最終話
魔神による王都襲撃事件は迅速に処理され、主犯となった王弟ヴァージルは神の怒りに触れた事で死亡。事件が事件だけに死亡のまま裁かれた。王家の歴史から抹消された王弟は亡骸もなく墓もない。抹消されたが故に王家の霊廟に埋葬されるはずもなく、大罪人としてその名を歴史に刻まれることになった。
街の復興はあの日にほぼすべてが行われていた為大きな混乱はなかったが、一度死を体験した者の多くは後日震えるほどの恐怖に襲われた。治療師や魔術師などが彼らのケアに回り、心に残した爪痕を労わった。街そのものは修復出来ていてもそこに住む人々の活気は以前とは比べ物にならない。だがそれも時間が解決する事だろう。
この大きな事件を引き起こしたのは王弟である事から王家に対する糾弾が当たり前だが起こったのは言うまでもない。王都にいた者、魔神の化身の咆哮の先にいた者、更に遠く領地で過ごしていた者。直接被害はなくとも王家に対立する貴族達の多くが国王、アーサーの責任を追及。反論することなく全責任を国王一人が受け持ち、退位。新たな王として王太子アデルハイトが王位を継承する事が正式に取り決められた。
事件の半年後にはアーサー国王の髪は白が多く混ざるようになり、歩行も杖が必要になる程弱っていた。命を削るようにして結界を張り続けた代償。自らの生命力を消費した事でアーサーに残された時間は多くなかった。そんな彼の傍から離れなかったのはジュリエット王妃。体を支えて補助しつつ、王妃としての仕事もこなした。大変だろうと国王の世話は侍従に任せるようにと進言した者がいたが、これを王妃は拒否。大変なのは確かではあるが苦ではない、それよりも残された時間を共に過ごしたいと口にした。
事件から一年後にアーサー国王は退位。静養先に選んだのは南の温かいハルシオン離宮である。かつて王妃の幽閉先にと選んだこの離宮は温暖で一年を通して過ごしやすい地域だ。ただ王都からの距離は遠く、そう何度も行き来を繰り返せる距離ではない。アーサーはジュリエットを過ごしやすい離宮に幽閉する代わりに今生の別れを決めていたのだ。
それが今回はアーサーが離宮へと向かう事になる。そして二度と王都の土を踏むことは無いだろう。アーサーの体はどんどん痩せていき、逞しかった体が今では骨が浮いている。歩く事は辛うじてで、少し歩くだけでも息切れをする。転移魔術で移送したが、魔力酔いを起こししばらくベッドから起き上がれない程、彼の体調は悪化していった。
新たな王、アデルハイト国王は王太后に命じた。
『かつてのあなたの行いを私は許すことが出来ない。よって王太后に命じる。貴様をハルシオン離宮に幽閉する。自分の犯した過ちをそこで生涯反省するがいい』
泣き崩れた王太后は、アデルハイトに平伏しその命令を受け入れた。
アデルハイト王のその命令が余命僅かな父と、その側にいたい母の願いを叶えたのだという者もいたが母の顔を見たくない王が父の元に送る事で平穏を手に入れたのだと推測する者もいたが、答えを知るのはアデルハイト王のみである。
離宮に送られ二年、アーサー前国王は静かに息を引き取った。
かつての威厳ある風貌は失われ、やせ細った姿だと言うがその表情は今まで見たこともないような安らかな顔であったという。
葬儀は簡素に行われ、彼は王家の霊廟ではなくそのまま余生を過ごしたハルシオン離宮の庭の傍らに埋葬された。天気がよい日にはジュリエット王太后と共に過ごした庭だ。春には美しい花々が咲き誇る、そんな場所にアーサーは葬られた。
王太后はその後もハルシオン離宮で慎ましい生活を送る。毎日愛する夫の墓参りに訪れ、二言三言言葉を紡いだ後祈りを捧げて帰る。そんな生活を彼亡き後二十年、彼女もまた静かに息を引き取った。墓は勿論アーサー前国王の隣だ。棺に納められた彼女の顔はとても穏やかであり、どこか嬉しそうにも見えたという。
アデルハイト王は賢王とされ、国民に寄り添った政治を行った。彼の腹心には同母の兄であるリオネル、幼い頃に護衛魔術師として仕えたフロイド・グリーンフィールドの二人が彼を生涯にわたって支えたという。アデルハイト王は生涯妻を迎える事は無く、兄リオネルの長男を後継者に指名。彼が五十になる頃に退位し、その後はひっそり王宮内のとある場所で過ごしたという記録が残っている。だが、その場所がどこであったのかは一切記録されていない。余生をどう過ごしたのかは謎に包まれている。
王兄であるリオネルは父であるアーサー王が亡くなった一年後、バラチエの王女と婚約。その更に一年後に結婚し、息子を二人もうけた。夫婦仲は悪くはなかったが、どこか義務を滲ませる夫婦であったととある貴族の日記に記されている。
