舞台の裏側
『ではこれからの対応についてだが……』
外の世界ではかつての英雄達が魔神の化身と激しい戦闘を繰り出している。疲労困憊で既に何度も絶望を味わっているフロイド様やリオネル殿下達には大きな希望。このまま英雄達がこの魔神の化身を滅してくれればいいのだけど……。なんて考えていたのだが、既に魔神はこちらに協力的だ。魔神にとって魔王が一番の愛しい存在であることに変わりはないけれど、生み出した者としての責任を取ってくれるというのだ。ならばしっかりとってもらおう。
ヴァージル殿下の訴えは正直私やエヴァンにとっては納得出来ていない。だけど私達は既に死んでいる。優先すべきは今を生きる者達である。それはアデルハイト殿下の為にもなるのだと考えれば、モヤモヤしたものを捨てる事は出来ずとも知らんぷりも出来ない。エヴァンなんかは心底嫌そうで憎まれ口を叩いているけど、最終的には王弟殿下の提案を受け入れた。気に入らない事があればすぐさま離脱する事を宣言したが。
そして私達は少ない時間の中、打ち合わせをして外に出る。念話でいつでも相談は出来るから何か不測の事態が起きたとしても対応可能の状態だ。
『ではアデルハイト、リズ、コールドリッジ。……よろしく頼むよ』
『はい! お任せください、叔父上』
『行ってまいります』
『ケッ!』
返事の代わりに悪態をつくエヴァンの脇腹にチョップを入れておく。『ぐぉっ!?』って聞こえたけどさっきの仕返しだからこれでチャラだ。
魔神、魔王、シリル王。そしてイェルサ。外の世界では英雄達の世界を滅ぼしかねないほど強力な技が化身を包み込んだ。
『うむ。中々やるな』
感心した素振りを見せる魔神だが、この技を受けてもビクともしない事が何より恐ろしい。魔神にとってはこれも児戯に等しいのだろうか。
『破壊のエネルギーを吸収。この力、そのまま使わせてもらおう』
これから行うのは『神の御業』
この奇跡をもって、これまでの永きに渡る『黒持ち』の悲惨な歴史に終止符を打つ。
死んでいった同胞達の魂を振り返ると皆笑っていた。それが意外に思ったけど私もエヴァンも、何も言えなかった。
彼らの名誉を回復させる。決してイェルサと魔王の為じゃない。
これが終われば私も天に還る事になるだろう。もうイェルサの魂に引き寄せられてこの世に留まる事がないのだから。
これで最期。
アデルハイト殿下、私は貴方を置いて旅立ちます。彷徨うイェルサの魂は既にここに集まっている。足りないのは数人分くらいかな。それも殿下の存命中にはすべてが揃うでしょう。
私のように『黒持ち』の仲間達は貴方にはもういない。だけど心配などしていません。貴方には貴方を愛している両親と兄、フロイド様やオールバンス閣下がいるのだから。
さ! 感傷など似合わないね! なるようになるし、ならない時はそれまでだ!!
