表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第五章 覗き許すまじ
19/34

5-3 罪と筋肉

 リンディとフィリスが小部屋を出たところ、九課内にサンドラの姿はない。早速、「おとり」作戦のセッティング交渉へ向かったのだろうか? 課内を見回しているリンディへ、秘書のミレットが声をかける。

「課長は作戦の調整に出られました」

「あたしたちのやつ?」

 確認してきたセデイターに、課長秘書がうなずく。

「はい。覗き犯関連のです」

「それじゃ、そっちは任せて……あたしたちは外へ……」

 リンディが動き出そうとすると、ミレットから補足が。

「今日は、ユーカさんを連れていっていただけますか?」

「え?」

 見を見開いたフィリス。動くのをやめて、セデイターは尋ねる。

「ユーカを? どうして?」

「サンドラ課長からの要請です」

 秘書の言う「要請」というよりは……。近寄ってきたナユカ本人が話す。

「暇ならついていったら、と」

 そういうことだ。

「駄目です。危険……」

 毎度おなじみ、健康管理責任者による駄目出し。そして、それへの異世界人の抵抗。

「今回は危険はないって」

「まぁ、覗き魔だしね……あまりなさそう」

 リンディが口にした知らない単語を、異邦人が聞き返す。

「『ノゾキマ』?」

「でも……」

 いつもどおり渋る医師へ、秘書が課長の意を伝える。

「セデイト時の警護も、研修のうちだとおっしゃっていました」

「そういうケースも……」ナユカを護衛しながらセデイトした時のことを、リンディは思い出す。「あったなぁ」

「危なくなったら逃げます。トレーニング済みです」

 ここのところ暇なので、元陸上部はよく走っている──主に魔法省の敷地内を。

「……だってさ」

 今度はマスターに食い下がる助手。

「相手は加速使いですよ。逃げられません」

「出くわしたらすぐに、ユーカを逃がせばいいじゃん。……ていうか、向こうが逃げるでしょ。所詮、やってることは覗きなんだし」

 泥棒ならともかく、居直る覗き魔っていないよな……いくらセデイト対象者でも。

「あの……『ノゾキ』ってなんですか?」

 ナユカはまだ、このセレンディー語の単語の意味を、リンディに答えてもらっていない。

「ああ、それね……」助手をちらっと見る。「フィリスに説明してもらって。……詳しいから」

「う」

 経験者は、絶句。その隙にナユカを出口へと促したリンディは、ミレットに声をかける。

「それじゃ、ユーカは連れてくね」

「お願いします」

 秘書の声を背に受け、研修用の護衛対象とセデイターは、先に出口へ向かう。


 フィリスによる「敵失」のおかげで、セデイトに同行することができたナユカは、今回のミッション、すなわちターゲットであるセデイト対象者について説明を受け、その過程でセレンディー語の「覗き魔」という単語の意味を知った。

「許せませんね……。やりましょう! 打倒、覗き魔!」往来を歩きながら、ナユカが気勢を上げる。「倒せ! 女の敵!」

「ああ、うん。そうだね……」

 隣を歩くリンディがうなずく……どこかで聞いた気合の入り方だ。一方、フィリスは、単語の説明をしたせいで、過去に自分の犯した罪が再び念頭に浮かんだのか、後方を歩きながら、どことなく恐縮して黙っている。

