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恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
轍の残した物
44/44

SB 貴方がいたから





 ++武舞に惹かれる者達、末路に抱く願い++

 





 


 「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」

 走り出してすぐに額から汗が流れ息が上がりだした。


  こんなに鼓動が高まるのはいつぶりでしょうか・・・


 そう思い息を切らせながらも見る景色、穎川の町並みがいつもより早く流れる。


  このように街を見るのは赴任して初めてになるかも・・・


 そのような事を思いながら幾つもの書簡を書き上げ、会場へ持ち込み、そこで新たに書簡を受け取っては目を通して次の部門に・・・その繰り返し。

 気づけば急ぐ必要のない案件、自身の領分ではないそれを含めて全て自身で行っていたようでその所為でいつの間にかわたくしの周りにも慌しさが移って行く。

 それから暫くし執務室でようやく腰を落とせたけれど少しの間息は乱れたままで、けれど胸の奥から込み上げてくるのは苦しさだけではない。

 息が整い始めたところで棚から必要な書簡を取ろうとするとそこでようやく自身の有様を見た。

 足元は土埃で汚れ、急いで書き上げたためか袖には墨が付いていた。

 

  ・・・ふふっ、これでは驚かれるはずです


 普段これほどまでに汚れた姿でいた事はない、それに文官であれば外を走り回る機会はとても少ない。

 けれど、そうしたい気持ちにさせられてしまった。

 行く先々で書簡を受け取る方々が何故か驚きの顔をしていたのを記憶していた。

 その正体はこれだったのだと、少し納得し少しおかしくなる。

 それから少しずつ胸が満たされる、楽しいと・・・疲労する体が喜び、笑う膝を見て自身おかしくて堪らない。

 机を相手にしていては得られない充実を感じ口が綻ぶ。

 少し、その充実を味わっていると戸を叩く音。

 「はい、どうぞ」

 「し、失礼いたします。孟高様」

 応答すれば入室してきたのはまだ若い文官見習いの姿。


  ・・・確か、陳琳さん、でしたか


 下積みの名目で大会の司会を任されて、それでも中々の進行ぶり・・・あの様子でしたら数年もしない内に名門から声が掛かるでしょう。

 ここから飛び立つだろう未来有望な若い才の一人は一礼するとわたくしの前まで進み出て申し訳なさそうな顔をした。

 「運営から先程お渡しした会場の修復経費に誤りがあると・・・あの、申し訳ありませんが・・・」

 「ふふっ、”しょうがない”ですね」

 「孟高様・・・?」

 少しだけあの方の言葉を呟くと陳珪さんが心配そうな顔で私を見る。

 「あ、いえ、すみません。では、わたくしが赴きましょう」

 「ですが、お疲れでは・・・」

 「これはわたくしの我が侭なのですから疲れなど何の問題にもなりません」


  ”友人であれたら、とは思う”

 

 あの方の言葉が、心がわたくしの背を押してくれる。



  それはわたくしの望み。



  わたくしとして、わたくしが望める・・・願い。



  わたくしはそのために、出来ることを・・・。 



 

 ・・・



 ・・・・・・




 

 会場で訂正箇所を確認し書簡にまとめ、ようやく欲していた結果を手に入れた頃には日が落ち月が上がろうとしていた。

 わたくしは書簡を纏め終えた後、最後まで付き合ってくださった陳琳さんを食事にお誘いしていた。

 随分と手伝わせてしまって・・・良い様に使ってしまったと気が引けてしまうくらいの働きぶりで今こうして食事にまで誘ってしまった事に頭を下げる。

 「いやはや、少々遅くなってしまいました。付き合わせてしまってすみません」  「いえっ、孟高様のお傍で働かせていただけて光栄です!」

 そう言ってわたくしが頭を下げると陳琳さんは慌てふためく様子で逆に頭を下げられた。

 