『アデル、リズ。……頼んだよ』
シリル王。
イェルサによってかつての妻子を奪われた彼は、彼女の一番の被害者といえるかもしれない。しかも時を経て転生したら母がイェルサの魂を持っている。それが彼にとってどれほど苦しい事だったか……。
彼の苦悩に応えるように力強く頷く。殿下も真剣な顔をして頷いていた。
そして私達は外の世界へ。
外には英雄達と国王陛下率いる魔族から王国を守るために集まった精鋭達。私が強制的に連れてきた軍、フロイド様率いる魔術師団が度重なる絶望の中、それでも生き残るために足掻く姿があった。
いきなり現れた私達に面食らう英雄達。だがこちらに敵意がない事と聖獣達を通じて魔神や魔王のこれから行う事への協力を求めた事で戦闘モードを解いてもらった。私からも協力への助力を恐れ多くも願ったところ快く引き受けて下さった。その際、赤い鎧に身を包んだ女性が何故か涙ぐんでいたように見えたがすぐに散開。それぞれの受け持ち場所に飛んでいく。
『さぁ、私達も』
『うん』
『あぁ』
これが最後。
きっと最後になる。
さっきフロイド様が私を呼ぶ声が聞こえた。この愛しい人の声を聞くのも最後となる。
寂しいけど仕方ない。忘れがちだけど私はもう既に死んでいる。
悲しみは感じるがそれを振り切って持ち場に就くと、準備完了と念話が入った。
『皆様方、それでは始めますよ!』
『『『了解!』』』
そうして魔神から流れ込んできた。膨大な力の奔流に流されそうになるが耐える。耐えなければならない。アデルハイト殿下の今後の為にも。
*****
『アデルハイトは魔族か人か。今、王都の生き残っている人間にはその疑念を抱えている。命がけで民を守っていたとしてもそれが演技で自分達を信用させるための手段だと考える人間も多いだろう。だからこそ、アデルハイトにはこの国のみならず、世界を救った英雄になってもらう』
その為にはアデルハイトが魔族であるかなどの議論を持ち出す余地もない彼の『功績』が必要だ。そしてそれには魔王とイェルサへの罰も含めたモノであれば一石二鳥。
『魔神様の力を解放してもらいます。この奇跡の力が適用されるのはただの一度きり。魔神の化身がもたらした被害のほんの数秒前にまでに街を、人を巻き戻す。つまり亡くなった人々を生き返らせるという事ですね。魔神様。可能でしょう』
決して疑わない王弟の確信めいた言葉に魔神は大きな溜息をついた後答えた。
『問題ない、とは言い難いがな。出来ない事は無い』
それなりに力を消費するのかあまり気が乗らない様子だけど了承は得られた。後は魔王とイェルサの処遇だ。
『魔王様には出奔していただきましょう。その後魂の穢れが完全に消えた際には元の管理者の地位に戻っていただきます。ただしイェルサ。彼女に関しては魔王様の魂の穢れが浄化されたと確認が取れるまで魔神様預かりとしましょう』
『……っ、ヴァージル。それは……』
『人の姿を保ったままでは喧しいでしょうから今の状態がいいでしょう。意識を取り戻したとしても箱にでも押し込めておけばどうする事も出来ないでしょうし』
『ヴァージルッ!!』
えぇ? たったそれだけ?
というのが私の感想。ビー玉みたいな姿で魔王の帰りを魔神の元でただ待ち続けるってのは罰になる?
チラリと横のエヴァンを見れば苦虫を何匹も嚙み潰したような顔をしていた。彼もやっぱり納得出来ないようだ。
『……ふぅ。魔神様。確認しますがイェルサを置いていただけますか?』
魔王が恐れているのはイェルサの消滅。魔神の傍にイェルサを置いておけば、魔王を愛する魔神が何をするのかわからないのだろう。不慮の事故で消滅させる、魂の摩耗を理由に消滅など魔神にとってはどうにでも出来る相手なのだ。
だからこそ魔王は魔神からイェルサを離したいのだろう。敬愛する父であろうと魔王にすれば魔神程恐ろしい相手はいないのだ。
『断る。愛しい我が子を穢したきっかけを作った女など、視界に入れるのも不愉快だ』
心底嫌そうな、軽蔑した目でビー玉を見下ろす魔神はそう吐き捨てる。そしてその言葉を王弟殿下は待っていたのだろう。
『では仕方ありませんね? 魔王様、貴方が責任を持ってイェルサを監視してください。但し、イェルサが意思を持っていた場合色々面倒なのでこのままの状態で眠り続けて貰いますがね』
『!!』
意味わかんない。結局イェルサは眠った状態ではあるものの、愛しい魔王と共に居続けるというの?