もう一人の腹心フロイド・グリーンフィールドは上司であり親友でもあったリオネルの結婚を見届けてから同じ魔術師の女性と結婚。息子二人と娘一人の子宝に恵まれた。相手の女性については詳しい資料は残されていないが平民出身であるだろうと入団記録から推察されている。
懸念されている魔族との関係だが『不可侵の森』は正式に魔国として認められ、シリル王国は真っ先に国交樹立を成立させ友好を深めた。魔族と人との関係に当初は困惑と恐れで人族国家の方が一歩引いていたが、魔国がもたらす希少な鉱山資源や建築技術などの優れた文化に触れる事で魔国が野蛮な国家であるという印象が覆されていった。人とは違う異形の姿をした者も多く、力や素早さも段違いである事から恐怖する者がほとんどであったが新たな一面や習性を知る事で恐れは薄れて行った。これには魔国を統べる王となったエルデの徹底した統率が人と魔族の友好を実現させたと言っても過言ではない。
アデルハイト王とエルデ魔王の友好はアデルハイト王の死まで続き、人族国家と魔国の友好は彼の死後も続いている。
*****
「……回収にご協力いただき、誠にありがとうございます」
「いやなに、我らにも利のある話であるからな。協力は惜しみませんよ」
魔国である『不可侵の森』に親善大使として派遣されたのはアデルハイト王の異母兄であるアーヴィン・フィル・ハーベイ。第一側妃であった母が実は庶子であった為王家に本来王家に嫁げる身分でなかった事を理由に王位継承権を剥奪され臣籍降下した、前国王の二番目の王子だ。
野心に燃える側妃や弟妹とは違い、兄や王妃を敬うアーヴィンは自分の立場を弁え与えられた伯爵領にて慎ましやかに過ごしていた。しかし魔神の一件で国王は退位、まだ十代のアデルハイトが王に即位する際に長男である彼にとって唯一の兄によって召喚された。
『人手不足でね。お前も伯爵領でぬくぬく暮らすのは性に合わないんじゃないか?』
有無を言わせないリオネルの態度にアーヴィンは困惑しながらも一度断った。しかしそれが受け入れられる事は無かった。
『優秀な人間が必要なんだよ。母親の罪滅ぼしに息を殺して可もなく不可もない領地で一生を終えるより、俺やアデルの手足となって扱き使われた方が気もまぎれるだろう。
アーヴィン、つべこべ言わずに従え。それがお前に出来る俺達やリズに対する唯一の贖罪だ』
リオネルがどこまでアーヴィンとリズの関係について知っていたのかは分からない。だが贖罪のチャンスである事は間違いなく、アーヴィンはその言葉に従ったのだった。
そして今回リオネルの命令にてやって来たのは魔国。ここで大切なものを受け取りにきたのだ。
「お気をつけて。保護の魔法は掛けておりますがとても脆い。……帰るまで原型をとどめていたらいいのですが」
「お気遣い感謝いたします。……では」
*****
「……お帰り」
「……只今、戻りました」
出迎えたのはリオネルだ。アーヴィンは親善大使としての責任を果たし戻って来た。
「休んで、と言いたいが……」
「いえ、大丈夫です。……一刻も早く、会わせてやりたい」
*****
『……よく戻った』
聖獣ゼーレがアーヴィンの抱えた箱に擦り寄ると人化し、その箱を受け取る。大切に大切に、壊れ物を扱う様に抱え込む。
「お帰りなさい、アーヴィン兄上」
「……陛下」
王族のプライベート空間。親しい者しか入室を許されない応接間にゼーレ、リオネル、アーヴィンの三人に加えアデルハイトとフロイド、デリックが入室してきた。
重い空気が部屋を満たし、しばらく無言の時間が過ぎた。
『其方も、会いたかっただろう』
ゼーレは抱えた箱を特別に用意された立派なベッドにそっと置く。そしてその箱を開けようと手を伸ばすと。
「続きは、私に……、私に、させてくださ、い」
『……うむ』
震える声でフロイドがそういうとゼーレは一つ頷きその場を明け渡した。そしてフロイドは箱に手を伸ばす。アデルハイトもフロイドの傍に立ち、箱の中が明かされるの小刻みに震えながら待っていた。感情を抑えているのか拳はきつく握られている。そして遂にその時が来る。
「「「……っ」」」
今回魔国との親善を目的としていた大使派遣だが、それはあくまで表向きの理由。本来の目的はこちらであった。アーヴィンが任命されたのも、彼が闇属性の『灰』であることから、探知能力に長けている事が理由だ。
「……っお、おかえ、り……リズ……!」
『黒持ち』は膨大な魔力が肉体を蝕み徐々に結晶化していき、最期には高純度の魔力結晶と化す。彼らは迫害から身を隠しながら生き、寿命を迎えても結晶化という人では考えられない死様を迎える事になる。最期の最後まで彼らには救いがなかった。
保護の魔法が掛けられた状態のリズの遺体は結晶化してしまっているが本来硬く結晶化する筈の肉体はボロボロ崩れてほとんど原型を留めていない。その理由はリズが最後の力を振り絞る勢いで魔王に立ち向かった事で魔力のほとんどを使い切った事が原因であると考えられる。