  ・・・なんとも言いにくいですね


 出来ればもう一度付き合せてしまった事に頭を下げたくとも眼前の輝く瞳が許してくれそうにない。

 「あれほどの書簡に目を通されて一つと間違えず、他から持ち込まれた街の報告などまで・・・それに私などをお食事に誘っていただけるなんて、他の方々とは器が違います!」

 陳琳さんは語気を強めてわたくしなどを賞賛してくださいますが、それは中々にこそばゆい。

 「・・・わたくしでなくても経験を積めば出来る事、あまり他者と比べるものでもありません。それに貴方は十二分な働きと成果を残されたと思います」

 「・・・成果、ですか?」

 そう、首を捻って自身の行いを考えている様子の陳琳さん。

 その姿を見てわたくしの仕事を手伝っていただく中で見て取れたその筆は才溢れる文体で、大会の進行もまた他者にない才。

 「・・・陳琳さん、少しだけ耳を済ませていただけますか?」

 「えっ、あ、いえ、はい・・・耳を、ですね」

 陳琳さんが自身の事を考えているところで話し掛けると少し驚いた様子で取り乱してから陳琳さんはすっと目を閉じ周囲の音を聴く。

 わたくしもそれに習って目を閉じて辺りの声を拾い上げていく。


 店の中、聴こえてくるのは本日の大会の様子、感想によるものが多い。

 「以前の催しに比べて見易かった」

 「その理由は何だ」

 と、一人が聞くと誰かがそれにこう答える。

 「進行役の娘のおかげじゃないか?前はただ見るばかりで俺達じゃ何が凄いのかわからんかった」

 「そう言われればそうだ。最後の仕合がすげぇのは解かったが、武術なんてやった事がねえ俺達じゃどっちがどう凄いのか結果がでねぇと解かりようもないってもんだ、ありゃ進行役の娘のおかげだな」

 それは皆陳琳さんを賞賛するもの。

 少し目蓋を開いて陳琳さんの様子を見ればその声を陳琳さんも聴こえたようで口元が綻び少し照れた様子。

 民の声は正直なもの、そしてそれが自身に良い評価を与えていると解かったからでしょう、先程まで不安げな表情だった陳琳さんの姿はなかった。

 

  ・・・やはり、良いものです。若き才と言うものは


 これで陳琳さんは一つ大きく踏み出す事が出来るのではと感じながら再び瞳を閉じようとすると・・・、一組の女性達が来店された。

 「いやぁーー、ほんま悪かったって」 

 「そうなの。ほんとに真桜ちゃんに付き合ってたせいで帰りの馬車に乗り遅れちゃったの~」

 「あぁ、そうだな・・・」

 三人が卓につき一人はさっそくと採譜を手に、一人は良き笑みを浮かべ、一人は少し項垂れた様子。


  ・・・?


