私が行きます
それじゃあ状況を整理しようか。
そう言って私達を見回したのは初代国王シリル様だ。にこやか笑顔でイェルサの首に鎌を添えている。シリル様が持っている鎌は闇を払うものだが、魂も刈り取ることが出来るそれこそ死神の鎌そのもの。イェルサも先程アデルハイト殿下の闇を払う姿を見ているので怯えているが暴れるような真似はしない。だがこの女の事だ。きっと機会を窺って挽回しようと考えているはずだ。
シリル様とアデルハイト殿下、私とイェルサ。そして新たに加わった仲間、エヴァン・コールドリッジが集まった。イェルサを睨みつけ、今にも殺さんばかりのコールドリッジを両隣に立つ男性二人が宥める。コールドリッジもこの二人には頭が上がらない様子である。
私と共にやって来た歴代の『黒持ち』達の魂はシリル様によって眠らされた。多くの魂は生への渇望、嫉妬、憤怒など負の感情に飲み込まれていた為、それが間接的に再びアデルハイト殿下の心が闇に呑まれる事を危惧したシリル様が束の間の眠りにつかせたのだ。
こうして落ち着いて会談出来るようになり、シリル様は淡々と現在の世界の状況を語り始めた。
要約すると、
一、すでに魔神が降臨。
二、魔王は魔神に取り込まれている。
三、魔族が人族国家への侵略を本格的に開始。
四、シリル王国、ザカライア、バラチエ、ストランド、サルヴィーニに伝わる英雄達が魔神に挑み、何とか耐え忍んでいる。
五、アデルハイト殿下は魔神に取り込まれている。
「……これは、まずい状況ですね」
『うん。まずいね。誰の所為だろうね?』
『ヒッ……!』
笑顔で鎌で脅すシリル王。肉体がある訳でもないのに血が流れ、しかも痛みがあるようだ。
『今は魂だけの状態だけど、生前のイメージで再現されているんだ。ここはアデルの心の中であり、僕の領域でもある。ここでの生死は僕が握ってるから……発言には気を付けてもらおうか』
「「「……っ」」」
流石は王。有無を言わせぬ圧力だ。
正直、アーサー国王よりも若く見えるのに圧はそれを越える。アデルハイト殿下はそのシリル王の雰囲気、仕草、ため、それらすべてを吸収せんとばかりに目を離さない。勿論、外の状況を忘れてはいない。
驚くべきは既に殿下は魔神に取り込まれているという事。魔神が本気になれば今すぐにでも侵食を開始して殿下の意識は彼方に、肉体を乗っ取られて世界を滅ぼす事になる。それをしていないのには何か理由があるようだけど……。
『どうやら魔神は余程魔王が大切だったんだろうな。取り込んだはいいが、魔王を慰めるのに必死なようだよ』
殿下が取り込まれてすぐに侵食が開始されたが魔王を取り込んだ後からはその侵食速度が落ち込んだらしい。だからこそ、今もこうやって会談出来る訳なのだ。
だが、それもいつまで保たれるのか……
「おい。俺は世界がどうなろうがどうでもいい。そこのクソ女の魂を消滅させて魔王をぶん殴ればそれでいいんだよ」
『慌てない慌てない。勿論、このクソ女にはこれまで逃げ続けた代償を支払って貰うよ』
「悠長な……。魔王も取り込まれているなら、いつここに侵食されても可笑しくはないんだろう!! その前にこいつの魂を……!」
「私は反対です。魔神が無理矢理にも殿下に侵食したとなれば、殿下の精神に負担が大きい。容認できない」
「知った事か!! どうせこのまま世界は滅ぶなら、そこの餓鬼の精神が壊れようとどうだっていい!!」
怒りに声を荒げるコールドリッジを、両隣の男性達が諫める。尚も食って掛かろうとするコールドリッジだが、
ゴツン!!
「「「……」」」
『すみません。どうぞお続けになってください』
如何にも武人という男性が無言でコールドリッジの頭に拳骨を落とし、優男が「気にしないでくれ」と言わんばかりに笑顔を向けてくる。頭を押さえて苦悶するコールドリッジはそれ以上反論はしてこなかった。……出来なかったくらい痛かったんだろうな。
現状、まさに外の世界は地獄絵図状態だ。何とか防衛線を守っているのはシリル様がいう英雄達のおかげだろう。あれが崩れれば世界は終わる。魔族達も共に滅ぶことになるだろうに魔神の手足となって侵攻している。そこには恐怖など何もなく、ただ本能のままに暴れる暴虐の化身だ。
「……! 陛下!?」
「……っ」
シリル様の力で外の世界の様子を見る事が出来ている。実際は精霊達の目を通して見た世界を映像として私達にも見る事が出来るのだが、そこに映ったのは国や世界を守るために戦う人族の姿だ。誰もが世界の崩壊を阻止すべく、無謀でも無意味でも攻撃の手を止めない姿があった。勿論、そこには私の愛するフロイド様もいる。そしてシリル王国現国王、アーサー陛下の姿もあるのだが……
あの力は陛下の実力以上のものだ。生まれ持っての魔力量はアデルハイト殿下には遠く及ばないまでも決して少なくはなく、むしろ一般的な魔術師に比べれば頭二つ分は抜け出ていた程。それでも魔族の軍勢の前には塵にも等しい。
なのに。
「生命エネルギーの転換……? 死ぬ気ですか?」
それは私やコールドリッジが行ったであろう、命の消費。莫大なエネルギーを得られる代わりに寿命を縮める諸刃の剣だ。戦いが長引けば間違いなく死が確定する。
