SB 振り返える背中
++故に願い、望むは普通++
幽谷での出来事の後、急ぎ屋敷に戻ると四肢を砕かれ意識を失ってた賊と壁を背に眠る馬龍さんがいた。
馬龍さんを寝台に運び事後の処理が一段落つけると幾ばくか空の雲が早く流れる。
この風は始まりの一陣。
この国に舞い込んだ一陣の、季節を変えるための風が吹き始めたように感じられた。
あの子に出会った時にも感じたそれは今は凪の時。
この風はあの子にも届くような気がした・・・目覚めの風のように。
この風が多くの風が吹くきっかけになる・・・そんな予感めいたものを感じさせるものだった。
「・・・馬龍殿が目覚めるまで滞在したいのですが、これ以上報が遅らせると変事ありと義真様を不安にさせてしまいますので」
「そうですね・・・一先ずの容体は安定しているようですし、後は風鈴にお任せください」
「宜しくお願いします」
「あたしも付いてるし」
「・・・はい、その程銀殿もお願いします」
「閻忠さん、”も”ってついでみたいのは嫌だな~。あたしこれでも色んな事出来るんだよ。それに閻忠さんの代わりに係を引き受けようと思ってたんだから」
「その程銀殿のお力は多少ながら理解しているのですが・・・新しい係とは何です?」
「馬龍が~浮気したら報告する係~!」
「・・・くっふふふ、それは大変助かります」
「にひひっ、でしょ?」
「はい、では改めて程銀殿、新たな係を含め馬龍殿の事宜しくお願い出来ますか?」
「うん、任せてよ」
そう返す程銀さんに閻忠さんは一礼して屋敷を後にしたのが昨日。
そして、屋敷にいた賊に関しての解かったのが今日。
これからその事について詳しく聞く事が出来る。
事が事なだけあって、生徒達には授業はお休みである事を伝え、自身もまた数日の間、屋敷を空けなくてはいけないくなってしまった。
客人二人を残す事になってしまうのが普通でしたら気にかかってしまうところ「大丈夫だよ」と事情を説明する前に先に程銀さんに言われてしまいました。
中々どうして、今回のお客様方の名を今まで耳にしなかったのでしょうかと思わされてしまう。
時が来れば瞬く間にこの方々の名は大陸に轟くのでしょうか。
それがどのような形になるかまではさすがに、期待と不安が混じるせいで正確な判断はつけられない。
けれど・・・叶うならばまた同じ時、同じ場所からその風の名を聞きたく感じる。
・・・
・・・・・・
丸一日を馬で駆けて琢から西、広陽郡に到着。
本来だと後三日は掛けて遼西郡まで赴く必要があったのですがこれから会う方は先月より広陽の別宅で仕事をされていた。
これもあの人の天意の内なのでしょうか・・・
連絡を取って返って来るまでが想像より早い。
風は流れ始めている・・・それを肌で感じられた。
町の中を行き、大きくなく小さくなく、広くなく狭くなく評するなら概ねどの郡にでもあるような屋敷の門扉の前に着くと。
「お待ちしておりました。盧植先生、わざわざお呼びたてしてしまう非礼をお許しいただきたく・・・」
風鈴を出迎えてくれたのは白蓮ちゃんの従姉妹にして幼くして公孫家をまとめる公孫越。
深々と礼を取る姿を見つつ、いつ見ても柔らかで綺麗な黒髪をしている、と少々気の抜けた事を考えてしまいます。
非礼だと言うのならそんな事を考えてしまう方がよほど非礼でしょう。
けれど血統の意識と言うものでしょうか、以前より少し肩に力が入ってしまう性分だと感じていました。
それは未だ健在なようで彼女の前では他よりも少しこちらが抜いていないと疲れさせてしまいそうなのです。
「こちらも急事でした、連絡をいただけて助かっている所です」
