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平民魔術師リズ ~人生山あり谷あり~  作者: 炬燵猫


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消滅は罰でない?


ドカッ! ボコッ!

グッ! ギャ!!


殴り続ける打撲音だけが嫌に鮮明に聞こえる。殴るたびに消滅していくイェルサ。もう以前の人型を保っていられないのか、遂には丸い小さなビー玉サイズになってしまった。その魂を逃がさないように握りつぶす勢いで拘束するシリル王。


そんなシリル王の顔は殴れてスッキリした! とはとても言えない、昏い顔をしている。理由は謂わずとも妻子の事だろう。どれだけ殴っても、甚振っても、王の大切な人達は戻らない。特に奥様は。



『新たな精霊女王となった彼女は世界の管理者としてこの世界を見守り続ける。例え、その役目から解放されたとしても彼女は精霊。そして僕は……』



哀し気に笑う王にどう声を掛けるべきか。

しばらく重い沈黙が続いた。



『……すまなかった』


『……』



か細い声で謝罪を口にしたのは魔王。殴られ続けるイェルサを庇わずに、でも心配そうにしていた魔王がようやく顔を上げ立ち上がる。その魔王を心配する魔神。オロオロする様が逆に可愛く思える。

そんな魔王はシリル王の前におずおずと立ち、頭を下げた。



『ヴァージルから説教を喰らった。我は公私混同をしていたのだ。管理者であったのに……私情を挟んでしまったが故に、お前や妻子、それに……お前達の様な人間を生み出してしまった』



そう言ってこちらに視線を向けた魔王。叱られて泣きながら謝る子供の様な姿にうっかり絆されそうになる。父子そろって可愛いとかもうっ何なんだよ!? 萌え殺す気か!



『余計な事考えてんじゃねーよ』


『ぐおっ!?』



そう言ってエヴァンに脇腹を小突かれた。結構痛いぞ。ふぅっ、まぁおかげで一呼吸置くここが出来た。



『その言葉は、己の非を認めるという事で?』


『そうだ……。我が間違っていた。我が……イェルサを増長させてしまった』



元からその片鱗があったんだろう。それが精霊王の愛し子になり特別な存在と持て囃されるにつれ、何時しか取り返しがつかないところまで行ってしまった。

そうして殺されたイェルサは自らの行いを振り返ることもなく意地汚い程に逃げ続けたのだ。私達の人生をめちゃくちゃにしながら。



『我らの同胞、しめて総勢2910名!! そしてその他にも彼ら彼女らを庇い、共に死んでいった者達1002名!! 一族だという理由で葬られた者達は同胞達の3倍以上にも上る! 決して少ない人数ではない……!!』


『……あぁ。そうだ』



否定することなく肯定する魔王は罪悪感を感じているだろうが、逃げずに立っている。どうして、もっと早く気づいてくれなかったのか。そう思わずにいられない。



『ずるいです。自分達は幸せになりたいと言って逃げて。なのに、同胞達は逃げ場なんてどこにもなかった』


『……自我が芽生えたのはスラム街のゴミ溜めだった。そこで、毎日殴られてた……』



遠い過去を思い出すエヴァンの顔は憎しみの色すら消え、ただの無である。楽しいも嬉しいにも程遠い、生きながらに地獄を見た目だ。そこでの暮らしがどんなものであったのか、聞かずともわかる。



『イェルサの魂の消滅を望む。どこかで転生することなく、完全なる消滅を求めます』


『……ッ』



やはりまだ未練があるのか魔王は顔を歪め、辛そうだ。拳を固く握り、反論をどうにか耐えているのがよくわかる。愛しているのはわかったが、どうしてそこまであの女を愛せるのか甚だ疑問だ。



『……リズ、だったね。それに、コールドリッジ』


『……はい』


『なんだよ』



応えない魔王に代わり、何故か王弟殿下が口を開いた。



『魔王を庇う訳ではないが……イェルサを助けてくれないか?』


『『『は?』』』



ドンッ

一気に空気が重くなる。威圧も私、エヴァン、シリル王から発せられ魔王の体はビクッと跳ねた。しかしその威圧をものともせず、王弟殿下と魔神は真っ直ぐ立ち続ける。

今更の嘆願。しかもイェルサを助けろだと!?



『てめぇ!! ふざけんじゃねーぞ!!』


『合意しかねます。あれは厄災。この世に不必要な存在です』



マジ切れだよマジ切れ。魔王をぶん殴った時よりもブチ切れてる。何だってそんなことが言えるんだ、シリル王の話を訊いてもなお、その言葉が出るなんて!!



『落ち着きなさい。勿論、ただ助けろとは言ってないよ。ただ、少し考えがあってね』


『考え、だと?』


『そのお考えとは、私達を納得させることが出来るのですか』



消滅以外は受け付けない。眠っている同胞達も納得しないだろう。私達はイェルサを哀れには思わないのだから。そもそも、私達は消滅させるために動いている。もし失敗に終わっても魔神様は消滅に賛成のはずだ。いくら可愛い息子のためとはいえ、管理者の立場を放棄させた原因なのだ。魔王が泣いたからその手を止めただけで今でもすぐに消し去る事など可能だろうに。



『魔神様。どうか私の話を訊いていただけませんか?』


『……好きにするがよい』


『ありがたきお言葉。感謝いたします』



そう言って恭しく首を垂れる王弟殿下。いや待って。何でそんなに許されてんの!? え? うそでしょ!?



