5-4 ギルドで会ったのは……
さて、肝心の見回りだが、その前にまず、バウンティハンターのギルドへ向かうことにする。もしかしたら、セデイト対象者である「覗き魔」捕縛の依頼、ないしはその情報が入っているかもしれない……というのは希望的観測で、リンディがギルドで得たいのは一般的な情報だ。もとより、覗きなんてのをする心理がまるで理解できない彼女には、彼らの行動の予測がつかず、現状、サンドラに託した例の「作戦」以外はノープランに近い。さきほど筋肉好き二名と話したことで、多少はわかったこともあるように思えるが、まさにその程度のものでしかない。それに、なんか違うような気がする。
したがって、必ずしも件のターゲットに関してではなくとも、一般的な──マッチョ好きではない──覗き犯の習性や、この街において奴らが立ち回りそうな、いわば「覗きスポット」的な場所でも知ることができれば、収穫といえるだろう。それによって、闇雲にあちこちを見回るような、当てなき行動は避けられる。
このような方針の説明をしたマスターに、助手が尋ねる。
「覗き魔がよく出る場所って、どんなところなんでしょう?」
「それは、やっぱり……覗きやすいところ……かな?」
リンディの示唆を解読したナユカは、ポンと手を叩く。
「穴があるところ!」
「う」
フィリスは、またもダメージを受けた。……そもそも、質問が自爆であった。それを避けるべく、わざとぼかして答えたリンディの気配りは徒労に終わり、苦笑い。
「まぁ……ね」
異世界の天然も雰囲気で気づく。
「あ……えーと……ごめ……」
「謝らないで! ……お願い」
かえって惨めになる……というフィリスの心情は、ナユカにもわかる。
「あ……うん……」
「もう二度と……穴に誘惑されないように……自戒しなきゃならないから……」
それはそれで殊勝なことだが……誘惑されたのは穴にではなく、穴の向こうにあるものに、だ。それをはっきり自覚しない限り、このイケメンマッチョ紳士病患者は、また同じような状況になれば、同じような出来心を発動しそうな気がする……。とはいえ、そんなことを、今ここでリンディが心配しても仕方がないので、これからやるべきことに意識を戻す。
「じゃ、ま……そういうことで、さっさとギルドに行こう」
賞金稼ぎギルドに入ったセデイター一行が、カウンターで「覗き魔」の捕縛依頼が入っているか、いちおう聞いてはみたものの、それらしき情報はなし。通常、その手の犯罪者に賞金がかかることは少ない中、それでもいちおうあったものは、連続露出狂の捕縛依頼。眉をひそめるリンディとナユカの傍ら……。
「マッチョでしょうか?」
フィリスが口走った。もはやお約束というべきか……やはり病気というべきか……。
「知らないよ。うちらには関係ないでしょ」ターゲットのセデイト対象者とは人相が違う。「……ていうか、マッチョなら許せるわけ?」
リンディの視線を受けたナユカは、大きく首を振る。
「とんでもない」
「そうだけど……どうせ見せつけられるなら、そのほうがいいかな、と」
そんなフィリスに、ふたりの無言の視線が集まる。
「……」
「あ、その……まだましという意味で……」
それでも、視線は刺さったまま。言葉はなし。
「……」
「そんなわけないですよね……不謹慎でした。すみません」撤回して、視線の棘はようやく落ちた。しかし、この人は懲りない……。「でも、段腹よりも絶対いいでしょう?」
「はぁ」
あきれてため息をつくリンディと、無言のまま首を振るナユカ。いくら筋肉好きでも、このスポーツ女子は健全路線につき、そちらの方面まではついていけない。
ともあれ、例のセデイト対象者への依頼はないので、当人の動向については別口から聞き出さなければならない。加えて、奴のような性癖を持つ者たちが立ち回りそうな、この街の「覗きスポット」の情報も。それらに詳しそうな情報屋に当たるべく、セデイターがギルド内を見回していたところ、近づいてくる人物がいる。
「よぉ、リンディ。久しぶりじゃねーか」
横から聞こえてきた声に振り向くと、いちおう見知った女剣士だ。ただ、話し方と態度が……前とはかなり違う……ほとんど話したことはないけど……。ていうか、数回、あいさつ程度の言葉を交わしただけ。
「あぁ、あんたか」……名前なんだっけ? 「久しぶり」
「おう。相変わらずいい体だなー、おい」
しょうもないことを口走った長身の女剣士は、剣士としていい体だ──装備の中身については、特段親しくもないリンディが知る由はない。……それにしても、こんなこと言う奴だったっけ? その辺のアホな賞金稼ぎならいざ知らず……。不審に思いつつ、ぶっきらぼうに答える。
「……おかげさまで」
「ちょっと、触っちまぉうかなー」ショートボブの女剣士が完全にセクハラモードで手をゆっくり伸ばそうとしたところ、後方からその肩を何者かの手がつかみ、剣士の手はピタッと停止。「お?」
「申し訳ありません」その手の主である、眼鏡をかけた長髪の魔導士の男が、リンディに向かって頭を下げた。「少々、お待ちいただけますか」