「そうでありましたか。・・・先生のご用件に必要になりそうな事を家の者を使って調べさせました。まずは中でお話を。どうぞこちらへ」
屋敷に一室、その中で先に起きた事の詳細を確認する事になった。
「以前より不穏な動きをしている者が数人、それらの動向を公孫範と公孫紀に命じ探らせておりましたので賊を使った者を突き止める事は難しいものではありませんでした。名を劉虞、朝廷に仕えし者であります」
「そうですか・・・」
・・・やはりあの方を狙って、ですよね
それが目的であろうことは間違いなく、ただそのやり方の強引さが気にかかってしまう。
あの方はその姿を見る前に”独断”であると言っていましたがそうまでさせる理由、それ如何ではこのまま回復を待つ事も許されないかもしれません。
「よく数日の内でその方だと特定されましたね」
「立身出世を求めるのは人の常であります。劉虞は劉姓であるがためその欲が強い傾向にあったようであります、この度の一件の前後中々に大胆に動いておりました」
「大胆にですか?」
「我々の眼がある中で彼の管轄でない常山と渤海に幾度も伝令を出していればあまりに不審であまりに大胆と言う他ないであります」
「・・・確かにそれは大胆です。いたずらに砂塵を上げる行いとも取れます」
間違いなく不審の目を惹きつけるかのようで不自然さすら感じさせるほどに大きな砂塵。
それでも尚、それに似合うだけのものがあるというのでしょうか。
・・・それだけの報酬を出していると言うのですか
「その通り、あまりに大きな砂塵に我々も劉虞の監視を増やした位であります。ですがその砂塵を上げるだけの大物がいたと・・・先生、ここまでお話すれば一先ずの我々と共有できるものがおありではないでありませんか?」
風鈴が考えているうちに越さんが伏せた札を開く。
伏せたままではこの会話を続ける意味はなく、けれどあの方がそれを良しとするか少し考えた後風鈴はそれに頷いた。
「・・・馬龍さん、ですか」
「その通りであります、秘蔵されていた西涼の雄がこの地にいると劉虞が伝令を出していた郡で噂されていたであります。ですがその実、琢郡は先生の下におられたという事でありましょう?」
「・・・ですが、見通しが甘かったです。これほど強行に出る方がいたとは」
「それは我々もであります。あれだけ大胆に動いていたという事はそれだけ功を欲し、焦っていたという事でありましたのに・・・先生に事が起こる前にお伝えできたはずでした」
「一先ず事なきを得ております、ですので一つ先を聞かせていただけませんか?風鈴の大切な客人に危機があるかどうかを」
先の話を・・・少し気が急いてしまっていると思うけれど目を覚まされていない今、状況を把握しなくてはと思い言葉にしたものに越さんは小さく笑う。
「ふふっ、先生らしいであります。ご自身の心配はされないので?今も先生の私塾に集う者もおりましょう」
「それには心配の必要はありません、同じ轍を踏むつもりはありませんので・・・越さんもそうなのでしょう?」
「そうでありますな。しかし、馬雲成とはどのような御仁であるのでありましょうか?先生の興味はそちらにおありな様子、私もその御仁に幾ばくか興味があるであります」
「・・・少し難しい問いですね」
「っ!?それほどの御仁でありますか、西涼の雄とは。先生の眼力をもっても見抜けぬほど・・・」
風鈴が答えられないでいるとそれの裏を読ませてしまったのか越さんは驚愕、少し申し訳なさが生まれた。
他の方の目が合ったら越さんが顎を外さないか心配されるような顔をさせてしまったから。
ただ風鈴の言葉には裏などなく素直に越さんの質問には答えにくいだけでしたのに。