だがそれでも彼女の心臓部分だけは高純度の魔力結晶となって形を保っていた。アーヴィンは砕け散った他の肉体だった部分を細部に至るまで拾い、シリル王国に持ち帰ったのだ。
「……っ……!」
変わり果てたリズの姿に言葉が出ないフロイド。震えながらもお帰りと声を掛けたアデルハイト。リオネルとアーヴィン、そしてデリックはそんな二人に遠慮して一歩引いて彼らの様子を伺っている。
『良く帰った。リズよ。……お前の勇姿を、我は忘れぬ』
「……っ~~~!!」
『これは我が受け取る。そういう約束だったからな。我はこれからもシリル王国と共にあろう。お主が文字通り命懸けで守った彼らを、我はこれからも守り抜こう』
「―――、ぅうっ」
『だから、ゆっくりと休むがいい。お主はよくやった。……よくやったよ』
「―――っああああぁぁぁぁっ!!!」
フロイドの慟哭。
あの事件から既に五年。新たな人生を歩み始めたと言っても、彼の心から最愛のリズが消えたわけではない。今も尚、新しい家族が出来ても彼はリズを愛したままなのだ。
デリックはそんな彼の姿を記録に残す。歴史の中の一コマに過ぎないこの瞬間であってもリズの兄として、記録者としてこの再会を記録しない訳にはいかなかった。
*****
シリル王国には英雄と呼ばれる人間が二人いる。
王国始祖たるシリル王の母。魔族との攻防の末、各国の仲間達と共に魔王を封印したエセル。
そして魔神による襲撃から人々を守ったアデルハイト。
彼ら二人の名前はシリル王国の歴史に名を刻まれている。子供から大人まで名前を知らない者がいないほど、この二人の名前はシリル王国の誇りとなっているのだ。
そしてその二人の影に隠れて名を残す人間がいる。
『リズ』
名君と謳われたアデルハイト王の幼い頃の護衛であり魔術師。平民でありながら魔力操作の不得意だった彼に魔術を教え、英雄と呼ばれるまでに成長させた女性。アデルハイト王が生涯独身を貫いたのは幼い頃の彼に寄り添ったのが彼女を慕っての事だとまことしやかに語られている。実際はどうだったのか定かではないが、彼女は若くして亡くなりはしたがアデルハイト王に与えた影響は大きい。英雄として名を轟かせるのも彼女がいてこそだろう。
そんなアデルハイト王は彼の側近であり右腕と呼ばれるフロイド・グリーンフィールドと連名で魔神襲撃から十年の節目の年にその日を忘れぬように石碑を建立した。
その石碑にはこう刻まれている。
〝時代に負けず、偏見に負けず、暴力に負けず、運命に負けず、全力で生きたあなたへ。再び会えることを願い、これからの生を懸命に生きる事を誓う〟
アデルハイト・ウィリアム・ラファティ
フロイド・グリーンフィールド
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
煌びやかな装飾、一流の音楽家達が奏でる心地よい音色。一流を身に付けた特別な人間達。
ここはシリル王国プレアデス。王族が住まう城に集まったのは国民の僅か1%にも満たない極限られた特権階級である貴族達だ。
本日はデビュタントという事もあり、年若い令嬢や令息がやや緊張した面持ちで初めての社交界に胸を躍らせていた。見る者全てが新鮮という者もいれば、その高い身分からはしゃぐなどみっともないとすまし顔で過ごす者や同じ日にデビューしたという事で交流を深める者もいる。
そんな少し浮かれた空間に、一人の男が立っていた。
彼の名はウォルター・グリーンフィールド。代々宮廷魔術師として仕える家系の侯爵家嫡男だ。
彼も本日デビューを果たしたのだが、元来人間にそれほど興味がない彼にとってパーティーと言うものは面倒な催し物という感情しかない。挨拶もそこそこに帰りたいところだが、侯爵家という事もありひっきりなしに挨拶に訪れる貴族の対応を放り出す訳にも行かず、無表情でありながらもしっかり挨拶を熟していた。といってもほとんど両親が対応しているのでそれほど苦労はない。
そろそろ帰ろうかと言う頃、一人の女性の姿が視界に映り込んだ。
何故だかその女性を目で追うと、こちらを微笑みを浮かべて見つめている。
「―――!!!」
雷に打たれるとはこういう事か、そう感じ取ったと同時に激しい記憶の奔流が彼を襲った。今にも倒れてしまいそうな程頭が痛い。だけどその女性の目から視線を外す事など出来なかった。痛む頭を片手で抑える仕草をするウォルターに、両親はどうした、大丈夫か、と声を掛けるがそんな言葉が彼に届く事は無かった。
ゆっくりとした歩みが目の前で止まり、彼女との距離は三歩先。
「初めまして、と言った方がよろしいでしょうか? エリザベス・ラトリッジ。どうぞ、『リズ』とお呼びください」
「―――……」
『リズ』
その名前は、私の、わたし?
