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平民魔術師リズ ~人生山あり谷あり~  作者: 炬燵猫


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侵入のその前 外の世界では


魔神への侵入を試みるリズとコールドリッジ。侵入が成功したとしても外の世界が滅んでしまったら意味がない。実質のところ、世界の命運は外で魔神と魔族からの侵攻を防いでいる人族であるシリル王国騎士団、魔術師団、国軍の混成部隊と突如として現れた5人の戦士達の肩に掛かっていた。




侵入への少し前。

国民への説明を行っていた際、地響きが起きた。城の地下深くから溢れ出るエネルギー。国民はその場で眠りについたと同時に世界は闇に包まれた。そしてすぐに眠りについたことが僥倖だったと気づく。なぜならこの恐ろしいまでの覇気にあてられてしまったら、魔力抵抗もなく訓練もしていない者では何が起こったのかわからないままに命を落としていただろう。


そして、地響きの正体は―――



『案ずるな。我が、我らが今を生きるお前達を守ると誓おう、愛しき子らよ』



そう言って微笑んだ赤い光。その光はやがて人の形となってハッキリと目視できるようになったのだ。

その眼差しは力強くも優しく慈愛に満ちていた。



光の正体は城の地下に埋葬されていたシリル王の母。名前など詳細なことは何一つとして残っていないのに彼女が初代国王の母君であるという事は何故かストンと理解出来た。そして、彼女こそがかつて各国の始祖達と共に魔王を封印した〝英雄〟であることも。


緩く波打つ()()を後ろで縛り、赤い鎧を身に付けた美女の瞳はシリル王と同じく代々王家の色として受け継がれてきた紺色の瞳だ。

彼女から放たれる覇気のおかげで闇の中にいるというのに息苦しくない。もしそれが無ければ恐怖に濡れ、命を落としていた事は本能で理解した。


彼女は赤い覇気を柱のように天高く放出する。空高く伸びるその光はとても温かい。まるで母に抱きしめられた幼い頃の様な安心感があった。

そしてそれだけではない。


赤い光に呼応するかのように立ち上ったのは黄・緑・青・紫の四つの光の柱。そして上空で点と点が結び付き、五角形が作られた。その巨大な五角形の内部、シリル王国、ザカライア、バラチエ、ストランド、サルヴィーニを拠点にして見たこともない程巨大で強力な結界が形成された。



「な、なにが起きているんだ……?」



アーサーは途轍もない力が国を、自分達を守っている事は感覚でわかったが、何故王国の祖ともいえる今は亡き方がこうして現世に顕現しているのかがわからなかった。



『説明はあとだ。アーサーよ、今は生き残る事だけを考えろ』


「!! 聖獣様!」



混乱する頭に響いたのは行方が分からなくなっていたシリル王国の守護聖獣、ゼーレの声だった。普段の飄々としながらも威厳ある口調ではなく、厳しさと緊張が増した声にアーサーは背筋が伸びた。



『我はエセルと共に。アーサー、結界があるとはいえ魔神は魔王とは格が違う。どれだけ犠牲が出るかはわからぬが、お前は一人でも多くの命を守れ』


「! ハッ!」



うむ。と大きく頷いてゼーレは空に向かって飛び立った。金の光となって赤い光を放つシリル王の母、エセルの元に向かいお互い頷くとゼーレはエセルと同化したのだった。

赤い炎の様な光に神聖を帯びた金の光が入り混じり、温かかった覇気はそのままに、されど更に何倍も力強くなった。


聖獣との同化。

それが出来る人間は一つまみ程でその身は人の身から一時的に聖獣そのものへと変化を遂げる。命を消費して高エネルギー体となったリズは自分の命を使う事で強制的に精神体へと変化した。だが、それは文字通り命の消費を意味する。

だが、今回のようにエセルとゼーレが行ったのは究極の同化ともいえる技だ。魂も肉体もゼーレと同化する事で人の身を越えた存在、聖獣をも上回る存在へと進化するのだ。


この技を持ってかつてイェルサの魂を探し続ける魔王と対峙し、封印することに成功した。他の四か国もエセル同様、聖獣や神獣と同化する事が出来る人間がいたために協力して封印することが出来たのだ。