「いえいえ、人を見抜くなんて大業、風鈴には出来ませんよ。ただ、あの方は・・・季節の変わり目に吹く気まぐれな風のような方、その在り方を言葉にしてしまうと何かが薄れていってしまうような気がするのです」
「・・・それは、得難い方なのでありましょう。この国のこれからを思うのなら。一度、お会いしたい所でありますが今は難しいでありましょう」
「この件と関係する何かがあったのですか?」
「・・・はい。劉虞の名を知る時その後ろ盾の名を聞きました。司空、張温殿が馬雲成を欲していてつい先日その要求が一転し『雲に手を掛けるならば地に落ちる覚悟をせよ』と、残念な事に今はその処理に追われてしまうのであります」
「それに風鈴は安堵して良い・・・と素直には取れませんが」
「えぇ、安穏と出来る状況ではないでしょう。現状は張温が返した掌のおかげか互いの出方を見ずにはいられないと言う所、これは仮初の静寂であります。我々は今この時を待っていたとも言えますが」
「この機に幽州を、などとお考えで?」
「さすがにそこまでは・・・まだと言う所。現在のような形ばかりの存在ならば如何様にもなりましょうが、我欲のみを追う者を我々は良しと致しません。それでは時代を繰り返し続ける事となりましょう」
「では、何を?風鈴を呼ぶという・・・っ?!ですがそれは・・・」
「いえ、お察しの通りであります。我々には必要なのです、西涼の馬騰のような存在が・・・それも天意でありましょう。馬援殿の血族、公孫述と同じ姓を持つ我ら、それに劉、時代は巡り再び交わる日が近い。けれど我らが同じ顛末を辿らぬためにあれに立ってもらわないとならないのであります」
「馬騰さんのように、それは・・・」
「難しいでありましょう。優秀であれど伯珪は非凡と言い難い、馬騰殿のように盟主と言う器にするには少々不足。けれどそれで良い、それだからそこ良いのであります。万象にて非才なく普通である事とは事象を写す鏡・・・宝であります。筆を持つしか出来ぬ私ではその代わりにはなれません」
「・・・だから、敢えて白蓮ちゃんに家督を渡していないのですか。清濁に染まらぬように、偏りを与えぬように」
「我ら・・・いえ、私が伯珪の影となりましょう。見えぬ死角を私が埋めましょう。ですが、我らも不安があるであります。盧植先生をお呼び立てしたのはその事をご提案させて思った次第であります、未だここ以外は仮初の静寂に耳を済ませる者が多くおりますので」
「それは、公孫家に仕えろと・・・」
「いえっ!そのような不躾な申し出をするつもりはないであります!」
「確かに明確に我らと共に伯珪を押し上げていただければ、そう考えなかったわけではありません。しかし、それは我らの我欲、それに党錮の禁の影響はまだ多く残っているであります。今の我らでは先生の望む結果をお約束できません。これは私個人の願いであります、家の者がこれを聞けば私の今の地位も危ういでありますが、もしも・・・いえ、万が一我らが汚濁に塗れ、鏡を穢し曇らせるのなら我等より鏡を取りげていただきたい。伯珪は大切な私の家族であります・・・伯珪を立たせようと言うのに矛盾した事をお願いいたしますが先生にしかお願いできぬ事であります」
「・・・少々悲観的ですね」
「先生は実際に体験していると思われるのですが、それだけこの濁流は深く国に根付いているであります。伯珪のみとなったと考えるとやはり不安で仕方ないのであります。ですが、先生が私の望みに応えて頂けると聞ければ私は迷わず民のためにこの手を汚せるのであります」
「やはり悲観すぎです。ですが・・・そうですね、さっそくではありますが、白蓮ちゃんをお渡し願えますか?」
