三色の空
++貴方の色と、私の異路++
利は理、利こそがこの世を回す。
理を外れ、利を失い続けるこの国はどうだ。
腐敗し、堕落し、腑抜けてしまったこの国は。
やはり利が無ければそれは必滅・・・いやいや、これは大凡自滅というべきか。
だがただで終わってしまうならば本当にこの国、この歴史に何の意味もない。
それでは利はおろか、負債を残していくばかり。
最期になるのなら内に溜めた債権を手にしたい、そう欲が沸いていた所。
馬雲成・・・面白いじゃないか
はっきり言ってこれは行く道に落ちてきた幸。
馬騰では駄目だ、あれには切り取りの後の涼州を纏めさせる役目がある。
馬騰の子らはまだこれからの者、馬騰が使えなかった時の保険としたい。
適任者は八旗のうちの誰か、もしくは傀儡と出来る他の者を矢面に立たせる所だった。
だけど、ねぇ。あれ以上の適任はいないだろうさ
力一辺倒ならば肉斬り包丁とすれば良い、知者を装った阿呆ならば口先で絡め取ってあいつ等の餌にでもしてしまえば良いと考えた。
あれをただ肉斬り包丁にするには惜しい、あれをただの餌としてしまうには勿体無い。
あぁ、どれ程の利を生めるものかねぇ・・・
砦の中、今後の新たな方策とあれとの顔合わせの余韻を肴に盃に口を付ける。
「ぷはぁ~~、やはり良いね~この火酒は」
良い酒に良い肴が揃って久しくなかった充実を齎すけれど、少々風味を欠いている。
・・・まぁ、周りがこれじゃあね~
共に座る者達が一様に口を閉じたまま。
「・・・せっかくの酒だと言うのに」
「いえ、しかし韓遂様・・・よろしかったのでしょうか?」
「何がだい?」
「あれの思惑について何一つ確認を取られなかったと思うのですが・・・それではあれを駒として扱うには危うく思います」
その感覚はあたいの中にも当然ある。
不確定要素と言う奴さ、けれど決められた行動しか取れない、決まった行動しかしない者など幾ら居ようとこの国の波を掻き混ぜる事は適わない。
「思惑の向く方向は違ってもここに来たという時点であたいらと同類さね、この国の終わりを見ている。それにあれは駒にはならないだろうさ。あれは間違いなく馬騰の血統さね、紛い物だったとしてもね。それを直接会って理解したさ」
「私の化粧を見抜ける者となれば馬騰と並ぶだけの眼があり、あの異質さは中央の目を引くに足るだけの逸材でしょう。しかし、銀の報告とはまるで別人のように思えました。銀の報が間違っているとは思えませんが、あれが銀すら偽っていたという事になるのでしょうか」
「いや張横、それが雲成だ。腹立たしいが一つの尺で測れないと俺は思う」
「なら、李堪はどう感じたと言うのです。貴方の報も銀の報告と差はないと思いましたが」
「名の通り、雲のような男だ。風が吹くままに流れていると思えばすぐに形を変える。あれは事態の優劣を見て態度を変えたんだろう」
「ふむ、それで張横が化けている間あのような高圧的な態度だったと言うのか。楊秋、張横の存在に勘付いたが故、主が出て来ねばならぬ状況を作るために」
「俺はそう思うが・・・」
李堪はそう自身の見解を告げるがあたいからしたらそれは少し違う。
けど、あたい以外に気づいている者もいるねぇ
ちらりと視線を送れば面倒な様子で口を開く。
「いや、それはどうだろうな」
「どう言う事だ」
「俺を暴いた時のチビは少なからず交戦の意思があった。ただのはったりではなかったように見える」
「主が出てこなければ本気でこの砦の中で二人きり、我等と詰めている兵を相手にするつもりだったと言うのか」
「馬鹿げているとは思うがな、さっきからそれがどちらだったのかと使いたくない頭を使わされているんだ」
相も変わらず思考する事を嫌う奴さね。
けれど、だからこそ間諜としての仕事に忠実だと言える。
無駄な疑念を抱かない、不要な感情を沸き立たせず、勘定を人に任せ利の一部だけを得る、それが楊秋。
そんな楊秋に普段使わないそれを使わせると言うのは馬雲成の連れも面白い。
だけど、これ以上頭を使わせたら無駄な思考を覚えてしまうのは少々具合が悪い、そろそろ舟を出すとしよう。