 わたくしは何が気に掛かったのかそこまで女性達を目で追っていた。

 そして、その疑問が解けるまでの間わたくしはそのやり取りに耳を澄ませその様子を窺っていた。



  ・・・・・・・


  ・・・・・・・



 「そやかてなー、沙和。掘り出しもんはこう言う日が多いんやで?それに沸いてる時に・・・」

 「・・・あぁ、そうだな」

 「凪、うちまだ途中までしか言ってへんけど何を納得したん・・・あっ?!あれやで!頭が沸いとるんとちゃうからな!!こーなんちゅうか、創造意欲ちゅうやつやでっ!」

 「あぁ、そうだな・・・」

 「・・・な、凪?うちの言うてる事・・・」

 「あぁ、・・・そうだな」

 「あかん。こりゃ、重症やったわ。・・・まぁ、けど凪の気持ちもわからんくはない、か」

 「そうなの。最近、凪ちゃん鍛錬も上手くいかないみたいだし~」

 「せやね、・・・けどや、出れんかったのはしゃーないって。飯食って、な。ここはうちの奢りやからぱーっと」

 「厳密には真桜ちゃんの奢りっていうか、旅費は真桜ちゃんのおじいちゃんがみんな出してくれてるの」

 「細かい事は気にしたらあかんって。凪、採譜やで~、麻婆あるで~、乞食鳥なんかもあるで~」

 「・・・麻婆」

 「っ?!!麻婆は聞こえるんかい!」 

 「ん?いやすまない。さっきから聞こえていた」

 「やったら変な相槌打たんといてぇな~」

 「聞こえてたなら、凪ちゃん何考えてたの~」

 「自身があの場に立っていたら、と想像していた。・・・あの体捌き、あの拳技に自分だったらどう対応するだろうかと」

 「・・・で、出れんかったの落ち込んでたんとちゃうの?」

 「確かに手合わせ願えなかったのは残念だ・・・だが今の私では・・・」

 「なんや弱気やんか」

 「西涼での徒手は組み技を主に使うと聞く。だが、組み技以前に拳打であれほどの技量を持つ者を私は知らない・・・今の私とは差がありすぎる。もっとだ、もっと私も修行しなくてはっ!!」

 「ちょっ?!凪ちゃん、急に立ち上がらないで、なの」

 「あっ・・・すまない。だが拳技であって長物に遅れを取らない、まだまだ高みがあるのだと、天啓を得た気持ちだ」

 「て、天啓ってそりゃ大げさ・・・でもない」

 「っ、真桜ちゃん?!真桜ちゃんも今日はいつもとちょっと違うの」 

 「いやな、うちもあの仕合見てピーンっと来たんよ。あん時の回し蹴り、あれが足りんかったんや。そうやっ!あれをカラクリに組み込めばもっと効率的に出力がっ!!」

 「っ?!うぅっ、だから急に立ち上がらないで欲しいの、びっくりするの~」

 「あ、あはは、悪い悪い。けどや、凪が出れんかって見る気なかったけどうちもうちなりに収穫あってん。凪の気持ちわかるわ~、はよ帰って今日買うた部品をカラクリに組み込みたいわ~」

 「ぶぅぅ~っ、なんだか沙和だけ置いてけぼりなの」

 「まぁまぁ、そないむくれんと」

 「沙和はあの仕合を見て何も感じなかったのか?」

 「ん~~・・・あっ、あの剣を二本使うのはカッコいいかもって思うの。沙和も出来ないかなって」

 「それは・・・今のように盾と剣を持つよりも良いかもしれない」

 「ほんと?」

 「あぁ、鍛錬の時にも感じていたんだが、沙和の斬撃は軽い」

 「せやね、両手でやっと並ってとこや」

 「ひどいのっ!・・・でも、それは沙和もわかってるの」

 「あっ、いや沙和、自分が言いたいのは攻防を気にせず連撃を繰り出せる方が向いていると思ったんだ」

 「そう、なの?」

 「片手で剣を振り、片手で相手の攻撃を防ぐ。沙和は盾で防ごうとするあまり攻めの機会を失っているように感じていたんだ。あまり二刀を操る武人が少なくて盲点だったが使いこなせれば沙和に向いているように思えたんだ」

 「んん~~、それは・・・あり、かもせえへんな。うちも何度か沙和が剣と盾逆にもっとるの見た事あるし、どっちでも剣が使えるんやったらやって損はないんやないやろか」

 「えっ、あれ真桜ちゃん?いつもなら”そんな事あらへん、沙和に出来るかい”とか言うの」

 「うちは頭ごなしに無理やって言った事はあらへん。うちがカラクリ好きなんはやって見ぃひん事には絶対はないんや。色んなこと試して駄目やったりしても上手くいく方法がどっかである。そんで自分の思うように動くもんが出来た時めっちゃ嬉しいねん。やから、カラクリが順調に組みあがったら鍛錬に付き合うからやってみ、沙和」

