用意するはずないじゃない
オールバンス閣下が語ったのは元護衛騎士で現在伯爵となったネイサン・ヴァレンタイン様の護衛騎士として過ごした12年の出来事だった。
その後兄君が亡くなり兄嫁であったクラリッサ様は隠す事なくすべてを語り処罰を望んだらしい。あまりに予想外だったらしく誰もが現実から逃れる為の妄想だと信じたそうだが、治療薬の成分を信頼出来る機関に持ち込み分析した結果、精神不安を引き起こす類の薬物だということが判明し、クラリッサ様はご自身の強い希望により国で一番厳しいとされる北方の修道院に入ったそうだ。
前伯爵夫妻は信頼していた、本当に娘のように思ってきたクラリッサ様が息子を害していたことに全く思いもせずにいた事にショックを受けたが、クラリッサ様が自身の罪を認めた事、国で最も厳しい修道院に入る事でこれ以上の罰を望まなかったという。そういう気力も湧かなかったのかもしれないが。
これを機にネイサン・ヴァレンタインを正式にヴァレンタイン伯爵家の後継者に指名し家督を譲り、領地の墓所に眠るフェリックス様の傍で静かに暮らしているそうだ。
執事のブライアンだが、オールバンス閣下が彼の不審な行動に気づき独自調査を始めてすぐ彼は体調不良を理由に退職してしまった。恐らく閣下が動いた事に気づいての事だろう。逃げ足の速いことだ。
恐らくだけどヴァレンタイン現伯爵にも兄君や殿下と同じ薬を飲ませていたんだろう。そうでなければ閣下や陛下が信頼をおいていたヴァレンタイン近衛騎士と、ヴァレンタイン護衛騎士とで別の人間のように感じられる。気づかれないように服薬させ洗脳することで現状がどれだけ殿下にとって恵まれている環境なのかを信じ込ませる。それが王族に対しての待遇でなかったとしても〝『黒持ち』には十分すぎる対応なのだ〟と刷り込ませることで殿下を自分たちに従順な傀儡にしようとしたのではないだろうか。
おかげで殿下は出会った当初〝『黒持ち』の自分にはとても恵まれている〟という旨の発言をしていた。ブライアン執事の思惑通りというものだ。
「殿下。本当に申し訳ございませんでした。殿下の置かれている状況にすぐに危険があるわけではないと判断し、結果放置していた責任はこの私にあります。……如何様にも処分なさってください」
そう言って頭を下げるオールバンス閣下。潔いことだ。だが、それにしても気づくの遅すぎ。今まで何やってたの、とつい問い詰めたくなるよね。
ヴァレンタイン元護衛騎士は家督相続には乗り気ではなかったそうだが、このままいけばメイウェザー公爵の息のかかった者に伯爵家が乗っ取られてしまう。由緒ある伯爵家の矜持を守る為にも彼が当主をして立つことが望ましいと判断し、護衛騎士を辞任。現在は伯爵家当主として仕事に邁進しているそうだ。
彼にとって、この12年という短くない時間はどういうものだったのだろう。自分自身もそうだが、家族という生まれた時からあったものが徐々に壊れていくというのはどういう気持ちなのだろう。
……『家族』とは、どういったものなのだろうか。
ぐぅぅぅ……
静寂の 部屋に響く 腹の音。
しまった、まだ朝ご飯食べていなかった。
「お話し中失礼を。話はとりあえず食事の後にいたしましょう。殿下、食事前にも関わらず申し訳ございませんでした」
「~~~っきこえた?」
「バッチリと」
「~~~っもう! そこは聞こえないふりして!」
「申し訳ありません?」
はて、何か困ることがあったのか? 殿下が顔を真っ赤にして怒り出した。といっても本気で怒っているわけではなさそうだけど。そんな姿も愛らしい。
牛乳とサラダと果物。これが殿下の朝食。フォークでサラダを取り口に運ぶ殿下。リスみたい。
陛下も閣下も黙って殿下の食事が終わるまで見守っていたが、その目にはありありと後悔と申し訳なさが映し出されている。……食事について然程気にしていなかったとしても、これに気づいたのが今日だとか正気ですか? 何度も言いますけど遅すぎですよね。
この後しっかり責任者を炙り出して灸を据えてやろう。勿論、陛下にも頼みますがもし何らかの理由をつけて出来ないと言い訳でもしてきたら個人的にお話しいたしましょうかね。そしてブライアン執事よ。てめーは首洗って待ってろ。ふっふっふっ!
然程時間も掛からず食事が済んだ。
あまりお好きじゃない人参もしっかり召し上がっていることを確認し、食器を片付ける。その間、陛下と閣下は神妙な顔をしていたし、聖獣様は若干不機嫌。尻尾がベチンっベチンと絨毯を叩いている。
いつものように食器を一階に運ぼうとすると殿下がついて来ようとした。だけど今日はミンスター卿も聖獣様もいるからついてこなくても大丈夫ですよ。そう言うと「一緒にいたいから」とはにかみながら言うもんだから断る事なんてできないよね!