だが、その代償は大きくやはり精神的疲労は否めない。魂が聖獣や神獣と同化するという事はただの人に過ぎない身には過ぎたる行為で、疲弊は免れないのだ。そして、肉体は朽ちることは無い。魂も聖獣や神獣と同格の存在となり、実質的には永遠の時を生きる事になった。


それには人間の時の記憶を持つ彼女達にとってはとても辛い事だ。子が、孫が、ひ孫が玄孫が決して老いることもない自分より先に死んでいく。何度も死を願ってもそれは同化した聖獣達の死を意味する。


死から遠い存在となってしまった彼女達は本人たちの希望もあって眠りについた。最早呼吸も食事も必要なくなった彼女達は眠る事でその精神を保ったのだ。有事の際、その永い眠りから目覚めて子孫達の世界を守るために戦う事を約束して。


そして今。その時がやって来た。


最後に見た景色と様変わりしているが、どこか懐かしい匂いにエセルは泣きたくなったがそれは後。

今は目の前にある災厄ともいえる元凶から世界を守らなければならない。そうでなければ永遠の長い時を、彼女は孤独に生きるしかないのだ。ゼーレは彼女に寄り添う事は出来ても理解は出来ない。精神生命体であるゼーレはこの世界に生まれ落ちた瞬間から、寿命という有限からは遠い存在であるからだ。有限から無限となったエセルの、本当の孤独を理解することは出来ないのだから。


だからこそ、眠りの中でゼーレが見る世界は彼女の孤独を癒す存在だった。それでも数百年に一度は無性に泣きたい気持ちにさせたが、やはり一人で生きるよりはマシという結論に至るのだ。



だが今回はどうだろう。

魔王と魔神。似て非なる存在を前に、エセルは戸惑う。魔王は人をかつては愛した精霊王だった。だからこそ、あれほど暴れ回っておきながら我に返る瞬間があったのを、エセル達は気づいていた。

それがかつてイェルサとの思い出の場所だったのかもしれないが、過去を悲しみ、自分の行いに後悔する顔を浮かべた魔王は、本当は自分達相手に本気でなかったのではないのかと感じていたのだ。


イェルサの民であるエセル達五人は、イェルサの魂を持つ。そして聖獣達と同化し進化した事でイェルサの魂も何らかの変化があったのではないか。その魂を奪う事に、躊躇したのではないのか。結果を見れば魔王は封印されたが、あれはわざとなのではないかと言う疑問は今日まで持ち続けた疑惑だった。


そして、躊躇いなどとは無縁の魔神。不出来なもの、成長が遅いものを摘み取る事で大きく実を育てるように、何の躊躇いもなく世界を壊そうとする魔神相手に本当に守り切れるだろうか。


そんな不安を見透かしたゼーレはエセルに語り掛ける。



『心配するのも当然。魔神様はこの世界をお創りになられた創造神だ。それを壊すのも、また魔神様のお心次第だというのは覆りようがない事実』


『だが……』


『まぁ待て。だからと言って何も出来ない訳ではない。お前も知っての通り、アデルハイトは強くなった。そして―――リズの存在だ』



アデルハイトの護衛魔術師として仕えることになったリズはゼーレの目を通して見てきた。常に無表情で寝不足で栄養不足を体現したかのような不健康な姿に、かつては母として奮闘した記憶が蘇り何とか食べさせて寝かせてやりたい思いでいっぱいだった。

そんなリズは表情とは裏腹に実に愉快な人間で、アデルハイトが気に入るのもすぐだった。

魔力量はこれまでのイェルサの民の魂を持つだけあって王家の人間―――エセルからすれば子孫―――よりも上をいくほどだ。飄々としていながら上級魔族をも簡単に弾く結界をものの数秒で作り上げ、果ては自分達が必死になって封印した魔王を、単独で殴り飛ばしてしまった。しかも誰から教わるでもなく、肉体を精神体に昇華して。