 「私もだ、沙和がやる気ならいくらでも付き合おう」

 「っーーー・・・・・・・」

 「「・・・沙和?」」

 「っっっ~~~~!さ、沙和、めっちゃ感動なの、二刀流やってみるの!!」

 「っ?!!急に立ち上がりぃなや」

 「沙和、急に立ち上がると危ないぞ」

 「あっ・・・ごめんなさい、なの」

 「ははっ、まぁこれで三人とも収穫有りちゅう事や」 

 「そうだな、有意義なものになった」

 「なら、また三人で来るの~」

 「えらい気が早いと思うけど、一段落着いたらそれもええやろ」

 

  

  ・・・・・・・


  ・・・・・・・



 会話はそれで一段落、採譜を手に注文をしても変わらず賑やかな雰囲気のままの三者三様の姿を見送って思う。


  ・・・あぁ、そうでしたか

 

 と、結論が生まれる。

 わたくしが気にかかってしまったのは三人の姿があの三人様に重なってしまったから。

 そこにわたくしの席を置きたくて耳を傍立たせてしまったのでしょう。

 「なんとも・・・しょうがないと言うものでしょうか」

 「・・・も、孟高様?」

 わたくしの独り言に返ってきた言葉に思わず驚き我に返るとそこには不思議そうな顔でわたくしを覗き込む陳琳さん。

 「っ、これはなんともお恥ずかしい、ただの独り言ですので」

 周囲の声を聞きわたくしよりも先に一段落をつけたのでしょうが、一人でいたわけでもなし少々陳琳さんに対して意識を外しすぎてしまっていた。

 

  いやはや、なんとも・・・


 それは見事なまでに隙だらけなわたくしは苦笑いを浮かべ、それでもわたくしはしばらくの間あの会話を羨ましく感じていました。

 対等な友人との他愛の無い会話というものをどう学べばよいのだろうかと。



 

 ・・・


 ・・・・・・



 

 陳琳さんとの食事を終え帰宅する道、幾つもの感謝の言葉を思い浮かべその感謝を形に出来ないものかと物思いに耽っていた。

 それは”親しき仲にも礼儀あり”、そこを先ずは抑えねばと一つの着地を得たからで・・・

  

  ・・・ですが、何をお渡しすればよいものか・・・


 「金子・・・は好まれないでしょうね。では・・・武具、としてもわたくしは目利きに自信が有りませんし・・・粗末なものでは失礼でしょう・・・やはり・・・あの方に応えるには」    

 ぶつぶつと呟くとあれやこれや。

 馬龍様の道中を想像しながら幾つかの候補を考えて指を一つ、二つ、三つと立ち上げていると、ふと自身の指先に目が留まった。

 そして、もう一度自身の立ち上げていた指を畳み立ち上げ、一つずつ立ち上げて折り曲げる。

 「・・・一つ、二つ、三つ」

 始めに自然と立ち上がるのは人差し指、そして中指、薬指。

 「四つ・・・五つ・・・」

 それから小指、親指の順。

 「・・・やはり、あの方はお優しい。そして、これは問えば答えて”いただけてしまう”という事でしょうね」

 そしてわたくしは立てた指をあの方のものと重ねた。

 わたくしはそして思い返して、そうであったのだと・・・であると確信できてしまう。

 それは何故か、自身に問えば思い浮かぶのはあの小さな笑みであの時の馬龍様が先日の大会での言葉。

 あの時馬龍様は小指からその指立てて数は三つ、その表し方はまだ続きがある事を示していた。

 恐らくはそれに気づかせるため・・・というよりは順序に沿ってと言う意味合いの方が強いのでしょう。

 大会の処理を行いながらその事を思えば概ねの予測を立てることが出来た。

 二つは馬龍様が答えられた大会を盛り上げる事、この街を侮辱された事への憤り・・・三つ目は閻忠様と関わるとまで言われそこまで。

 閻忠様と関わると言うのなら一つ思いつくのは、多分、恐らくと言うものが前提で閻忠様がただ大会に出るだけではその事柄への意味に欠くと思われていたのではないでしょうか。

