会話に選んだ手段
++実現された約束、二つの龍++
とても嬉しくて楽しくて、とってもわくわくする。
だって、お兄さんが僕との約束守ってくれるんだ。
僕が遊びたいって言う気持ちを裏切らずにいてくれてそれがとっても嬉しくて楽しくて。
お兄さんが準備するって言うから待ちきれないのを我慢するけれど、早く遊びたい。
くふふっ、お兄さん楽しもう。きっと楽しい、絶対に楽しいよ♪
僕は少し高い所からお兄さん達が準備するのを待つ。
ここは何もない、誰も邪魔をする人がいない。
これなら目一杯遊べる。
眼鏡のお姉さんに感謝だ。
お姉さんも僕との約束を守ってくれた。
閻忠もそう、僕とお兄さんを会わせてくれた。
嬉しい、みんな優しくてとっても楽しい。
でも、さっきからお兄さん達は何をしてるんだろ?
閻忠達が持ってきた棒や剣を色んな所に地面に刺したりして。
なんだか少し僕が知ってる場所になっていく気がする。
僕の大好きな場所に変わっていく気がする。
あぁ、とっても楽しみだ
・・・・・・
・・・・・・
「さて、こんなところだな」
「これが・・・馬龍殿の戦場、ですか・・・」
何もない調練場の中央付近に突きたてられる槍に剣、散らばる矢の数々。
私達以外いない中でその数々が異質な雰囲気を作り出した。
「まぁ、格好だけの戦場だがな」
辺りを眺める馬龍殿の横顔それは何を見るのか・・・何か懐かしむような哀愁が漂う表情。
誰もいないそこに立てられる武具はまるで墓標のように感じた。
けれど、もっと凄惨な光景を馬龍殿は見てきたのだろうと私の内側に哀しみが波打つ。
あの儚げな笑みの向こう側を見せられたようで、あのような笑みを浮かべるまでに至った戦場を想像してしまって、私は槍を地面に刺すたびに辛く感じていた。
「・・・閻忠」
「な、なんでしょうか」
「あまり深く見るな。これを作ったのにそれほど深い意味はない。ただ千変となりやすいようにしただけだ」
「千変と言いますとそれは・・・」
”獣となる”
そのためなのかと過ぎる言葉。
けれど、違う・・・違って欲しいと私は否定して馬龍殿の瞳を見つめる。
すると、馬龍殿は私の瞳を見返して小さく優しく笑う。
「閻忠、力とはなんだと思う」
「・・・力ですか」
ただ私の問いは問いとして返って来た。
もうこれは反射なのかもしれない、馬龍殿に問い掛けられるとそちらを優先させるべきと私の頭が動く。
そして、私は考えるまま自身の腰の下げる剣に目を落とす。
明確な力の形をしたそれは、武と言う力となる。
けれど、違う。馬龍殿ならこんな単純な答えを求めないはず・・・
的確な答えはすぐに見つからずしばらく沈黙した。
そして私が他の言葉を捜していると馬龍殿が先に答えられた。
「わかりやすいよな、これは。形があって振るうだけでそれを体現する。あの武人殿だったら即答でこれを選んで”武”だと言うだろう、きっと俺も千変を選ばなければそう答えた」
馬龍殿は私と同じように剣を見つめ柄を握る。
「だが、お前は答えなかった。よかった本当に・・・」
静かに空を見上げた馬龍殿は視線を私に戻し、て・・・。
「・・・お前がいてくれてよかった」
っ・・・・・・
「ん、どうした?」
「えっ?!い、いえ・・・何も」
私は馬龍殿の表情に言葉を失い思考を止めてしまった。
そんな私を見て首を傾げたけれど、私は馬龍殿のその顔に、その笑みに・・・小さいけれど今迄で一番自然なその笑みに私の思考は攫われていった。
「? まぁ、いい。それより続きだ、力とは何か思いついたか?」
馬龍殿の言葉に止めてしまっていた頭に再度駆け巡らせる。
すると、確証はないけれど一つの言葉が浮かび上がっていた。
今までその背から学んだその共通項。
「・・・術、でしょうか」
「正解と言いたいが、その表情で言うようでは半分と言った所。まず自身の中でそれは決着つけないと答えとならない。答えを押し付けられて納得する事じゃないからな」
何故だろう、戦場をと場を作られている最中だと言うのに、沛国での日々のように座して勁力について語られているようなそんな感覚になっている。
「術、と言う所はまぁ、俺も同じような考えだ。力とは武力、知力、財力、それに・・・魅力というのもそうか。形は違えど何かに対する一手段の一つ一つだと俺は考えた」
「手段、ですか」
「あぁ、力とは大小、深浅に多少と、その幅がある。大は小を兼ねると言う言葉があるように上段に至れば取れる手段、行動の制限は広がっていく」
「”一芸に秀でるものは万芸に通じる”と?」
「その通りと言いたいが、その言葉の後には”多芸は無芸”とつく。まぁ、無芸で構わない俺は多芸を通じる事を選んだんだが」
「・・・多芸、千の芸で千変と言う事でしょうか」
「あぁ、戦場は常に変化する。それに合わせどんな局面でも対応できるようとな。千の技を、術をもって万の局面に当たる・・・そして、一つの力の大きさでは敵わない事も万の一を重ねて事に当たる。それが俺の選んだ力、一芸に勝らずとも千変万化にて負けず、とな」
馬龍殿はご自身の力の在り方を私に答えられた。
ですが、語られる言葉に私は疑念を抱く。
何故、一を極められないのでしょう・・・
目指せば至る事想像に容易。
馬龍殿は確かに多芸な方、けれどその一つ一つは極まるほどの武の腕前、賢人と並ぶほどの知、それを持てば財であろうと一晩で作り上げられるでしょう。
私の頭を覗き見られたのか馬龍殿はその疑問に答えられた。
「”人の適を見て、自ら其適を適と見ざるものなり”だったのかもな。俺よりも上の者ばかりの環境で、前の相棒は随分と向こう見ずな所があったからな」
馬龍殿以上の方ばかりがいる環境っ?!!
そこは神仙の都なのかと驚きと恐怖が混じり合う。
「その支えとなるため千の手段を学んだ、片翼であるために必要な事は負けない事で負けさせない事。まぁ、元より俺は負けず嫌いだったからな。一つ一つで圧倒してくる相手に並ぶために多くを手にするのは必然だったのかもしれない」
負けず嫌い・・・?