「それで、これからどうするんですか?」

 やる気満々だが、この異世界人は護衛対象扱いなので、何かをやらせるつもりは、セデイターにはない。

「まぁ、とりあえず見回りに……そうだ」せっかくだから、使えそうな異世界の知恵を出してもらおう。「そっちの世界にも覗き魔はいるよね?」

「いますよ。残念ながら」

「どんな感じ?」

「どんなって……覗き魔に会ったことなんて」

 そこでピタッと言葉を止めたナユカは、視線を前方に据えて、眉をひそめる。

「まぁ、そうだよね……。基本的にあっちは隠れてるわけだから、出くわすことはあまり……」

 リンディの発言をさえぎるかのように、ナユカが低い声を発する。

「ありました」

 伏目がちだったフィリスが、顔を上げる。

「え」

「あるの?」

 目を丸くしたリンディに、ナユカが苦々しく答える。

「ええ。そいつはクラスメートでしたから」

 つまり、「会った」わけだ。

「うわ……」それはいやだな……。眉をひそめるリンディ。「覗かれた?」

「女子更衣室を覗いていたそうで……わたしはいなかったんですけど……。でも、覗いたのがその時だけかは……」

 自供によれば、それっきりらしいが、はたしてどうだろうか……。自分も被害者かもしれないと思うと、本当に気分が悪い。その姿が目に入り、フィリスがつぶやく。

「更衣室……」

「クラスの男子三人です」

 異世界人が拳を握り締めるて、視線を落とす……。その姿を見て、慰めようとするリンディ。どこの世界でもそういうバカはいる。

「ユーカ……」

「……あったま来ますね!」

 いきなり顔を上げて声を荒げたナユカに、リンディはびっくり。

「わ」

「穴があったから、覗いたとか……ふざけんじゃねぇってんですよ! 自制しろっての!」

 怒りの言葉は、フィリスにヒットした。

「ぐ」

「穴を見つけた奴が、他の二人に教えたらしいんですけど、そういうときは、止めろよ! 友だちだろうが!」

 友だちに悪事をさせるなという趣旨だが、大概はそうはならず、片棒を担ぐことになる。その例であるフィリスに、またもダメージ。

「うっ」

「のこのこついてった二人は、見つけた奴のせいにして、もう最悪! お前ら同罪だろ! 人として最低!」

「ぐふぉ」

 クリティカルヒット! フィリスはがっくり。すでに脚に来ており、歩みが止まった。前を行くナユカの怒りは継続中。

「ったく、ああいうのはボッコボコにしてやりたい!」

 こっちもまたボッコボコか……。なだめるリンディ。

「いや、それはちょっと……」

 このスポーツ娘の身体能力だと、かなりひどいことになりそう。

「わかってます。でも……」ナユカは斜め後ろを振り返る「ねぇ、フィリ……あれ?」

 フィリスがいない。

「逃げた?」

 リンディも後ろを振り向く。今までのナユカの話……というか、怒りを耳にすれば、逃げたくもなるか……。

「あ」道端にある花壇のブロックにフィリスが腰を預け、うなだれている……。発見したナユカが小走りで向かう。「どうしたの? 具合悪いの?」

「……」

 黙ったまま首を振る助手のもとへ、マスターが歩いて近づいてきた。

「ちょっとしたメンタルブロウってやつ? 精神攻撃を受けたからね」

「え? 攻撃されたんですか? いつ? どこで? 魔法ですよね?」

 結果的に攻撃した張本人に、その認識はない。

「魔法はありえないんだけど……」横の異世界人を見て、にやっと笑う。「まぁ、すぐ治るよ」

「そうなんですか? ならいい……」

 ほっとしかけたナユカに、リンディから悪いお知らせ。

「でも、もしかすると長引くかも。下手すると一生……」

「ええ! どうするんですか、どうしましょう。お医者……は、本人か。薬は……」

 あたふたする異世界人を治めるべく、穴があったら入りたい気分を抑えて、医師が声を絞り出す。

「大丈夫……今、解決する……」

「え?」

 聞き返したナユカを、フィリスが見上げる。

「ごめんなさい、わたしが覗き魔です」

「は?」

 意味がわからない。そんなナユカを見つめるフィリス。

「わたしをボッコボコにして……気が済むまで……」

「おかしいですよ、やっぱり」

 ナユカに耳打ちされたリンディがうなずく。

「おかしいよね、いろんな意味で」

「他のお医者さん、呼びましょう……魔法省に戻って。オイシャノ先生とか……」その妙な名前の医師は、フィリス不在時のナユカ担当医師。成り行きで、彼女に魔法が効かないことまで知っており、それなりに信頼できる。「ターシャさんとか」

「いや、あれは医者じゃないでしょ」リンディの苦手な科学者の名前を出されては、傍観して楽しんでいるわけにもいかない。「説明するよ。実は……」

「あ、ちょっと! ちょっと待ってください」罪人つみびと本人が腰を上げた。「わたしが……自分で……」

「あ、そう? じゃ、どうぞ」

 リンディからあっさりと譲られた。もう少し粘ってくれてもよかったのに……。告白者の心の準備はまだ。

「えーと……ちょっと待ってくださいね……ちょっと……」

 しばし待つ……さらに待つ……追加して待つ……始まらない。リンディは焦れた。

「じゃ、行こうか」

 歩き出したので、ナユカが後を追う。

「……いいんですか?」

「……ちょっと、待って」先へ進んでゆくふたりを呼び止めながら、フィリスは小走りで追いつき、追い越して前に立ちはだかる。「今、話すから」

「……別に、話したくないなら無理しないでいいよ」

 実際、ナユカはそう思っているが、罪人は疑っている。

「でも、リンディさんから聞くでしょ?」

「……だったら?」

 低い声が返ってきた。本当に、自分から聞くつもりはないのだろう……。同居している友人を信用しなかったことを、フィリスは反省。

「……ごめんなさい……本当に、今から話します」

 三人は手近にあった公園へ移動し、ベンチに腰をかける。


 放っておくとこのセデイト研修に差し障るので、助手が自分から話さなければ、マスターが勝手に研修時の護衛対象に話していたが、今度こそ本人が、件の罪状をしっかり自供し始めた。その間、ナユカは黙って耳を傾けていたため、どちらかというと笑い話という認識だったリンディも、さすがに空気の重さを感じ、話が終わる直前で割って入る。