「それはあれの言葉の通りだったのだろうね。あたいが出て行かなければ矛を交える位の気概はあっただろうさ」
「なっ、韓遂様、やはりあれを引き込むと言うのは早計だったのではっ!」
張横は程銀を送り出す事を決めた時からこの件についてあまり乗り気ではなく、時折あたいに反意を述べてきた。
普段は八旗の中であたいに忠実だけれど程銀の事になると角を出す。
元より満場一致を八席に求めていない。
思うところは述べるべきさね、忠言逆耳、こうして忠言唱える者が一人は大事になるさね。
それでないとこの国の枠の組み方と同じになってしまう。
ついでと言うわけではないが、楊秋の言葉に苛立ちめいた顔をする李堪は慷慨忠直と言うものに近い感情を常に控えさせている。
それがあれの影響か、苛立ちばかりで怒りを抑えているように見える。
・・・一ヶ月程度でこの李堪を変える、かね~
けれど、よくよくあの一時の会合であたいらの中に新波を起こすものだと口元がにやけてしまう。
「あれからしたら単身敵地に乗り込んだのと同じだったんだ。李堪の貸しがなければ皇甫嵩あたりを保険に控えさせていたっておかしくはなかっただろうさ。それ位の警戒なし、のほほんとこの場に来ていると言うのなら酒を勧める価値はないさ。大丈夫さ、あれは間違いなく西涼を天秤に載せれば片側に自身を載せるさ」
そう切り出してあたいはこの場の者に今回の収穫を与える事にした。
「けれど、あたいらの手なしのままではあれの持つ待望は瓦解するのさ。だからあたいらが手を貸してやろうとしているんじゃないか・・・涼州を対価にね」
あれがあたいと異なる利の道を行くが故にさ・・・
・・・
・・・・・・
・・・韓遂
決して交わる事はないと思っていた。
いや、あの話を聞いた時点で交わると確信していたのなら俺は神だと言われても信じている。
あの話というのは師匠と昴の話を聞き流していた時、その時に何があったとか、何を思って策を巡らせたとか・・・そんな事を推察し合うと言うどうでもいい、酒の肴程度の話。
その話の中で韓遂の名を聞いたのはたしか馬騰、馬超の話のついでに出てきたのが始まりだったと思う。
韓遂の名を、経緯を、覚えているのは俺の中で韓遂と言う人物に疑問を抱いたからだ。
そんな夜が何度もあって、置いてけぼりになりつつ韓遂がまだ韓約と名乗っていた時の話を聞いた。
”宦官を誅殺せよ”
韓約は大将軍何進にそう忠言した人物。
韓遂は腐敗していく国を正すべし、そう思い言葉にしたように見えるが・・・時代が時代だ、それだけではないのだろう。
それでも俺の最初の印象は、正しさをわざわざ口にする奴、言うくらいなら自身の手で殺してしまえば良いのに、と言う所。
単純でも・・・それがあの時の俺の真理だった
抱くのは興味と言うより理解し難い事への嫌悪のようなものだった。
そう思うのは俺の住む世界が狭かったから・・・
単純に物が片付かない状況に置かれて俺は荷を破棄する事を選択していた。
必要な物だけが残ればそれで良い。
それだけで片付いたつもりでいる・・・今思えば頭を痛めるような答えだ。
けれど、韓約の話はその時俺の考えた通りの結果を記していた。
韓約の忠言は聞き入れられなかった。
それから韓約は金城へ帰国、その後に涼州から懸賞をかけられる出来事が起きて韓約は韓遂へと名を変えた。
名の大切さと言うものは何処へ行こうと変わらない。
名を変えるという事は自身が自身でなくなる、それまでの自身を捨て去る事を意味する。
そうまでする意義を見つけたのか・・・
韓約は韓遂となった後”宦官を殺すべし”と数万騎兵で侵攻を開始する。
そこまで聞いて俺は・・・最初からそうしていればよかっただろうに、そうすれば名を捨てる事もなかった。
運が悪い奴、酷く要領の悪いやり方・・・韓遂は酷い愚者なのだと思った。
だが・・・その時から愚者は俺だ
”韓遂の乱”とでも言う所のこれに朝廷より皇甫嵩、董卓が討伐の任を受けたが成果は上がらず、皇甫嵩は罷免。