私は違和感を覚える。
馬龍殿がそのように見えないから。
負けず嫌いでここ最近で見た人物だと華雄殿が思い浮かぶ。
一度は馬龍殿に吹き飛ばされ闘志で立ち上がったその姿が。
負けず嫌いと言うのはあのような方を言うように思っていた。
そう思うのは何故なのかそう思えば繰り返し耳にし、その光景が思い浮かぶ。
”しょうがない”と苦笑いを浮かべる馬龍殿の顔。
「これは師匠のおかげかあいつのおかげなのか、少しは丸くなったな・・・と、少し話がずれているな。力とは何かだが・・・」
馬龍殿の過去の話が聞ける気がして少し期待していたけれど馬龍殿は話を戻されてしまった。
少し残念な気持ちが残る。
けれど、力とは一つに固執しない考えだと馬龍殿は言いたいのだと思う。
馬龍殿は最初から私にそれを告げていた”既成概念”と言う言葉を使って。
そして、一つの事柄で捉えぬようと苦言を呈していたのだと私は理解していた。
けれど・・・私の理解では馬龍殿の言葉と何か違うような気がしてならない。
「まぁ人それぞれだ、千変と言うのはその中の一つ。お前はお前の持つ力があり、俺は俺の力、術であり手段である。少々禅問答のようで好きじゃないんだが。きっかけとして基礎と技を教えた、だがお前の力は俺とは違うものだ。だからお前は多芸など目指すな、お前はお前の術があるはずだ」
穏やかな瞳が私を見つめる。
私だけの・・・術
明確な答えは己で、そう言われているのでしょう。
馬龍殿の考えは百術千慮、私が学ぶべきはこの考えなのかもしれない。
先ずは考える、馬龍殿は常々考える力を身につけよと言われていたのだ。
そして、私だけの答えを見ろと言うのでしょうが。
・・・ですがこれでは、まるで
私の中に想像すらしたくない言葉が、想像してはいけない光景が・・・嫌でもちらつく。
「馬龍殿、何故それを今言われるのです?」
「・・・さぁ、丁度良かっただけだ。気にするな、お前にはまだ教えてやりたい事があるんだ。烏が呆れて鳴くのを忘れるほどにな」
私の疑問に馬龍殿はそう答えてすっと背を向け私の中に少し靄が掛かる。
「さて、長々と話してしまった」
その心中を知らぬとばかりに話を切り上げヴリトラ殿達の方に目を向けていた。
これからの事、それを考えれば馬龍殿がこのような事を私に言われるのも自然のように感じた。
この戦場を作られ、千変と言う馬龍殿の力を使わねばならない状況、それでやはり考えてしまう。
ヴリトラ殿の凶暴な力の前に立つと言う事。
私は一撃の元、程銀殿ですら手も足も出ない相手。
ヴリトラ殿がどれだけの力を振るわれるかまだ上限を知らない。
千変を使われると言う事は此度は馬龍殿は少なからず鍛錬の時以上の力を振るわれると言うのは違わない、それだけの相手だと馬龍殿自身認識されているはず。
それだけの力をぶつからせるとなればただの鍛錬、文字通りの遊び程度で済むわけがない。
馬龍殿は無事で済むのか、私はそれが不安になっていた。
私は空を見上げていた、その空は・・・。
その色を確認してぐっと胸の内にあるそれを掴み口を広げた。
「ま、待ってください」
「ん、どうした?」
馬龍殿は踏み出そうとされていた足を止め振り返る、私の声にこちらに顔を向けられた。
きっとヴリトラ殿との事はどれほど頼み込んだところで馬龍殿がそれを止める事はない。
これはきっと、以前ヴリトラ殿が言っていた約束だったのでしょう。
約束だった事、それを裏切る事を馬龍殿は許されない。
もし、私の頼みが叶うとしたらここで行わないだけで必ずどこかでそれを叶えられる。
私が止めることは出来ない・・・なら、私は
・・・・・・
・・・・・・
準備は整い、告げるべきも告げた。
後は事がどう転ぶか、先に踏み出さなければいけないの・・・だが、閻忠が俺を呼び止めた。
「ば、馬龍殿っ、一つお聞きしたい事が・・・」
そう切り出す、これ以上の問答をしているとヴリトラが我慢しきれなくなるのが懸念される。
少しヴリトラの方を覗い目が合ったが笑って手を振ってきた。
軽く振り返すとこちらにも聞こえそうなほど満足気に笑う。
もう少しだけならば・・・いいか
ならば聞いておくべき、いや答えるのは俺のようだが何を答えさせたいのか俺は少し首をかしげた。
けれど、重要な事なのかもしれない、なにやら閻忠は先程よりも緊張した顔だ。
「あの、私の名を・・・」
名・・・?
そこで閻忠は言葉を止めた、けれど小さく頷いてもう一度俺の瞳を見直し再び言葉を再開させる。
「私の名を呼んでは、いただけませんかっ!」
「・・・はぁ?」
思わず困惑と溜め息が混じって漏れる。
重要性を感じないし、名を呼ぶだけのために、と言うか先程まで散々と名を言っていたと思う。
今それに何の意味が・・・
意味がわからない、その真偽を問いかけようかと思ったが真名と言う文化を思い出す。
名に関する事で失敗すると大変な事になるのを体験し慎重さがそれを留まらせる。
下手に答えると地獄を見るかもしれない。
もしかしたらこれは俺が董卓にしたものと同じものなのかもしれない。
調練場に来るまで楼杏と閻忠が一緒でその時何を話していたのかは解からない。
ここに来て俺を試そうと話をしていたと言うのも考えられる。
巡る思考が所々ショートしている気がする。
まずい兆候だ、不要な部分は今は捨てておこう。
じゃあ、何から考える・・・
まずは俺がした頼み事とこれは関係ないだろう。
ならば、閻忠との関係を振り返る。
思いつくのは護衛者とその対象。
自身の主君と・・・友好を持つ者。
後は、師弟関係とかそう言う事柄。
この位だが、楼杏が何か考えて、と言う可能性は・・・
ちらりと閻忠の表情を見れば、どうだろうこれが楼杏と関係するなら事が終わってからでもいいはずだ。
それに任や指示であったのなら、これ程緊張するものではないと思う。
とにかく、一先ずの思いつく限りを頭の中に思い浮かべたがいまいちピンと来るもの、は・・・っ。
相手に名を呼ばせ・・・まさかっ?!!
