命の輝き
『……時間です』
悔しい、腹立たしい、恨めしい。イェルサにとっては意思を持たぬ状態で魔王と共に居ても何ら意味はないと叫ぶだろう。だがこれから死にゆく私はそれが羨ましいとも思う。その反面、来世への期待が半端ないがそれでもやっぱり羨ましい。
王都の民は復活した。神の奇跡を実現させたのはシリル王国王太子アデルハイト。これから永遠に語り継がれる王国史上最も偉大な王と呼ばれるだろう。
髪色もイェルサの魂が分離した事で国王陛下譲りの美しい金髪が姿を現している。元の黒髪の時ですらよく似ていたが、今はまさに生き写しのようだ。王位継承も問題ない。今後、落ち着きを取り戻した際には反王太子を掲げる者も出てくるだろうが国内での人気は盤石。更にザカライア、バラチエ、ストランド、サルヴィーニはアデルハイト殿下を支持するだろう。
それに殿下には兄君であるリオネル殿下やフロイド様がいる。異母兄のアーヴィン様やジェフ……セオドア元殿下もいる。だから大丈夫。
感傷に浸っている時間はもう残されていない。眼下にはアデルハイト殿下を讃える王国民が歓声を上げている。熱気は留まる事を知らず、日が傾き始めているというのにそこら中で歓びを分かち合いこのまま宴に突入するのは間違いない。
眼下の人々の歓びを眺めるのは私達だけではない。協力していただいた英雄達と聖獣達も自分達が守った彼らを見つめている。その顔は誇らしく、だけど少しだけ寂しそうにも見えた。
『ご協力に感謝いたします』
かつて魔族と激しい攻防を繰り広げた英雄達はこれから再び眠りにつく。彼らが目覚めるのは再びこの世界が窮地に陥った時だ。
『いや。お前達も大変だったろう』
『イェルサの事は私達にはもう何の感傷もない。お前達こそ、まだ納得していないんじゃないか?』
『魔族との争いの根本的原因はあの女であったが、それももう今日が最後となる。ならねばならない』
人間を餌として侵攻してきた魔族は今『不可侵の森』に押し戻した。彼らは彼らで魔王となった元精霊王の命令の元、イェルサの魂を探しそれが結果的に人間を虐殺する事に繋がった。その命令を下した魔王は眠るイェルサと共に人間界に放逐され、自身の穢れた魂を浄化する旅をする。平たく言えば追放、綺麗になるまで帰ってくんなよ! 綺麗になる方法は善い行いをたくさんする事! 前みたいに綺麗になったら戻ってきていいよ! と言うものである。
人間界を彷徨い歩く事になった魔王だが、魔族はと言うと糧を失ったのも同然。これまでは魔王がいる事で生きていられたが今後はそうはいかない。しばらくは封印されていた『不可侵の森』に残る瘴気で生き永らえる事は出来る。しかしそれではいずれ魔族は滅びる事になるだろう。
魔族と言う存在は脆弱な人間からすれば恐ろしい存在で絶命する事を拒む人間はほぼほぼいないだろう。だがこの存在も創造神である魔神が生み出した世界のバランスを整える為の重要な種でもある。いなくなったらいいと勝手に思うのはいいが、長い目で見れば魔族の存在は人間を長く繁栄させるためのものなのだ。
魔族の役目はバランサーだ。精霊に満ち溢れた世界は一見美しい世界に見えるだろうが、それは人間にとっては毒ととなる。毒に侵された人間は寿命は人間のまま、外見だけは異形の存在へと変化するらしい。精霊を人外の美しさを持った姿でイメージしたのならそれは半分正解で半分不正解。彼らは自然エネルギーが意思を持ち形作ったものだ。故にその姿は人間とは似ても似つかない。精霊に満ちた世界と言うのは多かれ少なかれ人間にも影響を及ぼす。
人が人である為には美しすぎても穢れが満ち過ぎていてもダメなのだ。
だから『不可侵の森』に封印されていた魔族をこのまま絶滅させる訳には行かない。そこで魔族代表のエルデという魔人が交渉役として一人、王都に残った。