 わたくしどもの仕事でもそうなのですが、文官としての能力の高さは人それぞれ、そしてそこからの成長もまたそれぞれ。

 馬龍様が閻忠様の指南をされていると言われているのならばそこを馬龍様は欲していたと思えた。

 わたくしも少なからずの若い文官と接して思う、仕事への考え、後に見える自身の姿、そういった明確なものが見えている方ほど早く仕事を覚え更なる役を得る。


  ・・・死人飼いを避けようと考えたのでしょう


 閻忠様の目標、目的を与えたかったとするならばただ大会に出る、優勝されるというだけよりもあの華雄という選手と戦われる事というのは意義としては雲泥の差だと思えた。

 しかし・・・なんとも、強引と言うべきでしょうか、それとも不器用な、とつけるべきか・・・不思議な感覚を得てしまう。

 けれど、それこそが馬龍様らしさ、というもの。

 ただ偽り無く、ただ自然に、そしてやや不器用なやり方をされるのがあの方らしい・・・あの笑みのように。

 そんな旧友であったかのような感覚すら覚えてしまう。

 そしてもう記憶の奥底に根付いたあの顔、あの表情・・・。

 「・・・わたくしにあのような笑みが出来るでしょうか」 

 そう呟きながら空に浮かぶ月を見る。

 

  わたくしは・・・貴方のようになれるでしょうか・・・


 望む思いに望む月、わたくしは自身の姿が少し可笑しく少し笑むのが解かる。

 それから少し夜風を感じ、高揚していた気持ちが落ち着くと止まっていた足を動かす。

 そして、少し心を引き締める。

 「・・・さて、もう一仕事ですかね」


  ・・・馬龍様が指差す二つの事柄を果たすために


 わたくしの帰りを待つだろう客人を持て成すために。

 招かざる客人が持ち込まれる話題に眉をひそめないように少しだけ仕事の顔に戻る。




 ・・・



 ・・・・・・



 ・・・・・・・・・

  


 

 想像を超える程だったというと聞こえも悪ければわたくし自身の体裁も悪い。

 二つの事柄の真相を得、その事実を照らし合わせていくと馬龍様という人物の大きさを痛感してしまっていた。

 あの日わたくしを待っていた客人が司空、張温様の命で動いていたと言う事実によって全てを証明するに充分なものでした。 

 現状の朝廷、中央での西涼の立場に配慮する必要が馬龍様にはある。

 それだけの御仁であるのは当然と言えるのです、五胡の撃退と共に流れた噂とそれほどの武人の事を誰も知らずにいたのだから・・・少し考えれば分かる事でした。

 傾きつつあるこの国にとってそれは、正傾となるか倒傾であるか、馬龍様はそれを少なからず理解する必要があった。

 大会に出る、多くの人の目、言うなれば目立つ行為を避けていた事がそれを示す。

 これは馬騰様からの助言がある上での事なのかまでは想像する他ないのですが、大会の出場をされたところか馬龍様の旅での行動、言動は全て自由にされているように思えます。

 その上であの方は険しい現実を手繰り寄せる・・・自身の命を持って、自身を殺して。


 わたくしはどうなのでしょうか、自身で選んだ道、その険しさを知り、閉ざされる道にその答えを見ようとしたこの時に現れた彼。

 雲を纏う月、それはまるで彼のようだった。

 輪郭は雲の中でも確かに、月光は雲の中からでも夜道を照らす。

 凛とした佇まい、その強さは天地を繋ぐ。

 まっすぐに伸びたその背、わたくしはその背に何をもって応えることが出来るのかとそれを考える。

 わたくしが持てるものは少ない、金子や武具などと言うものではなく力としてわたくしが持てるもの。

 それでなくては何の応えにもなりはしないのだと考えは至っていての再考する。

 わたくしはあの数日、あの数刻の間・・・これほどまでに天の時を得ているのだと思えた事はない。

 欲を言えばそれがもっと長いものであったのならと願わずにいられないほどに恵まれた時間だった。




  願えぬ願いであると知っていても尚・・・。

 

  