「えぇっと、馬龍殿?何故、辺りを見回しているので?」
「えっ。あ、あぁ、いやなんでもない」
咄嗟の行動に閻忠が怪訝そうな顔で俺を見ていた。
閻忠が瓢箪を持っていないのと身近にそれに似たものがないのを確認していた。
だが、杞憂だったようだ。
地理、時代、そして名を呼ぶ、で繋がった事象を少し警戒したがさすがに突飛過ぎた。
西遊記でもあるまいしな・・・何を考えているのかな
もしそうだとしても逆だった。
名を呼んで返事をさせるのが正しいし、俺を瓢箪に閉じ込めた所で閻忠が何の得にもならない。
閃きめいた何かが頭に浮かんでしまい捨てたはずの可能性を拾ってしまった、考えすぎも良くない。
「あの、特に意味はありませんので警戒されないで下さい。ただ私が呼んで欲しいだけなので」
警戒しすぎて閻忠にそれを指摘されてしまった。
呼ぶ事に問題はないように見えるし、害意はないと判断するが。
「・・・なら、そうだな。わかった、名を呼ぼう。だがお前も俺の名を呼べ」
「えっ?私も、ですか」
「あぁ、お前がどうして呼ばせたいのか知らないが何かあってもそれで対等だろ?これでお前が呼びたくないと言うなら俺も呼ばないが」
気がかりが残るが何かあっても幾らかは相殺できる気がして俺と同様に名を呼ばせる事にした。
そう提案すると閻忠は少し驚いて、直後くすくすっと笑う。
俺はおかしい事を言っただろうか。
このタイミングで名を呼べという方がおかしいと思うのだが。
「ふふっ、それでこそ貴方らしいかもしれません。わかりました、ですが先に私の名を呼んでいただけませんか?」
「わかった。・・・じゃあ、呼ぶぞ」
と、改めて呼ぼうとするのだが散々呼んでいたものを、わざわざと言うのは少し気恥ずかしさ、と言うのか妙な感覚だ。
一先ず呼ぶのならちゃんと、短い言葉でもはっきりと、その瞳を見据えて呼んでやろう。
呼吸を一つ、それで少しがたついていた思考を整えた。
それで落ち着いたのを自身で確認して口を開いた。
「・・・閻忠」
「っ、はい。馬龍殿」
短い返事と自身の名が返って来る。
・・・これはやられたな、散々と頭を回したと言うのに
何の意味もないやりとりで、何て事ない事柄。
だが、ただそれだけのやりとりで確証を得た。
初めてだろう、こいつの笑顔を正面から見るのは。
だからだろう、こうして確証を得られたのは。
こうして笑えるこいつが俺と同じ道を行くわけがない、ただ名を呼ぶだけで旅路で得てきたもの以上のものを手に入れた。
「まったく、しょうがないな俺は。で、用はこれで済んだのか?」
「はい」
良い笑みだ、すっきりとした空の色をしている。
それを見ると今まで見てきた閻忠の表情には何かつき物があったのかと思えて、俺の目の節穴加減を思い知らされた。
・・・
・・・・・・
準備を終えて舞台には約束を交わした役者が揃う。 舞台は調練場を借りて作られたの仮初の戦場。
役者は俺とヴリトラの二人だけ。
一挙動で届くぎりぎりの距離を持って対峙する。
百メートル程離れた高台の上には閻忠達がそんな俺達を見ている。
「待たせた、すまなかったな」
ヴリトラは首を横に振って笑う。
「ううん、そんなに待ってないよ。それに待ってる時もなんだか楽しかった」
「そうか、それは良かった。なぁ、相棒」
「何かな?」
「俺はここが気に入ってきた、皆良い顔で笑う。お前はどうだ?」
「お兄さんもなんだ。僕もここ良いなって思うよ。みんな優しくてお兄さんもいる」
始まってしまっては聞けないそれを聞いて満点の答えが返って来て胸をなでおろす。
それ以上にない答えだ。
「そうか・・・本当に良かったよ。じゃあ・・・」
「うん。やろう、お兄さん」
背に乗せていたそれは今はどこか彼方。
今は頭の中は空洞で、詰め込まれていた思考は少し軽く感じる。
ヴリトラの持つ闘争の気配が強くなってきて、普段の俺が戻ってくる。
それは翠達と出会う前の俺、昴を失った後の俺。
戦場を真似たこの場所が俺を呼び戻す。
これから生命をやりとりするために。
矢を一本、指先で拾い上げる。
それににこりとした笑みを見せ少し重心を低くさせるヴリトラ。
あとは合図を出すだけ、それだけで始まる。
ここが正念場だ・・・
目蓋を閉じて呼吸を一つ・・・二つ・・・三つ。
静かに瞳を開き、眼前のヴリトラを見据える。
「・・・さぁ、始めようか。あの時の続きを」
矢を指の先から軽く放りそれが地面に落ちたと同時互いに駆け出した。
今回、初手において逃げの選択はない、前進する威力それを流勁によって螺勁へ、螺旋の流れを開合勁によって打ち出す。
ヴリトラが繰り出す貫手、それを鏡写しに真似て打ち合わせる。
体を引き裂くような衝撃が全身を突き抜ける。
指先同士がぶつかりそのままの形で拮抗、全身の勁力を集めた俺とただ型も技もなく繰り出したそれで互角。
「あはっ♪」
ヴリトラが笑い声を上げると徐々に圧力が増して押され始める。
押し切れないのは重々承知、突き合せていた勁力を横薙ぎに変化させヴリトラの貫手を流す。
だが、ヴリトラの勢いは止まらない。
崩れた体勢からも逆の手で同じように一撃を突き出してくる。
それも同じようにぶつかり受けては流す。
足を止めた体勢から同じように、同じように、同じようにヴリトラと交わる。
だが簡単ではない、必殺、必滅の一撃はただ一度受け流すだけでも流し切れない力が俺の体を痛めつける。
それもそうだ馬鹿正直に正面から受け止めてから流すのだから化勁を使っても限界と言うものがある。
「容赦ないなっ、まったく」
「当然っ、お兄さんと遊ぶんだっ、力いっぱいの方が楽しいに、決まってる」
「楽しむのはいいが・・・」
流し切れなくなった勁力を足元に、その威力で持ってヴリトラから距離を取る。
ヴリトラは俺の言葉で小首を捻って足を止めた。
「ん、お兄さんzどうしたの?もっと遊ぼっ」
「まぁそんなに焦るな。あの時に見せられなかったものを見せてやるからさ」
「にひっ、見たい!お兄さんもっと、もっと楽しもう」
このヴリトラの無垢な笑みは少しやりづらい。
まったく、しょうがない相棒だよ・・・
俺はヴリトラの笑みを正面で受け止めて仕切り直しに剣を手に構えを取る。
・・・