「えっ・・・先生、何を?私の願いは・・・」
「はい、ちゃんと理解したうえでお願いしました」
「それは、私が既に伯珪を穢していると?」
「そうです、白蓮ちゃんの事が大切である事は良く分かるのですがそのような思いのままではきっと貴方がたは間違いを犯します。人の形が欲しいのでしたら、白蓮ちゃんは表に出さずそちらに代わりを立てて白蓮ちゃんは大切に桐の箱の中にしまっておく事をお勧めします」
それこそ、時勢が来るまで秘蔵するべきなのですが・・・。
「大切な教え子の危機があるなら助力したく思います。しかし、それは嬉々として行えません。それに進んで行いたいとも思いません」
「それは・・・何故、であります」
「そう、ですね。料理と言うものがわかりやすいでしょうか。野菜や肉を切る時に刃物を使います、扱いを間違えれば怪我をします、一生消えない傷になるかもしれません。お米を炊く時には火を起こします、火傷をするかもしれません、家を燃やしてしまうかもしれません。ですが、それを正しく導き見守るのが教えを説く者の役目です。代わりに料理を作る事が役目ではないのですよ」
「っ・・・・・・」
「苦しみを恐れるあまり、その目を曇らせてしまうのはとてもとても恐ろしいのです。それほどまでに思うのであればこそそのような目で白蓮ちゃんを見てはいけないと風鈴は思います」
「・・・私は」
「それに白蓮ちゃんにも非凡と言えるものがあるのです。それを見てからでも悲観するのは遅くないと風鈴は思います」
「伯珪の才、でありますか・・・それは一体?」
「それに答えてしまうと風鈴は教えを説く事をやめなくてはいけません。今一度その瞳で白蓮ちゃんを見てあげてください」
そう言って思うのは彼の背中。
大きくしっかりと立つその後ろ姿。
その先に臨むのは・・・きっと・・・
++探究心を擽る、不思議な布++
変な人が現れた。
これはぼくがあった人の中でも特別。
その人はとても変だった。
馬と話す人だった。
明日の天気を当てる人だった。
母さんが珍しく嘘をついた人だった。
掃除したばかりの小屋を壊す人だった。
美味しい料理を作る人だった。
お腹が痛いぼくを助けてくれる人だった。
いつ寝ているのかわからない人だった。
「しょうがない」と言って困りながら笑う人だった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
フェイ達がいなくなって十日。
やりたい事はたくさん増えた、けど困る日が増えた。
なんて言ったらいいのか、多分あの小屋に行くのが習慣になっていた。
今そこに誰もいないのがぼくが困るって感じてる事なのかもしれない。
「喜雨、どうしました?」
「え・・・?」
「先程から何か考えている様子。・・・それは?」
母さんはぼくの持っている布を見て聞いてきた。
「龍さんがくれた・・・とても丈夫」
「と、いう事は今考えていたのも馬龍さんの事ね?」
「・・・うん」
「そう、実は私も考えていたのよ。あの三者三様とても面白い方々、あれからどのような旅を続けているのでしょうかと。喜雨は何を考えていたの?」
母さんの言葉にあの小屋で過ごした日を思い出した。
それは間違いなく有意義な日だった。
それに、楽しかった・・・
「ぼくは、もっと一緒にいたかった・・・のかも」
「私もまた来て頂けると嬉しいもの、折りを見て西涼に書簡を出しておきましょう。今回のお礼を兼ねて喜雨の作ったお米と一緒に」
「それはっ・・・!」
母さんの言葉に頷けなかった。
そればかりかそうしたくないと思った。
「・・・どうしたの?この間、次に作るお米は美味しくなると」