だが戦いが終わったわけではない。その後も董卓、孫堅、陶謙、・・・張温、名立たる諸侯がここに参加する。
そして五年以上に渡ってこの抗争は続いた。
この戦いの節目になるのは董卓、それが朝廷の実権を握る事で終着を見せた。
俺はこれにふと思う。
・・・まるで描いた様な敵役
それはこの中で皇甫嵩は罷免と言う面を見せているが、何度か董卓の活躍が描かれているところから思う。
皇甫嵩の罷免には宦官の思惑も重なったと聞いていたがそれだけでなく、宮廷にいた時から一部の宦官と繋がりその意図があったとしたら。
この功績で持って朝廷での地位、信頼を手に入れた・・・そこからの実権支配だったのでは、と考えてしまう。
そう台本に描かれているような気がした
そう思わせるのは韓遂は敗戦があれば転進、そこにいた諸侯を併合し、勢力を回復させて再び戦う。
これが俺には勝つための再起と思えなかった、ただの戦い方は・・・。
これは俺の・・・千変の一部
必勝の戦闘ではなかったように思えた、必滅のための策もないように思えた。
ただ志に正しさはあったと思う、けれど狂信、いちかばちかと言う特攻はなかったと思えた。
それは・・・やはり、董卓がいたから
もし、その過程、仮定がそうであったのなら韓遂は己が汚名でもって望みを果たした事になる。
董卓が繋がっていると言う想定の元なら韓遂は侵攻に成功出来ても、出来なくても宦官を排除できる。
韓遂は戦いを仕掛けるだけで政情を清浄する事への足がかりを立てる事が出来たという事。
結果、韓遂は汚れようと血を流そうと、それを果たした
計算違いがあったとしたのならその後の董卓の暴政、群雄は一時の共闘を選んだ事・・・涼州もその中に飲み込まれてしまう事。
この仮定は俺の全て妄想だったのかもしれない、師匠達の推察に流された俺の偏見なのかもしれない。
だが、どんな歴史書の中であろうとそれは所詮文字、人の思いが全て描かれているわけがない。
可能性の一端は存在している。
『だからこそ、面白いんじゃないか』
師匠だったらそう言うだろう。
俺はそう言われて『それが肴になるなら俺の飯はいらないよな』と返すだろうか・・・だが、そう返せるのは本の中まで。
いや、翠達と出会うまではそう返したんだろう。
今の俺はそれに返す言葉がないほどにこの事ばかりを考えている。
何せ、馬騰の妻を殺したのは・・・
・・・韓遂・・・
そして、馬一族が散り散りになるきっかけ、離間の計にこれは大きく関わっている。
韓遂がここでも力を持っているのは明白。
演義や史実の通りに事が運ぶと言うなら、今ここで簡単には殺せない。
五胡という敵、周囲の諸侯、宦官・・・それらに対しての抑止力という役目があれにはある。
だが、まだ俺は全てを知らない・・・
もう一人の俺が見せた夢、それがネックだ。
あの夢は皆、黄巾から始まっていた。
・・・そこに至る道筋が見えない
情景は大なり小なりと歯抜けがある、早送りのような光景だったせいか歳月の流れを感じなかった。
あそこにあった光景には・・・。
ほとんど音が聴こえなかった・・・
張り上げた鬨の声は聞こえたがそれも段々と聴こえなくなっていく。
見せ付けられる光景に俺が耐えられないとばかりに、会話のような声は小さな音は聞こえず、ただより鮮明になるのは生の輝き。
・・・まるで目を閉じられない変わりに耳を塞いでいるかのように、見せ付けられた
ただ耳を塞がれたせいで情報が少ない。
戦いはどれだけの月日をかけていたのか、あの終わりの光景まで何年かかるのか、それはわからなかった。
それにここまで出会った人物の全てがそこには写っていたわけではない。
それ以降でも俺の把握している史実、演義と流れは同じでも細かな部分で差異がある。
特に・・・あいつらは
ここでの懸念、韓遂の姿、いや韓遂に関わる事象、存在そのものをあの中で感じなかった。
聞いていない名は韓遂以外にもあるが・・・
いた者いなかった者、その情報の量の差が俺の思考をまだらに掻き混ぜる。
俺が接触した中で夢の中に存在した者。
翠、それに董卓達・・・