・・・・・・・
馬龍殿達の戦いが始まって一刻。
私はその光景に釘付けになっていた。
ヴリトラ殿の一撃一撃はまさに当たればそのまま必殺の、大地を焦がすほどの熱を込めていた。
その証拠に馬龍殿に受け流され勢いのまま打ち付けられた大地は陥没し、人を飲み込む程の大穴を空ける。
一方、馬龍殿のそれは筆舌に尽くし難い。
ただ言えるのは一対一での戦いで見る光景と大きく異なると言うべきか。
一息で突き出される槍の数は両手では足りぬほど。
剣を手にしては宙を舞うかの如く馬龍殿の手で自在に操られる。
矢は遠めで見ている私ですら何時何処から放たれたのかもわからぬうちに空から飛来しヴリトラ殿の行く手に降り注ぐ。
どちらもそれが当然と言う風に最初の交錯後から止まる事無く打ち合いが続く。
「なんだよ、あれ。あんな事出来る奴いるのかよ」
抑揚のない言葉で呟くように言う文醜殿。
だがきっと私の見ているそれは文醜殿達が見ているそれとは大きく異なる。
一つ、ヴリトラの在り方だ。
あれはまるで勁力の塊、熱は高まりを知らないのか打ち合うほどに熱を帯び、その熱は繰り出す手足の虚実すら感じさせない。
常に実、常に至る所から力を溢れ出させる、人の動きでは到底ありえないその在り方はまさに人の外の存在だった。
二つ、馬龍殿の戦い方。
あの方の戦い方、それは戦場でこそなのだと思い知った。
槍は一本のみでなく両手足で巧みに操り、繰る剣はまるで見えざる人の手を持って振り下ろされる。
変幻自在、まさに千の変化を持ってヴリトラ殿攻撃を凌ぎ、それに打ち返す。
その戦い方は私の知らない馬龍殿だ。
あれほどまでの手数、絶え間なく武具を持ち替え、場にある全てを把握されているかのような立ち回り。
そして、それは違和感を生む。
何かを抑えているような・・・そんな気がしてならない。
恐らく、この場にいてその二つを知るのは私だけではないだろうか、勁力を測る事が出来、馬龍殿の戦いを傍で見ることの出来たのは。
・・・馬龍殿、貴方は何をされるつもりなのです
二人の姿を注視していると互いに間合いを取り馬龍殿が構えを解いたように見える。
緊張していた空気が少し緩まる。
「なぁ・・・なぁってば、姉御」
気付けば文醜殿が私の傍で袖を引いていた。
注視しすぎて気付けなかった。
ちらりと、二人の様子を窺いながら文醜殿に視線を向けて答える。
「どうかしましたか?」
「チビッ子はなんとなくだけどやる奴だと思ったけどさ。あの、なんだっけ?」
「馬龍殿の事ですか」
「そう、その馬龍とか言うのって何者なんだよ」
この光景の元、改めて問われてしまうとそれを一言で説明するのは難しい。
旅路の中で馬龍殿は馬龍殿だと何か別の括りにしている所があった。
「何者と言われると・・・昨今では西涼の雄と呼ばれていた方ですが文醜殿は噂を耳にされていませんか」
「西涼の雄?斗詩、聞いた事ある?」
「えっと、聞いた事ある気が・・・どこだったかな。一騎で五胡を千人倒したとかなんとか・・・」
「それだけではない、あの方は馬寿成殿の実弟でもある」
顔良殿が耳にした噂に麹義殿が不足を補うように私達の会話に混ざった。
それに文醜殿は感心したような声を出す。
「ほぇー、すげぇ奴だったんだな。あっ、つぅー事はあれがここの太守様の旦那か」
「旦那、ですか?」
その話はまだ前途多難というべきか、先に馬龍殿が秘密を打ち明けてくださった事で一歩退いた形になっている。
けれど、何故その話を文醜殿が知っているのでしょうか。
「あたいらが姉御の事待ってる時そんな事聞いたぜ、なっ斗詩」
「婚儀がどうとかそんな事を聞いたんですけど・・・そちらにいるのが太守の皇甫義真様ですよね。わざわざここに来ているって事はやっぱりそう言う関係、ですよね」
ふと顔良殿の視線が義真様の方へ向く。
兵達にも噂として伝わっていたものが顔良殿達も耳にされていたのか。
思考が戦場をずれ始めていると・・・。
ズゥン!!
「を?!!なんだ?!」
短く大きな音が地面を揺らした。
場にいた皆はその振動に驚きの声を上げ即座に視線を戦場に戻す。
地面を揺らした正体、それは馬龍殿の手にした大双剣。
打ち付けられたであろう大地に亀裂が走り、その周囲を隆起させていた。
文醜殿達と雑談をしてしまったけれど、文醜殿達はまだ立会い、鍛錬などと言う言葉があった。
私がそれに答える事が出来たのは戦場の温度、それが温く感じていたからだ。
そのやり取りは熾烈であろうとそのように思え、その一因に戦場に刺されたあの大双剣が抜かれずにいたと言う事がある。
だが、今まさにそれが馬龍殿の手に。
これからが・・・
私はそれから一言も口にする事無く戦場を見つめ続けた。
それが終結するその時まで・・・。
・・・・・・
・・・
ヴリトラと対峙してどれだけ時間が経った、もう丸一日は打ち合っている気がする。
だが、足元から伸びる影を見れば背を伸ばしているものの、まだ日が赤くなるには時間があるようだった。
交錯する中で見えるヴリトラは楽しげでいるのだが俺は高層ビル群で綱渡りでもしているような心境だ。
一歩間違えれば俺の望みは伝わらない。
伝わらなきゃ・・・届かないからな
間合いを取り構えを取り直す。
呼吸を一つ、ヴリトラから目線を外さず動きを互いに止めたところで状況を整理する。
ヴリトラの戦い方を見たのはこれで四度目。
最初の対峙、それは不意打ちだった・・・存在としてもその力の在り方としても。
質量に見合わない重厚な一撃・・・その正体はここに来て一つの解を得た。
確かにヴリトラ自身の身体能力と言うものもあるのだろうが、それは勁力の流れで知っていた。
それ以上の力・・・気だ、気と言う力が上乗せされているが故に俺はあの時間違えた。
今もヴリトラの心の高揚に呼応して勁力以上のものを叩きつけてきている。
二度目、追跡者たちを蹴散らす時のヴリトラ。
無軌道で何の技にも頼らない力は、純粋で、原始的で、まるで闘争の申し子と言う印象を得た。
前の二度で得た情報とその感情、それから俺の違和感を確かめるためここで兵を相手に・・・それが三度目。
俺はそれで確信を得た、ヴリトラと話す機会を持てたのも大きいが実際に目にしたもの以上に信用できるものはない。