「う、う~」
母さんの質問に答える言葉が見つからない。
望むべきが何なのか、それはきっとぼく自身まだ分かっていないから。
「くっふふふふ、喜雨は良い農学士ね、来年のお米がどこまで美味しくなるか分からないからね?馬龍さん達が驚くほどに美味しいお米であるかわからないから」
「・・・う、うん」
それはそう思う。
あの人の教えてくれた事を実践すれば良いお米が作れるようになる。
その成果を見せたいと言う思いは大きい。
けど・・・
「ふふっ、その答えでもう一つ。喜雨の作ったお米、それで作った馬龍さんの料理、それを食べてみたい叶うならあの方々と一緒にと・・・それで送る事に躊躇いがあったのね」
ぼくはそれに頷いて、感じていた疑問を口にした。
「ねぇ、母さん。また来るかな?」
「・・・どうしてそう思うの?」
「わからない、けど。・・・遠いから」
「西涼の方でしたね。こちらへ来る機会を考えると確かに」
そういえばそっちの方で暮らしていると言っていたけれど・・・。
「ううん、違う・・・多分」
「・・・?」
多分・・・じゃないかも、きっと、違うんだ。
あの人がどこにいたとしても関係ない、気がする。
だって・・・
「ぼくと龍さんは遠い・・・母さんは、どうなの?」
「・・・そう言う事」
ぼくの質問にそれだけ呟くと母さんは立ち上がった。
「母さん?」
「少しだけ時間を下さい。雑務を終わらせて、続きはそれから」
それだけを残して母さんは部屋を出て行った。
それから半刻、戻ってきた時にはお茶を持ってきてぼく等はあの人達と過ごした日の事を話した。
ぼくは先に母さんの話を聞いてやっぱりただ変な人じゃないんだと再認した。
・・・・・・
・・・
馬龍さんを望まれる立地の小屋へご案内した後、馬龍さんと一緒に街に戻ってきた時の話。
私は自身の思惑どおりの結果にならなかった事に少し戸惑いを感じていた。
「俺の望みどおり良い物件だった、感謝する」
街までの帰路で不意に礼を述べられた。
改めて・・・そのようにもとれないくもない。
けれど、これは私への牽制なのかと感じた。
一先ずその言葉に返すのは一つ。
「・・・馬龍さんのご希望通りではありませんがまだいくつかご案内できそうな所があったのですが」
「ん・・・?そうだったのか。だが俺はあそこで良い、昔住んでいた所に少し似てるし良いところを紹介してもらえて助かった」
それは恐ろしいまでに自然に返された。
建前、世辞、無欲、そのような言葉を探しても馬龍さんの言葉には当てはまらなかった。
ただ、本心と言う言葉、それだけが残った。
「・・・本当によろしいので?」
「まぁ、さすがに中の惨状を見たら閻忠でも文句の一つ位は漏らすだろうが・・・」
「でしたら、ご滞在は我が家でも一向に構いませんのですが」
「いや、それは迷惑の方が大きい」
「私共の心配をしていただけるのは嬉しく思うのです。ですが普段は人が立ち入る事はないと言っても”迷い込む者”がいないとは限りませんよ」
「それならば問題ない。あれだけの木々があるなら人の気配を察知してから行動するだけの余裕はある。仮に鍛錬中だとして間違って剣を向ける事はないだろう」
「馬龍さんは何故それほど人の目を気にされるのです」
「それは昨日閻忠が説明したとおりなんだが」
そう言って少し困ったような顔でこめかみの辺りを撫でる。
・・・少し困ったのは私もですが
「我が家でしたら勝手に屋敷を探る事は出来ません。かえってそちらの方が安全だと思うのです」
「ん~~、陳珪さんの厚意は嬉しく思うが・・・そうだな、建前は外そう”友好を”とその手を取ったのだし伏せ札を晒そう」
・・・っ?!