「……ふん、何もしなかったらその場で死ぬ。死を先送りにしたことで得られるものがあるかどうかは賭けだろうが、少なくとも恐れなく魔術師連中が攻撃を仕掛けられているのはあの国王の防御力と牽制のおかげだろう」
コールドリッジが解説をしてくれたがどことなく不貞腐れている。彼はあと一歩及ばず魔王をぶん殴れなかったのが余程悔しかったようだ。
「私は殴れましたけどね」
「ウゼェ」
ちょこっとドヤァッ! としてやったら顔を顰めてウザがられてしまった。
そんな事より心配なのはアデルハイト殿下だ。一目見た時にあの力が自分の生命を消費している事に気づいた殿下は黙って父である陛下の勇姿をその眼に焼き付けるように見ている。もしかしたら、この戦いの最中に命を落とす確率が高いのだ。
〝北の塔〟にて幽閉の身にあっていた殿下を気にかけてくれていたのは陛下のみだった。忙しい仕事の合間に殿下に会いに来てくれた陛下は、殿下にとって唯一の家族だったのだ。その後はリオネル殿下や母である王妃殿下と交流を重ねてそれなりの関係を築けている。それは陛下がこれまでアデルハイト殿下を見捨てず、我が子として接してきたことが大きい。
そんな父が今、その命を消費して戦っている。
今からでも参戦して助けたいはずなのに、拳を握って耐えている。それは殿下が魔神の憑代として侵食され、世界を滅ぼす事こそが〝最悪の事態〟と考えるからに他ならない。
世界を守る為、人族を守る為に、肉親をも切り捨てる事を決めた殿下は、その戦いを食い入るように見つめる。
『アーサーとかつての英雄達が魔神の相手をしている間に、こっちは中から魔神に接触しよう』
「中から、というのは?」
『ここはアデルの心の中だけど、魔神が侵食していると言ったね? こちらに侵食してるってことは既に繋がっている部分があるってこと。そこから魔神に入り込む』
事もなげに言ってのけるシリル様だが、それはかなり危険な行為だ。生きた人間が直接干渉したならば、精神を破壊され廃人となる。そして私のように魂となった者が干渉すれば魂事魔神に囚われ、永劫の苦しみに陥る事も、転生する事も叶わぬまま一片の欠片も残すことなく消滅させることも可能だ。
……殿下にそんな危険を冒させる訳にはいかない。なら。
「私が行きます」
どうせ死んだ身だ。心残りがあるとすれば殿下の事だけ。フロイド様については来世で絶対に幸せになると決めているので心配はしていない。だからこそ、ここで世界が滅ぶ事は許せない。
『大丈夫? とは聞かないよ。ここで動かなければすべてが終わるからね』
「問題ありません。魔神も魔王もぶん殴ります」
ふんっ! と力んで見せたが殿下は心配そうだ。だけど反対とは口にしない。それが最善だと、解っているから。
「お前が行くなら俺も行く。魔王をぶん殴るのはこの俺だ」
おっと。ここで協力的になったのは生前魔王をぶん殴る事に失敗したエヴァン・コールドリッジだ。
「お前……、ちょいちょい失礼なこと考えてないか!?」
「はい? 別に。未練がましいなぁ、なんて思っていませんよ」
「思ってるだろ、それ!」
「はてはて、何の事やら」
生きていた頃から表情豊かだとは思っていたけど、死んでからもコロコロ表情が変わるのは見ていて面白い。保護者的立場の男性二人に諫められたり、頭を撫でられたり、時折教育的指導を受けたりとして騒がしくも嬉しそうなコールドリッジ達を見ているとなんだかとても微笑ましい。
共に魔神の元に行くと言い出したコールドリッジを心配する二人ではあるが、止めようとはしなかった。
司祭服を着ていることからこの二人もコールドリッジと同じくクレプス教徒。この事態を予測していたのかもしれない。少なくとも、教会の上層部の悲願であった〝魔神の降臨〟については知っていた可能性が高い。人道的感情があるのなら、それがどれほど愚かな行為なのかも、無謀であることなのかもわかっているはずだ。
だから止めない。
子供のようにエヴァン・コールドリッジの頭を優しく強く撫でる二人はまるで『仕方ないなぁ』と言わんばかりだ。コールドリッジもやめろとか言ってる割に何だかとても嬉しそうで恥ずかしそうだ。
「リズ。……頼んだよ」
「お任せを」
言葉はこれで十分。余計なことはお互い口にしない。口にしなくても、私は必ず戻ってくるから。
『魔神との接触場所には僕が連れて行くよ。出来るだけアデルへの侵食は抑えておくけど、出来るなら速やかに頼むね』
魔神に接触して何をするのかだが、最大の目的は魔神からこの世界を守る事。勿論、可愛い息子であった精霊王を狂わせ魔王に堕とす原因となった人族を滅ぼすことなく、だ。
難易度はこれまでにない程高い。
そもそも人など魔神や魔王からすれば道端の石ころにも等しい存在なのに、それがいくら訴えようとも聞く耳など持たないだろう。
それでも。
「ここで動かなければ死あるのみ。どうせ失敗しても死ぬのなら、せいぜい足掻いて見せましょう」
そうして準備を整えた私とコールドリッジは魔神の侵食先にまで歩みだす。
さぁ、これからいよいよ最終決戦だ。
コールドリッジ:(もう死んでるけどな)
リズ:(わかってますよ。ノリです。ノリ)
シリル:(緊張感ないよね~)