俺はこいつを・・・
そして・・・再び対峙した今、これが四度目。
ヴリトラの戦い方とその傾向を把握した。
”三度目の正直”よりも一つ多くその徹を踏んでようやく辿り着いた道筋を俺は描く。
未だヴリトラが拳を作らずにいる事、それは無意識下で行わせているのだろう。
俺の攻撃を受けるのではなく、避けない時は必ずと言って素手で受け止めようとするそれも。
心理学と言うもので当てはまる気はしないが、経験上ヴリトラのそれは逆算していくとこの戦い方が俺の出した解によく当てはまる。
相棒・・・
最初は言葉ばかりの関係だった。
正直、そうやって言いくるめてその場での時間稼ぎの一つと考えていたかもしれない。
けれど、ここまで来て両の足でこの世界を歩いて回って。
瞳で写してきたこれまでをその道で何度も脳の中で再生して。
それで、再び出会えて。
で、相棒・・・だよな
偽り無くそれを望むように感じた。
望む結果通りにならなくても俺はきっとこいつを相棒と呼び続ける気がした。
だから俺はこうしてヴリトラを正面から受け止める。
けど・・・それだけじゃ駄目だ
少し感傷に浸っていた思考を切り替える。
こいつに・・・負けない方法を描く。
まず、ヴリトラは技法をほとんど使わない。
当然といえば当然、技とは力を補うために身につけるもの、他者と交わる事で習得の機会を得るものだ。
強いて言うならヴリトラは闘争の中で自然と磨かれ学んだ動き、それを技としていると言う印象だ。
そして、それに気付いてヴリトラを殺す方法も一つだけ思いつくものがある。
それは師匠でヴリトラを殺せただろうというヴリトラ自身の証言とこいつの持つ特性を知って。
木、石、鉄、乾いたもの、湿ったものいずれでも傷がつかない・・・つまりは”物”でこいつを傷つけられないというだけの事だ、師匠ならばそれさえ知れば何と言う事もない。
だからと俺が出来るわけでは、ないんだが・・・
改めて戦況を見る。
もう半数以上の武具は使い物にならない、一度打ち合えば必ずどこかが欠け芯にヒビが走り、砕けて使い物にならないものもある。
それに体が熱い、動けば動くほど背に熱を溜め続ける。
四肢の疲労の限界は近い、勁力を流していないと感覚を失ってしまいそうだ。
乱れそうになる呼吸は無理やりに抑えて、代償に鼓動がドクドクと早鐘を叩く。
足を止めず、呼吸を乱さず、そうして体裁を保ってはいるが気を抜けばすぐに保てなくなりそうだ。
だというのにヴリトラはその勢いが衰えるどころかその笑みが一層強く光りを放つ。
まったく・・・恐ろしいばかりだ
渇望の龍、それを俺の力で満たすなど無謀が過ぎる。
それを正攻法で行おうなど愚かすぎる。
だから、そろそろ決着の時を俺はヴリトラに告げた。
「くふふふっ♪楽しいね、楽しいよお兄さん」
「・・・けれど、そろそろ終わりだ」
「えっ・・・?」
その一言で笑みを見せていたヴリトラは笑いを止めて固まった。
「終わらせよう」
「だ、駄目だよ!まだっまだ僕は楽しみたいー!!」
俺の言葉を慌て気味で否定してヴリトラは真っ直ぐに俺に向かって突撃してきた。
無軌道、無謀、型もなく、戦術の呼吸を知らないのはこれまでと同じ。
けれどそれよりも一層に我武者羅な一撃、それを傍にある槍と剣を掴み取り受け止める。
「くっ・・・!」
ただ厄介な事に流し切れない程の力がある、押されるまま地面を滑り大地を削りながら後退し続ける。
剣と槍の衝撃は腕へ、腕から背へ、背から足へ、足からそれを大地へ。
威力を軽減させようにもこれまでで幾つかの勁脈が悲鳴を上げている。
これ以上、勁の圧力が高まれば悲鳴はすぐに断末魔となるだろう。
手にした槍が半ばでへし折られ、十メートルは押し込まれそれでようやく止まるが勁脈が損傷が激しい。
もう少しだけ持ってくれよ・・・
流れる力を感じながら自身の体にそう命じる。
だが、それを知らぬヴリトラはニコリと笑う。
「ほら、まだ遊べる。まだお兄さん僕を受け止めてくれる。遊ぼう、もっと遊ぼうよ。終わりなんて嫌だ」
その言葉の後、繰り出されるのは暴風にも似た容赦のない連撃が始まる。
っ、ったく・・・
残された剣で受けるがそれでも受け損ねたものが顔を掠め腕や胴を打ち払っていく。
ポタリッ
流れた血が落ち、地面に染み込む。
「っ・・・?!あれ?なんでっ・・・」
ヴリトラは自身の手についたそれに気付いてわなわなと震える。
ある意味で俺も驚いている、よくもまぁここまで持ったものだと。
ヴリトラが見つめるのは打ち合いを始めて、初めての流血。
「なんでっ?!お兄さん!もっと本気出して良いんだよ?!もっと、もっと!!」
「まったく厳しい事を言う・・・ただその期待を裏切るのは本当に忍びないな」
「い・・・だ、いや・・・、だ」
俺の言葉に俯きただ何かを呟きだした。
何を言いたいのか俺は分かる。
なんでそれを言うのか、俺は理解できる。
「いや、だよ。・・・嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!!!」
首を横に振り、両手足をばたつかせて・・・。
本当に、しょうがない、しょうがなくて・・・
俺は相棒に恵まれている、そう実感した。
こんな俺と遊びたがるなんて、そう思ってくれる奴がまだいるなんてと。
それはとても恵まれていて、存在を望まれると言う喜びもある。
だが、きっと、間違っている。
間違っている事を伝えてやりたいのだけれどヴリトラが相手・・・相棒を相手にするといつだって一苦労だ。
最初の相棒は・・・まぁあれだった。
昇竜は・・・機嫌を損ねると俺を小突いてたまに噛み付く、何より駆けたい時を読み違えると俺を振り落とそうとする時もある。
それでこいつだ。
それは俺と同じで、こいつ自身まだ気付いてすらいないのかもしれない。
それに気付かせてその期待に応えようと俺は約束の体をとってこうして打ち合いに応じた。
それにはやはりこうして俺が限界までやりあわなければ納得しない。
言葉だけの納得ではまたいつ渇望の欲求に飲まれるかわからない。
相対し、それで体現してやらないとこいつはきっといつまでも気付けない。
人の子だったのならとても簡単でとても初歩的な事だ。
