魔王の涙
明けましておめでとうございます。
シリル王国首都プレアデス。人口150万人を超える大都市である。
美しく区画整理された街並みは王国一と名高く、王国民であれば一生に一度は訪れたいと夢見るほど栄えた街だ。
その美しい街が今や瓦礫の山と化してしまっている。魔神の化身が外の世界で実体化した姿でただ一声、咆哮した。たったそれだけ。たったそれだけで全ての物が無残にも吹き飛ばされてしまったのだ。
物だけではない。
魔族の襲来によって避難していた王都民は城だけでなく劇場や病院施設などにも分散していた。生き残る為に避難した彼らの希望は打ち破られ、砕け散った。
『……なんて事を……」
あまりの惨劇にようやく出た言葉がそれだったが、コールドリッジも同じように目を見開いて言葉を失っている。
魔神と言われるだけあるその破壊力に理解が追いつかない。しかしこれは現実。表情を変えずに首都を破壊した魔神に改めて私達の命はコイツに握られているのだと知った。
瓦礫と化した街に残されたのは陛下達が守る城のみ。その城も大部分が破壊され内部が剥き出しになっている。剥がれ落ちた外壁に潰されないよう、魔術師達が結界を張り防いでいる間に騎士や軍人達が避難民を移動させる。眠りに落ちているのを移動させるには手間も時間も掛かるが城の使用人や文官達も協力して瓦礫の被害が少ない位置に避難させているようだ。
陛下は膝を付き崩れ落ちた。
慌てて宮廷魔術師長であるフロイド様のお父上が駆け寄り肩を貸したが、尚も陛下は立ち上がろうとする。しかし、もうその力も残されていない。文字通り命を削って戦った反動である。これ以上戦うというのなら、今度は魂を消費することになるのだがそうなれば魂の力は失われてしまい、転生する事も叶わない。
あぁ……!!
言葉に出来ない怒りと悲しみが胸をグルグルない交ぜになってとぐろを巻く。
何で、どうして、何で!!
そんな言葉しか出てこない。
目の前の圧倒的な力、神の力を見てあまりの理不尽さに涙が出る。悔しい、ふざけるな、何で!
『あそこにいた人々にどんな罪があるっ! どんな罪があってあんな……』
『ない』
『は…』
『興味などない。さっさとその女の魂を寄越すがいい。その後は全て綺麗に消し去ってくれよう』
創り出した世界、命、文化、生き方それらすべてに興味がないのか。創り出した後はどうでもいい? そんなに息子を愛していたという事か? 愛しい息子を魔王に堕とした原因を作ったこの世界そのものを魔神は憎んでいるのか。
でもだからと言って今更『いらないから死ね』といわれて素直に死ねるわけがない。
結界に守られた騎士、軍人、魔術師、警官隊、救護隊、文官、兵士、冒険者……。生き残り、絶望しか残らないような惨劇を目の前にしても未だ瞳に生への渇望が見える彼らを死なせるなど出来るものか!!
『イェルサの魂をどうこうするのは勝手ですがこの世界の、今を生きる彼らを消し去る事は断固拒否します!!』
今の私に出来る事など限りがある。魂の状態で傷を負えばそれはそのまま魂が傷つき力が弱まる。弱まれば再び人として生まれるにも時間がかかる。下手をすれば魂自体が消滅し完全に消え去る事になるのだが、だからと言ってこのまま指くわえて見ているだけなど出来ない。
生きて、生き残って、次代に繋いで。
そうやって生き残って再び会えることを願ったんだ。再び巡り合う為に。
(約束が違ってもあの方が再び生まれ、生きていくのであればそれでいい。また一緒になれなくてもいい)
種族が違っても、生きる時代が違っても、私が消滅してしまったとしても。
フロイド様が再び生き、この世界で生きてくれるのならこの命、惜しくなどない!!
魂の力を使った高エネルギー体への昇華。命を使った時よりも更に上回るエネルギー量だが魔神相手にどこまで出来るのか。
魂を賭けての大勝負の私に対して大して面白くもなさそうな表情の魔神。ムカつくけど勝てる可能性など1%以下。それをどれだけ上げられるか……
『お前ばっかり目立つんじゃねーよ!!』
『! コールドリッジ……』
『エヴァンでいいつったろ。それよりイェルサの魂はまだ持ってんだろうな?』
『勿論』
『へっ! だったらやる事は一つだ』
コールドリッ、エヴァンも魂の力を昇華させて高エネルギー体へと姿を変えた。その洗練された姿に思わず見惚れたがそれどころじゃない。それに、やる事は一つと言うのは?
『リズ!!』
『はいっ』
大声で名を呼ばれて思わず返事をする。
『逃げるぞ』
『はっ…、えっ!?』
ズゥイィィィン!!
