奇跡
生きてます。
―――五聖光爆滅波
それはシリル・ザカライア・バラチエ・ストランド・サルヴィーニの五か国より蘇った英雄達による複合技。火・地・風・水・空の五大元素と呼ばれる世界を形作るとされる元素を司る精霊達と一体となった英雄達による最大奥義だ。
その威力は凄まじく、空間属性によって攻撃対象の空間を隔絶させなければ世界を滅ぼしかねない。五人の息が合わなければそれはただの破壊の力であり、それはこの世界の終焉を意味する。魔神が手を出すまでもなくこの世界を終わらせることが出来る力を何の躊躇いもなく放つ英雄達の判断力、寸分の狂いのないタイミング、仲間に対する信頼。
全て完璧としか言いようがない。だからこそ、彼らは『英雄』と呼ばれるのに相応しい。
意識があるものはその力に目を見開き、口が塞がらない。最早『伝説』の域に達していた魔族との熾烈な争いに終止符を打ったとされる彼らの働きをこの眼に映す事になるなど、誰も想像しなかったのだから。
魔神の化身を覆い尽くす五つの光が治まっていく。唯で済むはずがない、だが油断は全くしていない。もし効果がなかったとしたらまた新たな手を考えるだけだ。その為にいつでも動けるように体勢を整える。鋭い視線は決して化身から離すことは無い。彼らが確実にこの危機を乗り切れたことを確認しなければ、再び平穏を取り戻すことは無いのだ。
『……!』
光が治まった後、そこにあったのは無傷の魔神の化身。
「嘘だろ……!?」
「そんな……。そん、な……」
再びの絶望。
今日一日でどれほど心が折られただろうか。
精霊でもなければ魔族でもないただの人間の心はもう、とっくの昔に砕けていた。
立ち続け、動き続け、鼓舞し続けた彼らはとうとう膝をついた。その顔には疲労の色が出ているが、最も色濃く出ているのはやはり絶望。何度も立ち向かい動き続けた彼らもさすがに心が折られてしまったのだ。
(あぁ……ここまでか……)
絶望が具現化したかのような存在である魔神の化身。上空の英雄達は再び攻撃を開始しようと動き始めているが、その護られている側にはもう。……もう、立ち上がる事が出来ない。
(終わったな……。これでは、もう……)
「立て! 座り込んでいる暇はないぞ!」
「……!」
目の前が暗くなっていく時に聞えてきた声。リオネルはその声の主をよく知っていた。
「さぁ! 早く立ち上がれ! まだ死んでいないだろう!? ならばまだ諦めるには早い!!」
「……フロイド」
部下を鼓舞し自らは既に立ち上がり防衛体制を整える。その傍らにはフロイドの部下、ジェフ・アシュトンが補助に回っていた。
(ジェフ……。セオドアも立ち上がるのか)
リズがゼーレに助命を願い、名を変え、出生を偽り、鍛え直して能力を最大限向上させたリオネルの異母弟であり、世間的には聖獣の怒りを買って粛清された第三王子のセオドア。その男が懇々とフロイドの補助に回りつつ、他の魔術師達の気付けを行っている。
とても三年前と同じ人物とは思えなかった。リオネルの知っているセオドアは王族という立場に胡坐をかき、汚れる事を嫌い、部下のちょっとした粗相に声を荒げるような、そんな典型的なダメ王族だった。
そんなセオドアが今は自ら汚れる事を厭わず、本来の自分よりも低い身分の人間の手を取り声を掛けている。
忙しなく走り回るセオドアに絶望などなかった。勿論フロイドにも。
(フッ、リズに鍛えられたか)
突然現れ援軍を強制的に用意して消えたリズ。彼女がいなければもうすでに命を落としていただろう。
「まったく……。助けられてばっかりだな」
ハハッと笑えた。笑う事が出来た。
そうだよな、まだ諦めるには早いよな。