「・・・お兄さん。お兄さんは僕との約束破るんだね」
睨み付けるヴリトラから憎悪の念が溢れ出す。
先に戦場としてここに立っていなければ俺はそれに飲み込まれていただろう。
だが、俺は応えるために答える。
「もうこの遊びはお終いだ」
「お兄さんは裏切らない人でしょ、裏切るの?僕はこんなに遊びたいのに・・・」
「そうだな。裏切りたくはないな・・・だがこれ以上は」
「嫌だっ!お兄さんはもっと僕と遊ぶんだっ!!」
俺が言い切る前にヴリトラは声を張り上げて首を振る、やはりこいつには言葉では伝わらないようだ。
「・・・わかった。言葉で解かって欲しかったが・・・解かっていた事だ、これはしょうがない」
身を賭けてでも、お前を。俺は・・・
剣を大地に突き立て、コートをその柄に掛ける。
瞳に冷たい炎を灯す、燃える黒の火を捉えるために。
露出した肌は空気を吸い込み、耳は空に遠方からの木々の擦れる音が聴こえるほどに澄ませる。
呼吸を大きく一つ、肺から取り入れた内気功で身を金より硬く強くと念じる。
それから小さな呼吸の連続で全身に血を駆け巡らせる、肉も骨もその構造を忘れさせて一つの流れの中で力を一つに纏め上げる。
陽の光りを背に感じ、自身の影を踏みしめる。
「陰陽、五行を発し、自らの勁と成せ・・・」
言葉に乗せて内外の気功を高め、意識はただ一つとなる。
体が呻き声を上げ勁力の高まりを感じ準備は後一言、それを吐き出せば俺は完了する。
「俺は月を見上げ地に立つ一尾・・・主無き猟犬。目的のため、すべき事のため戦場を駆ける」
付け加えたのは祝詞で呪言。
戦場での俺を具現するための呪い。
ただ自身を再認識させるためだけの言葉。
意識をヴリトラに戻し、深く沈んだ瞳で睨みつける。
「さて、相棒。楽しむのは良い事だ・・・それが後の結果を見ずして今を求めるのなら知ると良いさ、それがどんな末路を描くのかを」
「何を言ってるの?でも、その目は遊んでくれるって事だよね」
人の子ならこの一睨みで事を終わらせる事もできたのだがヴリトラには当然通用しない。
逆にヴリトラは安堵したように微笑み、構えなのか姿勢が少し深くなる。
ただ遊びたい、それに尽きてしまっているのだろう。
「いや、ここからは遊びじゃないと言った」
「ん・・・?」
俺の言葉に首を傾げるヴリトラだが、これにも教えておかないといけない事がある。
「解からないなら、すぐに解かるさ・・・遊びが遊びでなくなる瞬間を経て」
その過程に俺の命と矜持を賭けたとしても・・・。
こいつは俺の相棒だからな・・・
「さぁ、改めようか・・・あの時に遡って、約束を守るために」
合図はもうない、ただうるさい心臓が打つリズムで四肢は大地を蹴り目標に向かう。
「えっ?!」
地を蹴った瞬間、ヴリトラの驚きの声が聞こえた。
虚を突くつもりはないが、それも当然と言うべきか。
臨戦態勢からヴリトラに背を向け全力で駆け出したのだから。
陰陽、五行によって解放された感覚によって背に目を向けずとも驚きの表情もその直後俺を追掛けるヴリトラの様子も手に取るように解かる。
初速から全力だがやはりヴリトラの方が速い、一瞬出来た距離も縮まっていく。
背後から迫るそれは俺の影を踏み、その手が俺の背を捕まえようと伸びた。
「・・・破っ!!」
ヴリトラの手が俺に届く刹那、急反転して手にしたそれで一文字に一閃。
「わっ?!」
急停止し身を仰け反り避けられるも横薙ぎの軌道から弧を描き垂直にそのまま力任せに振り下ろす。
「っ?!!」
ズゥンッ!!
だがそれも空振り、ヴリトラは即座に横に飛び退けて大地に亀裂を走らせるだけだった。
前の時もそうだった。
虚実についてこいつは酷く敏感だ。
培ってきた感覚と言うべきか、己の嫌うものを排除するために得たもの。
これは武術と言う技、手段を使う者として一番相性の悪い相手だろう。
「ん、ふふふっ凄いね、やっぱりまだ本気隠してた♪そんなおっきな剣どこに隠してたの?」
「・・・最初からここにあったさ」
そう、最初からこうなると解かっていた・・・
突き立てた剣と槍の群れ、その中に混ぜて突き立てた大双剣。
最大の力を発揮しても壊れる事の無い唯一の得物。
ヴリトラは嬉々として俺の持つ大双剣を見て笑むが俺は動きを止めず間合いを取る。
無手とこの大双剣との差、それは言うまでなくこの差は大きい。
距離としても、有利な点としても。
駆ける足を止めず、大双剣を対の形に別け体を捻り、捻り・・・振るう。
「あぁぁっっっっっーーー!!」
「っ!!」
大地を蹴る走力、そこからの急停止と限界まで捻り上げ勁力によって加速させ振り下ろしたが紙一重で避けられる。
「ふふっ、あははははっ今のは危なかったよ」
虚を点いたわけでなし、点けるわけでなし避けられるのは百も承知。
ヴリトラを真に打倒するのなら実のみ・・・それだけが俺の取れる唯一の方策。
力を偽っても、知で欺いても、・・・を奪っても
俺はすべき事をするだけだ。
両の手で振るう大の双剣はヴリトラの髪と服を掠め取るばかり。
一方のヴリトラはその隙あらばと間合いを詰めに来る。
ヴリトラとの力を埋めるために手にした大双剣だが、その不利な点もやはり大きい。
莫大な重量を扱うには体の負担もまた莫大。
さらに武器が大きい分懐が広くなりヴリトラをそこに入り込ませるとその時点で終わりになる。
感覚を鍼よりも細く、鋭く、研ぎ澄ませなくてはこれを扱えない。
ヴリトラには速度と無手だろうと甘い攻撃を放てばその手でこれを受け止めるだけの力がある。
全ての一撃は文字通り全力を使う必要となる。
全力を出すためだけ、それだけのために非合理的にこいつを俺は手にした。
「・・・っあぁぁぁぁっ!!!」
使える力、手段を重ねて俺は剣を振るう。
振るうたびに内気功の一つ、咆勁で叫ぶ。
腹の底、肺の底から咆哮し空気を振るわせる。
一方的にこちらから大双剣による連撃を振るう。
そして、ヴリトラは防戦と見た目では理想的な展開を生む。
だが、咆哮する声が大きければ大きいほどに効果を発揮するのだが、その反面として叫ぶほどに体が内側から軋む。
内側の負担と外側の負担、それによって一気に体力が根こそぎ持っていかれ・・・。