  貴方のように、強く・・・と。




 残り少ない我が命の、その最期の時まで・・・。










 ++痛みを堪えて、彼の者のために++





 心に決めたというのにどうにもそれは空転を繰り返す。

 今回もそのようで、声をかけづらい状況になってしまった。

 端的に言って私が話を切り出す間もなくその方が負傷されたのだ。

 それは見ているこちらの方が血が薄まっていく程の重傷。

 ふらつく足取りを支えられながら当の本人は「まぁ、この程度なら御の字だろう」などとまるで他人事のように言われるのだ。

 そして、傷だらけの顔で嬉しそうに微笑む。

 けれどそれを見たからだろうか、始めに何を言葉にしようとしていたのかを忘れてしまった。


 ・・・貴方の傍にいると驚きを超える感情ばかりが湧き上がるものですよ、馬龍殿


 そして、その時に最初に感じたのは困惑しながらも彼が彼であることを安堵した・・・のだと思う。



 ・・・


 ・・・・・・

 


 それから一両日、私はまたも驚く間を抜かれた。

 「・・・・・・申し訳ありませんが今、なんと?」

 「ん?いや、”心配をかけてすまない”」

 「いえ、その後です。私の聞き間違いならばばよいのですが、その傷で西涼に戻られると言われましたか?」

 「あぁ、六割落ちだが西涼に戻るのには問題ない」

 「なっ・・・?!!」

 何を持って六割と言われるのか理解に苦しんだ。

 重傷の身でありながら、調子は六割り増しで無茶を言われている。

 傷はこれ以上とないほどの深手、少なくとも半月は安静を言い渡されるものを事も無げに言われる馬龍殿。

 はっきり言って止血が済んだというだけでも驚くと言うのにそれで尚、この方は帰路に戻るというのだから私でなくともそれを諌めるだろう。

 「数日は動けない事を覚悟していたが見た目よりも酷い物じゃなかったからな、動けるのなら道中でも概ね手当てが間に合うはずだ」

 本当にあっけらかんと当然のように言われるのは恐らくこの方だけ、私が知る限り馬龍殿だけだ。


  ・・・これあって”馬龍殿”なのですよね・・・困りものですよ、ほんとに

 

 私の中の問いはそれだけで十分すぎる答えだった。

 「まったく、貴方と言う方は・・・。私がここで何を言ったところで出立することをお留めできないのでしょう」

 「・・・・・・悪いな、だがこのまま滞在していても迷惑だろう」

 「迷惑などないと思います、義真様も長く滞在していただけるならばお喜びするでしょうし」

 私の想像するだけでも喜ぶ姿と馬龍殿の容態を心配する姿が交互に浮かんでいるのだが、馬龍殿の小さく首を横に振る。 

 「いや、まぁ俺だけならば贔屓目で良いだろうが・・・今回はばかりは早く西涼に戻りたいんだ。それで少し落ち着きたい。出来れば・・・いや違うな」

 「・・・?」

 「本音を言うなら、今と言う時期であまりここでヴリトラと過ごす時間を増やしたくはない」

 疑問符を取らずに会話を進めることが出来ない。

 

  ・・・ヴリトラ殿”と”と言うのが問題でしょうか?

   

 私の記憶が正しければ馬龍殿が目を覚ましたと言う報告をしてくださったのはヴリトラ殿。

 そのヴリトラ殿は今は馬龍殿の傍を離れ馬龍殿の頼まれ事をされると一人で侍女の下へ向かっていたはず。

 ヴリトラ殿がここに来た当初はその井出達から奇異な目で見られはしたもののしばらくもしない内に皆に溶け込んだように私には写っていた。

 

  ・・・ならば”今”なのでしょうか?