『ありえねぇだろ、そんなのっ!』
隣で怒りを露わにするエヴァンの怒りに同調する。結局イェルサは生き続けるという事なんだから。魔王の魂の穢れが晴れたらこれまでの事も忘れてまたのうのうと隣に立つというのか。
『魔王様の魂の穢れは晴れますかねぇ? 数千年、魔王として身を堕とした貴方様がそう簡単に元の地位に戻れるとは思っておられませんよね。……この件に関しましては魔神様には一切手を出さないようお願い申し上げます』
『……仕方あるまい』
『父上……、ヴァージル……』
『では! 王都の修復と亡くなった者達の復活が完了した際にはイェルサの民の魂の解放、そして魔王様とイェルサの出奔。事実上の追放ですね。永い時を二人でお過ごしください』
エヴァンの叫びを無視するように王弟殿下が決めた魔王とイェルサの処遇。事実上の追放処分となった魔王は魂の穢れを浄化しない限り元の管理者としての地位に戻れない。
『あぁ! そうだ、定期的に穢れが浄化できているかは調べさせていただきましょう。……浄化できていない場合、問答無用でイェルサは消滅させますのでご理解ください』
『……ッ、わ、かった。必ず、時間がかかったとしてもこの魂、元の輝きを取り戻すよう努力する』
*****
『正直納得はいってません。でも、ほぼ管理者としての地位に返り咲くのは不可能でイェルサは眠ったまま。意志の疎通は出来ない上に、魔王としての力は封印されている。簡潔に言えばただの人間になった魔王はこれからの永い時間をただ一人生きて行かねばならない』
『そしてイェルサに至っては最愛が傍にいるという事を知らず、永遠に眠り続ける。実質死んだも同然か……』
『幸せな夢を見てたらムカつくかな。魔王から手を振り払われて捨てられる夢でも見続けてしまえ』
『二人とも余裕なの?』
王都の修復と亡くなった者達の蘇りの為、魔神の力を解放させるとみるみるうちに街は元の美しい姿を取り戻していく。破壊され、瓦礫の山と化していたなど誰も想像出来ないほど元の状態に戻っていった。そしてそれは街並みだけではない。あの咆哮で犠牲になった多くの人間が肉体も魂もそのままに蘇ったのだ。恐怖が支配していたであろう精神すら落ち着かせている。
恐ろしい思う反面、だったらイェルサの事ぐらいさっさと始末しとけよ☆と思ってしまうのは仕方ないと思うのだ。おかげで私達はしなくていい苦労と苦痛を受けて来たのだからこれくらい思っても罰は当たらない筈。
「王太子様!!」
「王太子殿下が私達を助けて下さった!!」
「ありがとうございます!!」
蘇った人間からすれば殿下は命の恩人。そして生き残り、この奇跡を目撃した者達からすれば殿下は英雄達と同格かそれ以上に見えた事だろう。国王陛下の実子でありながら不遇の人生を歩んできた殿下はこれをもって陛下をも凌ぐ偉大な王族として人々の記憶に刻まれる事になる。
反王太子派ですら目の前の奇跡に文句のつけようがない。それをしてしまったらこの件で命を落としていた国民すべてを敵に回すことに繋がるのだから。いくら怪しげな魔術で人を誑かしたのだと喚いたところでそれは無意味。何故なら一度死に蘇った者達は魔神の意思を伝えられている。
『アデルハイトという王太子はお前達の死を嘆き、我に願った。感謝せよ、人間。一度死んだお前達に再び命を戻したのは他でもない、アデルハイトの願いであったからだ』
ただの人間に魔神の圧は発狂させるほどの恐怖を植え付ける。そして甦った後は魔神との会話を忘れていたとしてもアデルハイトへの畏敬の念は消える事は無い。ヴァージル殿下のおかげで今後のアデルハイト殿下の立場は盤石なものになった。
そしてそれは私達との別れが迫ってきている事も意味する。