「がはっ!ぐっ・・・はぁ・・・はぁ」
込み上げてきた力と伴に血が込み上げ抑えきれずそれを吐き出した。
それにヴリトラが一瞬動きを止める。
「えっ?!」
まぁ、驚くのはわかる、何もしなくても一方的に自滅していく相手が目の前にいるのだから。
だが、これは代償。
全てを出すための・・・。
力を偽るための、そして・・・異物を取り入れてまで生き延びてしまった代償。
だがヴリトラこそが俺がそれを支払うべき相手だ。
ヴリトラの勁力に動揺の色が写るが俺は言葉を返さず剣を返す。
・・・
・・・・・・
遊びは終わり・・・俺はただ力を振るう。
手にした大双剣を手にし攻勢に出る。
容易には捉え切れないが、形勢は逆転する。
剣を振るい、避けられることを予測し立ち回り、ヴリトラがそれに返す前に再び剣でそれを遮断する。
近づけず遠ざけず、距離が開けば地に落ちた槍や剣を蹴り上げて行く手を抑えては、ヴリトラの軌道を予想の内側に押し込む。
だが、形勢が多少傾いた程度で決定打を打ち込むは出来ずにいる。
逆に時間が経てば経つほどその機会は減っていく。
ふいに、ヴリトラの重心が後方に流れた。
振るうはずの大双剣の必要がないほどに間合いが取られヴリトラは動きを止めた。
「・・・終わらせる気になってくれたか?」
そう問い掛けるとヴリトラは小さく首を横に振る。
そして、ヴリトラは笑顔を消して答える。
「わからない・・・でも、お兄さんそれ・・・」
「お前の本気に合わせるんだ、相応の代価が必要になる」
ヴリトラが指すのは俺の口元から流れているそれ。
「遊び続けたいのなら気にするなよ。最後にはどちらかが死んで終わるのだから結果は何も変わらない」
「終わり、僕は・・・」
「始まったのなら終わる、当然の摂理だ。望み続けても叶え続けても、それでも終わりはある。・・・さぁ、続きだ、終わらせないと言うのなら終わるまで続けるしかないんだろ」
ヴリトラの表情が曇る。
俺が使っている力を理解したのだろう。
身に余る過ぎたる勁力を込めた禁じ手、過勁。
振るう度に力と負担を蓄積させていく諸刃の剣。
過負荷による力の増幅、その代償が体を傷つける。
ヴリトラの雰囲気を見て今なら説き伏せる事が出来るのかもしれない、ふとそんな甘い事が思い浮かぶ。
・・・いつから俺はそんな器用な生き方してきた
そう、自身に問う。
答えなど出す必要もない事だ。
それに、その願い、その段階をこいつは既に超えてしまっていて”次は”言葉が通じなくなる。
だから、まだ足りない・・・
こいつには杭を打ち込まなくてはいけない。
もしもがある限り、もしもを願う限り。
だから、攻めて、責めて、せめて俺が・・・
こいつが理解に届くまで己の体を酷使して動く限り剣を振るい続けなくてはいけない。
不器用でも愚直に、多芸をもってただ一つを望む
それが俺だったはずだ。
いつの間にか、器用さを手に入れたかのような振る舞いをしていた。
愚かしいまでに愚者だ。
いつか、庖徳・・・紫庵に自身で口にした言葉が身に染みる。
”改めたのならそれで良い”と。
過ちとは過ちを改めざるを過ちと言う・・・その言葉の意味を知っていて、知らず知らず置き去りにしていた。
大双剣を一つに合わせ背に担ぎ、重心を深く前のめりに構えを取る。
ヴリトラが構える様子も、こちらに向かってくる気配もない。
それでも構わない、一直線にヴリトラに駆け出す。
そして、大上段空の振り下ろしの一撃、それに全力を込める。
「はぁぁぁああっ!!」
振り下ろした俺の一撃は大地を切り裂き、周囲の岩盤を隆起させる。
視界は土煙に遮られ地響きを伴い、瞬間あたりの音を飲み込み無音を生み世界と断絶した。
「・・・・・・・っ」
そして、その代償を支払う。
大地と同じように自身の体にも至る所で亀裂が走る。
腕が破裂したかのように血を噴き出す。
足も、背も、腹も、皮膚を突き破って血が流れ出す。
握り締めていた大双剣は両手から滑り落ち突き立てられた形から静かに重々しく地面に倒れる。
っ、もう少し、持つと思ったんだが・・・
今の一撃で負担が爆発してしまったようだ。
勁脈がかろうじて繋がっているばかり、その余韻がまだ俺を立たせてくれているだけ。
一瞬そのように俺は自身の具合に思考を向けた直後、トンっと胸に何かが触れる。
いや、触れたそれが何か俺は理解できている。
手に残っているのは大地を砕いた感触だけだったのだから。
土煙の向こう側から伸びた細い腕。
そして、緩やかに鎮まっていく煙からその姿を現す。
「・・・お兄さん、駄目だよ。これ、なんだか楽しくない」
「お前が望んだんだろ?」
俺はその言葉にそう応える。
これで・・・
「僕は・・・」
「俺と戦う事を望んだ」
俺はその望みに応えた。
「だけど・・・」
「お前は渇きを満たそうとする。そのために戦う・・・遊びと称して傷つけあう事に楽しみを見出す」
「・・・・・・それは」
意地の悪い言い回し、となるのだろうか。
ヴリトラは否定を口に出来ないのか顔を俯かせる。
けれど、俺は言葉を振るい続ける。
「お前は俺を殺したかった。血肉を欲し、それが一時的にしろお前を満たすんだろ?」
胸に当てられたヴリトラの掌に自身の手を添える。
もう避ける事も防ぐ事も出来ないほどに限界なのだとヴリトラは触れる感触から理解する。
それで今、生殺与奪を手にしているのは誰かを示す。
そのまま打ち込めばそれで終わるのだと。
ここまで体を酷使していなければこれからの言葉を真実と受け取ってはくれない、それでは困る。
大切な、こいつに伝えてやりたい事が伝わらない。
「・・・ヴリトラ、お前に救われた命だ。その命でお前の渇望を満たせるのなら」
これは真意だ・・・これでこいつが俺を殺すなら全ては俺がこいつの相棒足り得なかったと、ただそれだけの事。
俺の全ては独りよがりの世迷い事だった、それで命を終えるのも全く持って愚者らしい。
だが、ヴリトラは俺の言葉に強く首を振って引きつった声で答える。
「ち、違う!そうじゃない、僕は、僕はっ・・・」
「違わない。どんな理由があろうと、どんな大義だろうと戦い、闘争の果てを臨むのなら、死は当然そこにある・・・それをお前も良く知っているだろ。お前は望んだじゃないか俺との闘争を、その果てまでと」