俺はウォルターだ。なのに、私……?
〝来世は私の夫となって下さいませ〟
「……む、かえに……?」
「はい。そう宣言いたしましたので」
「っ、い、いつ? いつ、思いだしたのっ?」
「実は生まれて割とすぐです。今日を待っていました」
「もっと、もっと早く! 早く来てくれてもっ、良かった……!」
「申し訳ございません。唯の男爵家の娘が侯爵家のご子息には迂闊に声を掛けられませんので」
「ぅ、でもっ……! あ、会えて、会いに来てくれてっ! うくっ、うぅっ、うれ、しっ」
「……私も嬉しい。また、出会えた」
困惑する周りをよそに、ウォルターとエリザベスは抱擁を交わす。何事にも淡白なウォルターが人前でありながら嗚咽を漏らして涙を流す事態にただ事ではないと感じる両親だが、エリザベスという女性を抱きしめる彼を止める事は出来なかった。
何事にも関心のなかったウォルターが感情を露わにした女性。グリーンフィールド家の呪いにも似た激情を知る父は、彼女がウォルターの最愛であるという事を感じ取り困惑する妻を抱き「あの子にも現れたんだ。私にとっての君という存在がね」そういうと、今度は周囲にグリーフィールド家の安泰を宣言。この時点で父である侯爵はエリザベスとの仲を認めたという事である。
抱き合う彼らにそんなことは気づいていない。だがその抱擁も長くは続かなかった。
「なーにやってんだよ、バカ」
「いたっ」
ベシッと後頭部にチョップを入れたのはエリザベスの身内。
「初めまして、侯爵令息サマ。私はリズの兄、エヴァンと申します」
「はっ!?」
「まさかの兄妹ですよ。しかも双子。こんなことってあるんですねぇ」
「な、なななっ!!?」
「ま、そういうこった。せいぜい邪魔してやるから覚悟しろよ」
「はぁ!!!??? 私とリズとの仲を邪魔する人間はこの世から消し去ってやるわ!!」
「へっ!! やれるもんならやってみろや、お坊ちゃんが!!」
時は流れて魔神襲撃から百数十年後。
約束通り迎えに来たリズとそれを待っていたフロイドは無事にエリザベスとウォルターとして再会を果たす。今度は共に長く生きる事を誓い、二人は婚約。兄やウォルターの友人達から多少の妨害はあったものの、二人はめでたくゴールイン。結婚した二人は周囲が胸やけを起こす程仲睦まじく、男女合わせて七人の子宝に恵まれた。夫婦の愛は冷めることなく終生、熱々のままであったと記録されている。
<終わり>
これにて完結です。お付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
アーヴィンとリズとの関係ですが補足しておくとリズとは同学年。寮生活を送っていたアーヴィンは母や弟妹達の傲慢さにストレスを抱え不眠症気味となっていた為、こっそり寮を抜け出して自主鍛錬を行っていました。リズは部屋を追い出されていた為、毎晩眠れそうなところや隠れるところを探して徘徊していたのでそんな時に出会ってます。
『黒持ち』という事をアーヴィンは気にしていなかったのですが、リオネルが連れてきたという事であまり関わらないようにしてきたのです。でも痩せすぎな彼女を見てアーヴィンは不憫に思い、携帯食料をリズに押し付けるようになるとリズも「ご飯くれるいい人」と認識し始めます。そこからは、たまーに寮を抜け出して二人で会っていた事でリズにとってアーヴィンは初めて出来た友達だと思っていきました。しかし彼女の学院全体のいじめは凄まじく、王族であっても下手に庇いだてを出来る状況でもなかった為、アーヴィンにとっては「リズを助ける事が出来なかった」事は心に出来たしこりでした。
その後のリオネルやアデルハイト、フロイドの妻となった女性など掘り下げていくと楽しいかなとは思いますがここで完結とさせていただきます。
始めて長編、しかも行き当たりばったりで読み返すと矛盾もあるかと思います。拙い文章にお付き合い下り、ありがとうございました。