ローブをきゅっと握り、ついてくる様が可愛す! 雛鳥が親鳥のあとを追うようで可愛すぎないか!?
と、密かに悶えていたらミンスター卿が食器を持ってくれた。代わりに行ってくれるの? と思ったらそのまま片手に食器、もう片方が私の手を取り歩き出す。……え、一緒に行くの? 私いらなくない?
何て言えるはずもなく。ミンスター卿、私、殿下が連れ立って一階にある食料運搬口へ食器を返却する。
私達護衛の食事も用意されているが、少なくとも私は食べたことがない。今日も護衛用の食事には一食分。ミンスター卿の分の食事が用意されていた。
「あ、ミンスター卿もお食事まだでしたか?」
「……あぁ。リズはもう済ませてあるのか?」
「? 私に食事を用意するはずないじゃないですか」
「「え」」
「え?」
ピシリッ
と音を立てて二人が固まってしまった。おーい、どうしましたー?
固まる事数十秒。我に返ったミンスター卿に詰め寄られた!
「これまでずっとか!? 何故今まで言わなかった!?」
「そうだよ! 僕の心配するより自分の心配してよ!!」
殿下も混ざってしまった。いやでも、こちらとしてもこれが普通でしたので、何故と言われても……。
そんな怖い目で見ないでください!!
「……私に用意されないことはわかっていましたから、前もって携帯食を用意していました。ですので問題ありません。個人的なことなので報告する事でもありませんから」
学院生活でも食堂は利用できなかった。寮に戻っても部屋すらないし。屋根裏にこそっと身を寄せることもあったけど、見つかると折檻された。その後寮は利用せず、学院の様々な教室に忍び込んで夜を過ごしたものだ。(勿論教室は施錠されていたし見回りの警備員さんが巡回したり、場所によっては防犯魔術を掛けているところもあった。今思えばこの時の経験があるから結界の隙をついたて解除したり、鍵の解錠が上手くなったんだな。)
おかげで毎日腹ペコ状態。だから郊外学習の時に色々食べられるものを調達して飢えを凌いできた。グループ学習であっても私はいつも除け者だからこれ幸いと色んな森の恵みを収穫したもんだ。収穫したものの一部は空間魔術で保管してそれを平日はちびちび食べてたっけ。
学院を卒業して軍に配属されたけど、食事事情は軍でも同じだった。軍では食事の準備を手伝わせるだけ手伝わせて食べることは許可されなかったから学院時代より辛かった。前線で戦ってる最中に出くわした魔獣を丸焼きにして食べることでどうにか生き繋いだけど。
そんな生活を10年ほど送っていたんだから、始めからそこに期待はしていなかった。しなくて正解だったけど!
唖然とする二人が猛然と上の階へと駆けだす。はやっ!
行先は殿下の居室。そこにいるのは陛下と閣下と聖獣様。あっ、聖獣様と一緒って実は緊張していたのでは?
入室すると顔色が真っ白になったお二人の姿が。ああ、聖獣様の圧を諸に喰らったせいだろうか。
そんなお二人にミンスター卿と殿下が詰め寄った。
ミンスター卿はオールバンス閣下に。殿下は陛下に。
「「今すぐ食事の改善を要求します!! 護衛魔術師の食事が何故用意されていないのでしょうか! リズは 私 と婚姻を結んだ貴族! 不当な扱いに対して抗議いたします!!」」
わぁ二人とも息ぴったりだね! 仲良いいなぁ。
二人の気迫に押されたじたじな陛下と閣下。掻い摘んで説明するとお二人も怒り、勢いよく立ち上がった!
「城に戻る!! これ以上奴らの勝手は許さん!! エドガー!! 直ちに〝北の塔〟に関わる者全員を玉座の間に集めよ!! 使用人に至るすべての者達をだ!!」
「はっ!! 直ちに!!」
そう言って勢いよく飛び出していった。わあぁ、何かすっごい怒っていらっしゃる……!
そうして勇んで出て行ったものの、ここは〝北の塔〟。簡単には出られない構造です。我々護衛のように塔に魔力を登録しておけば正しい順序で出入り口に進むことが出来るけど、陛下や閣下のように時々しか来ないような方の魔力は登録を行っていいないので塔内の魔術に引っかかるようにできているのだ。
護衛に対しても不審な行動が見られた場合、即座に要注意人物と見なされ塔内の警備魔術が一段階上がる仕様になっている。……直接的な不信行動を行わなかったことでブライアン執事の専横が見逃されてしまったのだろうか。だとしたら今一度見直しが必要……。
とかなんとか考えていたらどうにか外に出られたみたいだ。ふぅっ! これで静かになった!
と思っていたら。ミンスター卿とフロイド様に詰め寄られてしまった。
「「リズ。 詳しく説明して(しろ)」」
『……素直に話した方が身のためだぞ、リズ』
「……」
聖獣様……、助けてはくれないのですね。
そうしてお二人から根掘り葉掘りこれまでの事を尋問された。まだ続くのかな~。まだ終わんないの『リズ?』……ハイ。すみません。
こうして聖獣様との邂逅二日目が幕を開けた。