「まぁ、そんなわけだから、ボッコボコにするのは許してあげたら?」

 覗きの被害者だったかもしれない筋力女子が、口を開く。

「ボッコボコになんてしませんよ」

「じゃ、ボコボコにするんだ?」

「……どこか違うんですか? それ」

 異世界人には微妙過ぎるニュアンスの違いだ。

「でも、ボコるんでしょ? 言ったじゃない」

 覗きクラスメートに言及したときの、あの握り締められた拳が、リンディの目に焼きついている。

「言いましたけど……しませんって」

「ポコくらいはするでしょ?」

「ま、そのくらいはしてもいいですけど」

 間に挟まれて針のむしろに座っているその対象に、リンディが声をかける。

「よかったね、フィリス。ポコで済むって」

「ていうか、なにもしません」

 ナユカは完全否定した。

「ふーん……心が広いんだ?」

 本人がフィリスに覗かれたわけじゃないしな……まぁ、その場合は女同士だから、別に覗かれてもいいか……。

「いえ……実は、そういうわけではなく……」

「え」心が広くないのなら……。リンディは、おののく振り。「まさか……もっとひどい制裁を……」

「違います」ナユカは言下に否定。「その……」

 なぜか、言いよどんでいるので、悪乗りするリンディ。

「なに? もしかして、これから一生ちくちくと精神攻撃するとか?」

「!」

 黙ったままうなだれていたフィリスは顔を上げ、隣のナユカに向く。

「しません。ていうか、できませんよ。魔法でしょう?」

 魔法を無効化する異世界人に、魔導士が答える。

「魔法? いや、そうじゃなくて……物理」

「物理?」

 異邦人もこの単語は知っているが……。精神攻撃なのに? 

「口と舌を使った物理攻撃ね。つまり、言葉責め」物理による精神攻撃だ。「事あるごとに、ねちねちと皮肉や嫌味を言うとか、何度も何度も蒸し返すとか……」

 リンディの説明を聞いている間、フィリスの顔色は青ざめ、その口は少し開いたまま凍りつく。まだボコられたほうがいい……。一時的な肉体的損傷はヒーリングで癒せるが、長期に渡って精神的にいたぶられるのは……きつ過ぎる……。

「わたしが、そんなに陰湿に見えますか?」

 同居人とマスターの間で、目線を落としたまま黙って首を振る助手。

「……」

「全然見えないよねぇ」

 言った本人のとぼけた口調で、ナユカは脱力し、仕切りなおす。

「……実はですね……話を聞いて……」もう、ここは思い切る。「わたしもやっちゃったんじゃないかと、思って」

 早口で言い切った。……なんのこっちゃ。リンディの思考はいったん停止。

「……は?」

「……!」

 フィリスの視線は再び上がり、隣へ。

「つまり……穴から……」

 そこで、ナユカは次の言葉をためらう……。それでも、リンディにはようやくわかった。

「覗いた?」

「ええ……」声を張り上げるスポーツ女子。「だって、筋肉ですよ! 見たいでしょうが!」

「!」

 黙したまま、フィリスは大きくうなずいた。

「……はぁ」筋肉はどうでもいい残りの一名は、ため息。なんで、こいつらはこんなに筋肉にこだわる? 筋肉がらみなら何でも許されるとでも? 自分にはわからない……。「もう、勝手にして……。でもね!」

 きっと視線を向けられて、居住まいを正す筋肉好きふたり。

「はい」

「やったら、あたしが捕まえるからね!」

 このマスターらしからぬ強めの口調に、助手は頭を垂れる。

「そのときは、ご厄介になります……」

「わたしも……」

 まじめなナユカも追随したので、リンディは呆れる……。そういうことじゃないでしょ、やるなって意味だってば。面倒だから、いちいちそんな説明はしないけど……わかってるはずだよね……たぶん。一抹の不安を残しつつも、号令を掛ける。