ゆっくりとだが立ち上がろうと体に力を入れたリオネル。腰が抜けて立ち上がる事が出来るのかと恐れたがどうにか立ち上がることが出来た。膝が笑っているがそこは大目に見て貰おう。
ふと視界に動く影が入る。視線を向ければエルグストン大将や総騎士団長も膝に手を突きながら立ち上がろうとしていた。
「若い者が立ちあがっているのに、我らの様な老いぼれが命欲しさに震えている訳にはいかんよな」
「左様。死すべき者が必要とあれば、それは我らが受けもとう」
年長者としての威厳がそうさせるのか。軍大将と総騎士団長。多くの部下を持つという意味で同じ立場のこの二人は普段は顔を合わせるなり言い合いに発展するライバルだ。しかし緊急時ではこれ以上ない程に息が合う。そして今回も同じ考えに落ち着いたようだ。
「生き残りたいものは立ち上がれ!!」
「生まれた理由があるのなら今がその時! ここで戦わずにいつ戦う!!」
「「生きるために戦え!!」」
その言葉に立ち上がっていく軍人、騎士。幾度となく絶望を味わったことで心も体も限界がきているというのに、彼らは再び立ち上がる。生きる為に。
そして皆が立ち上がった頃、動きがあった。
魔神の化身がゆっくりと動き出したのだ。動き出した、いやあれは。
「崩れている……?」
あの巨体が何で出来ていたのか、まるで泥や粘土の塊のように崩れていくではないか。しかもその崩れ落ちた塊はまるで何もなかったように消えていく。
その不思議な光景に目を奪われたが更に目を見張る事になった。
半分以上の体が失われた頃、その中から人の姿が現れた。
数は3。一人を前に二人が後ろに控えている。
魔神か? 皆が身を強張らせたがそれが違うと解ると驚きの声があちこちで上がる。私もその一人だった。
「アデルハイト……!?」
「まさかっ、王太子殿下!?」
「何故、魔神の化身の中から王太子殿下が!?」
私、軍大将、総騎士団長は驚きのあまり口をポカンと開けた。頭の中に在るのは何故、どうしてばかりでそれ以外の考えがまとまらない。
アデルハイトは、味方なのか。
この考えが既にアデルハイトを信用していない事になるのだが、それほど混乱しているんだ。たった一つの咆哮で街が廃墟となった。大勢の人間が消し飛んだ。瓦礫の下敷きになった。巻き起こった暴風によって吹き飛ばされた。見るも無残な状態になってしまった王都をそうしたのは魔神の化身。その中から現れたアデルハイトを、本当に信じてもいいのだろうか。そして、後ろの二人は一体誰なんだ?
『……了承した。協力しよう』
『ありがとうございます。では、よろしく』
様子見をしていた五人の英雄達は何かを頷き合い、各地に散っていった。
そして魔神の化身の体が完全に消滅した頃、三人の全容が明らかになった。
「リズッ!? それにあれは……まさか、コールドリッジか!?」
「まさかっ本当に!? だって彼らは……」
「王太子殿下も……!?」
姿は同じよく知るアデルハイトとリズだ。間違いない。しかし、大きく違う点が一つ。それは
「髪が……。黒じゃない」
『黒持ち』と呼ばれた理由。それは髪色が『黒』である事からそう呼ばれるようになった。その『黒持ち』が『黒持ち』たる所以の髪の色が、変わっていたのだ。
「……陛下のお若い頃にそっくりですね」
「当然。……私の息子、だからな」
満身創痍の父だが、オールバンスと魔術師団長に支えられながら宙に浮かぶ息子を見て穏やかな表情を見せた。黒髪の頃でもよく似ていると思っていた。しかし髪の色まで似ているとなるとまるで生き写しのようではないか。
少年から大人に変化する時期の幼さが残る顔に、皆食い入るように見つめる。次代の王に相応しいとされる条件は金の髪と藍の瞳。リオネルは瞳の色が少し薄いという理由で立太出来なかった過去を持つ。でも、それが正解だったのだと理解した。