かつて魔族を封印した英雄達や聖獣達ですら魔族の役目を知らなかったのだから、その事実を何でもないように告げてきた魔神には開いた口が塞がらない。頭を抱え、自分達がもしかしたら人を滅びに向かわせたかもしれない事実に項垂れた。
『その時はその時。この世界を消滅させるのも清浄化しすぎて逆に滅ぶのも一興。我にとっては良い観察対象だった』
平然と言ってのける魔神に聖獣達も脱力。だけど言い返す事も出来ず黙っている。
ともかく今後の魔族との関係だが、それはこれからを生きる者達が行うべき交渉である。
私もエヴァンももう限界だった。聖獣達と共に各国の英雄達は自国に戻っていく。今後の事は聖獣を通して見守り、再び眠りにつくのだそうだ。出来れば今後、彼らの眠りを妨げるようなことが起きない事を願う。
そして彼らの中に在るイェルサの魂は魔神によって分離させることに成功した。これでイェルサの魂の欠片は更に完全なものに近づく。眠りについたイェルサの魂は魔王が持つ本体に自然と集まる事になっているらしい。これも魔神がそうなるように調整してくれたものだ。これで新たな『黒持ち』が生まれる事は無い。
見送り、城で魔族との交渉が始まる頃。私は城の一番高い塔から王都を見下ろしていた。すっかり陽が落ちて辺りは夜の闇に包まれているが、街の明かりがあちこちに灯り美しい。あの灯りの下に人々の生活があり、今夜は生きている歓びを一晩中祝うのだろう。
少し感傷に耽っていたら隣にエヴァンがやって来た。彼も私と同様にもうあと数分といったところか。
『綺麗でしょう? 我が国は』
『……まぁ、悪くない』
素直じゃないなぁ。
『だけど上辺だけだ。この灯りが灯らないところには泥にまみれて闇に生きるしか出来ない人間が何万もいる』
『それを我が王太子殿下はどうにかしてくれる。私達はそれを期待するしか出来ない』
灯りを照らせない方が多い現実。救い上げようとも零れ落ち、そもそも救い上げるには手が足りない。取り残された者達はそれでも必死に生きる為に犯罪を犯すだろう。灯りが照らす世界にいても、犯罪自体がなくなる事もない。全ての人間を救い上げるなど、到底出来ない事かもしれない。
『足掻いて藻掻いて、それでも必死に模索しますよ、きっと。彼らは一人じゃありませんから』
『……』
夜の街は昼間以上に美しく感じる。そんな中消えていく私は隣のエヴァンの手を握った。
『おい』
『寂しいんですよ。最期なんですからいいでしょう?』
『……浮気になんじゃねーの』
『……魂だからセーフ!』
『バーカ。アウトだ』
ギュッ
魂で実体がないのに強く握られた気がする。
『来世はもっとマシな人生を送る。そん時はお前を嫁にしてやってもいい』
『来世はフロイド様と正式な夫婦となると決めています。諦めて下さい』
『へっ! 邪魔してやらぁ! 無理やりにでも掻っ攫うから、覚悟しておけよ』
そう言ってエヴァンの魂は一瞬だけ強い光を放ち、消えていった。もう輪廻の輪に向かったのだろう。
『フロイド様。私は先に逝きますが、貴方はゆっくり来てくださいね。……愛してます。今も、来世もきっと。
さようなら』
来世で夫婦になれる事を夢見ています。貴方に出会えて本当に幸せでした。
ありがとうございました。
*****
〝ありがとうございました〟
「……リズ?」
何処かでリズの声が聞こえた気がした。辺りを見回すが姿は見えない。心臓がバクバク嫌な感じだ。
街を壊滅させた魔神の化身から現れたアデルハイト殿下とリズとコールドリッジは英雄達と協力して街を復興させた。建物だけでなくあの破壊で失ったであろう命でさえも、彼らは復活させるという奇跡を起こしたのだ。