高圧縮魔力砲を魔神に向けて放った瞬間の出来事だった。
魔神にとっては蚊を払うようなものだがそれでもほんの一瞬、刹那の時間をエヴァンの魔力砲に意識を向けた。その瞬間を見逃すことなく私を引っ掴んだ後、殿下との繋がりを頼りに瞬間移動。
戻ってきたのは殿下の心の最深部だった。
逃げるという選択肢に驚いたが一番驚いたのは魔王をあの一瞬で引き込んでいた事。唖然とした魔王だが、愛しい気配に我に返った様子である。実にムカつく事この上なし。
『おや? 予想外な物をつれてきたねぇ?』
おどけたシリル王だが目は笑っていない。外の惨状を知っているだろうことはその眼が物語っている。手に持っていた大鎌を魔王の首にあてた後、創造した檻の中に隔離した。
〝フィリウス! フィリウス!!〟
イェルサが五月蝿い。シリル王に囚われた魔王はイェルサの声に反応し辺りを見回し檻から脱出しようと試みる。だがここはシリル王のお膝元。アデルハイト殿下の心の中であっても、この場所はシリル王の創り出した世界でありこの場所では神に等しい。生かすも殺すも王次第という訳だ。
その王はイェルサを一匹の蝶にして鳥籠の中に入れている。何故蝶なのか。
『え? ゴキ〇リでも良かったんだけど、うっかり踏み潰したくなるでしょ?』
ま、まぁゴキ〇リなんて好きな人は稀でしょうしね……。駆除したくなるのも解ります。
『あとここでは私のイメージがそのまま具現化するから。羽を捥いでもがき苦しむ様とか見たいじゃん?』
おおッと! さっすがはリオネル殿下の先祖だけはある! あの人もそういうことしそう。何なら水に浮かべて溺死するまでの工程を観察しそうだなぁ……。
シリル王との血縁を深く感じている間に魔神はやって来た。アデルハイト殿下を憑代に、完全なる肉体を手にしたのちにこの世界を破壊するのかと思われたが実際は魔神の化身が現れ、咆哮一つで街を消し飛ばしてしまった。もう殿下の肉体なんかいらないのではと思うのだが、これでも本来の力の十分の一も出せていないというのだから驚きである。
すぐにでも世界を消滅させ、息子を休ませるのが魔神の目的なのか。その片手間にイェルサを消滅させるのだから改めて敵わない相手と言うのを実感したのは言うまでもない。
『我を煩わせるな。その女の魂を寄越せ』
魔王によく似た顔立ちに青銀色の髪と金の瞳の魔神。今の魔王は黒髪の赤眼だ。もしかして魔王に堕ちる際に変色してしまったのだろうか。イェルサの記憶の中の魔王に魔神は似ている。
〝フィリウス! 助けて、助けて!! 私はここよ!〟
羽を羽ばたかせて存在をアピールするイェルサに魔王は気づいた。だが一言、『イェルサ……』と呟いたきり顔を俯かせて見ようとしなかった。その事にイェルサは何故、どうして、助けてとやかましく囀るが応えることは無い。
イェルサの真実をしかと直視したら自分の行った業の深さに気づいたのか。魔王となり人族を片っ端から殺し、ただイェルサを求めたが、己の役目を想い出したようだ。
『精霊王は代替わりして今は別の者が治めている。でも代替品であることに変わりはなく君が治めていた時代よりも世界は神気を失った。彼女も頑張っているんだがね、魔神から生み出された君と自然発生的に生まれた彼女では出来ることには限りがあるのさ』
シリル王は現在の精霊王を知っている? しかも彼女ってことは精霊女王という事か?
『魔神様。イェルサの魂はお渡しする。ですが、この者たちの所為で長く世界を保ち続けてきた精霊女王に免じてどうか、世界を消滅させることはご容赦願います』
そうしてシリル王は膝を付き嘆願する。その所作は見惚れる程に美しかった。
しかし、どんなに美しくとも魔神には興味がない様子だ。シリル王をちらりと視線を向けたのち、イェルサを捕らえた籠に歩み寄る。
自分に向かって歩んでくる魔神にイェルサはどうしようもない恐怖を感じていた。いくら助けてほしいと懇願しても魔王は動かない。縋るような目で魔神を見るがそれだけで何も言わない。その事に意外だと感じた。
『魔神様。どうかしばし待っていただけませんか?』
『『『!?』』』
魔神の右手からは恐ろしい程強大なエネルギーを放出され、指先に集まる。それを籠に向かって放てばイェルサも完全に消滅するだろうと思われた時、その声が聞こえたのは。
『……叔父上?』
『アデルハイト……すまなかったね』
現れたのは王弟ヴァージル殿下だ。何故、彼がここにいるのだろうか?
『私はね……。愚かにも君の母を愛し兄上から奪おうと思って敗れた、情けない男だよ』
フッと笑う王弟殿下だがその表情は己を悲観したものではなく、どこかスッキリとした晴れやかな表情だった。それにしたって陛下に敗れたというのはどういうことだ? 決闘でもしたという事だろうか。
私のそんな疑問に答えることなく、王弟殿下は魔神に向かう。
『魔神様の大事なご令息を魔王に堕としてしまった原因が、ご令息が愛した人族にあるとお考えなのでしょう。憎く思われても仕方ないものです』
『……』
『ですが……。全ての人族がそうではないのだと、泥臭くも美しく生きようとしている人もいる事をどうか、ご理解くださいませんか』
イェルサを惨殺したのは事実。でもそれは自分の大切な存在を守る為に行った事だ。人が人を殺める。それは許されない重罪であることは彼らも解っていた。だけど、それで大切な人達が救われるのだとしたら。自分はどうなってもいいと思うのも、人と言うものではなかろうか。
王弟殿下の言葉に魔神は反応しなかったが魔王は再び魔神に懇願する。
『父上……! どうかお願いします、私の罪は私が償います! だからっ……だから!』
人目を憚らず涙を流す魔王。檻から必死に手を伸ばす。
そんな魔王の姿を、魔神は首を傾げいぶかしそうな目で見る。魔王がいる檻に近づき膝を折り、目線を合わせた。
『……どうして泣く?』
何故泣いているのか本当に分からないという顔の魔神に、あぁ、本当に魔神にとって魔王は愛しい子供なんだなぁ。とすんなり腑に落ちたのだった。
書いたり消したりして年が明けての投稿となりました。
クライマックスに入って長いですがもうしばらくお付き合いくださいませ!
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