それから、女剣士に何事か耳打ちすると、反転してその腕に自分の腕をからませ、彼女を引きずるようにリンディから離れていく。そして、少し離れたところにある柱の脇で、女剣士に……何事かを説いている。説教……なのだろうか? うなだれた女剣士はさきほどとは別人のよう。やがて、魔導士の男は、うつむいたままの彼女の背中を押すようにして歩かせながら、リンディの前へと戻ってきた。
「失礼いたしました」
その言葉を置いて、まっすぐ三歩ほど後ずさる。すると、うつむき加減の女剣士が、弱弱しい声を出す。
「ごめんなさぁい……」
そう、確か……リンディの記憶では、前はこんな感じだった。
「あー、はいはい。もういいよ」
許しを得た女剣士が、いきなり元に戻る。
「……だよなぁ。それでこそあたしの見込んだリンディだよ。いよっ、ナイスバディ!」
するとまた、その肩に後方から手がかかった。
「度々、申し訳ありません」その手の主──同じ魔導士が、またもリンディに向かって頭を下げた。「今一度、お待ちいただけますか」
さきほど同様、女剣士は魔導士の男に連れられてゆく。離れた柱の脇で、またも説諭を受けているようだ。
「……なんなんですか? あれ」
呆気にとられて質問するのも忘れていた助手が、ようやくマスターに尋ねた。
「んー……なんだろうねぇ……前は違う感じだったけど……なんだかよくわからない」
「酔っ払ってるわけではなさそうですね」
医師の見立てでは。
「お友だちですか?」
ナユカに聞かれ、リンディがきっぱり否定する。
「違うよ」
「そのわりには……あ」フィリスの視線が魔導士を捕らえる。「戻ってきました」
今度は、戻ってきたのは魔導士だけ。女剣士は柱に半身を隠して、こちらをうかがっている。
「本当に、申し訳ありません、リンディ様……と、そちらのお連れ様方も……」三人それぞれに対し、頭を下げた。……丁寧だ。「姉が、ご気分を害するようなことをいたしまして」
「……お姉さんなんですか? あの方は」
尋ねたナユカに、魔導士が答える。
「はい。申し遅れました……あそこにいるのが……」半身になって、離れた柱に隠れている女剣士を手で指し示す。「わたしの姉の『アマミエル=デ=マイウ』」三人に向き直る。「わたしは『カラムゥ=デ=マイウ』と申します」
「わたしは……」
助手が名乗ろうとしたところを、マスターが制する。
「こっちがフィリスで、こっちがユーカね」簡単に終わり。こんな面倒なのに無駄に関わらせるのもなんなので、正式に名乗らせることもないという判断だ。「それで?」
紹介はいいから、言いたいことがあるなら先に進めろというリンディ。それを察したカラムゥは、紹介されたふたりへは会釈にとどめる。
「実は、姉は……」話し始めるや否や、後ろから脱兎のごとく走り寄ってきた者、アマミエルに両肩を羽交い締めにされ、後ろへずるずると引きずられてゆく……。弟はその体勢で、三人へ向かって声を張り上げる。「少々、お待ちください」
「行っちゃった……」
唖然とするナユカを脇目に入れたリンディが、提案。
「ほっといて行こっか」
「でも、まだ情報を得てないですよ」
助手の言うとおり、肝心の情報を得られていないので、ギルド内にいる必要がある。そうすると、結局、あの姉弟のお相手はしなければならないだろう。
「しょーがないなー」
呆れつつも、おもしろがっている様子のリンディ。……程なく、ふたりが戻ってきた。
「失礼いたしました」礼をするカラムゥ。「姉が申し上げたいことがあるそうで、よろしければ、お聞きいただけますか?」
「いいよ。長くなければ」
許可したリンディに、弟が謝意を表す。
「ありがとうございます。一言で済みますので」
半歩後方にいる姉の背中を押し、弟は入れ替わるように自分が一歩下がる。
「あ、あの……」
もじもじする長身の女剣士……正直、ちょっと……装備した外見にそぐわない。噴出しそうになるのをこらえて、聞き手は先を促す。
「なに?」
「あたし……あたしは……」
ぐぐっともたせる女剣士アマミエル。その唇が開きかけた刹那……。
「あ」
最初に声を出したのはナユカ、続いてリンディ。
「え」
「え?」
最後はフィリス。彼女たち三人の瞳が捉えていたのは……いきなり反転して走り去った、女剣士の後姿。
「申し訳ありません、また後ほど」
弟は目の前の三人に頭を下げると、すぐに踵を返し、出口へ向かっている姉を追う。そのまま、二人はギルドの外へ走り去っていった。その方向へと視線を向けたまま、つぶやくナユカ。
「行っちゃいましたね……」
「さ、やることやんなきゃ。えーと……」セデイターは周囲を見回す。「誰に聞こうかな」
何事もなかったかのように振舞っているので、ナユカが尋ねる。
「ほっといていいんですか?」
「あたしたちはなにも見なかった。そして、なにも起きなかった。以上」
本当に何事もなかったことにしたマスターには、助手も賛同。
「そうですね、そうしましょう」
「そうですか……そうですね」
律儀なナユカすらもあっさりと同意。関わっても面倒なだけというのは、考えるまでもない。ここはスルーするのが得策だ。意見の一致を見たところで、たまたま目に入った情報屋に、リンディは近づいてゆく。