「お兄さんは、違う。簡単に壊れちゃうわけ・・・だって、だってお兄さんは強いんだから」
俺が強い?・・・ははっ、つまらない冗談だ
俺は何度死に掛けた事か。
この手で何度殺したのか。
それで何度、心を砕いてきた事か。
自身の弱さを通算させられてきた事か。
いつまでも忘れられないあの光景に苦しみ続けてきた事か。
今だって変わらない、俺一人では何一つ届くことが出来ず迷い続け応えも、答えもないままだったはずだ。
随分な人達に助けられてきた、望みも救いも己から発する事はないまま。
立ち止まったまま、生きながら死に続けていたんだろう、その末にこいつに命を差し出して終わる予定だった。
けれど、背を押されるまま続く道をただ辿り一つの光明を感じ取った。
そして、天意はここまで俺に道を見せてくれた。
この先にある物を、ある者に俺は問い掛けたい。
知りたい答えがそこにある気がして、歩き続ける事を望むようになった。
けれど、お前が望むなら・・・
「・・・ヴリトラ。俺はお前が思うよりも脆く、弱い。事実、お前は俺が死ぬ様を見ただろ。今も・・・この様だ」
ヴリトラは静かに俺の顔とその血塗れの体を交互に見つめる。
そしてぽつりと呟く、それがヴリトラの全てなんだと俺は感じた。
「・・・お兄さん・・・僕は満たされたい、だけなんだ。僕は遊んでる間は楽しくてそれで一杯になれて・・・でも」
ヴリトラの感情が溢れ出す。
理解出来ない感情が襲っているのか、ヴリトラは苦しそうな顔を俺に向ける。
「なんで・・・僕わからないよ。僕はお兄さんとならいつまでも一緒にいられると思ってたのに・・・ずっと遊んでくれると思ってたのに」
満たされたい・・・それがために”渇望”するんよなお前は・・・
お前の望みが変わらずならば、この裏切りを最後に俺は死のうと決めていた。
だから俺はヴリトラに選択をさせる。
この世界で残せた物は少ない、俺が否定したい事柄もまだ全貌を見せていない。
名残惜しさと言うのだろうか、心の残りはある。
こんな俺でもまた守りたいと思ってしまった。
まだ果たしていない約束もある、ここで死ねばきっとそれは裏切りだろう。
けれど・・・そうだな
視線を感じる、今にもこちらへ飛び出してきそうなそんな気配をさせた。
閻忠・・・楼杏・・・
それだけじゃない、脳裏を駆けていく笑顔がある。
きっとそれを知らなければヴリトラを誤魔化し騙してそれまでの時間を稼ごうとしただろう。
でも、やはりそれも裏切りだ。
相棒と呼ぶこいつを相棒と呼ぶ事で裏切る。
そんな事が俺の”やるべき”なのか。
違う・・・
ならば何を言葉にするべきなのか。
そんな事、決まっている・・・俺はお前だったかもしれないんだ
俺は本当に愚かしい、不合理で不条理な道を選んでいく。
それ以外に選ぶ事など俺には出来ないのだと。
「お前は相棒だ・・・どうしても、とお前が望むなら俺はそれに応える、続きをしよう。俺の命が続くまで続けよう・・・ずっとは無理だろうがな」
そうして俺は一歩後ろへ下がる。
胸に触れていたヴリトラの手が少し俺を追掛ける素振りを見せたがそのまま垂れ下がり離れた。
勁脈に力を通し両腕を持ち上げるが、もうこれは感覚ではなくはっきりと節々が悲鳴を上げているのが聴こえる。
「・・・・・・なんでだろ、さっきまで嬉しくて楽しかったのに。お兄さんと遊べるって言うのに、なんだか今のお兄さんと遊びたくないや」
その言葉に俺は返さず、ヴリトラを見つめその続きを待った。
「お兄さん、さっきから変だなって思ったんだ。どうしてなんだろ・・・よくわからない。教えてよお兄さん、知ってるんでしょ」
「さぁな、俺はお前じゃない。その気持ちはお前の物だ、俺が知っているものか」
そう、お前が初めて感じたものだから。
だから答える事は出来ない。
「嘘だ・・・だって、お兄さんがおかしかったんだ。だから、僕は楽しくないんだっ」
「俺は遊びを止めただけだ。お前の望みに応えるために、全力を出すために」
お前が望むものがなんなのか、俺と同じだったのならきっと俺もそれを望む。
「嘘だよ・・・全力なら、なんでお兄さんだけボロボロになってるの?」
「俺には、お前を傷つける手段がないだけの事だ」
「嘘・・・嘘つきだよ、お兄さんは。さっきから何度も僕を殺せたじゃない」
そう、殺せた。
それは可能な事でも不可能な事だ。
だから手段として俺は数えない。
だってな・・・
「・・・俺は、お前を殺せない。俺はもう相棒を・・・失うつもりはない」
俺は退いた足を前に一歩踏み出した。
「・・・ヴリトラ」
ようやく持ち上げた腕を静かにヴリトラに向ける。
「お前はもう一人にはならない」
昔、師匠に言われた言葉、それをヴリトラにも教えた。
「えっ・・・?」
ポツリと驚きを声にしたヴリトラの頭の上に手を乗せて優しく撫でる。
「俺はお前の相棒だ。お前の傍にいる・・・お前はもう一人にはならない」
「っ・・・!!」
「だから終わらせよう、それでまた別の遊びをしないか?」
そうヴリトラに微笑みかけるとヴリトラは瞳を潤ませた。
「・・・うん!」
ヴリトラから言葉での応えはなかった。
けれど、俺の望む答えはそこにあった。
見た目通りに純粋で、無垢で、かつて悪竜童子と呼ばれたのが嘘のような良い笑みがそこにはあった。
NextScene
++盃を二つ、写す笑みの色++
えぇぇぇっと、まぁなんです。
絶不調極まっております。
公私共にと言うかPC共に。
あのブルーバック様、臨終の合図だったんですね・・・
前回更新からかなり開いてしまいました。
そして、開いてしまって少々の開き直り気味です。
本文も結構詰まってました、一話一万字って思っていたところの制約を少々外したり話の着地を直したり。
と。まぁ、今回どうなのかな、自身ではどでかい課題が発見できたので収穫があったのですがやはり時間が掛かりすぎているのがネックです。
さて、活動報告を増やそうとしたのに何故か逆に減っていると言う所で内容に関してはそっちで。
では、次です、次!
次から少し刻んでいきます。
さぁ次話を書こう、PC様の機嫌をうかがいながら・・・