死んだ人間が蘇るなど信じられないがこの目でしかと見た。そして脳内に響いたのは魔神と呼ばれるこの世界を創ったという創造神の声。全てはアデルハイト殿下の望み。この世界を滅ぼす事などいつでも出来る。それを魔神は実演して見せたのだ。たった一声の咆哮で王都は壊滅した。あの化身が飛び立ち、本気で世界を壊そうというのなら、間違いなく人間はこの世界から消えていただろう。
その魔神の怒りを鎮めたのがシリル王国王太子アデルハイト殿下だ。
そういう筋書きが魔神の化身の中で行われていたという。世界から『黒持ち』という忌避を払拭する為に、アデルハイト殿下を世界を救った新たな英雄として祀り上げる。魔神と交渉した唯一の英雄として後世に語り継がれるような伝説を作ったのだ。
そうすればこの国に殿下を糾弾する者はいなくなる。いたとしても、あの時一度死んで復活した多くの国民達がそれを許さないだろう。その中には有力貴族も含まれる。一度死んだという事実は時を置いて魔神から直接頭に刻み込まれたらしい。批判する事は折角救われた命を再度捨てる事と同義。その瞬間に命は刈り取られる事になる。
恐ろしいと思うだろうか。だが殿下を批判する事がなければこれまで通りに生活出来るのだから何の問題もない筈だ。それに批判と言うのも殿下が魔神と交渉した事や英雄として奮闘した事であって、今後殿下が行うであろう政策や国の舵取りなどの事での批判は対象外だ。あくまで魔神に関わる一件についてのみなので、それを批判する人間はそれこそ死を賜るべきだ。
国王陛下と同じ髪色、瞳の色をした殿下は一日にして王の風格を身に付けた。堂々たるその背中は、あのであった頃の小さく震える背中とはまるで別人。それもこれも、我が愛しいリズの献身あってのもの。誇らしい思いで胸がいっぱいだ。
「ッ、ヒック……うぅ、き、君が、君がっそれを見なくて、どうするんだよぉ!!?」
すべては君の献身あってこそ。アデルハイト殿下を見放さず、親身になって支えた君のおかげで殿下はここまで成長出来たんだ。私であったら今でも塔の中、もしくは既に移動願いを出して殿下とは何の関わりもなかったかもしれない。
聖獣ゼーレ様に出会う事も、陛下に殿下の置かれた状況を訴え改善を願ったのも、殿下に外の世界を見せたのも、抱きしめ人の温もりと愛しさを教えたのも。
「全部、君だ! リズッ!! 君なんだよっ、殿下を救ったのは、国を救ったのは、国民を救ったのは、全部全部全部!! ……君だよ。君なんだよ、リズ……!」
なのに彼女はもうここにはいない。
この世界に肝心な君がいないなんて。一体何の冗談なんだ?
街中から歓びの歌や生を喜ぶ声、音楽、ダンスに合わせての手拍子。
生を祝う喧騒。
愛する者同士の抱擁。
何故、彼女がいないのだろうか。
一番讃えられるべき人物だというのに。最も偉大な人物であるはずなのに……
目から何かが流れ落ちていく。頬を伝い、顎を濡らし、服に染みを付けたそれが自分の涙であると気づくと慌てて袖で拭い、次に流れるのを防ごうと顔を上にあげた。
「―――」
満天の星空が、まるで祝福しているかのように輝いている。
愛しいリズと同じ漆黒の夜空に輝く星を、宴を楽しむ彼らは知っているのだろうか。
この輝きは星自身の命が燃えて放たれる輝きである事を。
その輝きは遠く離れたこの星に届くほどの光だ。この光が届くまでどれほどの年月を要したのか。
果てない時を経てこの輝きは『今』私達の元に届いている。
星の輝きは命の輝き。
美しく儚く、そして恐ろしい程力強い。
あぁ、まるでリズそのものではないか……
「君の生きた証を後世に伝えよう。私の愛したリズという女性が、どれほど素晴らしく、勇敢で、思いやりがあって、頭が良くて、努力家で……他にもたくさん。君の人生と活躍を、私は必ず後世に残すと誓う。……愛してる、リズ。私の愛しい我が妻よ」
一筋の星が夜空を駆けた。