アデルハイトの瞳の色は藍。王と同じ色でリオネルのように薄くなどない。そして髪。素晴らしい金の髪を持つその少年は神々しいまでのオーラを放っている。
今なら神だと言われても信じられるだろう。それほど彼のオーラは神聖さを帯びている。
アデルハイトの後ろにはリズとコールドリッジと思しき二人が控えているのだが、彼らの髪も『黒』でなくなっている。リズの髪は明るい茶金でコールドリッジの方は銀髪。髪の色が違うだけで随分印象が違う。二人ともとても美しい、そう誰もが感じた事だろう。
「リズーーー!!」
フロイドは叫ぶ。愛してやまない最愛の女性が再びその姿を現したのだ。もう何度も絶望を味わったというのにフロイドの表情はまるで恋する乙女のよう。実際、恋をしているのだが状況で考えればリズ馬鹿と言わざるをえないだろう。その場にいる全員がそう思ったのだった。
『さぁ。殿下、エヴァン。用意は良いですか?』
『うん! 大丈夫!』
『あぁ。問題ない。残念ながらな』
面白くなさそうな顔のコールドリッジだが一瞬にして真剣な表情となった。
『英雄の方々も、どうぞよろしくお願いします』
『『『無論』』』
『では、いきますよ!!』
リズの掛け声に合わせて空中にいる英雄五柱とアデルハイト、リズ、コールドリッジの三人が散開。一瞬にして消えたように見えたが各々がオーラを立ち昇らせた事で空に光の柱が八本現れた。そして更に上に光のオーラが上がったところで今度は左右に伸びていく。点と点として立ち上がっていた光の柱は今や王都のみならず、シリル王国全体を包み込む光の輪となる。その幻想的な光景に誰も言葉を発する事など出来る筈がなかった。
そして奇跡が起こる。
「!? 傷が……」
「そんな、うそ……でしょ……」
「見ろ! 街がっ!」
その声につられて空から視線を外し街を見ると、そこには。
「……まさか。『奇跡』が起こったというのか……」
目の前で起こった奇跡。それは、それこそは。『神』の御業であると断言できる。
「……っ街が、修復されていくっ」
瓦礫と化した王都はもし復興出来たとしても十年単位の期間が必要となる筈だった。破壊の限りを尽くされ、そこに生きていた人間や動物も何もかもすべてが原型を残していなかったというのに……!
「あ……あぁ……! ああっ!!」
「母さん、父さん!!」
「あぁっ神よ……!」
これを神の奇跡と言わずに何という!
瓦礫の山は元の姿を取り戻し、更にはあの咆哮の犠牲となったであろう民達が!
「生き返ったというのかっ!?」
リオネルの包み隠さない本音が思わず飛び出たのだが、それを誰も気に留めていない。皆、目の前の奇跡に理解が追いつかないでいるのだ。ありえない事を目の前にすると人間は一時思考を止めるようだ。
「あれ……?」
「わたし、何をしてたんだっけ?」
「え? なんで、どうなってるの?」
蘇った者達は自分の身に起きた事を覚えていないようで混乱しているのだが、国を覆う光の輪を見ると落ち着きを取り戻した。そして自分達の身に何が起こったのかも。
「王太子殿下、ありがとうございます!!」
「英雄の皆様!!」
「お救い下さり、ありがとうございます!!」
どうやら自分達よりも蘇った彼らの方が何故か理解しているようだ。
彼らの歓喜は大地を揺るがす。ビリビリと肌に感じる空気が彼らの歓びであるのなら、それはとても喜ばしい事だ。
終わった……。
ただ漠然とそう直感した。
気づけば既に日は落ちようとしている。夕日に輝く美しい王都には今も尚、歓声が響き渡る。
シリル王国の一番長い一日が今、終わろうとしていた。
ありがとうございました。