驚きと言う感情を久しぶりに味わった。
伏せていた言葉があるのは承知してそれで頷いていた。
それでも益ありと思っていたというのに彼は今何を言うと言うのだろうと驚きと同じ大きさの興味が沸く。
「一つ、試してみたい事がある。二つ、知りたい事がある。三つ、俺自身それを望めない。どれも足を止める必要があるんだ」
そうあっさりと言葉にして開くその札に想像当てはめる。
一つ目、試した事・・・これは恐らく彼が何者か紐解く鍵になる事柄。
出会いの場で口にしたあれは表向きに用意した物だという事はわかる。
馬車の荷を見ればそれに違和感を感じるものばかり。
無骨な鉄塊のような剣、樽に乗せられた食材の数々、幾つかの書物や医療道具に不思議な道具がちらほら。
農学を少し学んだ、厨士を目指したそれでは余りある。
学士には不釣合いなほどに旅慣れた様子でいて、明確に学士であるとは名乗らなかった。
幽州へ向か理由を推察するのなら恐らくはあの方の元へ行くのでしょうが・・・学ぶのなら途中の穎川でも有名な塾があったはず。
しかし、穎川はどちらかと言うなら知と礼の窓口、武を持ち合わせる方なら幽州と言うのもわからなくは無いけれど。
五胡を打ち破る力を持ち、閻忠さんは彼に指南を受けている様子だと言うのに武においてこれ以上の学びを必要とするものか。
それに・・・武人とは名乗らなかった。いえ、名乗りたくない・・・とか、でしょうか・・・
憶測が不合理な線を引き続ける中思い至るのは・・・けれど踏み込むのは余り上手くないと少し引いて尋ねた。
「・・・何をお試しになられるのでしょうか」
「あの小屋を直す中で飯の種になる物が出来るかという所が主だ。鍛錬の幅も試してみたいが、二の次というところ」
「路銀に不足があるので?」
「いやぁ~、まぁ足りなくはないがうちには一人大飯食らいがいるからな。稼ぎになる物があるに越した事はない・・・さすがに現状で給仕など出来ないからな」
道中に追掛ける者がいる以上どこかで労働に従事する事はできない、それで何か商品を作ろうと考えていると言う所でしょう。
それならば給仕をするよりも危惧すべき事態になりづらい。
しかし・・・容易に言われる、けれど容易に思えてしまうのは・・・
不思議と言葉だけで裏づけまでされてしまう感覚。
何を作るのか気になりもするけれど、一枚目の札で足踏みしてしまうより先が気になる。
「二つ目の知りたい事というのは・・・」
「馬龍さんを追う者について、でしょうか?」
「・・・さすがに見通されているか」
「はい、ですがそれならば私どもの所へ来て頂ければそれは容易ではないでしょうか?」
「まぁ、わからなくはないだろうが、知りたいのはその質の部分。相手の本気の度合いを知りたい。貴方のところでは手を出そうにも出せないかもしれないし、余計な者が勘繰るかもしれない」
「そうでしたか・・・貴方はご自身のみを餌に振るいにかけると。相手を精査されるおつもりで。・・・しかし、それでは幽州へ行くまでに危険が増す可能性も」
「ある・・・だろうが、大凡の予想は付いているし相手が焦れるほどの時間は経っていないはずだ。だから少し足踏みする時間と少し眠りたいのさ」
「眠りたい・・・?それが三つ目だったりするのでしょうか?」
「あぁ、陳珪さん達を信用していないわけではない・・・もう十分すぎるほどの厚意を得てしまっているんだが、性分・・・と言うべきか習慣で人の気配が強いと眠りが浅くて困るんだ」
「・・・貴方は・・・いえ、それでは確かに私どもの家では不都合なのでしょう。これは少々私の願いを押し付ける格好になってしまっていたようです」
甘く見ていたつもりはないのですが・・・これは凡百の物とは器が違う様子ですね
百選の名器があれど彼はその中に含まれる人材ではないと思えた。
美しく色合いの茶器と鉄器で作られた獅子の像を比べるようなものだったのだと自身がまだまだであると痛感させられた。
「いやいや、厚意に対して失礼な事をしていると思う、だから・・・」