「じゃ、行くよ」


 ベンチから腰を上げ、ようやく、三人は先へ進む。のっけからなんだか疲れが出た一同は、しばらく黙っていたが……やがてナユカが口を開く。

「あの……リンディさんは……」

「なに?」

「筋肉とか、全然興味ないんですか?」

「あのねぇ……」蒸し返さないでくれる? 「ないよ」

 非筋肉好きは、にべなく否定した。これで話は終わるだろう。

「では、どこに興味が……?」

 終わらない……。筋肉スレンダーが続けてきた。

「どこと聞かれてもね……」

 食材の部位なら、あるけど……。というのが、食道楽の脳内。

「ないんですか?」

 粘るナユカに、自省として今は少し控えめにしているフィリスが加わる。

「もしかして、体の一部じゃなくて……全体とか……? 太めが好きとか」

 食通が思い浮かべるのは、脂の乗った魚……だが、その話じゃないことはわかっている。

「……なんであたしが、そんなの好きなのさ」

「それじゃ、細め」

 デブ専ではないと受け取ったスレンダー。いい加減、リンディはうんざり。

「……あのねぇ」

「でも、それだと筋肉になりますよね?」

 筋肉スレンダーからの筋肉ごり押し……でも、魔導士はそれでは押されない。

「はあ?」

 イケメンマッチョ紳士好きが加わる。

「中間は筋肉……」

「なんでそうなる?」

 非筋肉趣味に、筋トレ趣味が確認。

「嫌いですか? 筋肉」

「いや、別に嫌いではないけど」

 筋肉無関心を、筋肉長身が引き込もうとする。

「それなら、やっぱり……」

「隠さなくても……。わたしたちも同じですから」

 筋肉嗜好医師から同類にされ、非筋肉志向魔導士が反論。

「隠してないし」

「隠してないんですか?」

「隠してないよ」

「ということは……」

 スポーツ筋肉が勝どきを上げる。

「やっぱり筋肉好きなんだ!」

「は? いや……」

 否定しようとする非スポーツ非筋肉系を、非スポーツ筋肉好きがさえぎる。

「でも……隠してないなら、筋肉好きってことですよね?」

「え? あれ?」

「そうですよ」

 筋肉好きヒーラーが押し込んでくる。

「そうなる……?」

 なんだか、そんなような気がしてきた……まるで、魔法のよう……いや、やはりロジックがおかしい。非筋肉セデイターは、言葉の論理を整理中。

「ついに、リンディさんが……」

 喜びの筋肉結界破壊士がその先を続ける前に、当人は整理終了。これで筋肉から解放される……。

「つまり、あたしは自分が筋肉好きじゃないのを隠してないだけだ」

「……あぁ」ナユカはがっかり。「やっぱり違うみたいですね……」

「初めからそう言ってたはず……」

 そんなことで落胆されても……。なんだかこっちが悪いみたいだ。だからといって筋肉好きにはならないけど。

「わかりました……残念ですけど」

「あ……うん」

 なんで残念なんだろう? この筋肉スレンダーは。

「一緒にトレーニングできるかな、と思ったんですけど」

 あ、そういうこと。……それはない。残念でいい。残念で助かった。

「ほんと、残念だねぇ」

「では、トレーニングはフィリリンと一緒に……」

 特訓好きはターゲット変更。

「へ?」

 標的のフィリスと、ロックオンしたナユカの筋肉好きは、その方向性がまったく違う。

「サンドラさんが教えてくれるから」

「……ご愁傷様」

 リンディは心の中で合掌するのみ。

「いえ、わたしは……見るだけで……」

 イケメンマッチョ紳士中毒は、鑑賞専門。それも男のみ。

「見るだけじゃ鍛えられないよ」

 スポーツ女子は、つけるほう込みの本格派。前者は逃げる。

「いえ……そういうことじゃなくて……」

「やりなよ。筋肉好きなんでしょ? 見てるだけじゃねぇ……ちょっと……『あいつ』みたいじゃない?」

 リンディが伏字で含みを持たせているそれは……なんとなくわかるものの、フィリスはつい聞き返す。

「『あいつ』?」

「これから相手する、覗……」

 マスターにそれ以上は言葉にして欲しくない助手が、声を張り上げる。

「や、やります! トレーニングします」

「……ほんとに?」ナユカにとっても、この発言は意外だ。「やったぁ!」

 ガッツポーズが出た。……やる気だ、やらせる気だ。

「やるよ。だって、これは……」フィリスはつぶやく。「罰なのだから……」

 覗きの代償は高くついた……。その時、筋肉は悲鳴を上げるだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