 確かに時勢はあまり好ましいとは言えないかもしれない。

 西涼ならばここよりも中央に遠くその目も届きづらい上に馬騰殿がいる、それは馬龍殿の望むところなのでしょう。

 しかし、ただそれだけ・・・いやそれだけと言うのも失礼ではあるのでしょうが、馬龍殿が強くそれを望む様子からまだ理由はあるのだと思えた。

 そう私が答えを探していると馬龍殿は静かに口を開く。

 「すまないな、迷惑ばかりを掛ける。・・・それに感謝ばかりだ、ヴリトラが孤独のまま俺と再会していれば、傷を負うだけではすまなかったかもしれないだろう」

 「・・・っ」

 私はその言葉に咄嗟に驚きの声を上げそうになり、口を開く前に目蓋を落として納得する。

 

  ・・・それが約束であり、誓い・・・なのですよね 


 そして、馬龍殿が望まれていた”死”であった。

 自身の終わりをヴリトラ殿に任せたのか、それとも終着としてヴリトラがそこにいたのか・・・ただ言えるのはそれだけの状況を越えて尚、馬龍殿はヴリトラ殿との約束を果たそうとする、そんな人だ。

 私は出会ってから今の今ままで嫌と言うほどに傍で体感していた。

 強く、聡く、人を良く見る方で。

 儚く、高く、空を仰ぐ姿が心象に浮かぶ方。

 一歩踏み込めば優しく、苦々しくも小さく笑む姿をお守りしたいと思えてしまう方。

 「・・・”しょうがない”ですね」

 ふと、私の口から出た言葉に馬龍殿は首を傾げる。

 そんな姿は幾度か旅の中で目にしていてそれが心地良く、少しだけ可愛いらしさを感じてしまう。

 もう隠しようも無いこの思いは・・・。


  ・・・しょうがない、としか言えませんね



  

 諦めにも似た言葉。


 それでも俯いた視線を持ち上げるための言葉。

 

 肯定的ではないが否定的とも取れない曖昧さ。

 

 それが馬龍殿と旅路を伴にした事で私の心に染みていった。


  

  ・・・いつまでも残る、貴方の口癖・・・


 


 ・・・


 ・・・




 それから、有言実行と言うべきか。

 はたまた、当然と言うべきか・・・馬龍殿は陽が傾く事を許さぬままに旅の支度を済ませた。

 義真様と親衛隊、文官、武官の代表のみがその送り出しに屋敷の出口に集まり馬龍殿に一時の別れを告げた。

 文官武官とも感謝と再びの来訪を願い言葉ばかり、馬龍殿はその言葉にやや困った表情をされながらそれに応えられる。

 手短にと先に釘を刺してもこうして馬龍殿が苦笑いをされるような事態なのだ。

 もしも、馬龍殿に別れを告げたい者を集めて言葉を伝えようものならそれこそ日暮れまで掛かってしまうでしょう。

 けれど、一段落と言う所で義真様が馬龍殿に歩み寄ると皆一同に一礼をし名残惜しそうに離れていく。

 「・・・ここまで来てというべきですが、本当にその容体で西涼にもどられるのですか?」

 「あぁ、体は問題ない。しかし、十分すぎるほどに厚遇され世話になってしまったあまりここにいては根が生えてしまいそうだ」

 そう、馬龍殿は義真様の言葉にすまなそうに苦笑いして答えた。

 義真様は「・・・私はそれでも良いのですが」と子供のように呟かれるのを聞いて微笑ましく、意外と思えずに感じる。

 それから短い言葉のやりとり、そしてヴリトラ殿も同様に少しだけ皆と戯れるように言葉を交わすと「さぁ、そろそろだな」と言う馬龍殿の一言でヴリトラ殿は馬龍殿の傍に駆け寄り、馬龍殿は皆に向けて頭を垂れ一礼し、ヴリトラ殿もそれに習ったように同じ形を取られる。

 「皆に感謝を、無頼者の身にしての余りある厚遇、ここで過ごした日を忘れない」

 その礼に一同が静まり返り、恐らくは皆が皆私と同じ思いだったのではないだろうか。


  ・・・馬龍殿らしい、と

 