あの夢に確かに存在して戦乱に身を投じていた。
そして、死を迎える姿はそこにはなかった。
けれど・・・紅姉さんは
夢は所詮、夢・・・と楽観できない。
しかし、悲観する事もしない。
ここは夢の中にあった場所とはまた違う、それをこの韓遂達との会合で確認した。
韓遂の企みが実行されればその流れは後の黄巾以降まで影響を与える。
そんな事実があればあの夢はそれを映し出している。
それに・・・俺だ、ここには俺がいる
あの夢との最大の差異。
この世界の流れを知る俺はとても危険な存在だ。
俺がいる事で規定事項の変更が起き得る。
どれだけ思考を回転させても予測を立てようにも不要な情報がノイズになってしまう。
ただ多くの危機を孕む物は回避すべき、このまま流れのまま進むのならば血が流れるのは必定。
だから、俺は見極めなくてはいけない
そのために・・・俺が守りたい者のために、盃を傾けたのだから・・・
・・・・・・
・・・
冬越しの政務が一段落し、少し部屋の空気を入れ替えようと窓を開けた。
静かな寒風が部屋の空気を澄み渡らせる。
外を見れば日が昇るのにはまだ早いようで薄暗さを残すけれど・・・。
「一っ!・・・二ーーっ!三っ!!」
「「一っ!・・・二ーーっ!三っ!!」」
元気な我が子等の声が聞こえる。
ほんの少し前までは朝は弱かったと言うのに、いつの間にか誰よりも早く起きるようになっていて、その声は徐々に頼もしいと感じるほどに強くなっていた。
日が昇るまで少しの間目蓋を閉じようと思っていたというのに娘達の声を聞いてしまえばそれも出来ない。
・・・むしろ、混ざりたいっ
だって、最近は忙しくて食事も一緒にする事が出来ないでいたのだから。
今日終えた分でしばらくは政務もない・・・なら。
今こそ娘達と、娘達と、娘達とっ、触れ合うべき時ではないでしょうか!
「っと、このままの格好ではいけませんね」
少々の勇み足、自身の慌てように気づいて一先ず机の書簡を片付けて、それから動きやすいものに着替えようと立ち上がると机の端に袖が引っ掛かった。
そこで自身の有様に呆れて溜め息を一つ。
「・・・はぁ~少々浮かれてますね」
引っ掛けた拍子で開いた引き出しを直そうと手を掛けるとその中にある物が目に留まる。
旅立つ前に龍が私に渡した物がそこにある。
白く、二つに割れてしまっている髪留め。
”これは俺が帰る場所にあって欲しい”
龍はそう言って微笑んだ。
それ以上は言わなかったけれど、きっと大切な物なのだと理解できた。
・・・大切な方の形見、なのでしょうね
龍が”君”と言って涙を流した時に口にした方の持ち物。
それに対して私はそのような物を持てなかった。
私は、きっと薄情なのでしょうね・・・
私を公正などと評するのは皮肉と言える。
夫を亡くした後も私は五胡と戦い、周囲の諸侯を束ねるために走り回っていた。
しばらくして失った事を思い返して、その頃には彼は土に還っていた。
娘達に笑顔がないのをその時になって気がついた。
”・・・ごめんなさい”そう墓所で手を合わせても心はどこか明後日を向いていた気がする。
当然なのでしょう、私は家族と民を天秤にかけてその傾きに任せて行動してしまった。
私は私の心を裏切っていた。
悔いても過ちは戻らない、だからこそそれを改めようとするもの。
けれど、その過ちを失くす事はない、その過ちを無くした時私は同じを過ちを繰り返す。
・・・私は望むが故に異なる道を歩んでしまった
「龍・・・貴方は見つけられましたか?人への道を・・・」
NextScene
++異邦者の帰還、それは冬風を伴いて++
前話の捕捉回とちょっと。
馬騰さんのバックグラウンド少しと韓遂の史実を捻じ曲げた解釈
これで主だった所は終わり。
さて、長々ゆるゆるやってきています
そろそろ幾つかをはしょる必要が生まれています
道中のサイド話はどうしようか・・・
一先ずとっかかりはあるのですが、どこで入れたものか・・・
思うところは様々だったのですが
一先ず後書きも短めに次話を書きます。




