?」
ぽすんっ
再び私は恐れ多くもゼーレ様の胸に顔を埋めてしまった。
(直視できない!! 頭がいっぱいで破裂しそう!)
『ハハハっ!! フロイドよ。道は長そうだが、脈はありそうだな? 追い詰めるにしても、リズの気持ちを優先してやるのだぞ? それがモテる男というものだ!!』
「!! み、脈あり!? ほ、本当に……!! ていうか!! 離れて下さいっ!!」
「脈? 番うって? ねぇ、フロイド。番うって何?」
「殿下にはまだ早いです!!」
『ふむ! アデルにはまだ先の話よ。気にするでない。いずれわかる時が来るさ』
「ゼーレ様!! だから早く離れて下さいと何度も!!」
『まぁ待て。そんなだとリズに嫌われるぞ?』
「え」
ぴたりと固まるミンスター卿。
顔色がさぁーと変わるが、私は知らない。まだ待って……! もうちょっと、心の準備が……!
フロイドはゼーレの言葉に慌て、そんなフロイドを見て笑う聖獣ゼーレ。番う、脈ありの意味が分からず知りたいのに教えてくれないフロイドとゼーレに若干の不満を抱くアデルハイト。ただ恥ずかしさのあまりどんな顔をすればいいのかわからないリズ。
四人が平和(?)な時間を過ごした数時間後、執務室に戻った国王・アーサーとエドガー・オールバンスは〝北の塔〟に関係する全ての人間を玉座の間に集めた。
……そこには勿論。正妃でありアデルハイトの生母の姿もあった。
ありがとうございました!