『魔神様の側近として、今後はこの魂が擦り切れ消滅するその日まで。お傍に』



ハッ!!? 側近!!!? 一体、いつの間に……。

そんな疑問をよそに王弟殿下は魔神に陳情する。



『イェルサ、並びにご子息である魔王様は申し開きがない程の罪を犯しており、この者達が望むように消滅させる事こそがこの罪に対する罰であると愚行いたします』


『……ッ』


『『『……』』』



おやおや? 消滅、王弟殿下もそうあるべきと考えている? でもそれなら何故止めた。



『しかしながら、このまま消滅したとしてもイェルサは何の反省もない。怨みを抱えたまま消滅させてもこちらがスッキリしない。あくまで罪の意識を持ち、反省した上での消滅を望んでいるのです。それに、魔王様に消滅させられたらイェルサにとっては嬉しくないにしても、そこまで罰となることは無い。魔王様からすれば、身を切られるよりも辛い事ではありましょうが……』



まぁ……そうかな。愛した人に殺されるのなら、まだいい。でもだったら魔神や私達が消滅させるって!



『そこでお願いがございます。精霊女王もこの件については無関係ではない。一度女王を交えて彼女の思いも考慮すべきかと存じます。そして、彼女が望むのなら―――』


『……うむ。創り出してそのまま任せていた我にも非はあるのだろう。かまわん、好きにやれ』


『ありがとうございます!!』



そうして急遽、精霊女王の召喚が決まった。とんとん拍子に進んでいくのに精いっぱいで目が回る。でも、もし。もしそれが叶うのなら。シリル王も、精霊女王も、そしてその子も救われるかもしれない。だけど……。



―――私達は?



取り残されるのか。ううん、違う。全員が納得する形、は難しいかもしれないけど限りなくそれに近い形で片をつける。それが出来なければ、申し訳ないが精霊女王もシリル王も蹴落とすまで。無言でエヴァンに視線を送るとあちらも心得たと言わんばかりに小さく、されど力強く頷いてくれた。


ここまで来て我慢なんざできねぇよ。そうだろ? 皆。




*****




現実世界では魔神の化身が一つ咆哮を上げ都を破壊してから一切の動きを止めていた。それは魔族も同じで何かに命じられたのか、彼らの陣営に戻り動こうとしない。この時を好機とばかりに攻め込もうにも被害は大きく、戦意を喪失した者達は後退を余儀なくされたことで攻勢に転じる事は出来なかった。


街一つを吹き飛ばした文字通りの化け物っぷりに、誰もが絶望を感じずにはいられない。生き残った仲間同士で鼓舞し合うが疲れと相まってその場にしゃがみこみ立てそうにない。



「もう、終わりだ……あんなのに、どうやってかなうってんだ……」



誰でもなくそんな言葉がそこらかしこから聞こえてくる。それを咎める者もいるのはいるが、ではどうやって倒すというのだと聞かれると黙るしかなくなる。悲壮感が漂いすすり泣く者もあらわれ、もう戦闘どころの話ではない。


だけどそんな絶望の中でも希望を捨てずに立ち続ける男達がいた。



「諦めるな!! まだ諦めるには早い!!」


「生存者の救援を急げ!! 動けるものは誰でもいい! 命を繋げ!!」


「生き残りたいのなら動け!! 思考を止めるな!!」


「守ってくださっている英雄たちの前で無様を晒すな! 生きる事に集中しろ!!」


「立て! 絶望なんざ死ぬ前で十分だ!!」



リオネル殿下、救護隊長、宮廷魔術師長、騎士団長、軍大将がそれぞれに檄を飛ばす。放心状態だった者達は我に返り慌てて立ち上がる。上空を見上げれば蘇った五人の英雄たちが魔神を取り囲むようにして配置についている。これから何が起こるのか予想もつかないが、一つ言えるのは英雄たちの誰一人諦めていないという事。そしてそれは上官達も同じだ。特にリオネル第一王子は率先して動いている。貴賤に関係なく第一王子自らが手を差し伸べ一人でも多くの命を救おうと奮闘する姿を見て、動かない訳にはいかなかった。


腑抜けた足腰に力を入れて立ち上がる。そこから後は我を忘れて動き回った。騎士も軍人も文官も関係なく生き残るために出来ることをする。例えそれが無駄に終わったとしてもあの絶望の中で死ぬよりも余程マシだ。


ボロボロでも立ち上がり、魔神の化身の動向に注視するアーサー国王。その隣には最側近と名高いエドガー・オールバンスが控えている。宮廷魔術師長、ダニエル・グリーンフィールドによって回復魔法を施されたが心労と命の消費を行ったことで思う様に動けない。それでも気を抜くことなく様子を伺うが、オールバンスは休んでもらいたそうだ。最早オールバンスの相棒と言っても差し支えない使い魔のルゥは二人を守るように周囲を囲み、盾となる。いざとなったらその身を犠牲にしてまで守る気概だ。


上空では五人の英雄たちが魔神の化身の動きの変化を不審に思いながらも一撃必殺の大技を放とうと力を溜めていた。彼らは化身が攻撃の意志などないただの咆哮のみでこの有様となってしまった事に大いに後悔していた。化身の力を甘く見ていた。まさかここまで理不尽なものだとは思いもしなかったのだ。言い訳にしかならないが魔神の力は魔王をも軽く凌ぐ。魔神を滅するなど、到底叶わない。


だがしかし、様子がおかしい事に気づく。先ほどまで感じていた殺気と言うものがまるでないのだ。意気消沈、とまではいかないが冷静さを取り戻したかのような落ち着きが見られる。



『どうしたっていうの? 動かないわ』


『魔族も動こうとしない……。一体どうしたんだ』


『わからない……。でも、敵意が消えた?』



魔神に何が起こったのかわからないがこれはチャンスだ。今この時を逃したら次の機会は来ないだろう。動くなら今だ!


五人の心が一致し力を解放する。



『『『五聖光(クインテット)爆滅波(ホーリーブレイク)!!!』』』


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