有り余る才能。そしてそれに似合った努力を、陰で彼女が行ってきたのをゼーレの目を通して見てきた。彼女の存在を知ったのはアデルハイトの護衛となった時からだが、彼女は自分で作った亜空間で護衛以外のほとんどの時間を技術向上の為に費やしてきたのだ。

独自で亜空間を創り出し訓練場代わりに使い、好きに出入りできるようになっている事を知った時は開いた口が塞がらない思いであったが、その事を知る今憂いは晴れた。



『残念ではあるが、リズは既にアデルの中に在る。ならば、魂だけの存在になろうともきっと助けになる。あやつはそういう人間だからな』


『ああ、そうだな。あんな人間、そうそういない。アデルにとっての幸運はリズに出会えたことだろう』



死期を知り、それでも毎日を必死に生きたリズ。

彼女の中には後悔や心残りは合ったのだろうか?


訊いても仕方ない。きっと、後悔の無い人間なんてない。エセル自身、自分が不死となりこれがどれだけ孤独か知っていれば同化を躊躇っただろう。結果的には魔王を封印することが出来て良かったが、もし失敗していたら、人族は壊滅させられ自分達だけは永遠を生きる事に耐えられなかっただろう。今も、もし同化せずに封印する方法があったならと頭を過ることも少なくない。


リズは強い。でも、脆い。

それは彼女がちゃんとした人間だからだ。

痛みも苦しみも、嬉しいも楽しいも知る人間だから。



『アデルハイトは負けない。一人じゃないからな』


『……あぁ、そうだ。一人じゃない。リズも、一人じゃない』


『そうよ。我の愛し子だぞ? そんな二人が一緒なのだ、魔神様とて一筋縄ではいくまいて』



あぁそうだなゼーレ。ならば、私達がすべきはアデルハイトとリズが魔神を説得するまでの間、この世界を守る事だ。私にとっても、この世界は愛しい。辛い思い出も楽しい思い出も詰まった、愛すべき世界なのだから。



『また協力しておくれ、相棒』


『当然よ! 我にとってはエセル、お前も我の愛し子だ! 一人にはせぬさ』


『―――ッそうか』



人間だった頃の記憶が強い分、その記憶に引っ張られて寂しさを覚えるがエセルの隣にはずっとゼーレがいた。城の地下で眠っている間もゼーレはずっと語り掛けてくれていたのだ。



『我もいる。孤独ではないのだぞ』



ゼーレと自分は別物だと、そう思ってきたが違うのだ。

同化したその瞬間から、エセルはゼーレでありゼーレはエセルだった。見えないだけで、ずっと隣にお互いが並んでいたのだ。

なのに孤独だと、寂しいと、一人だと泣きわめき、死を望んだ。それがゼーレにとってどれほど辛い事だったのだろうか、想像もしたことがなかった。

生まれた時から有限のエセルと無限のゼーレに、無意識に区別していたのだ。決して自分の孤独などわかるはずがないのだと。


だが、隣にいるのにその存在を無視される事がどれほど辛いのか、エセルは気づかなかった。

こんなにも近くにいるのに、近すぎて見えなかったのだ。


なんという贅沢な悩みだったのか。


バシンッ



『!? これ!! 痛いではないか!?』


『気合注入だ。生半可な気持ちで臨めば滅びしかないのだからな!』


『む、まぁそうよな。そうだ』



思ったよりも痛かったがゼーレも納得したので良しとしよう。

他の四か国のかつての仲間達も、こちらに向かっている。

こんなに仲間がいるのに気づかなかったなんて、なんて馬鹿だろう。



『ゼーレ。……ありがとう』


『うむ! 何か知らんがかまわんぞ!! 我が愛し子よ!!』



底抜けに明るいゼーレのその言葉に、エセルは安堵した。



そうして魔神とのこの世界を賭けた戦いが始まった。戦闘は激しく、魔族も一歩も引かない厳しいものであった。

しかし、真に恐ろしいのは魔神。人間は本当の恐ろしさを知ることになる。






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