 もう馬龍殿という人物を知り、馬龍殿のこういった不器用な在り方に不思議と皆が惹かれ好意を向けてしまうのだと。

 「・・・名残惜しさのみが残ります、龍成さんどうか道中の無事を願います、再びの来訪を皆楽しみにお待ちしていますので」

 「あぁ、また会う日までお互いにな、・・・じゃあ、行くよ」

 そう言って一度義真様と握手を交わすと纏う外套を風に靡かせて背を向ける。

 「っ・・・?!」

 思わず身が前に傾く、伸ばそうとしてしまった腕が、手がその背を追うように私の体を傾けた。

 

  っ・・・今は、まだ・・・


 無意識に動いた体を必死に抑える。

 意志はもう決まっている、そしてそのための私のするべき事もその道も・・・だから、私はこの背に縋ってはいけない。

 私はまだ私の意志に私の全てが追いついていないのだから。

 私が出来る事は五万とある、私が馬龍殿と歩んだ旅路で、ヴリトラ殿と過ごした日々で何度も学び、そう痛感してきたのだ。

 


  ・・・馬龍殿、私は私の術を見つけますよ



 昇竜殿の手綱を軽く握り、屋敷の門を抜けていくその背に向けて私はその意志を向けた。






  ・・・




  ・・・・・・ 





  ・・・・・・・・・





 今日も今日とて嘲風と共に地を駆ける。

 日課と言うにはやや不定期で、それでも時間の取れたときはこうしてその背に身を委ねる事が習慣のようになっていた・・・きっとそれはあの方の影響なのでしょう。

 新しく出来た部下にこのように単身出かけている姿を見られたらと思うと少々申し訳が無いのですが・・・経験して分かる事が幾つもあった。

 そう、あの方々も同じだったのでしょうし、これからもそうなのでしょう。

 けれど、傍から見たら無意義でただの職務を放棄しているようなこの時間はとても有意義なのだと思えてしまう。

 これはいつだって気を軽くしてくれる。

 こんな事を自身がするようになるとは夢にも思わず、ただその姿が可笑しく思えた。

 それから少し空になった頭に色々なものが過ぎって、それで焼きついた光景が浮かぶ。


  ・・・もう何年になるでしょうか

  

 嘲風と二人だけで風を切るたびに馬龍殿と出会った日をいつも思い返す。 

 いつもの場所に辿り着くと嘲風から降り遠くに望む空を見上げる。

 


 「・・・私は」


 

 自然と空に手を伸ばして。  


 思い返す、ただあの笑みを。


 

 「・・・もう決めているのですよ」



 少し大きな雲を撫でてから、少し一度目蓋を閉じる。

 

 小さく呼吸を一つ、小さくなる周囲の音。

  

 緩やかに背を正し、ゆっくりと腰の剣に手を掛ける。



 「・・・・・・」

  

 

 それから同じように目蓋をゆっくりと持ち上げ、呼吸を一つ。


 体の熱が抜けていく、そしてもう一度空を見上げる。


 青く、淡く、深い空を。


 それを見て、感じて・・・だから思うのだ。

 


 「・・・あの方は・・・必ず、また」


 

 そう確証のない確信がある。

 



  ・・・馬龍殿・・・・




 不確かなものでも、まだあの方との約束は果たされていない。



 だから、私はあのような噂に惑わされる事はない。






  ・・・だから、ありえないのですよ










  ・・・貴方が命を落とすなど












NextScene


 ++伴星と主星、君の望む空、無上なる者++



 

 申し訳有りませんでしたm(_ _)m

 がっつりと時間だけが空き、駄文と共に放置状態になってしまいました。

 弱気とやる気と言い訳と中々自身の中にある感情の整理が出来ずPCすら動かずにいました。


 えっと、一先ず活動再開になればと思っています。

 どれだけの頻度になるかはわかりませんが出来る限り不定期から定期的な投稿になれるようになればと思います。



 ここまで少し、というのは片付けられない時間を掛けてしまった自身の責でありますが、これからのプロット等の変更を行いました。

  場合によっては新規として書いた方よいのかもしれませんが出来れば一先ずはこのまま投稿を継続させていただきたく思います



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