「喜雨、いえ陳登をお預けするのは間違いではなかったようです」
「えっ・・・?いや、一旦頷きはしたがあのまま陳登を傍においていては・・・」
「よりよい学びを得られるかと、それに馬龍さんの人となりが少し理解できました・・・友好を、そう口にしたのは私。此度の非礼をお詫びいたします」
そう深く頭を垂れると馬龍さんは困った顔をされた。
頭を垂れて困られると言うのは初めてで・・・少し面白い反応だと感じ、愉快な気分。
頭を下げてこれほど愉快と感じるのは後にも先にもこの方だけかもしれない。
「ふふふっ、貴方は優しい旅の方。それはとても良い縁であると確信しました。粗相がありましたらどうか陳登にお叱りを・・・良き隣人となれるようどうか私にも助力の申し出を」
「そう、言ってくれるのは助かるが・・・」
「私も少し考え至るものがあるのですが。馬龍さんは・・・をお求めではありませんか?」
「・・・?!いや、だが・・・」
「ふふふっ、ではこれは私が勝手に行った事と馬龍さんにご迷惑をお掛けさせていただきます」
とても愉快で、不思議な人・・・これはきっと天意の為せる業でしょう
・・・
・・・・・・
馬龍さんがいたのは一ヶ月程度だと言うのにとても多くの話を聞いた。
あの人と会う度にいろんな思いと考えとが記憶に残る所為なんだと思う。
それで思う、母さんの話を聞いてそれであの人の事を考える。
「ねぇ、母さん。・・・ぼく馬龍さんに怒られなかった」
「怒られる様な事をしたの?」
母さんは少し真剣な顔でぼくを見る。
「・・・いろんなこと、多分、ぼくは馬龍さんのじゃま、したかもしれないのに怒られなかった。いつも”しょうがない”って少し困って笑ってた」
それにぼくはなんだか・・・”遠い”って思う気持ちが大きくなった。
母さんはそんなぼくを見て少しだけ笑ってこの気持ちの理由を教えてくれた。
「・・・喜雨はあの人に叱って欲しい?」
「わからないけど・・・父さ・・・ううん、兄さんみたいであの手なら叩かれても良い。叩かれたならきっとそれはぼくがいけない、あの人の手は色んな事が出来て、色んな事を教えてくれる手だから」
口から出る言葉でぼくはあの人に感じる思いを分かる様な気がした。
だから少し頑張って言葉にしてみる。
「ぼくは・・・あの手が、す、好き・・・かも」
言葉にすると少し頬が熱い、なんだか少し恥ずかしい気分だった。
でも、母さんはそれに答えてくれた。
「ふふふっ、確かにそう感じるかも。私も私よりも若いあの人を兄のようだと思えてしまう時があるの・・・」
「・・・母さん、も?」
「えぇ、でも、喜雨も同じように感じているのなら叱ってもらうよりも・・・」
母さんはそう言ってぼくの頭の上に手を乗せて優しく撫でる。
「こうして喜雨の事を褒めてくれたら、もっとその手が好きになるかしら?」
「~~~~っ・・・?!!」
そう言われると体に火がついたように熱くなった。
「ふふっ、じゃあ、少し私も頑張りましょう。あの人がもう一度ここへ来てくれるように」
ぼくは母さんの言葉を聞いて手に持っていた布をぎゅっと握り締めた。
Scene to Scene
++願望を夢に++探し求めた存在++変化への布石++
えっと、まぁサイドストーリー的な感じで差込です。
どことどこの間かと言うのはまぁ・・・。
ちょっとどうしようか迷いながらだったのですがこういう形でちょっと書いています。
こういうところでしか書けない事って多いですし
何より書きたいのは公孫さん達
これはある意味で恋姫七不思議と言えるんじゃないだろうか
登場人物が少ない幽州勢、その中で幽州太守の公孫賛さん
策の立案から軍の指揮までこなす有能さんですがやっぱり裏方っているよね
って感じで描いてみた所です。
んで、沛国編のラストから少し経って
ただ通過した場所ってだけになったんじゃ行った意味が無いってところでちょい足し
捉え方は様々といえばおしまいなんですが、
ちょいと登場人物達にオリ主を強めに印象付けておこうってところです
さて、書こう、本編も続けて




